87.HEAVEN'S RAISE―新たな防衛地点―
三年前(※ゲーム時間内)。命国ミレア首都【純都】のキトァミァ神殿の、ある大広間にて。
「この度の防衛戦、実に見事だったぞ、ヴァイスよ」
明らかに身体のサイズに合わない、見た目重視の玉座に腰掛ける、豪華絢爛な鎧姿の男――ミレアの【化神官】、スベラゼルカ・シーボルは感謝する。
「はっ、どういたしまして」
その相手の名前はヴァイス・O・ヘブン。先日、機国イズセラの侵略軍を己の策謀と勇気で打ち破った英雄だ。
「お陰様で、これを契機にイズセラと条約を結ぶことが出来た。以降、ますますミレアの財政は潤うだろう。本当に感謝する」
スベラゼルカは持ち前の交渉術で積み上げていった財産を元に、純都の経済を活性化させ、『人々の暮らしを豊かにした』ことを認められ、命神キトァミァから化神官に上り詰めた男。
この称賛は、非常に彼らしい言葉であった。
「さて、前回の激戦の疲労がまだ癒えていないところ申し訳ないが、貴様には即急に【防音の城】に行って欲しい」
ミレアと戦っているのはイズセラだけではない。南隣にある音国エホシャドチグパもそうだ。
防音の城はその音国からの侵略を防ぐ手段として、そこの国境付近に建設された防衛拠点である。
「なんせ近頃、エホシャドチグパの攻撃が活発になっていると報告があってな。ヴァイス、貴様にはそこの共同指揮官の称号を与える。これで先のように、大活躍してくれ」
「わかりました。ご期待に添えるよう頑張ります」
*
現実。とある大学敷地内の芝生にて。
「今日のランチはここでするのかい、ヴァイス」
ヴァイス――と、呼ばれた青年は、口に入れかけたサンドイッチを一旦カゴに戻して、
「別にどこだっていいだろ、オルディッツ」
と、隣に座るオルディッツと呼んだ青年を、笑顔で迎える。
ヴァイスとオルディッツ。この二つの名前は、本当の名前ではなく、『ロジスティクス・サーガ』のプレイヤーネーム。
だが二人はどちらかと言うと、ゲーム内の交流の方が多いのと、本名をあまり好いていないことから、あえて親しみを込めて、こちらの名前で呼んでいる。
「聞いてくれ、オルディッツ。俺は対エホシャドチグパの指揮官に命じられたんだ」
「へぇ、大出世じゃないか。やはりこの前のイズセラでの戦いが大きかったね」
「だろうな。そしてこの戦いを制せば、次はスベラゼルカさんの右腕になれる。それで万々歳だ」
将来を妄想して、ヴァイスは無意識に笑みが溢れる。
オルディッツは、彼をよく知る者として、首を傾げる。
「ヴァイス、君はそれで十分なのかい? 化神官その物にはならなくていいのかい?」
「別にいい。部隊長、将軍、そして指揮官、ここまで出世できたのは、スベラゼルカさんが財政面で綿密に支えてくれたからだ。俺はそんな有能な人に弓引くつもりはない」
「へぇ、君がそれだけ言うスベラゼルカさんってのは、相当優秀な方なんだろうね。ミレアに帰ることが楽しみだよ」
「確かお前、もうじき術国イペファワエゼからミレアに帰って来るんだったな」
「うん。もう学びたいことはあらかた学んだし、やりたかった研究も終わりそうだし。何やら僕を【流水の学級長】に任命するという話も上がってるけど、それを蹴って帰るつもりだ。
やっぱりヴァイスの側で戦いたいし、【流水の学級】には僕よりも学級長に向いている人もいるからね」
「そうか。ならこっちも楽しみだ。俺とお前で、ミレアを盛り上げていける未来が」
「ハハハ、それじゃ、これからも良き友でいよう、ねっ」
と、言いつつ、オルディッツは自分のカゴにあるサンドイッチ一つを、ヴァイスのカゴに乗せる。
「こちらこそ」
ヴァイスも、自分とオルディッツのサンドイッチを交換する。
そして二人は仲睦まじく笑いあった。
*
「これが防音の城か……」
数万人の手勢を背に、ヴァイスは見つめる。
南の海岸を睨むようにそびえ立つ、文化的に大抵の物はピンク色にしたがるミレアにしては珍しい、素材の色である灰色がむき出しとなった大要塞を。
ヴァイスは中枢にある、かねてからの対エホシャドチグパの指揮官の元を訪れる。
「あなたが……例の追加の指揮官でして?」
と、心配の意味を込めて指揮官らしからぬ、どちらかというと令嬢のような風貌の、言動から傲慢さがうっすらとにじみ出ている女性は尋ねる。
「はい。私がスベラゼルカ様より、この地に派遣されました、ヴァイス・O・ヘブンです
」
「そう、それは可哀想ですわね。私の名前はカオン・トレヴィーナ。以後お見知りおきを」
「こちらこそ。これからは共にエホシャドチグパからこの国を守っていきましょう。ではそのために、必要な情報をあれこれ聞きた……」
その時、城の見張り台から鐘の音が鳴り響いた。
ヴァイスはその鳴らし手の切羽詰まった様子より、この音の意味を『敵襲』と即座に察する。
「それは『百聞は一見にしかず』ということわざにならいましょう。行きますわよ、ヴァイスさん」
「了解です」
まずヴァイスとカオンは、城の尖塔に登り、敵勢の様子を見る。
海岸にエホシャドチグパの国旗がついた幾多の帆船が停まり、ぞろぞろと侵略軍が降りている。
全員が青系の色の装備を身につけていることも相まって、まるで波が船から起こったように進軍する大軍勢に、ヴァイスはただただ圧巻させられた。
「……ざっと数えて三百万……かなり多いな」
一方、ここでの経験が長いカオンは落ち着いて、
「今日は割と少ない方ですわ。伝令、自軍全員に出撃命令を放ちなさい」
「出撃!? この城を用いて防衛戦を展開するのではなく、打って出るのですか?」
「ええ。そちらの方が被害が少なくてすみますので。ヴァイスさん、あなたもお続きになりなさい」
ヴァイスは、折角の城を使い戦うことを殴り捨てたカオンに驚嘆し、彼女を不審に思う。 だが、先達としての知識を信じ、今回は従順に、彼女と共に城の南に陣形を組む。
ヴァイスとカオンはその背後に設けた指揮官用の高台に立ち、エホシャドチグパ軍を待ち構える。
その自軍の数、約二十万――この兵力差なら、やはり籠城戦を行った方がいいのでは。と、ヴァイスはますますカオンの采配に疑問を抱く。
「かかれかかれ、ミレアの連中を叩きのめしてやれ!」
「ヒャッハー! 祭りだ祭りだ!」
「今回も聞かせて貰うぜー! お前らの悲鳴を!」
威勢よく、猛烈に、あたかも大波のように迫り来るエホシャドチグパ軍。それを見た瞬間、ある程度戦歴を重ねてきたヴァイスは思う。
(……連携がなっていない)
彼らは皆それぞれ、自分がどれだけ敵を倒せるか、どれだけ敵陣に切り込まれるかしか考えておらず、攻撃目標、進軍速度、そしてレベル、全てにおいてバラバラだった。
「皆様、絶対に怯えてはなりません。徹底防御の体勢を維持し続けるのですわ」
「とにかく、孤立気味の者を集中して減らしなさい」
対するミレア軍はヴァイスとカオン、二人の指揮官による細密な統率の元、凸凹のエホシャドチグパ軍を巧みに削る。
「よし。これならどうにか押し返せよう……」
初の対エホシャドチグパ戦ながら、いまのところは順調に戦運びができ、ヴァイスは微笑む。だが、まだ彼は内心、疑問を抱いたままだ。
「忙しい中すみませんが、一つ質問させてください。どうして籠城戦をしなかったのですか?」
「……あの下衆共にこれ以上城を壊されるのが嫌だからですわ」
「城を壊されるのが嫌……? どういうこと……」
「!? 皆様、一層気を引き締めなさい! ルーベルグが来ますわ!」
と、カオンが叫んだ直後、約二十人のミレア・プレイヤーが宙を舞い、消滅する。
「ソラソラソラァ! 響鳴しろ、俺の豪勇! 共鳴しろ、俺の豪遊!」
さらに三十、四十、五十……百、千、次々とミレア軍の兵が蹴散らされる。
その中心には、海賊めいた豪放さと王様めいた豪快さを兼ね揃えた巨漢――音国エホシャドチグパの化神官『ルーベルグ・セイバーオブソング』がいた。
「駄目だぁ、まるで止められない!」
「ひいっ、来るな! 俺はここでゲームオーバーしたくない!」
「た、助けてくれぇい!」
ルーベルグはチート染みた――非常に俗な表現だが、こうしないと伝わらないほどの――攻撃力・防御力・速度をもってして、ミレアの陣を無理矢理こじ開ける。
海の怪物でも怯えてしまいそうな、彼の殺意に満ちた目は、奥にいる指揮官を映していた。
「さぁ、今日も楽しもうぜェッ! カオンちゃぁーんッ、よぉッ!」
ルーベルグは地面を蹴り、高台のカオンに一対の斧を押し付ける。
「【セイクリッド・ガード】、五連!」
カオンはお得意のバリアを展開し、攻撃を防ぐ。
しかしルーベルグのパワーはただただ、異常。バリアは硝子どころか、飴細工のように粉砕され、カオンはHPを八割減らされる。
「これで……フィナーレだ!」
そしてトドメに、ルーベルグは左手の斧をカオンめがけて大きく振るう。
「【ディフェンス・コール3】! ハァッ!」
高台の上で、火花が発せられる。
歯を食いしばり、ガタガタ言わせながら、ヴァイスは斧を杖で受け止めた。
「重い……私が出来る限りの防御力バフをかけたのに……まだ重いです」
「へぇ……見かけない顔だ。新人か? 名乗れ」
「ヴァイス・O・ヘブン。本日よりここの守備の指揮を任されました……」
「ヴァイス……その身なりからして、お前【聖職者】だな? 非力なジョブの癖に頑張るなぁ、お前」
「ええ、【聖職者】だからと裏に隠れっぱなしではいけませんもの」
「ふーん、そうか……」
そうヴァイスが言うと、ルーベルグは急に距離を取り、満面の笑みを浮かべ、グッドサインを見せつける。
「んじゃ、これから俺たちを楽しませてくれよな」
そしてルーベルグは踵を返し、
「おいお前ら、今日の遊びは終わりだ、帰るぞ。エホシャドチグパの美酒が待ってるぜ!」
「「「「「ヘイ! 船長!」」」」」
これまでの大進撃を完全に無下にし、仲間たちと一緒にあっさりと撤退した。
「……彼は、何をしたかったのでしょうか?」
この瓢箪から駒な結末に、ヴァイスはただただ呆然とした。
同時に、軍が首の皮一枚残して存命したことに安堵した。
「己! またしても、彼に遊ばれましたわ!」
一方でカオンは、再び与えられた屈辱と憎悪を、高台の床板に拳としてぶつけた。
【完】




