99.House Straggler ハウス・ストラグラー
文国ヨヤアサの中心地、首都【字都】。
そこから約五キロほど離れた地点の、巨木の森の上にて。
「あ、見てくださいまし、お姉様! ブラゼファお兄様が戻って参りましたよ!」
いわゆる振袖のような和風ドレスに身を包んだ少女に手を引かれ、スリーピーススーツを纏う高身長の淑女は、車両の外に出る。
するとすぐ、自分たちの方へ、古典的な騎士鎧姿の青年が、バッタに乗って飛来してくるのが見えた。
青年はある程度近づいたところで、バッタを停止させ、後ろに乗せていた群青髪の眠れる少女を担いだまま、二人の元にひざまずく。
「大変お待たせいたしました、フキ殿、姉上。この不肖ブラゼファ、見事我が父上の盟約を果たして参りました……」
しかし女性二人は反応に困った様子で、首をかしげた。
そして二人はお互いの顔を見上げた(または、見下ろした)後、淑女の方が口を開く。
「ひ、ひとまず、中に入りましょう。『父上』と『兄上』に報告しなければいけませんから」
「はっ、仰せのままに!」
三人と、担がれたネロアは、側にある十両編成の列車の中に入り、一番豪華な内装の先頭車両へ行く。
そこで、淑女が代表して、目的の相手とテレビ通話形式でチャットをつなぎ、少女とブラゼファとともに、彼らに向けて片膝を突いて見せる。
「父上、兄上、ご報告でございます。先程、ブラゼファが無事、字都の襲撃を終えて帰還して来ました」
三人の前には、二つのウィンドウが浮かんでいた。
片方は何も映っていない黒一式のもの。
もう片方は、森の賢者のように白髪に長髭を蓄えた男が映ったものだ。
言うまでもなく、『父上』と呼ばれるのは後者――男は淑女に尋ねた。
『それで、目的の者は捕らえたの……』
ブラゼファは食い気味に言う。
「はっ! 見事捕らえました! ほら、ご覧の通りでございます!」
そしてブラゼファは画角を、部屋の後ろに寝かされているネロアが映り込むように変えた。
すると、ウィンドウに映る父上は神妙な面持ちをし、ブラゼファの隣にいる二人も連動して冷や汗を流す。黒いウィンドウは黒いままだ。
そして、父上は尋ねた。
『ブラゼファ……お主にしては珍しく、盟約を忘れたな。それもよりによって儂の盟約を……』
ブラゼファは、目線をウィンドウに映る父親と、後ろで寝ているネロアに言ったり来たりさせながら、
「え、盟約ですか!? 我輩はキチンと達成したはずでは!? 『ロジスティクス神戦の戦火を広げる化神官を捕らえよ』……一語一句覚えていますとも!」
そうブラゼファが答えた瞬間、画面の父上と、隣の二人は「ああ……」とうなった。黒いウィンドウからは音はしない。
「なるほど、これは一本取られましたわ……」と、少女。
「確かにこの方も化神官でございますしね」と、淑女。
『儂としては、シュラのことを指して命じたつもりなのだがな……どうやら字都の方で、何か想定外のことが起こっていたようだな……』
父上は、二人の女性の反応と、未だに「何故我輩は責められているのだ?」と言わんばかりにポカーンとしているブラゼファの様子を見て、この事態の内容を察し始めた。
黒いウィンドウは相変わらず黒かった。
『……まあ、よい。確かに下した盟約の通りにはなった。それどころか、もしかしたらこれはこれでよかったかもしれん……なんせ、そやつはシュラ以上に儂らの意思に反する所業を働いているのだからな……
ではエルクーレ、フキ、ブラゼファ。ネロアを連れて直ちに屋敷に戻れ。本題はそこからだ』
「「「かしこまりました、父上」」」
そして役目を終えた父上のウィンドウは、フッと消えるのだった。隣の黒いウィンドウも、黒いまま消えた。
直後、ブラゼファはいきなり立ち上がり、後方車両へと歩き始めた。
すぐさま淑女――エルクーレと、少女――フキは、その後を追う。
「ブラゼファ、急にどうしたのです!?」
「見ての通りだ!」
「ただ歩いてるだけでは流石のわたしたちでも何を考えているかわかりませんわ!? きちんと答えていただけますか、お兄様!」
ブラゼファは素早く踵を返して、
「承知したフキ殿! 我輩は今から再び字都を襲い、シュラも捕らえて参る!
それで、父上と結んだ本当の盟約を、今度こそ果たす!」
エルクーレは呆けて開けた口を一度閉じて、慌ただしく行った。
「結構です、ブラゼファ! 確かに父上が本来求めていた化神官はシュラのことでしたが、貴方はもうそれ相応の務めを果たしている。だからもう、字都にもシュラにも用はございません」
「盟約とはそこにある条項を過不足なく成し遂げたことで果たされる! 故に、相応では駄目なのだ!」
「ですが、もし字都に行ってお兄様が負けてしまったらどうするつもりなのです? それこそ父上が袖を濡らしますわよ?」
「心配は要らぬ、フキ殿。今度は平凡なモトホッパーではなく、『我が愛馬』を連れてゆく。
これならば例えシュラが万全の体制で我輩を迎え撃とうとしても、勝利は我が手に納まったままだ!」
そしてブラゼファは、エルクーレとフキの静止を振り切り、後方車両へと歩んでいった。
私たちにとってこの作戦は、非常に重大であるというのに、それでもなお普段からの過剰な騎士道精神を暴発させるブラゼファに、二人は頭を抱えた。
「……どうしましょうか、お姉様」
「放っておきましょう。ああなったブラゼファは、父上でも兄上でも止められませんから。私は、通常通りネロアを屋敷へと護送します」
「そうですわね。わたしたちはしっかりしませんとね……あれ? お姉様、今、『私は』とおっしゃいましたか?」
「ええ(エ・ビアン)、おっしゃいました。
フキ、貴方にはある程度兵隊を連れて、ブラゼファの援軍に行ってください。それで帳尻を合わせましょう」
するとフキは、エルクーレへ丁寧にお辞儀をして、
「かしこまりましたわ、お姉様。この『フキ=フシキベ=ストラグラー』、誇り高き次女としての務めを果たして見せますわ」
*
一方その頃。字都、ユールコア神殿にて。
ブラゼファの襲撃によって荒れた広場で、そこの住民や十殺の面々が、怪我人の救助や、崩れた建物の応急処置を行っていた。
そしてその光景を、シュラは、壊れかけの舞台の端に腰掛け、至極無念に思いながら眺めていた。
そこに、作業が一段落した十殺の一人――ランキング一位、エマヌエス・サンダーロードが尋ねてくる。
「おい、お前は何もしないのか?」
シュラは一瞬、エマヌエスの方を見た後、また意味もなく下を見つめ、ため息をつき、
「……本当にすまないね、そういう気分じゃないんだよ、ボクは」
するとエマヌエスは、舞台に上がり、彼の隣に腰掛ける。
「正直、俺もそういう気分じゃないんだ……」
調和の砦の奪還、ヘブンズレイドの大立ち回り、橙瀧との引き分け、などなど、様々な偉業を成し遂げてきた、死国史上屈指の最恐プレイヤー、ネロアが、平和なはずのヨヤアサでさらわれる。
このあまりにも意外で、ショッキング過ぎる出来事は、誰にとってもこたえるものだった。
「……本当にすまないね。エマヌエム君」
「エマヌエス。サイズが違う」
「……本当にすまないね。エマヌエス君、ボクがいきなり文国に呼び出したばっかりに、こんなことになってしまって……
それも、ボク一人じゃヨヤアサの民をうまいこと焚き付けられないからっていう身勝手な理由でさ……」
エマヌエスは暫し逡巡した後、
「……これは俺だけの感想だがよ、別にしょうがないところもあるかもしんないけどな。
俺たち死国の人間は、人と殺し合うのが大好きだけどよ、文国の人間は、のどかに暮らすのが大好きなんだ。
そのへんのすり合わせは最初から難しかったんだよ、きっと。
あいにく国のトップクラスだと言っても、戦争ゲームみたいに数値つけたら、武勇だけ九十代の俺が言うのもなんだけど」
「そうかもしれないね……けど、なおさらボクは申し訳ないよ。あのネロア君がいてくれたら、いくらなんでも大人しいヨヤアサの民も立ち上がってくれるだろうって、浅ましいこと考えてさ……」
「……だが、今となっては本当に大人しいのかってとこは疑問でしかないけどな」
と、エマヌエスは、荒れ果てたユールコア神殿前を指しながら言った。
「でさ、お前さ、何か戦ってる最中、あのコッポラとスコセッシをパイソンのラベルで束ねたみたいな連中に心当たりがあるみたいなこと言ってたが、あれは何なんだ?」
「よく聞いてたねあの台詞。ちょっと説明がめんどくさいから後回しにしてたんだけど……彼らは【ストラグラー家】、ここ最近、ヨヤアサでじわじわ勢力を拡大していたギルドさ」
*
ストラグラー家とは、ヨヤアサの南東部を拠点とするギルドである。
主な活動は、モンスターのブリーダー業。
画期的な特性を持つモンスターの開発だったり、海外のモンスター使いから依頼を受けて、その教育などを行っている。
ちなみに、ネロアたちが来るときに使ったような、人員運搬用の竜の内、約二割はここで育てられている。
ブリーダー業をメインとするギルドは、各国にも存在するし、ヨヤアサにも数多くある。
その中で、このストラグラー家で一番大きな特徴と言えば、『人材のリクルート』であろう。
今作、ロジスティクス・サーガはPvPにジャンルが切り替わっている。
そのため、各国で日夜、プレイヤーたちの出世レースや、権力の奪い合い、政争などで多くのプレイヤーが、非常に残念ながら落伍者の印を背負わされ、良くて従属、最悪国外追放などの仕打ちを受けている。
元々プレイヤー同士の争いが少ないヨヤアサは、そういった者たちの避難場所になりがちだった。
そこをストラグラー家は目をつけ、彼らに最後の居場所としての役割を大々的に宣伝し、多くの人材を仲間にした。
特にネロアの調和の砦の奪還後や、ヘブンズレイドの後には、居場所を失った多くのミレア・プレイヤーを匿ったことで、勢力を増すことに成功したのである。
*
「でもって、そんな彼らがヨヤアサまで大戦争に巻き込まれそうになったら、そりゃ焦るよね。って話だろう」
「なるほど。だからあの騎士はネロアを過剰に恨んでたのか……ただ、あの騎士は言うほど落ちぶれてる感なかったけどな? 俺は周りの雑魚がうるさすぎて近寄れなかったが、メチャクチャ強そうだったぞ」
「ホントそうだよ。けど、落ちぶれるにも色々形があるんでしょうよ、そこは。
そしてちょっとタイミングが遅れたけど、こちらも本当に申し訳ないよ。君たちのお仲間五人をここで死なせちゃって」
「ああ、そりゃいい。どうせトードイスムカ・プレイヤーのデスペナは安いし。それにアイツらは今シーズンだけギリギリトップ十位に食い込めてただけのラッキーメンだから」
「ハハハ、やっぱり君もトードイスムカ人らしいね……」
そして、エマヌエスは舞台から降り、シュラを見上げて今一番大切なことを聞く。
「で、この後どうするんだよ、ヨヤアサの化神官様よ。一体どうやってネロアを助け出すってんだ」
するとシュラは、その場に座ったままの状態で、はっきり答える。
「ひとまず、ここで待つよ」
「え、それマジか? お前、推理小説も書いてるから、『犯人は必ず現場に戻ってくる』的なこと言いたいんじゃないよな?」
「実際、ありふれた話らしいけどね。自分が立ち去った後の状況を知りたくなるとか何とか。
けど、ボクはそれを狙っていない。ボクが予想しているのは『本当の狙いであるボクを今度こそ捕まえに来る』ってこと」
先程の演説会は、事前にシュラが国中に告知した上で開いたものだ。
しかし、その告知の時点で、ネロアが来ることは告知していない。
彼女は本当に、急遽シュラが不安になって呼び出したスペシャルゲストなのだ。
だから、あの時演説会場を取り囲んだ兵隊たちも、あのブラゼファも、本来はシュラを狙ってあそこに待機していたのだ。
というのが、シュラの推理である。
「なるほど、だが、さっきの話通り、奴らが恐れているのは絶対にネロアの方だ。
奴らは、良い誤算ってわけでももう来ないと俺は思うんだが」
「まぁ、それが普通だろうね。きっと」
シュラも舞台から降り、崩れっぱなしだった襟を正して、
「というわけで早いところここを片付けて、ストラグラー家にこの件を化神官権限で問い質すとしようか。
これ以上クヨクヨしてたら、ボクはネロア君に相応しくなくなっちゃうものね」
それからシュラは、話し相手になってくれたエマヌエスに礼を言う。
「ありがとう、エマヌエス君。お陰様でスッキリしたよ……」
しかしエマヌエスは、こちらにうんともすんとも言わず、ただジーッと上に広がる木々の葉っぱを見つめていた。
シュラも同じように空を見上げ、そこへ神経を研ぎ澄ませる。
「また、風じゃない何かでガサガサ言ってるね……」
「お前もか、シュラ……まさかのまさかで、推理的中じゃあないと信じたいが……」
そのまさかが起こった。
突如、空から枝葉をかき分け、数百のバッタに乗ったプレイヤーが、字都に飛来する。
今回もまた、その先頭はブラゼファが務めていた。だが彼はさっきとは違い、第二次奇襲隊で唯一、カブトムシに乗っていた。
駿馬と同格の体長体高を持つ、銀色の鎧のような甲殻に包まれた高貴なカブトムシ。
それの背上に跨りながら、相変わらず古風な鎧姿をしたブラゼファが、堂々と叫ぶ。
「『ロジスティクス神戦の戦火を広げる化神官を捕らえよ』。この盟約を今度こそ果たすべく、この不肖ブラゼファ=サルヴァンデス=ストラグラー! 再び参る!
覚悟せよ、シュライベン=ブラット=グリュム!」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【ミナミノ・ヴィレジン】
分類:プレイヤー
所属:死国トードイスムカ
レベル:67
ジョブ:【武士】
十殺No.6のプレイヤー。
トードイスムカの【武士】は、相手の攻撃に対して完璧なタイミングと力加減で防御すると、クールタイムを短くできるスキルを覚えやすい、カウンターに特化したジョブ。
彼は戦国時代の鎧武者のような風体で、刀一本で柔軟に相手の防御を崩すのが得意。
【ドナ・ロストブリンガー】
分類:プレイヤー
所属:死国トードイスムカ
レベル:65
ジョブ:【武士】
十殺No.7のプレイヤー。
トードイスムカの【武士】は、相手の攻撃に対して完璧なタイミングと力加減で防御すると、クールタイムを短くできるスキルを覚えやすい、カウンターに特化したジョブ。
彼女は古代ローマの剣闘士のような装備を纏い、剣と盾で豪快に相手の攻撃を弾くのが得意。
ちなみに上のミナミノとは、同じ十殺で、ジョブも一緒だが、ライバルとかそういう関係はない。単なるランキングレースの相手である。




