96.決起する化神官たち
八神会議直後、例のヴァイスの宣告は瞬く間にゲーム内外で拡散された。各種のゲーム情報サイトどころか、一般的なメディアや新聞などでも取り沙汰された。
一部の大手に至っては、ヴァイスとのコンタクトを取り、彼のインタビューを組むまでに至った。
ロジスティクス・サーガのコミュニティはその話題で持ち切りとなり、ここをメイン活動とするゲーマーやインフルエンサーたちも、自分が抱える勢力もろとも、どちらの軍に味方するのか必死に考えていた。
この一大ムーブメントは流石に見逃すわけにはいかなかったのか、ついにはロジスティクス・サーガの公式サイトや、SNSであたかもイベントのように紹介された。
無論、こうして徐々に規模が拡大していくこの大嵐に、ゲーム内の各国の当事者たちは、各々重い決断と、それに付随する対応に追われることになる。
大陸南東部、音国エホシャドチグパにて。
「リュートさん、リュートさん! ただ今帰りました! そして聞いて欲しい話があります!」
山積みの書類と向き合い疲労困憊しているリュートの元に、大急ぎで帰国した故に、彼女以上に疲労が蓄積されているアブソが来る。
「ちょい待って、アタシ今忙しいんだけど……」
「こちらも、急いでこの報告をしたいのですが……!」
リュートはアブソに、普段の愛らしさを感じさせない鬼の形相を向ける。
「だーれーのせいでこのドチャクソなボリュームの書き物やらされてると思ってるのー!」
あなたは化神官なのですから、面倒事全てを私に押し付けないで、たまにはそれらしく仕事してくださいな――八神会議に行く前に口にした自分の言葉を思い出し、
「すみませんでした……」
アブソは猛省し、頭を下げる。そして用事は用事なので、即刻上げる。
「では、私の話を聞いてください」
「うん」
「八神会議でヴァイスさんがトードイスムカに、今日から十三日後に、1600万の軍勢で進軍すると宣戦布告しました」
「……え……ちょっっっとぉぉ!? なんでこんなヤバい話さっさと言わないの!」
「言おうとしましたよ! チャットも何回も掛けましたよ! けどリュートさん、あなたが『忙しい』の一点張りで聞こうとしなかったじゃ……」
大事な友達の窮地を聞いてしまったリュートは、積まれた書類を紙吹雪めいて散らし、書斎内をドタドタ駆け回る。
「どうしよどうしよ! どうやってヴァイス止めよう! そうだ! ヴァイスがネロアちゃんの所に行くのなら、きっとアイツは東から西に進むはず! で、出発した直後にアタシがガラ空きのミレアをドーンとやれば!」
「……リュートさん、それは愚策かと思います」
「何で!?」
「相手はロジスティクス・サーガ屈指の策士にして、三年前に本国の大軍勢を大敗させたヴァイス。こんなあからさまな隙を晒すはずがありません。きっと宣戦布告の時点から、何かしらの奸計が仕込まれているに決まってます……」
「じゃあアタシたちは一体どうすればいいの! このままネロアちゃんがやられるのを黙って見てろって言うの!?」
「……今は、静観して情勢を読みましょう。それが、エホシャドチグパのためであり、ネロアさんのためです」
「うう、うう……」
*
大陸真南部、災国カメセスコアにて。
「……かくて、ヴァイスはネロアと戦うんだって」
と、ウェンリーは土産話を語り終える。
それを聞き終えた時、カメセスコアの化神官、錦山橙瀧は、玉座の端ギリギリにまで浅く座るほど、前のめりになっていた。
「ネロアは、どんなことを言っていたんだ?」
「当然反対したね。ま、『ロジスティクス・サーガは戦うゲーム』ってヴァイスとジュリクスに反論されて、黙っちゃったけどね。で、僕たちはどうしようか? さっきの通り、ヴァイスは『どうぞ他国も参戦してください』と言ってたけど」
「そうだなぁ。じゃあまず、俺様とウェンリー以外の【十二星竜】の領土に殴り込みにいこうか」
「ほう、その真意は何だい、橙瀧様?」
「カメセスコア総出でネロアの本気を引き出すためだ。
ロジスティクス神戦とは、ヴァイスもたまには最強に面白いこと考えるじゃないか……俺様の退屈を解消する舞台を用意してくれるなんてなぁ! よし、征くぞウェンリー、まずはユーキナミトの領地だ!」
流石はロジスティクス・サーガ最強のプレイヤー、肝の座りようが段違いだ――と、ウェンリーは橙瀧を心中で絶賛した。
*
大陸北東部、機国イズセラにて。
八神会議より帰還したチョルヒは、【チーム・モブ】の管轄地にある工場に立ち寄る。
彼女から『話がしたい』と連絡を受けた【チーム・モブ】リーダー、エドウィンと【チーム・トランス】リーダー、ウルフレットが待っていた。
「お帰り、チョルヒ」
「話はチョルヒさんと諸所の情報源から聞いてます。ヴァイスさんがネロアさんに大侵攻を宣言したと」
「はい。そうです、ウルフレットさん……」
「そんで、俺たちに『この後どうすればいいか』を相談したいんだろ?」
「……はい。私は、私はお世話になったネロアさんを助けたいです。が、それをイズセラの方々全員に納得していただけるかどうかが怖いです。本気のヴァイスさんと戦うなんて、誰だってやりたくないでしょうから」
自分の力不足を嘆き、イズセラの未来を憂う化神官チョルヒ。そんな彼女に、ウルフレットはアドバイスを送る。
「俺は、ここはチョルヒさんの好きにしていいと思います。
なんせイズセラがあなたに求めているのは、情熱ですから。どんな形であれ、その心をキチンと見せて差し上げれば、きっとイズセラの民はついてきます。
少なくとも俺は、もう二度と道を間違えないために、チョルヒさんとともに行きますよ」
さらにエドウィンも、
「勝手に先走って二人だけで行くなよ。俺たちチーム・モブも一緒に行くからな」
「ウルフレットさん、エドウィンさん……わかりました! 私、頑張ります!」
*
そして、大陸真西部、死国トードイスムカ首都【冥都】にある、ネロアの官邸にて。
ネロアは南隣の術国イペファワエゼの化神官、エロイースとチャットをしていた。
「そうですか、橙瀧さんとジュリクスさんは、ヴァイスさんにつくと……エロイースさんはどうです?」
『アタシんちはヴァイスに味方するって。ブッチギリーストの反乱による損害がまだ癒えきってないから、勝ち馬に乗りたいの……って、カイナフィ、オサラウド、ヒドゥニルンがうるさくて、ね』
「エロイースさん自身は、どちらなのですか?」
『そもそも行かないわ。どっちが勝ってもアタシに得がないし、とにかくもんのすごい面倒くさいし。全く、あの三人も黙ってイペファワエゼ固めとけばいいのに、変な協調性出して……一体誰が学園内の他国生徒の帰国手続きしてると思ってるんだか』
「そうですか……僕としては、エロイースさんに味方してくれたら本当に良かったのですが。ならわかりました」
『ま、そういうこと。じゃあさっきチラって言った通り、アンティルとレイザックはそちらに帰したから。
じゃあ最後にアタシから大事なアドバイスを一つ。ネロア、あなたは本戦で、裏切りに気をつけてね』
と、話を締めたエロイースはチャットを切る。
その直後、周りに集まっていた、トードイスムカの有力プレイヤーたち、通称『十殺』の面々は、ネロアにその結果を尋ねる。
「すみません、イペファワエゼはひとまずヴァイスさんの味方になるそうです」
そして十殺の面々は皆揃って嘆息し、自分たちの今後について、ザワザワと話し合い始めた。
(皆さんにも各々の立場があります、ひとまず、喋らせてあげましょう)
その間、ネロアは、ふと窓の外を、冥都の路上を眺めた。
そこでは、トードイスムカのプレイヤーたちが狂乱したように、目に入った他人と戦闘を繰り広げる――いつものトードイスムカの風景があった。
「このような日常も、滅びてしまうのでしょうか……」
そしてネロアは、北隣の文国ヨヤアサの化神官、シュラにチャットをかけようとした。
だがその時、タイミングよく逆に、シュラの方からチャットが掛かってきた。
『やぁ、シュラだよ。元気にしてた?』
「はい! シュラさんは僕とヴァイス、どちらに味方するつもりですか?」
『……おおっとネロア君、随分と話をすっ飛ばして来たね?』
「あ……すみません。ここ最近、あれこれ思い詰めてて、ついうっかり……」
『まぁ、そういうこともあるよね……で、さっきの質問の答えだけど、もちろん『君』だよ。ボクは君のことが大好きだからね』
「ありがとうございます……これで、ヴァイスさんに勝てるといいですね……はぁ」
『ん? 慌ててるのはともかく、元気もなくなってるのかい、ネロア君?』
「……そんなところですかね。流石の僕でも、実を言うと不安なんです……」
「ネロア君らしくないね。前にヴァイスを倒した時みたいに、イケイケドンドンで戦えば勝てるんじゃない……ともいかないか。だって今回は『本気のヴァイス』だからね」
自分にはシュラとリュートとチョルヒがついている。だがヴァイス側はジュリクスや橙瀧、イペファワエゼの三学級長などの強豪がひしめいている。
これまで数々の強敵に挑んで勝利したのが、トードイスムカの化神官にして、ロジスティクス・サーガ最恐のプレイヤー、ネロア。
だが今回のヴァイスとの戦力差は圧倒的。予想される敗北時の被害も桁違いである。
ネロアにだって良心はある。だから、仲間の大きな犠牲を考えると、彼女の責任はあまりにも重くなってしまう。
しかし、彼女はこれに押し潰されるような人物ではない。
「ですが、ロジスティクス神戦を挑まれた以上、打算があろうがなかろうが、戦うつもりではいます。僕は邪道を歩き続けます。僕を信じてくれる皆様のため、ヴァイスさんの横暴を止めるため、そして、トードイスムカのため。ただそれだけです」
覚悟を決め、それを口にしたネロアを、長い付き合いの戦友シュラは、幸せそうに笑う。
『そうそう、それでこそネロアだ。ふふっ、やっぱり君は何回話しても飽きないぐらい魅力的だね』
「ありがとうございます。では、このことを周りにお伝えするために、今回はここで失礼し……」
『やっぱり君、相当焦ってるみたいだね!? このチャットを掛けたのはボクだってこと、忘れてないよね?』
「あ、そうでした……すみません。それでは、今回はなんの用件ですか、シュラさん」
『折りいってご相談があるんだ。なるべく近い日に、ボクたちの【字都】に来てくれないか? ロジスティクス神戦へ助けにいくためにも、先に君の力を借りたいんだよ』
【完】




