95.八神会議再び
ロジスティクス・サーガの舞台の『大陸』の中心部、【自由区】。その市街地にて。
「ゲーム内時間で半年ぶりくらいでしょうか……感慨深いです」
大陸真西部にある死国トードイスムカから遠路を経て、化神官ネロアは僅かな護衛を連れて、東にある巨大な城を見上げる。
それは自由区の中央にそびえ立ち、秩序ある威厳を放つ【理の城】。
ネロアは明日、その最上階で、八国の代表者が集い、大陸の問題を正し、ロジスティクス・サーガを発展させる【八神会議】に出席するため、ここにいる。
トードイスムカの化神官であるネロアは、すぐ理の城に向かう。
ただし、今日行くのはその一室で開かれている、前夜祭的なパーティー会場である。
そこには既に、大陸真南に位置する災国カメセスコアのプレイヤーたちが十数人くらいいた。
一対の竜角を生やした青年――カメセスコアの代表者、ウェンリー・イーブネスは、グラス片手にネロアへ声をかける。
「ネロアさん、お久しぶり。お先に楽しませて貰っているよ」
「【星竜大戦】以来か……僕も、この相対を久遠の刻と幻想する」
「僕はあなたの人柄は知っているというのに、まだ演技するんだ?」
ネロアはウェンリーの耳に寄り、
「明日、ボロが出ないようにする練習ですよ」
「ああ、なるほど」
それからしばらく、ネロアとウェンリーは世間話をする。
その時、会場にまた別の団体が来場する。
「し、失礼します、ここがパーティー会場ですか?」
軍服と礼服を折衷したようなデザインの衣装を着た、赤髪の少女――機国【イズセラ】の任命間もない化神官、チュ・チョルヒと、その護衛だ。
「よくぞ来たチョルヒ殿。貴方の言う通り、饗宴は此処で馳走される」
「ようこそチョルヒさん。僕はウェンリー・イーブネス、カメセスコアの代表者だ……あなたが噂に聞いたイズセラの新たな化神官かな。
この後来るかも知れない意地悪い方に言われないように、あえてあらかじめ失礼言わせていただくよ……君、まだ衣装に着られてる感じがしていますね」
「あはは、やっぱりそう見られちゃいましたか……こちらもそう思ってます。
少し前まではずっと作業員で過ごしてましたから……今回は初めて格式高い場に行くんだからと、ウルフレットさんとエドウィンさんから譲って貰ったこの衣装を着てみたのですが、どうです?」
「いい感じだと思うよ。ま、君はこれからだから、気楽に化神官らしくなるといいと思うよ。そうだろう、ネロアさん?」
「左様。先ず形より着手している事が至高だ」
「はい、ご指導いただきありがとうございます。これから情熱をもって精進していきます!」
続いて会場に来たのは、術国【イペファワエゼ】の【流水の学級長】カイナフィ・ウンディーネと、流水の学級生だ。
「皆様こんにちは。僕はイペファワエゼより、化神官の代理として参りました、カイナフィ・ウンディーネと申します」
彼の存在をいち早く察知したネロアは、そちらに歩み寄り、一礼する。
「ようこそ饗宴へ、カイナフィ殿。今宵は貴方の出番か」
「ええ。イペファワエゼの八神会議の代表は、烈火、流水、大地、暴風の学級長が順繰りで行くようにしていますので。ですから次の代表は『何事も無ければ』オサラウドさんが行くでしょう」
「『何事も無ければ』か……かの叛乱の後、学園はどうなった?」
「学級間の敵対行為はほとんどなくなり、今は協力して復興作業に勤しんでいます。
流石にあれだけのいざこざと『生徒会長』の本気の介入があったのに、以前から変わらなければ、残された三学級ももろとも仕置されますので……ちなみに学級長去った【烈火の学級】は『生徒会長』が臨時で直轄していますよ」
「貴方も随分トゲが取れているしな」
「……それはどうでしょうか、ね? ああ、ちなみにアンティルとレイザックさんは両者とも学級が違うので、詳しくはわかりませんが……精進しております」
「左様か、されば恐悦至極」
この後、文国ヨヤアサの化神官シュラ、音国エホシャドチグパの代表者アブソなどの顔なじみも続々とやって来て、ネロアは彼らとの久々の会話に花を咲かせる。
その時、命国ミレアの化神官ヴァイス、【五造】の四人、そして時国【ランニバーニ】の化神官ジュリクスは、ネロアたちとは別の場所で、別の話をしていた。
イズセラの代表者、ガイオンがいなくなっただけで、その光景は半年前とほぼ一緒だった。
ネロアとヴァイス――二人は約半年前、ここ自由区で、ロジスティクス・サーガの覇権を揺るがした大戦を繰り広げた宿敵。
そんな彼女たちがたとえパーティーといえど、交わることは決してないのだ。
「さて、ジュリクス様。この話は一旦お預けしまして……ネロア様、ご無沙汰ですね」
……と、大方の人間が思っていた。
しかしヴァイスはその予想を裏切り、ネロアに声を掛けた。
この天地逆転めいた異常事態にシュラ、ウェンリー、チョルヒ、カイナフィなどのネロアに近しい者たちだけでなく、五造やジュリクスなどのヴァイス寄りの者たちまでもが驚嘆する。
ネロアもヴァイスの不可思議な行動を怪しみつつも、
「こちらこそ。ヴァイス殿」
礼儀は礼儀なので、返答する。
「先日のヘブンズレイドの折は、誠に申し訳ございませんでした。
明日の会議は、きちんと正々堂々行いますので、ご安心ください」
「……相解った。こちらこそ、明日は有意義に語らおうとも」
これでヴァイスは五造とジュリクスの方に戻っていった。
彼が自分に背を向けきったのを確認して、ネロアは胸を撫で下ろす。
(何事もなくてよかったです……)
シュラはネロアの側に立ち、
「急にこちらに歩み寄って、ヴァイスの奴、何考えてるんだろうねぇ……?」
「さあ、僕は今の所わかりません。謹慎した後で反省しただけかもしれませんが……」
*
翌日、理の城の最上階、八国の紋章の旗に囲まれた大広間にて。
「機国イズセラ化神官、『チュ・チョルヒ』。
命国ミレア化神官、『ヴァイス・O・ヘブン』。
音国エホシャドチグパ化神官代理、『アブソ・クラッタノイア』。
災国カメセスコア化神官代理、『ウェンリー・イーブネス』。
術国イペファワエゼ化神官代理、『カイナフィ・ウンディーネ』。
死国トードイスムカ化神官、『ネロア・ルォーナピアナ』。
文国ヨヤアサ化神官、『シュライベン=ブラット=グリュム』。
そして議長である私、時国ランニバーニ化神官、『ジュリクス・ヴィオレックス』。
以上八名により、今回の八神会議を進行する」
というジュリクスによる、恒例の開会宣言により、八神会議は始まった。
「まず、私の部下が引き起こした『イズセラ内の反乱扇動』について説明と謝罪を行わせてもらう。この件は約三ヶ月前に……」
このようにジュリクスは淡々と、一年で溜まった案件を提出し、他の七人は個々の矜持を用い議論し、解決していく。
その間、ネロアはヴァイスの出方に注意し続けていたが、彼は取り立てていうほどの行動はしなかった。それがなおさら、ネロアにとっては不気味だったのは言うまでもない。
そして会議開始から二時間が経過した時、
「これにて、本日の議題は全て解決した。が、最後にヴァイスさんから、話があるとのこと……」
(来た、やはり何か考えていましたか!)
ヴァイスは起立し、不敵な表情をして、とうとうとと語り出す。
「初めに、約半年前の私が布いた人命を軽んじたミレアの政策について、心からお詫び申し上げます。
私はそれによる半年間の謹慎の中で、何をもって贖罪となるかを一心不乱に熟考しました。
その結果、私は、あの悪法による罪の一つとして、『ロジスティクス・サーガの戦う楽しさを全プレイヤーから、直接間接問わず奪ってしまった』ことがあると気づきました。
よって、私は贖罪のため、このロジスティクス・サーガの停滞した情勢にメスを入れ、活気を取り戻すためにも、今日から二週間後に『ロジスティクス神戦』と称し、1600万の軍勢で、死国トードイスムカに侵攻致します」
1600万人とは、現在のミレアの総プレイヤーに限りなく近い人数である。
これでトードイスムカに攻め込めば、滅亡する。ロジスティクス・サーガの停滞した情勢にメスを入れるという言葉に偽りはない宣言だ。
故にネロアは反論する。
「戯言を申すな、ヴァイス殿。侵略が贖罪になる道理が何処にある?」
「ネロアさん、ロジスティクス・サーガは国同士の戦争がメインのVRMMO・アクションRPGだとお忘れでしょうか?
この侵略はそれに則ったものでありますし、トードイスムカの滅亡が確固としたものではありませんし、言うまでもなく、他国の介入は大歓迎致します。
宣戦布告とは、形式上は贖罪に不適に思えるでしょうが、今までミレアが非人道的な方法で他国を圧倒し、一強体勢を続けてゲーム内の戦局を停滞させてしまったことを改善するのには、これとない有効な方法だと思っております。
少なくとも、この侵攻を止めることはできない……でしょう、ジュリクス議長?」
「……ええ。これはロジスティクス・サーガのルールに則った行為ですから、制限することは出来ません」
「だそうです。私から言うことはもう何もありません。強いて言うならば、また次会う時は、戦場でお願いします、皆様!」
かくて、【八神会議】はヴァイスの恐怖の宣告により終幕し、ネロアは来たるべきロジスティクス神戦に驚怖するのだった。
*
数分後、自由区内にある、ヴァイスの邸宅にて。
「……というわけで、私は見事、トードイスムカへ宣戦布告をいたしました」
ヴァイスからの朗報に、ノルガードはケラケラ笑う。
「ハハッ、コイツは最高だねぇ! またトードイスムカの連中を合法で切り刻めるなんて!」
その隣ではオルディッツも微笑んでいる。が、その微笑みは一抹の不安を帯びていた。
「これにて『ネロアに復讐する』というヴァイス様の宿願が叶いましたが……本当にこのようなやり方で大丈夫だったのでしょうか?
八神会議内でも彼女が指摘していたように、この宣戦布告の理由付けがいささか強引かと思いますが……」
「構わないですとも。これでかねてからの目的――私の正義の証明に一歩近づけるのですから。
なお、これは全ミレアプレイヤーにも言うつもりですが、皆様には事前に。
今回のロジスティクス神戦への参戦は、強制しません。ミレアで留守番しても、ログアウトしてもいいです」
と、ヴァイスは余裕のほどをちらつかせる。が、周りにいる五造の他四人は、一切首を縦に振らない。
「ご冗談を、ヴァイス様……このミレアの大一番、是非とも介入させて頂きますわ」
「棄権する気は更々ありません。私も、トードイスムカに、ネロア殿に再戦するという大義があります故」
「カオン、ゲイルリンド……その意気ですとも。では皆様、ミレアに帰りましょうか、二週間後の準備を万全にするために」
そしてヴァイスたちは邸宅を出て、ミレアへの帰路につく。ロジスティクス大戦に備えるために――後にロジスティクス・サーガの歴史に、新たな時を刻むために。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【スベラゼルカ・シーボル】
分類:プレイヤー
所属:命国ミレア
レベル:43
ジョブ:【騎士】
かつての命国ミレアの化神官。
良くも悪くも楽観的で自信に満ち溢れた性格。多少の良識はあるが、あまりにも場を読めていない行動が多い人物。
経済を重視した政策を行い、国力的地盤を整えることにより、ミレアを力付けようとしていた。
だが、まず必要だった他国からの侵略への備えをおろそかにしたあまり、ヴァイスに取って代わられた。
ミレアの【騎士】は剣と盾をメイン武器とし、簡単なバリアの展開など、いざという時に仲間を助けられるようなスキルを持つことが多い。
しかし彼は化神官就任前後からあまり戦うことがなかったため、そういうものは使いこなせない。
今回の防音の城の籠城に際し、見様見真似で製造したジェネリック【Dt-Do】で、オルディッツ、ゲイルリンド、カオン、ノルガードの能力を全て行使して戦えるようにしていた。
スベラゼルカは普通に「統べられず」のもじり。シーボルは伝統中国医学の「五臓」にたまに加えられる「心包」のもじり。
また、これは本当に変なタイミングの話だが、ヴァイスたち【五造】はその五臓に由来している。




