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 備え付けの柄杓で水をすくって口をゆすいだ後、さっぱりした顔で女性は戻ってきた。

 

 「ん、これでいいんでしょ。お茶ちょうだいよ」


 「はあ…どうぞ」


 女性は水野から受け取った水筒を逆さにして、一気に中身を呷った。一口と言ったのに、全部飲み干す勢いだ。止めようと思ったが、喉を鳴らして麦茶を飲む姿が、砂漠でオアシスを見つけた旅人のようで、ストップと言い出せる雰囲気ではなかった。


 「…ぷはぁ、ごちそうさま。いやー、生き返った生き返った!」

 

 返却された水筒は、やはり空だった。軽くなった水筒をこれ見よがしに逆さまにして振ってやると、女性は悪びれる様子もなく眉を吊り上げた。


 「少年は知らないだろうけどね。酒飲んだ次の日ってめちゃくちゃ喉渇くんだから。運動で汗かいたあとの爽やかな渇きじゃないよ。なんかこう、ねっとりとした嫌な感じ。まあ君はまだ未成年だし、分からないか」


 謝罪の代わりに飛び出したのは、アルコールがいかに体内から水分を奪うかという講釈だった。コーヒーを飲んだ後は利尿作用でトイレが増え、飲みすぎると脱水気味になるのと同じだろうか。


 「あの、お姉さんはこんなところで何を」

 

 「んー?分かんない」


 「分からない?」

 

 「酔って倒れてる人間にそれ訊いても無駄だよ。なんでここにいるの。昨晩なにしてたのって。そんなん覚えてるわけないじゃん。記憶があるのは二軒目の立ち飲み屋まで。あとは知らん!」

 

 酒というのは恐ろしい。記憶をなくすという経験を、水野はしたことがなかった。脳の病気でもなければそんな事にはならないと思っていたが、酒に酔うと数時間前の記憶も曖昧になるらしい。もし自殺する予定が無ければ、水野はこう考えていただろう。将来は酒飲みにはならないでおこうと。

 

 「たまに酷いときなんて、知らない土地で泥酔して倒れてることもあるからね。そういう時は、大抵誰かが警察に通報してくれる。身分証さえ持ってれば、まあなんとかなるよ。あっ、見る?私の免許証。結構盛れてると思うんだけど。どうよ」


 ブルー免許だった。つまり一回は違反をしているということだ。水野の父親が一度ゴールドからブルーに格下げされて嘆いていたので知っている。名前の欄には『香坂 凛』とある。本人が盛れていると自負する写真は、実物よりものっぺりして見えやすい免許証の写真にしては、確かに綺麗に映っている。


 「1999年3月7日…」


 「あっ、生年月日見るな!年がばれるだろ!」


 別に香坂が何歳でも構わないのだが、泥酔して墓場で行き倒れるような女性にも恥じらいはあるらしい。自分から見せておいて、まるで免許証を盗み見されたかのような態度で隠された。


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