89.HEAVEN'S RAISE―集いし五人―
命国ミレアと音国エホシャドチグパの国境付近、【防音の城】の南側にて。
ヴァイスとカオンは、城を背に、指揮用の高台に立ち、防衛陣を組んでいる。
二人の視線の先には、海岸に着く大船団と、怒涛の如く進軍する数百万のエホシャドチグパ軍があった。
「今日はいっぱいぶっ倒してやる!」
「さぁ、楽しむぞ! せいぜい上手く相手しろよ!」
「俺たちの戦歴になりやがれ!」
エホシャドチグパ軍は前回戦った時と同様、個々人が自由に、足並みを揃えず突撃する。
ヴァイスとカオンは突出した者から優先的に攻撃指示を出し、敵軍の数を減らす。この作戦も前回と同じ。だが、今回はさらに一手加える。
「ヒヒヒッ! 細斬れにしてやらぁ!」
ノルガードを筆頭とした罪人達による遊撃隊が、エホシャドチグパの大軍に入り混じり、ただでさえ散乱した陣形をさらに散らす。
「ほう。あの殺人鬼、なかなかにやりますわね」
「罪人というのは大抵度胸があるもの。それをバカとハサミは使いようという感じで、上手に導けば、活躍してくれます……特に今回の作戦は、彼らの度胸が必要不可欠ですから」
*
数時間前、ヴァイスはカオン、ノルガード、その他諸将と『対エホシャドチグ』について、会議を行った。
その中で、話の焦点は、化神官ルーベルグに自然と移る。
「ぶっちゃけた話、奴らの強さの九割はルーベルグの強さだ。そして奴を抑える事が出来ないのが、何よりも辛いことなんだ」
と、ある将はルーベルグの絶大な存在を口にする。
「奇襲、罠、包囲等の謀は使った経験はありますか?」
もう一人の指揮官、カオンが答える。
「あれこれ試しましたわ。けれども、奴はそれら全部自前のパワーで強行突破してしまいますの。」
続いて一人の将が補足する。
「ならせめて、他の連中を一掃してやろうとした事もありました。が、『副船長』と呼ばれる裏方が窮屈にならない程度に軍団を指揮し、総崩れを防いでいましたので……そうこうしてる内に、ルーベルグに煮え湯を飲まされました」
「つまるところ、我々がエホシャドチグパに勝つには、ルーベルグを屠る以外道は無いのですか。では次に、何故『ルーベルグはあれほど強いのか』について議論を行いましょう。誰か、彼に関する情報がありましたら、どうぞ遠慮なくお話ください」
一人の将が手を上げる。
「はい。奴のジョブは【重装士】であると予想されています。彼の『重い一撃の連続コンボで敵を強引に叩き潰す』戦法は、エホシャドチグパの【重装士】のそれと同じです。ただ、それでもあの超ステータス――特に、素早さが伸びにくい【重装士】らしからぬスピード――は異常です」
「あー、それきっと【化神官】のスキルの仕業だね」
これまで眠たそうに会議に参加していたノルガードは、突然に語る。
「皆知らないの? 【化神官】は必ず、メチャクチャヤバいスキルを持ってるんだよ。僕の故郷の文国ヨヤアサの化神官は、『スキルとかステータスとか、何かしらの概念を無かったことにするスキル』を持ってた。だからそのルーベルグも、相当ヤバいスキル持ってるんじゃない?」
カオンはノルガードに吐き捨てるように、
「それぐらいわかってますわよ、この無礼者。私たちは、その正体が一切わからないために、何日も、あの野蛮な多勢の船長に手を焼いていますの。おわかりかしら?」
ここでヴァイスは、あることに気づく。
「なるほど、そうですか」
「あなたはわかっているでしょう、ヴァイスさん」
「あ、いえ、それとは違います。私は今、彼のカラクリに気づいて、こう思わず言ってしまったのです……」
*
指揮官用の高台より、ノルガード隊により分割されるエホシャドチグパ軍を見ながら、ヴァイスはつぶやく。
「私が思ったルーベルグの疑問点は二つ。『あれほどの強さを持ちながら、何故大勢と共に来るのか』と……」
「ようし野郎共! 大祭りだ! 悔いのないようにこの大波に乗れよ!」
と、ルーベルグは覇気を込めて叫び、混戦に突っ込む。
「……『何故自分は少し間を置いて出撃するのか』。私が立てた仮説は……」
ミレアの兵を紙切れの如く蹴散らし、ルーベルグは指揮台へ飛びかかる。
「【セイクリッド・ガード】、五連!」
「【ディフェンス・コール3】!」
ヴァイスはカオンに防御力バフをかけ、カオンは正面にバリア五枚を重ねて張る。
ルーベルグはバリアに両手の斧を叩きつける。斧はバリア四枚を破り、一枚に止められる。
「ルーベルグ、貴方は『側で仲間が戦うことにより強くなっている』のでしょう?」
「ですから私たち、あなたの周辺にお仲間が固まらないよう、あれこれ仕掛けて見ましたの。どうです? これまで散々虐めていた者達に反撃される気分は?」
「ついでに背ぇ斬られる気分もどうだぁ!」
ノルガードがルーベルグの背後へ、刀を当てに跳躍する。
「上等だ! このぐらいは抵抗して貰わないとつまらないからなぁ!」
ルーベルグは即座に回転斬りを繰り出し、三人をまとめて吹き飛ばした。
いくら仲間を切り離し、バフを弱めているとはいえ、彼には化神官として素の強さがあるのだ。
「よっし、今日はお前らの張り切りが見れただけで満足だ! 仲間たちも今日は特別カオスな戦いが出来ただろうし……お前ら、撤退だ!」
「「「アイアイサー!!!」」」
怒涛のようにやって来たエホシャドチグパは、波が引くように一斉に撤退していった。
地面に叩きつけられたノルガードは、頭を擦り、海へと帰っていくエホシャドチグパ軍を見て、
「痛ってー……クッソ、アイツら都合よく勝ち逃げしやがって」
「ですが、一段階討伐に近づけたのは事実……そう考えると、今回は然程悔しくないですわ。ありがとうございます、ヴァイスさん」
「どういたしまして。さて、後片付けをしましょうか。この善戦に驕らず、次こそは勝ちます」
*
この戦いを経て、コツを掴みかけたヴァイスは、さらに作戦・準備を整える。
「さっさ、飲め飲めお前ら! いいもん飲まないとやっていけないからな!」
「ありがとうございます、ノルガードさん!」
「俺本当ここにいてよかったっスわ。だって、ノルガードさんにお世話になれるんスもの」
「ノルガードさんは、部下からの人望が高いようですね……特に死国トードイスムカにでもいそうな荒くれ者の部下からは。これは今後の方針にでも活かすとしましょうか」
陣形の見直し、軍の育成、装備の強化、自分たちだけで出来ることは、何でもした。
だがエホシャドチグパの化神官――ルーベルグという壁は余りにも高すぎた。
「待たな、ヴァイス!」
何度戦いを重ねても、結局、ヴァイスたちはルーベルグに一撃を貰い、彼らの後ろ姿を見させられる。
後一手足りない――たったそれだけの問題が、ヴァイスの頭に重くのしかかった。
現実。某大学の芝生にて。
ヴァイスはそこに設置された木製テーブルで、昼食とレポート作成を同時に行っていた。
「君らしくなく忙しそうだねヴァイス。昼食の時間も削ってレポート作るなんて」
と、そこに彼の親友、オルディッツがやってくる。
「今日の夜、ロジスティクス・サーガをする時間を少しでも増やしたいからな」
「熱が入ってるね。確か、今君はエホシャドチグパとの戦いの真っ只中で、そこの化神官に苦しめられているんだっけ?」
「本当に厳密に言うと、アイツの化神官としてのスキルにだかな。倒せる相手を真っ当な理由無しに倒さないプレイヤーが優れているわけがない……余計にムカつくな、今アイツに悩まされていることが」
「君は戦術眼にも優れているんだから、いずれは上手くいくと思ったけど、そうもならないのか……」
そう言いながら、オルディッツはヴァイスと同様にレポート作成と昼食を同時進行し始める。
「……なら僕もロジスティクス・サーガのログイン時間を増やすとするよ。なるべく早く、ミレアに帰れるように」
「オルディッツ、さてはもう術国イペファワエゼは……?」
「ああ、円満退学出来て、今丁度ミレアの帰路についているところ。帰ったらすぐ、君の加勢に向かうよ」
このオルディッツの言葉に、ヴァイスは色めき立つ。
「それは助かるなぁ! 俺は丁度、もう一手欲しいと思ってたから、君が加われば、きっと新しい可能性が拓けるよ! ありがとう、オルディッツ!」
「そうかいそうかい。こちらも期待してくれて嬉しいよ。僕も丁度、試したい物があるからさ……」
*
ミレアとエホシャドチグパの国境付近、【防音の城】にて。
カオンとノルガードの二人は、ヴァイスに呼び出され、訓練場へ向かっていた。
「ヴァイスの奴、急に呼び出して何だよ……」
「つい最近、オルディッツさん、というヴァイスさんの友達が来たでしょう、その方が見せたい物があるとの話ですわ」
「あっそ、マジつまんない物だったら一発斬ってやろう」
二人は訓練場に到着する。と、エメラルド色の瞳に激しい闘志を宿す男と、かなり大きいスライム五体【サンドバッグスライム】が対峙していて、それをヴァイスとオルディッツが見守っている。
「……始めてください」
ヴァイスの号令の直後、スライムたちは突撃し、男はポーションを飲む。
すると男の両腕は緑色のオーラを帯び、男はこの腕で、十秒も立たない内にスライムたちを消滅させた。
この男の圧倒的な強さに、ノルガードは思わず唸る。
「す、すげぇ……まるで錦山橙瀧みたいな強さだ……」
これを聞いた、彼の隣にいるオルディッツは喜び、説明する。
「これが僕が術国イペファワエゼで研究開発した新型ポーション――Do Over the Dominate(支配を超えろ)、五感を意識して多少語順を変えつつ略して【Dt-Do】の力だ。
これは様々なアイテムの成分を抽出・配合し、従来のポーションとは一線を画す強力な効果を齎す。今の所は『腕力強化』のような局地的な強化しか出来ないけど、戦力強化には申し分ない。だろう、ヴァイス?」
「あ、すまないオルディッツ。集中して聞いてなかった。話よりもこちらが気になって……」
と、ヴァイスは視線を男の方に向けて言う。
「ヴァイスが雇った、今回のデモンストレーション用のアルバイトの方だったっけ? 確かに、言われてみれば【Dt-Do】の効果抜きに考えても、かなりの実力だったね……君、一体何者?」
男は礼儀正しく、自己紹介する。
「はっ、自分はゲイルリンド・ハング。各国を転々として修行している者です。今回は、路銀稼ぎと、『新たな力を生み出すポーション』の話に興味を持ち、ここに来ました」
話を聞いて、ヴァイスはゲイルリンドに関心を寄せる。
「ゲイルリンドさん、私たちは今現在、エホシャドチグパと激戦を繰り広げています。そこで折り入って話があるのですが……貴方、私たちと共に戦っていただけませんか? その暁には、数多の強者との戦いがありますし、【Dt-Do】もうちのオルディッツが喜んで提供しますので」
「強者との戦い……化神官やそれ相当の者も含まれますか?」
「はい。というより今現在がそうです」
「わかりました。その話、喜んで受けましょう」
「ありがとうございます、ゲイルリンドさん」
かくてヴァイスとゲイルリンドは固い握手を交わし、
(何ちゃっかり仲間増やしてるんだよヴァイスの奴……)
(巧みな交渉、抜け目無いですわ……)
カオンとノルガードはヴァイスの人材欲に一周回って引き、
「さ、さ、さ! 話はこれくらいにして、皆様も【Dt-Do】を飲んでみなよ!」
話題を持っていかれたオルディッツは、嫉妬心を抱きながら、人数分の【Dt-Do】を持ってきた。
「ありがとう。では皆、オルディッツの英知をとことん味わいましょう」
ヴァイス、カオン、ノルガードは一斉に【Dt−Do】を口にする。と、彼らの視界に見たことのない状態異常付与の通知ウィンドウが表示され、不思議な力が湧いた。
「これが【Dt-Do】の力……素晴らしいわ」
己の身体にみなぎる力を感じながら、ヴァイスは思う。
「よし、この力があれば私たちは次の段階に到達できる。至極嬉しいことだ。本当にありがとうオルディ……」
「う、ウェェェェ……!?」
と、ノルガードは、突如思い切りえずいた。
「汚らわしいわねノルガード。急にどうしたのかしら?」
「え、皆は違うの……おいオルディッツ、これメチャクチャ不味い。なんか三日ぐらい床に転がしたパスタみたいな味がする……」
「ま、不味い? おかしいな、僕は抵抗なく飲めるように、どんな種類でもソーダ味にしたはずなのに……ヴァイス、カオンさん、ゲイルリンドさんは、どうもないの?」
「ピーチ味だったが」
「パインアップルの香味がしましたわ」
「メロン味でした」
「……はぇー、どうやら【Dt−Do】は人によって味が違く感じるんだ。タメになったね」
ノルガードはオルディッツの胸ぐらを掴み、彼を揺さぶって、
「なってたまるか! おい、何とかして味変えろ! こんなの戦場で飲んだらまともに戦えないっての!」
「わかったわかった。君の場合はちょっと特殊なのを用意するから……」
「全く、ノルガードさん。あまりオルディッツを困らせるんじゃない……」
【完】




