97.Surprise Guest サプライズ・ゲスト
床から伝わる微かな振動をいくつも受けて、自ずとまぶたがゆっくりと持ち上がる。
状態異常【睡眠】が解け、徐々に意識を取り戻していくと、まず、紺色のスリーピーススーツを纏った女性がぼんやりと見えた。
「一応、敵の手中にいるというにも関わらず、これだけお休みなさるとは流石は大陸の秩序の破壊者ですこと……ネロア様」
ネロアは視界をはっきりさせるために目を擦ろうとする。
その時、両手が、背中に回され手錠をかけられていることに気づいた。同時に、身体を鉄鎖で椅子にくくりつけられていることにも。
素早くまばたきをして、強引に視界を鮮明にさせ、眼の前にいる麗人の姿を確かに見つめる。
「貴方は何者ですか? それと、ここはどこですか?」
古めかしい木で構成された、シックな内装をキョロキョロと見るネロアに対し、相手の女性は答える。
「私の都合上、あえて順番を変えてお答えいたしますよ。
まず、ここは【エクスプレスセンチピード】の最前車両です。
次に、私の名前は『エルクーレ=クリスティナ=ストラグラー』です。
……他に聞きたいことはございませんか、マドモアゼル」
ネロアは身を揺すり、ささやかに鎖と手錠に抵抗しながら質問する。
「どうして僕はここで拘束されているのですか?」
「私たちの『父上』の目的のため、貴方をあの方の元へ安全に連れて行くためです」
「その『父上』とはどなたですか? そして、貴方がたの目的とは一体なんですか?」
「『父上』とは『父上』です。これ以上のことは今から約二時間後に、直接お会いになってください……」
ここから、エルクーレはほんの少し口角を上げ、自信を込めて応える。
「そして、私たち【ストラグラー家】の目的とは、かのロジスティクス神戦の火を事前に消すことです」
*
事の始まりは、約三時間前にさかのぼる。
約半人ほど大人数移動用の竜のカゴに揺られ、死国トードイスムカの化神官であるネロアと、その供である十人のプレイヤーは、文国ヨヤアサの土を踏みしめた。
竜が着陸した場所は、国土の大半が密林であるヨヤアサらしく、たくましく育った大木と、カラフルな石造りの建物が両立――というより、明らかに融合した様子が当たり一面に広がる街――首都【字都】である。
程々に密集した木々から刺す、準木漏れ日のような朝の日差しを浴びながら、ネロアたちはその幻想的な風景を見渡す。
その時、
「やぁ、字都は気に入ってもらえたかな? ネロア君?」
ネロアたちの元に、若草色の青年が、悠々と品の良さを醸し出しながら歩いてきた。
彼の名前はシュライベン=ブラット=グリュム、略してシュラ――文国ヨヤアサの化神官である。
ネロアはシュラに軽く会釈を送ってから、久々の再会に笑って、
「はい。できれば夜の光景も見ておきたかったのですけどもね……」
と、あちこちに浅めの傷がついた移動用の竜をいたわりながら言った。
「ごめんねネロア。もっと時間があったらモンスター避けのアイテムを事前に送っておきたかったんだけど、ボクが急に呼び出したばっかりに……」
「大丈夫ですよ。モンスターに襲われながらの旅も、僕たちは大歓迎ですから」
そうネロアが言った時、彼女の後ろにいる十人のプレイヤーたちは、自信に満ちた表情をしていた。
「ああそうか、君たちなら大丈夫だったか」
彼らは現在の死国が誇る強豪。死国屈指の一大興行である闘技場のランキングトップ十位のプレイヤー、その名も『十殺』。
その統率者であるネロアも含めて、戦闘ならおちゃのこさいさいであるため、こうした余裕の態度を取れるのだ。
「それで、シュラさん。僕としては貴方のこれからの方が大丈夫かと聞きたいところですが……」
「本当にそうだね、それは。じゃあ早速、皆様には持ち場についてもらおうか……」
移動用の竜は、事前に手配してあった飼育員に任せて、ネロアたちはシュラに案内されて、様々な商店が立ち並ぶ街道を渡り、字都の中心部に来る。
まるで神話に登場するような一際大きい大樹に、図書館や美術館のような、古くからの文化を紡いできたような荘厳な建物がツリーハウスのように付属した建造物――【ユールコア神殿】にやってきた。
そこでネロアは小一時間ほど待機した後、このすぐ側に特設された舞台に、シュラとともに登壇する。
舞台の下には、何人ものプレイヤーたちが、これから起こることについて不安げな面持ちで集まっていた。
まずシュラは拡声の魔石を手に取って、その聴衆たちへ語る。
「えー、皆様、本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。
今から、事前にお伝えしていた通り、巷で話題となっています、ロジスティクス神戦についての話をしたいと思います。
ボクたち、文国ヨヤアサは『個々のプレイヤーの尊重』と『戦争よりもスローライフ』という二軸を大切にし、ここまでやってきました。
しかし今、この大陸全土に影響を及ぼすといっても過言ではない大戦争が起ころうとしています。
今、ボクたちヨヤアサのプレイヤーはこの神戦に対して、どのように向き合うべきかを決断しなければいけないのです。
おっと、ここは強調して前もって言わせていただきます。ボクがいくら化神官であっても、必ず皆様を全員従わせて一つの選択に進ませるつもりは、さらさらございません。
この場でボクが言いたいことは二つです。
ボク、ヨヤアサの化神官、シュラは、死国の化神官、ネロア君に味方し、ロジスティクス神戦に参戦します!
もう一つは、どうか、勇気ある皆様に、ヨヤアサの旗を掲げてロジスティクス神戦に参戦していただきたいのです!」
そしてシュラは、背筋を伸ばして待機しているネロアを一瞥して、
「それに向けて、今回、あのネロア君が、皆様に演説をしに、緊急でヨヤアサに来てくださいました! では早速、どうぞ!」
しかめっ面の聴衆に目線を合わせたまま、ネロアに魔石を手渡した。
ここからがネロアのヨヤアサでの務め――シュラが一人でも多くヨヤアサ・プレイヤーを仲間に引き込み、ロジスティクス神戦を優位に進めるため、実質的な総大将である自分が、その心を奮い立たせるのだ。
魔石を掴んだ瞬間、この空間が五度ほど冷えたような錯覚を感じながら、ネロアは意味のない言葉を発し、魔石の調子を確かめるフリをして、心の準備を整え、ヨヤアサのプレイヤーへ語る。
「皆様、今説明いただいた通り、僕が死神ホイプペメギリの代弁者、ネロア・ルォーナピアナだ。
我がこのヨヤアサの民たちに求むのは唯一……トードイスムカの勇士にも勝るとも得ない勇気を持つ者たちよ、僕と共に奮い立て! そして、命国ミレアに二度目の敗北を刻みつけてやるのだ!
これは古来にシュラ殿が申したことと同一であるが、僕も、戦う運命にない者を悲劇に導くつもりはない。無論、僕は戦わない者が弱者だと定めるつもりはない。戦わない者には、また異質な強さがあることを、僕は信じている。
そして、僕はこの意思を、最も魂を込めて伝えたい――ヨヤアサの民よ、僕は決してこの豊穣と安寧の緑生茂る土地に、戦禍を触れさせはしない! たとえ僕が敗死しようとも必ずだ!
……では、来たるべきロジスティクス神戦の日まで、僕は皆様の選択に神助があることを祈る」
ネロアが演説を終えた後、聴衆たちはざわざわと、身近な人と相談を始めた。
そのざわつきは数分経ってもおさまらなかった。
と、同時に、ネロアとシュラが警戒していた、ヨヤアサ・プレイヤーたちの非難の声は、思いの外起こらなかった。そもそも彼らは、演説を終えた後の二人をあまり見ないようにしていた。
その様子を見て、魔石を握ったまま棒立ちするネロア。
隣のシュラは、こっそりと小声で、
「どうだい、実にヨヤアサらしい反応だろう? 良くも悪くも、感情的に歯向かってこないところがさ」
「ええ、そうですね。僕はあまり悪いとは思いませんが」
先程、シュラが演説の中で語った通り、文国ヨヤアサは他七国と違い、他国や他勢力との戦争よりも、揉め事にならない範囲で自分の領地を確保し、そこを畑なり酪農なりに作り変えて日々を過ごす、スローライフが一番盛んな国。
故に、ここには比較的温厚なプレイヤーが集まりやすく、たとえ国主が戦争へ向かうとしても、そう積極的にNOを言えるものはあまりいないのだ。
「まぁ、とにかくボクとネロアの伝えたいことは全部伝えた。この後、国の有力者と議会をして国の方針を……ってこともないし、後は皆さんにこのことについてじっくり考えて貰おう。
というわけで、魔石を返しておくれ、ネロア君」
「はい」
シュラはネロアから拡声の魔石を返してもらい、この演説を締め、皆を解散させようと、口を開く。
「それでは皆様、各々ここで話したいことがあると思いますが、ここはひとま……」
その瞬間、
「【禍根の楔】!」
ネロアは聴衆の方めがけて、剣を投げつけた。
「うぎゃぁ!」
それを急所に受けて、一人のプレイヤーが、矢を引き絞った状態のボウガンを放り投げながら消滅した。
聴衆たちは、自分たちの中に化神官の暗殺未遂犯が混じっていたことに驚き、場は混乱した。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■その他雑多な話
【ロジスティクス・サーガにDLCみたいな課金要素ってあるの?】
ざっくり言うと、現状一切ない。
端末さえ購入すれば、後は運営の太っ腹で無料アップデートで追加要素が増やせる。
運営曰く、強い装備などはもちろん、豪華なスキンなどによって、札束でプライドを張って殴り合うような遊びが好きじゃないからとのこと。




