88.HEAVEN'S RAISE―反逆の決意―
ヴァイスが【防音の城】に派遣された初日にして、エホシャドチグパ軍と初交戦した日の夜。
「あの私たちを幾度も苦しめてきた男と合い、どう思いまして?」
指揮官同士の食事の最中に、カオンは尋ねた。
「ルーベルグ・セイバーオブソング……【化神官】らしく、恐ろしい方でした」
そう答えた後、ヴァイスはグラスを傾ける――これを持つ右手には、思い込み故か、先にルーベルグの斧を受け止めた衝撃が残っているような気がした。
「その恐ろしいというのは、無難に『強すぎるから』という意味でかしら? ヴァイスさん」
物事を表面だけしか見ない男か。と、己を試していることを、ヴァイスはきちんと気づく。
「それもあります。が、あれほど私たちを圧倒したのに、決着をつけず、クルリと撤退した『不可解さ』もあります」
「あなた、いい所に着目しましたわね。私、丁度今からそれについて語ろうとしましたの……ルーベルグの腹積もりをね」
ルーベルグは大海のように豪放で、明快で、器が大きい男。だがそれらよりも魅力的なのは、『一緒にいて楽しい』こと。
音国エホシャドチグパはロジスティクス・サーガ内でもとりわけ遊び人が多い。故にルーベルグの元には自然と何万人もの仲間が集った。だから彼は化神官になった。
ルーベルグは、大勢の仲間たちに、ある『遊び』を提供をすることにした――それは『ミレアとの戦争』。
半年前より、ルーベルグは仲間を大勢引き連れ、手当り次第ミレア軍を蹂躙する。それは今もなお続く、エホシャドチグパ最高峰の娯楽となった。
武力が弱いミレアは、いたぶりやすく、必死で相手してくれる……強欲で残忍な享楽者にとっては最高のサンドバッグだった。
サンドバッグは殴る度に壊してしまってはもったいない。
だからミレア軍もまた今度、戦えるように、あえて生かしておくのだ。
これがルーベルグが【防音の城】以上はミレアに踏み込まず、トドメを刺そうとしなかった理由である。
「だから先ほど、あえて城の外で戦ったのですか……ある程度追い詰めたら、満足して帰ってくることを知っていて」
「そうですわ。全く、こっちは大迷惑ですわ。なんせ、超えらいない力の波が定期的に、終わり無くやってきて、いちいち対応しなければいけないのですもの」
長話の休憩と、ルーベルグへの怒りにより、カオンは豪快にグラスを空にする。
「そもそも、私は、ただの国境警備隊&海岸管理者でしたわ。ですがルーベルグの執拗な侵攻に耐えかねて、上官は次々と引退したり、功績を取り繕って異動したりして……繰り上げで、比較的一番経験が多い私が指揮官になってしまったのですわ。そこそこな大きさの街一つをのんびりと守ることが夢でしたのに」
「それは可哀想に……なら、私はここに来た以上、何としてもルーベルグを倒さねばなりません。いや、倒します」
「……ヴァイスさん、あなたを馬鹿にするつもりでも、私がもう諦めかけているというわけでも無いと、予め言っておいてのアドバイスですが、ルーベルグは本当に強大ですわよ。
今日見たように奴は何万もの軍を、まるで食卓に調味料を持って来るように、当たり前に用意して、自分は一騎当千する男ですもの」
「重々承知です。ですから私はこれより、出来る限りのことをします……例えば」
*
数日後。ヴァイスはミレア首都【純都】に、凄まじい早さで帰還した。
「スベラゼルカ様。【防音の城】のヴァイスが、貴方にご要件があるとのこと……」
「もう? ……とにかく通せ」
相変わらず、見かけ重視の椅子に座すミレアの化神官、スベラゼルカにヴァイスは跪く。
「わざわざ自ら押しかけるとは……何事だ、説明しろヴァイス」
「はっ。今回私は、【防音の城】に援軍を求むために、ここに馳せ参じました」
大軍に立ち向かうには基本、相応の頭数が必要。ヴァイスはまずそこから着手した。
「……詳しく」
「【防音の城】に攻め寄せるエホシャドチグパ軍の人数はあまりにも法外で、現在の兵力ではその場しのぎ以上の健闘が出来ません。この状況が続けば、ミレアは確実に疲弊してしまいます。ですからスベラゼルカ様、援軍をいただけないでしょうか? 具体的には150万ほどで……」
スベラゼルカは躊躇なく応える。
「それは無理だ」
「な、何故? ……先の通り、我々の戦線は瓦解寸前なのですのに……」
「今、私はミレアの国力を高めるべく、公共事業や、他国との貿易に力を入れている。だから対エホシャドチグパに割く人員は、ない」
「本当に、こちらに送る人材は無いのですか?」
「無い。そもそも、私はそちらに援軍を寄越す必要も無いと思うのだが。
報告によると、確かにかなりの頻度で音国軍が来ているようだが、毎回どうにかなっているとのことじゃないか。なら、防衛は十分できているではないか?」
「……はい。ですが、我軍は度重なる激戦で疲弊を……」
スベラゼルカは、ヴァイスの言葉を押し切って言い放つ。
「いいかよく聞け、ヴァイスよ! この世の勝利すべてにおいて大事なのは、『速さ』よりも『大きさ』なのだ! たかが一国境で勝っても、それで全てが覆るわけではない。我々ミレアは、いかなる国にも常に勝てるようにするための準備が必要なのだ!
だから、私は国力を蓄える……いつか大いなる勝利を勝ち取るために、な! だからそれまで耐えておくれよ、ヴァイス」
不服。ヴァイスはその二文字を顔に浮かべて立ち上がる。
「……ご教授頂き、ありがとうございました。直ちに持ち場に帰ります……」
拳を強く握りしめ、出口に向かうヴァイス。そんな中、スベラゼルカは、思う所があったのか、彼を呼び止めた。
「……だが、貴様の言い分も一理あるやもしれん。よしわかった、150万は無理かもしれないが、いくらかは派兵してやろう」
ヴァイスは即座に振り返り、
「それは……寛大な対応、ありがとうございます!」
歓喜。その二文字を顔に浮かべた。
しかし数日後、ヴァイスは、その時に感謝したことをひどく後悔する。
スベラゼルカは公言通り、援軍を与えてくれた……だがその数は五万人と、なかなかに少ない。さらにその内訳は……
「君、レベルは?」
「あ、5です……これから頑張ります」
あまりにも頼り成さすぎる実力の者と、
「私、これほど枷をつけられた者をいっぺんに見たことありませんわ」
あからさまな罪人。この二種類だった。
集まった五万人を【防音の城】に誘導しながら、カオンはヴァイスに尋ねる。
「ヴァイスさん。スベラゼルカ様からは、このような連絡は受けていまして?」
「『援軍を寄越す』、それ以上のことは伝えられていない……私は、きちんと状況と利害を伝えて要求したのですが……」
「となれば、恐らくスベラゼルカ様は……」
「死に晒せぇぇぇッ!」
五万人の中から、繋ぎの鎖が切断された手錠をつけ、両手には短剣を握る細身の男が飛び出る。
彼の悪意に満ちた目は、とにかく殺し甲斐のありそうな偉い奴――ヴァイスを捉えている。
「ヴァイスさん、ここは私が。【セイクリ……」
「いや、私で十分」
男は素早くヴァイスに近づくと、腰を低くし、短剣を突き出す。
ヴァイスは杖の先で、彼よりも先にみぞおちを強打する。直後、彼は素早く側面に回り、今度は首筋を叩き、男を無理矢理うつ伏せに倒す。
そしてヴァイスは彼の背に跨がり、手を後ろに置かせ、身動きを封じた。
「生憎、私は護身用に杖術をかじっていまして、乱暴者一人をねじ伏せるぐらいはたやすいのです。して、貴方は何者で?」
「はっ、見りゃわかんないのかなぁ!? 僕だよ僕、ノルガード・キラーレンだよ!」
この名前を聞き、カオンは思い出す。
「文国ヨヤアサ出身の、大陸各地で何千何万というプレイヤーをキルした男。以前ミレアで逮捕されたとの報を耳にしましたが……まさかあなたですか?」
「そうさ! 疑うんなら、コイツを見やがれ!」
ノルガードは自分の頭上にウィンドウを表示する。それにはしっかりと『名前:ノルガード・キラーレン』の記述があった。
「そうですか」
ヴァイスはノルガードの短剣を取り上げ、彼の拘束を解く。
「あれ? こうもあっさり解放しちゃっていいんだ? さっきあの女が言った通り、僕は大量殺人鬼なんだけど……」
「ノルガードさん。あなたはどういった経緯でここに連れて来られたのです?」
「お前人の話聞いているのか……ええと、なんか急に牢屋にお偉いさんがやってきて、戦ってこいと言われて来た。それがどうした?」
「なるほど。これにて、わかりました」
「何がだよ」
「何がですか?」
「奴は捕らぬ狸の皮算用じみた考えに囚われ続け、国の致命傷になりかねないここの窮状を軽視した。
対応するとは言いながらも、このように杜撰。さらにさかのぼれば、奴はこの前々より起きていた話題に、一切関心を寄せていない……ともなれば、ミレアの化神官、スベラゼルカは、忠節功績を捧げるに値しない者だとわかった」
ヴァイスは押収した短剣を地面に突き刺し、カオンとノルガード――否、防音の城にいる者全てに訴えるように、叫ぶ。
「故に、私は己の技力でエホシャドチグパ軍を打ち倒します。そして、このミレアの化神官は、誰が務めるに相応しいかを白日の下に晒しましょう!」
【完】




