90.HEAVEN'S RAISE―執着―
ミレアとエホシャドチグパの国境、【防音の城】付近にて。
「思いっきり、ミレア軍にのしかかれー!」
「何としてもエホシャドチグパ軍を押し返せ!」
そこでは、幾日にも繰り返されたのと同様、エホシャドチグパの大人数の侵略軍とミレアの少人数の防衛軍が交戦していた。
だがその経過は、前と比べて遥かに違う――これまで徹底的に踏み躙られてきたミレア軍が、エホシャドチグパ軍と互角の勝負を繰り広げていた。
ヴァイスが軍を導き、カオンが兵を纏め、ノルガードが虚を突き、ゲイルリンドが敵を倒す――オルディッツが発明したステータス強化ポーション【Dt-Do】を支えとして。
「ミレア軍も、一段と軍らしくなりましたわね」
「そうでしょう。これも、皆様のご尽力のおかげです……さて、指揮に集中しましょう。そろそろ奴が来るでしょうか」
指揮台のヴァイスとカオンは、混戦の向こうより来る、エホシャドチグパの【化神官】、ルーベルグを注視する。
「よっしゃあ! 野郎共、今から俺が、この祭りを盛り上げてやらァッ!」
ルーベルグは混戦の中に堂々突撃し、例の如く次々とミレアの兵をなぎ倒し、指揮台を目指す。
「来ましたわ。では、作戦開始してくださいまし!」
カオンの号令の元、ミレア軍の精鋭たちがルーベルグの周りから味方を離すように動き出す。
「お命頂戴するよ、ルーベルグ!」
「僕に斬られる覚悟は良いか、ルーベルグ!」
「俺が相手だ、ルーベルグ!」
そして孤立気味のルーベルグを、オルディッツ、ノルガード、ゲイルリンドが襲う。
ルーベルグは『周りの味方が多いと強くなるスキル』を持っているため、彼から味方を離し、三人の実力者に襲わせる――これがミレア軍の策である。
だがこれだけの実力者が揃っても、ルーベルグはまだ強い。三人を寄せ付けず、決定打を与えさせない。
「三人がルーベルグを押さえている内に、他の者はさらに奮戦してください!」
だがヴァイスたちにとってはこれで十分。ミレア軍は、エホシャドチグパ軍を蹴散らしていく。
「あわわ、助けて! 船長!」
「このままじゃ俺たち負けちまう!」
「……チッ、邪魔だテメエらッ!」
自軍の危機を察したルーベルグは、三人との戦いを強引に切り上げ、仲間たちと共に帰っていった。
この時の彼はまさしく不完全燃焼であり、ずっと苛立っていた。
ゲイルリンドは指揮台のヴァイスに尋ねる。
「追撃しますか?」
「結構です。本気で抵抗されればこちらがたまらないですから……さ、勝鬨でも上げましょうか」
南へ行くエホシャドチグパ軍の艦隊を遠目に、ヴァイスたちはこの結果に歓喜するのだった。
*
雄大な海にいくつもの島があり、どこもかしこも娯楽と音楽が満ち溢れる国――音国エホシャドチグパ。
その中央に位置する、国内イチの面積を誇る島の中央【響都】の、そのまた中央に建つ綺羅びやかなドーム施設――【マダキウポオーベー神殿】にて。
「テメエら、今の俺たちの現状についてわかってるよな?」
化神官ルーベルグは、集めた自分の幹部たちに尋ねた。
普段の豪快さはどこへやら。今の彼の問いは、重く低い声色で発された。
やはりあの話か――この一言でルーベルグの意向を察した幹部たちは、揃って首を縦に振る。
「俺達は何ヶ月も前からミレアをいたぶって遊んでいるが、ここ最近、奴らの抵抗が我慢ならないほど激しくなっている。
そこでだ、次の戦いは、必ず奴らを倒す。だからお前らにはなるべく人を集めて来て欲しい……希望人数は絶対に勝つため『800万』は欲しい」
800万――これは当時のエホシャドチグパ属のプレイヤーの9割に値する人数である。
この法外な数字を聞いた幹部たちは、反射的にザワつく。が、ルーベルグが机に蹴りを入れた途端、彼らは恐縮し、沈黙した。
「そんな暴挙、私は断じて反対します!」
ただし、約一名を除いて。
「「「ふ、副船長!?」」」
「何だァ、テメェ。この俺に歯向かうつもりか……」
副船長と呼ばれた男は、至誠な心持ちで、ルーベルグに諫言する。
「歯向かうのではありません、私は今後のルーベルグさんを思ってのことです。
結論から言うと、『もう皆さん疲れているんです』よ。
あのような目的が小さい戦争を何度もさせられている私たちはもちろん、それに付き合わされているミレアの方々も。ここ最近の不調はそこにあると、私は思うのです。
船長、貴方はミレアに本気で向き合っていますか? 今のあの人たちは、我々との戦いを終わらせたいがために、捨て身になっているのです。【Dt-Do】なる訳のわからない薬にも頼るようになっているのです……」
「無茶苦茶なこというんじゃねぇテメェ! 最初に『俺のため』と言いながら、ミレアなんかの心配をするような御託グダグダ並べやがって!」
「勝手に話を切らないでくださいよ……このままの空気で戦い続ければ、彼らはますます異質もしくは非人道的な手段で反撃して来るでしょう。
音国が負けるのが一番最悪な結末なのは当然ですが、あれだけ追い詰められているミレアに勝てて、果たして楽しいと思うでしょうか? 思わないでしょう?
ですからここは……一旦大人しく休みましょう。そして清々しい形で、また楽しく戦いましょうよ。それがエホシャドチグパが今すべきことだと私は思います」
こう副船長が言い切ると、周りの幹部たちはおおっ、と、歓声に近い唸りを上げる。肝心のルーベルグは、彼に笑顔を向けて、
「……お前とは長い付き合いだったな。確か、俺が化神官になりたいと思った頃からか。どんなこともお前に支えて貰って、お前と一緒に笑いながら、ここまで来たんだっけ……」
「はい、そうです。ですから、またその時のように……」
ルーベルグは一変して怒りをあらわにして、
「勝手に話を切るんじゃねぇッ! アブソ・クラッタノイア! お前はもう副船長でも、俺のダチでも、エホシャドチグパ・プレイヤーでも何でもねぇ!
役立たずだ! 能無しだ! そこいらの海に浮いてるゴミクズだ! これ以上の罵倒も嫌になるくらいの存在だ! だからさっさと俺のシマから、出ていけッ!」
「そ、そん……」
「いいからさっさと、出ていけ!」
あの人は一切話を聞いてくれない――ルーベルグの激烈な剣幕に、圧倒と絶望を感じた副船長は、
「……は、はい」
満足な別れの言葉も残せぬまま、すごすごとルーベルグの元から消えた。
「次の戦いに勝てれば、俺たちはどっと笑えるんだ……次の戦いに勝てれば! 野郎ども、いいな、わかったな!」
「「「は、はい!!!」」」
残された幹部達も、ただただルーベルグの激憤に怯えるばかりだった。
まもなく、ルーベルグは宣言通り、800万人という法外な人数を集め始めた。
このあまりにも大きすぎる行動は、後の標的にして原因であるヴァイスは言うまでもなく察知した。そして彼は、急いで将たちを招集をする。
「この話は概ね伝わっていると思いますが、念のため改めて説明致しますわ。私達の仇敵、ルーベルグが大規模な軍の編成を始めましたの。その狙いは紛れもなく、私たちでしょう。あまりにも急な事態ですので、人数などの詳細は不明です。が、とにかく危ない状況なのは間違いないですわ」
一人の将は、ヴァイスとカオンに問いかける。
「何かしら、対策は考えていますか?」
ヴァイスが答える。
「先程カオンさんがおっしゃったように、あまりにも急な事態ですので、まだ本腰に入り切れていませんが……一応、首都【純都】のスベラゼルカに援軍要請を送る。防衛兵器の特設。それと……」
ヴァイスはオルディッツに、目で『後は頼む』と言い、当人はこれに従う。
「より強力な【Dt-Do】の開発・製造を勧めています。途中段階なので詳細は言えませんけど、ね」
今度は別の将がヴァイスとカオンに尋ねる。
「戦いの前に、縁起でもないことを尋ねるようで申し訳ありませんが、お二方はこの戦いに勝てると思っていますか?」
「いいえ、違いますわ」
「『私たち』はこの戦い『も』勝てると思っています」
より芯を食った軍議は、情報が出揃ってからとして、ヴァイスは集めた将たちを解散させる。
そしてヴァイスは即、自分の作業場に戻り、物資管理、部隊育成などに関わる庶務を続けて行う。
「……相変わらず真面目にやってんな」
ヴァイスの庶務の一部をノルガードは盗み見した後、元より約束していたカオン、ゲイルリンド、オルディッツたちの親睦会に混ざる。
「来ねぇなぁ〜、ヴァイスの奴。折角俺たちが楽しくやってるっていうのに」
その中でノルガードはさっきの盗み見をネタに、こうふざけた事を言ってみる。
「そりゃあヴァイスは机仕事が好きだからね。人の頑張りを小馬鹿にするような輩と机を囲むよりはね」
「……悪かったよ皆、あと、ヴァイス」
ここでゲイルリンドは、ふと疑問に思う。
「しかしヴァイス殿はあれで大丈夫でしょうか。私としては少々過労かと……カオン殿はどう思います?」
「わかりませんわ。彼が来た当初からずっとあのような働きぶりでしたから。オルディッツさん、あなたヴァイスさんの親友を自称していましたが、何かご存知で?」
「ご存知だとも。ヴァイスは昔っから……具体的に言うと、六歳の頃から、努力家だったさ」
「六歳、そんなちっさい頃なんかにきっかけがあったの?」
オルディッツはスピーディーかつストレートに答える。
「親父が死んだんだ。しかも酷い形で」
ヴァイスは、とある小さな町の建設会社の社長の息子だった。
会社の規模は然程大きくないものの、社長は町の中で一番の働き者と呼ばれるほど、熱心に仕事に取り組んだ。
そんな父が、男手一つで自分を育ててくれた父が、ヴァイスは大好きだった。
ヴァイスが六歳の頃、その町で大規模な開発計画が立ち上がり、父親は町での評判の高さを買われ、そこに参加することになった。
彼が靴に遺書を入れたのは、それから一ヶ月後だった。
その理由は、この開発計画の利益の大きさに気づき、その利権を盗み取ろうとしようとした大企業の『業務』の可能性があったが、関係者がことごとくだんまりを決め込んだため、精神的疲労と片付けられた。
こうしてヴァイスは父親を失った。と、同時に、彼は己の使命を受け取った。
「……その時からヴァイスは努力家になった。この世の中に道理を通すために」
「「「この世の中に道理を……?」」」
「平気で悪事を働く実力者。悪しき権力に敗北した父親……より努力が尊ばれる世の中であれば、『コイツ』らは悲惨な結果にならなかった。
そう分析したヴァイスは、『本当に努力した人間が上の地位に立つようにする』という自らの天命を、悟ったんだ。
で、そんな大層な信念を持った彼が、ロジスティクス・サーガをしているのは、総プレイヤー数約1億にもなるこのゲームを用いて、自分の正しさを確かめるためだって。ま、これは方便かもしれないけどね。ただゲームを楽しんでいる線もあるし」
オルディッツからヴァイスの話を聞いたカオンは、大きなため息を吐いた。
「何だか、これまでの自分が馬鹿馬鹿しくなってきたわ……」
この嘆きの意味を、ゲイルリンドが問う。
「何故です、カオン殿」
「惰性。その一言で私の人生は片付けられますもの。いい小学、中学、高校、大学に通い、適当な友達を作り、適当な服やご飯をいただく……ゲームの中でも、流され続けて国境警備から防衛の指揮官になりまして……このような愚者が、かのような賢人と共に並ぶのが、恥ずかしくなってきましたの……」
ノルガードは腰掛ける椅子に思い切りもたれかかり、
「別にいいんじゃねぇの。だって、僕が援軍として来させられた時の、ヴァイスの呪詛覚えてるよな?
アイツは絶対、無能な権力者が嫌いだ。けどヴァイスは何も言わずに、僕もお前も自分の側に置いてる。だから、ヴァイスは、言葉に出さないだけで、信頼してるんだよ」
カオンはノルガードを一瞥して、少し微笑み、
「別に、あなたと一緒とは思っていませんが……その励ましは、ありがたく受けますわ」
グラスを空けたゲイルリンドは、席を立つ。
「突然すみません。私はここで失礼します。次の戦いに備えて、調整を行いたいので」
ゲイルリンドの向上心に焚き付けられたのか、オルディッツは一気にグラスを飲み干し、遅れて席を立つ。
「僕も失礼するよ……必勝のための【Dt-Do】を、研究しないと、ね」
「ええ、それがいいですわ。泣いても笑っても、次の戦いで、私たちのこれまでの評価が、決まりますもの」
「ま、僕とカオンの準備は多人数前提だから、こんな夜遅くじゃあ何も出来ないけどね」
「だから一緒にしないでくださいますか、ノルガードさん?」
一方その頃、ヴァイスは今も作業場にいて、チャットをしていた。
「その話、本当ですか?」
『ああ、本当だ。もう既に【純都】から出発した……彼らは私が選りすぐった精鋭だ。彼らを用い、ミレアの栄誉のため、絶対に勝つのだぞ、ヴァイス』
「ありがとうございます、スベラゼルカ様。この援軍、有意義かつ丁重に扱わせて頂きます」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
※各種データは作中時間で三年前ではなく、現在のものになっています
■用語説明
【エホシャドチグパ】
通称:音国
神:音神【マダキウポオーベー】
首都:響都
プレイヤー数:900万人(総プレイヤー数の9%)
化神官:リュート・ブルーバード
音楽神が束ねる、愉快響く自由な国。
国土の大半が大海原で、そこに浮かぶ諸島が集まって成り立っている常夏の楽園。
固有成長傾向はコンボ偏重主義。コンボを稼げば稼ぐほどメリットが発生するスキルを多く覚える。その関係でここのプレイヤーは、ほとんど武器を二つ持ちにしている。
リゾート地を彷彿とさせる国であり、一見暮らしやすそうだが、固有成長傾向の独特さや、地名と神の名前のダサさが災いし、プレイヤーの中ではすっかりネタ国家と認識されている。
だがそれを利用していい画を作ろうと、何人かの実況者がわざと所属し、そのファンも芋づる方式で所属した事案(特に現行の化神官によるものなど)が多発しているため、人口はそこまで少なくない。




