83.さらば学園の光
ブッチギリーストへ放たれたエロイースの魔力球を、駆けつけた烈火の学級生たちが決死の覚悟で受け止める。
彼らは息も絶え絶えの状態で、ブッチギリーストに訴える。
「級長! こんなしょうもない所で諦めないでください!」
「化神官になって、術国の皆を仲良くさせる。まさか忘れたなんて言わないですよね、級長!」
「こんな素晴らしい考えしてる人が、むざむざとやられるなんて、絶対よくないですから!」
「絶対よいっての。はよ消えなさい」
エロイースは魔力球を操作し、これを受け止めた烈火の学級生の急所を攻撃。
ブッチギリーストですら大ダメージを受けるのだ。学級生くらいのステータスでは、化神官の最高威力の魔法を受け止めて、生き残れる者は皆無だった。
「【術神の極致】、十連」
エロイース、二波目の魔力球十個同時発射が来る。
「うぉー! 全力で級長を守れー!」
これもまた、級長ブッチギリーストを助けに来た烈火の学級生が受け止める。幸い、同時に十個発射された魔力球は、軌道がさほど複雑ではなく、彼らでもなんとか対応できた。
「ちっ、十個同時に操作すんのが面倒くさいことを利用しやがるとはね……」
身を呈する子分たちの姿に、ブッチギリーストは危機感と罪悪感を抱く、
「お、お前ら……撤退ろ! ここはワシの戦場だ、お前らが犠牲になる必要は……」
「級長! 俺たちは気にしないで、さっさと生徒会長ぶん殴ってくださいよ! 先代の陰険野郎をぶちのめした時みたいに!」
「俺達は級長の盾になります! それで級長の望みが叶うんなら、俺、バリ嬉しいです!」
「いっつも級長におんぶにだっこだった俺たちが、今回は級長を助けてやってるんですよ……だから素直に喜んで、行ってくださいよ!」
「「「「「だって俺たち、級長の友達ですから!!!!!」」」」」
ブッチギリーストは目が覚める。自分はここまで努力と計画を積み重ねたのは、エロイースに負けるためでも、怯えるためでもなければ、ただ勝つためでもない――自分を慕ってくれる者たちの為、自分の友情を実現るためだと。
「……改心ったぁ! ならお前ら、とことん献身んで、殉死れやがれ! そしたら回帰した後、ワシが作った正夢で爆笑わせてやるからよぉ!」
「「「「「はい、級長!!!!!」」」」」
ブッチギリーストは、次々と己を庇いに来る烈火生を犠牲にし、一歩一歩、エロイースに歩み寄る。
この壮絶なブッチギリーストの進撃を見たオサラウド、ヒドゥニルン、カイナフィは畏怖する。
「ブッチギリースト殿……否、烈火の学級。なんたる熱い執念だろうか……」
「クソが、魔力吸われたのがますます憎い……これがなければアイツら速攻斬り刻みにいけたのによ……」
「え、エロイース様! クールかつインテリジェントにご対応ください!」
「早く帰りたいんだから、邪魔しないでくれないあんたら……ちっ、ブッチギリーストめ、面倒な連中育ててくれやがったわね……」
エロイースは次々と魔力球を撃ち、ブッチギリーストを屠ろうとする。だが烈火生がそれをやらせない。ブッチギリーストを慕う彼らが、ブッチギリーストの人望を体現するように、絶え間なく集うのだから。
「面倒な連中じゃない……友達だ! こんな醜悪な言葉で呼ぶなエロイース! 腐っても化神官になれる俊英さなら理解ってるよな……人の友達を、侮蔑して嘲笑うなぁ!」
と、エロイースへ向けてブッチギリーストは怒号を轟かす。
「ぎゃあああ!」
直後に、ブッチギリーストの脇にいた烈火生が絶命した――死因はエロイースの魔力球ではなく、ネロアが投げたワイヤー付き剣だった。
これに三学級長と、彼らの背後に隠れるレイザックは、目を丸くする。
「急にどうした、ネロア……」
ブッチギリーストがネロアに尋ねた時、彼女は剣を引き戻して、彼に告げる――彼女の目にこもっていたのは、憎悪と悲哀。
「ブッチギリーストさんは、本当にこの学園に友情を根ざしたいのですか?」
普段のネロアの、無駄に荘厳な口調じゃない。と、少々疑問に思いながら、問に答える。
「おう、左様だが。何か不満でもあるのか?」
「……そのために、アンティルはさんは、僕の『友達』は……濡れ衣着せられて、牢屋に放り込まれて、周りからあれこれ悪口言われて、心身共に疲労しなければいけなかったんですか!?」
「!?」
何も言い返せなくなるブッチギリーストに、ネロアは言葉を重ねる。
「険悪な空気が充満したこの国に友情を芽吹かせる――その理想は今でも素晴らしいと思います。ただブッチギリーストさん、あなたはやり方を間違え過ぎです。
何の罪も無い他人の友達を陥れ、国中に戦乱を巻き起こし、いくら不満があるとはいえ、気に入らない人を消す――本当にこの先に、『友情』があるんですか?
こんなことしたらここには、貴方を『慕う』か『畏れる』以外出来ない没個性な人しかいなくなってしまうような気がするのですが……自分と違う個性を持った人たちと結ぶのが『友情』という人間関係の形はずなのに!」
「結末なんて不可視だろうが。この一件を機に、これまで術国をギスギスさせてた奴らが反省するかもしれないしよ……勝手に決めつけるな、ネロア……勿論、戦争の復興云々は誠意を持ってやる。アンティルのことは、全部終わってから謝るしよ」
「僕が気にしてるのはそこではないんです。僕が一番怒っていることは、『あなたがこんな愚かな陰謀を行ったこと』なんです。
僕はヘブンズレイドの際、ウェンリーさんとともに共闘してくれたことに感謝しています。
僕はイペファワエゼに来たばかりの頃、最初に親身に親切に話をしてくれて安心しました。
僕は貴方の学級長に至るまでの話を聞いた時、その熱意に感動しました。
そんなブッチギリーストさんが……どうしてこんなことをしたんですか!? どれだけ今に不満を持っていたとしても、もっといいやり方は思いつかなかったんですか!? 自分でも悲しいと思わないんですか!?」
このネロアの魂を込めた説教に、三学級長とレイザックは、開けっぱなしの口から、何も出せずにいた。
エロイースは気だるそうに、意味も無く本のページをパラパラしていた。
そして、ブッチギリーストはネロアに怒りをぶつけた。
「……無念くない……ワシは、最初っから覚悟決めてるんだ……この陰謀に全力注とるんだ……これが最適解だ! 【能謀・英蔑屈】!」
ブッチギリーストが地面を殴るや否、ネロアの手前の地面が、壁となるように勢い良く隆起する。
ブッチギリーストの目的はあくまでエロイース、これにてネロアの介入を遮断した所で、
「お前ら……再開めて、進撃むぞぉッ!」
「「「おーっ!!!」」」
身を賭す友達を糧に、エロイースに迫る。
対する彼女は、【術神の極致】の発射体勢を取り……何もしない。
「何故攻撃しない、エロイース!?」
「『面倒くさい』……それだけの話よ」
こう告げられた直後、ブッチギリーストは、頭上の僅かな殺気を読み取る。
その時、ネロアは、ブッチギリーストの頭上に跳び上がっていた。
スキル【ノーム・エーペックス】はさっきオサラウドに見せてもらった。だから、岩の隆起のタイミングを読んで、それを踏み台にして大ジャンプを決めたのだ。
「……【堕落の衝】ッ!」
そこからネロアは、目を薄っすらと涙を滲ませ、空中より闇を帯びる剣を豪快に振り落とす。
「そんな所から奇襲って来るとは……! なら!」
ブッチギリーストは拳に魔力を注ぎ、何らかの防御態勢を取ろうとする。
最中、ブッチギリーストは背後からまた別な殺気を感じ、この拳で弾く。
己の投げた短剣を弾かれたヒドゥニルンは、至極悔しそうに、
「……わりぃネロア。ここに来てからずっと散々酷いことして……でもって更にスマン。今はこれぐらいしかできなくて」
「……その気持ちがあれば十分ですよ。ヒドゥニルンさん!」
嫌でもわかった……あと数秒で、己が見せた隙を突かれることを。今すぐ振り返っても、斬られる部分が前か後ろになることを。
だからブッチギリーストは……周りの友達に助けを求もうとする。
「【術神の極致】、十連」
あまりにも悪質なタイミングで、エロイースは魔力球十個を放った。
ネロアの闇剣を防ぐか、エロイースの魔法を防ぐか。烈火生達はこの空前絶後の二択の難題に迷い……
「ご、はぁぁぁッッ……」
全て、自分の身体で受けいれた。
「最後に一つ言っておくわ、ブッチギリースト……あなたの言う最適解は、この通り失敗したわよ」
「最適解なんて無いんです……だから、どうかここで一度倒れてください、ブッチギリーストさん」
「猛、省……」
力尽きたブッチギリーストは、天を仰ぐように膝を突き、消滅する。この際、ブッチギリーストの体から魔力の光が放出され、
「ああ……力が戻ってきます! よかった、僕の魔力が戻ってきます!」
一部は今生存している者たちに還り、他はいつかリスポーンする持ち主を待つように、虹色の輪となって、空に留まった。
*
翌日、イイキュフォアグ神殿にて。
「ちょっ、どういうことだよ、学級長よぉ!? 『トパライザ禁書を盗られた時から、全部自分の読み通り』だって!?」
ヒドゥニルンを筆頭に自分の発言に驚愕する三学級長とネロアとレイザックに、エロイースは面倒くさそうに説明する。
「誰かしらが国を転覆させるべく、大きな力を求めた人を誘う罠――それが『トパライザ禁書』の本来の役割なの。
だからああいう大事な物の割にはかなりゆるい管理をしていて、こちらもあんまり積極的に捜索しようとしなかったの……代々化神官が後々ボコることになってたから」
カイナフィは衝撃の事実に戦慄しつつ、彼女に尋ねる。
「で、ですが……対応が後手過ぎるとは思わなかったのですか?」
「これもわざとよ。あなたたちがこういう揉め事が起こったら、上手く対応できるかを見定めるためにね……ま、その結果が、このザマなんだけど……」
「……申し訳ございません。エロイース様」
「……見苦しい所を見せましたね」
「……ごめんなさい」
そして三学級長は一斉に頭を下げた。
「ま、だからといって何かしら仕打ちがあるってことでも無いけどね。
それするのも、烈火の学級長不在のイペファワエゼをさらにメチャクチャにするのも面倒くさいからね……以降は反省するように」
そしてエロイースは柏手を打つように叩いた手を、三人めがけてパタパタ振る。
「はい、以上、さあ早く配置に戻りなさい」
「……わかりました」
三学級長はエロイースの命令通り、神殿を出て彼女の元を去る。
そしてエロイースは残ったネロア(とレイザック)に、
「で、あんたらは何がしたいの?」
「応、僕らは……」
「もう中二病気取るのやめてくれない? アタシあなたの素、ハッキリと見聞きしてるから」
「はい僕たちはまず、エロイースさんから『トードイスムカ外交禁止令を解く許可証』を貰いたいの……」
「はいこれ」
エロイースはネロアへ雑に許可証を渡す。
「あ、ありがとうございます……結構、あっさりしてますね」
「特別言うことも無ければ、断る理由も無いから。あと、さっき『まず』って言ってたけど、まだ頼みことあるの?」
「アンティルさんを釈放して欲しいのですが……」
「それはもう済んでるんじゃない? 昨日から裁判所に手続きさせてたし」
「そうですか……なら、こちらもありがとうございます。やるべきことはキチンとやる……しっかりしていますね、エロイースさん」
「……本当の天才は、余計をすんなりと諦められること。それがアタシの持論。だから、九割のどうでもいいことは適当にやって、一割の大事なことは本気でする。それだけよ。
ま、そう思うならどうぞご勝手に。後は、もうないわよね」
「はい。なので僕達はここで失礼します、早い所アンティルさんに会いに行きますので」
「俺からも、お世話になりました、エロイースさん」
踵を返し、神殿を出ていくネロアとレイザックに、エロイースは手を振る。
「はーい、じゃあね……あんたはくれぐれも、余計な物背負いすぎて疲れたり、混乱しないようにね……ふぅ」
二人が神殿を出たのをしっかりと確認した所で、エロイースは床のある一箇所を掴み、パカッと開ける。
「うーっすらクスクス笑い声がして、イラツイたんだけど?」
オサラウドは笑みを漏らしながらし床の穴から上がり、
「申し訳ない。まさかお前に『しっかりしてる』と言う人間がこの世にいるとは思わなかったからな」
「それな。あの人マジの奇人だわ……あんたもそう思うでしょ、兄貴」
「そうだな。お前に負けず劣らずだったな。
わざと秘宝を盗ませるわ、大騒動になるまで泳がせるわ、おまけに俺を、敵に塩を送るようにブッチギリーストへ向かわせるとはな……」
「しょうがないでしょ。アイツもアタシも半端なパワーアップで決着したらスッキリしないからね……悪い?」
「……もうボコされたくないから、ノーコメントにさせてくれ」
*
未だなお虹の輪が輝く空の下、ネロアとレイザックは騒乱によりところどころ壊れた街中を歩き、一際浮いて外傷がない建物――牢獄の近くを訪れる。
「おーい、俺っちはここだぜ!」
そこには疑いが晴れて釈放され、すっかり元気を取り戻したアンティルと、神妙な面持ちのヒドゥニルンの姿が。
「はい、遅くなってすみません、アンティルさん!」
「あの、どうしてヒドゥニルンさんもここにいるんですか?」
ヒドゥニルンは、ネロア、アンティル、レイザックに向けて、頭を下げる。
「本当に申し訳なかった……ネロア君、アンティル君、レイザック君……オレ様がお前らを信用せず、あんな冷たい接し方して」
「頭を上げてくださいよ、ヒドゥニルンさん」
と、真っ先に言ったのは、アンティルだった。
「オレっちはまだこれから、ここイペファワエゼで、ヒドゥニルンさんの下で学ぶ用があるんですから。こんなことされたら俺っち、ここに居づらくなるんで……」
レイザックは驚き、即、彼に尋ねる。
「!? お前、まだここにいるつもりなのか!?」
「ああ、そうだ! オレっちはまだ『化神官の側近らしく強くなる』って目標を達成してないからな! ネロアが許す限り、ここで勉強し続けるつもりだ!」
レイザックはネロアの方を向いて、
「ってアンティルが言ってますけど、どうしますか?」
ネロアは即答する。
「別にいいですよ。ここが『いい』と言うのなら、どうぞ遠慮無く……むしろ、レイザックさんもここで勉強してみたらどうですか?」
「え、俺も?」
「もうトードイスムカでの特訓もマンネリしてきた頃でしょうし、少し新しいことを身に着けた方がいいと思うんですよね……トードイスムカ一筋の僕が言うのもなんですが」
困惑するレイザックと、アンティルに、頭を上げたヒドゥニルンは言う。
「別に構わんぞ。来る者拒まず、去る者好きにしやがれ。ってのがこの学園都市の理念だからな。ただ、一つ条件を言わせてもらう!」
「な、何スか、学級長!?」
「な、なんでしょうか、ヒドゥニルンさん……?」
「二人とも、【暴風の学級】にはマジで来るな。アンティルについては今更感あるんだが……二人とも、風魔法使いとしてビジョンが見えねーんだよな、何か」
「わ、わかりました……じゃあ流水に転級します。」
「それこそお前に似合わんだろ……わかりました、じゃあ俺も、他三学級のどっかでお世話になります」
「その意気ですよ、二人とも。
では、僕は一人でトードイスムカに帰ります――というより、揃った許可証を時国ランニバーニの化神官、ジュリクスさんに届けにいきますので、またしばらく離れ離れになりますが、どうか頑張ってください」
「おう、頑張ってくれよ! 今度という今度は、絶対に迷惑掛けないからな!」
「こちらも、ネロアさんの無事を願ってますので……かれこれ三国連続で何かしらに巻き込まれてるので、きっとランニバーニでも何か問題が起こると思いますし……とにかく、どうか、お元気で」
こうして、術国イペファワエゼより、許可証と、五人の天才との思い出を得て、トードイスムカへの帰路を歩くのだった。
数分後。
「ん、これは……竜?」
ネロアの元に、腹部にカゴを搭載した、人員移動用の竜が降り立つ。
中から武装した者が三名現れ、彼女にひざまずく。
その竜が纏う布と、彼らの装備には、共通してランニバーニの紋章が刻まれていた。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■用語説明
【トパライザ禁書】
啓都を学園都市に改造した、偉大なる術国化神官、【トパライザ・エレメンタル】が作ったとされる、USBのようなサイズと形の魔石。
近くにある魔力をお構いなしに吸い上げてしまう恐ろしいアイテム。
今回の事件の真犯人は、この性質を利用し、学級長たちの魔力を吸い上げ、全属性を極め、大陸最強の魔法使いとなろうとしていた。
このアイテムの真の役目は、強大な力で反乱因子となる人物を魅了し、あぶり出すためのもの。つまり今回の真犯人は、まんまとそれに乗せられてしまった形となっている。
その力に呑まれた者を倒すのが、術国の化神官の最大の責務であった。




