77.鎮静大地
術国イペファワエゼの首都【啓都】にある校舎の、とある教室にて。
そこにはおびただしい数の、様々な学級の生徒が瀕死になって倒れており、辺りは騒然となっていた。
「諸君は、個々人の状態を見て、適切な回復アイテムを与えろ! 諸君は、保健室から必要物と応援を呼べ!」
ただ今、彼らの介抱を行っているのは、この教室を使う予定だった大地の学級。陣頭指揮を行うのはその学級長、オサラウドだ。
「オサラウドさん、時間に余裕のある生徒の皆様を、呼んできました」
「ありがとう。皆様、被害者の救助が終わった後に、身元調査を行いますので。暫しお待ちを」
とある流水の学級生が、オサラウドに尋ねる。
「あの、私達も救助の手伝いをさせてくれませんか?」
「お気持ちはお察ししますが、救助開始の際、『生徒会長』様から『大地以外の学級生は、工作・隠蔽を行うリスクを考慮して、関与不可にせよ』と指示を仰いでますので、ここは我々にお任せください。
気持ちだけは受け取らせていただきます。大丈夫です、大事には至らせません。」
「そ、そうですか……失礼しました」
流水の学級生に納得してもらったところで、オサラウドは作業を再開する。
「皆揃って【麻痺】と【睡眠】を掛けられている……教室自体には何の痕跡もない……別な場所で弱らせ、状態異常を与えた後、運搬したのだろうか?
……状態異常解除アイテムのストックはあるか?」
「かなりギリギリです。体力回復アイテムも」
さらに、保健室に行って戻ってきた生徒が、
「残念ながら、人数が人数なので、人材と物品の調達に時間がかかるとのことです」
「そうか……何人かを長時間苦しませることになるやもしれんな……」
「されば、僕が救済しても、真理に反するだろうか?」
「重ねて申し上げますが、他学級の方の協力は……」
オサラウドに手を差し伸べたのは、どの学級にも属さない、ネロアだった。
「救いの手が要らぬのなら、アイテムを与えようか? 回復に値する代物なら十全に有する。欲するか?」
オサラウドに、一人の大地の学級生が提言する。
「無視しましょう。彼女は他学級以上に信頼度の無い人間ですから」
だが、当のオサラウドは、
「少々方針を変える。この中に回復アイテムを所持し、渡しても構わないという者は、どうか渡して欲しい。我々が適当なチェックの元、彼らの救助に使わせていただきます」
数分後。オサラウド一行は、ネロアたちなどの親切な学級外の方から譲り受けたアイテムを使い、救助を進める。
そして、ある程度容態を安定させたところで、ようやくやって来た保健室の職員に被害者を渡した。
そして、待たせていた生徒達から、聞けるだけの情報を聞き出す。
さらにその中のアイテムを渡してくれた人に、保健室が保有していたアイテムを、一人ひとり丁寧に渡し、謝礼をする。
「よし。皆の衆、ご苦労だった。後は『生徒会長』様に報告をして、次の判断に沿って行動する……あの、謝礼は渡しましたが、ネロア殿、何故あなたはまだここにいるのです?」
と、さも大地の学級生のように事件現場の教室に佇むネロア(とレイザック)に、オサラウドは聞く。
「無礼かつ豪放な立ち振舞い、誠に申し訳ないと思う。されど、僕はオサラウド殿に、一つ、願望せし事象がある……オサラウド殿、何時の刻か、言の葉を紡ぎ合わせられないだろうか?」
「話がしたい……? スケジュール的には、昼休憩がギリギリ空いているから……ではその時間、食堂でどうです?」
「是非、それを求む」
「承知しました。その時間にまた会いましょう。では、これ以上要件がなければ、ここからお引取りください」
「その親切、感謝する。往くぞ、レイザック」
「本当にありがとうございます、オサラウドさん」
数時間後……昼休憩の時間。
ネロアとレイザックは、オサラウドが待ち合わせ場所に指定した食堂の席に座り、待機する。
「お待たせしました。ネロア殿、レイザック殿」
約束通り、オサラウドがやって来て、向かいに座る。
その時彼は、フードデリバリーに使うような大型の四角いカバンを背負っていた。
レイザックはすぐにそれに目をつけて、
「オサラウドさん。それ何ですか?」
「この後、あの火山近辺にあるイイキュフォアグ神殿に住む『生徒会長』様に、注文の料理を配達する予定がありまして……それ用のカバンです」
「あれ? 確か、『生徒会長』さんは四学級長にすら、居城であるイイキュフォアグ神殿に近寄らせないって聞いてたんですが……」
「ああ、そうだ。だからある程度のところまで行って、そこからは『生徒会長』の召使いであるゴーレムに手渡すようにしてる」
「そうですか。やはりここの『生徒会長』さんは相当、正体がバレることについて警戒しているんですね」
「反逆して紡ぐと、供物を献上する使命を授かれるオサラウド殿は偉大なる信頼を得ているということだな」
「他の三学級がめんどくさがってるということもありますが……そうかもしれませんね、ネロア殿。
実際、イイキュフォアグ神殿に至る道の警護を主に任されているのも、大地の学級ですから」
「……ほう、神殿の守護者までも、か……すまない、時間が無いにも関わらず無関係な話を紡いでしまって」
「構いませんよ。それでは、本題の質問をどうぞ。答えられる範囲内の事はお答え致します」
「ならば問おう。先ず、貴方はどのような道標を辿り、【大地の学級長】に座すことが叶ったのだ?」
「入学当初より成績を着実に積み上げて来たからだと思います。中でも決定打となったのは、今から約三年半前に、死国トードイスムカの化神官が――無論、ネロア殿ではない――主導で起こした、死国軍の大侵攻。
自分で言うのもなんなのですが、私はこの防衛戦で、自身の優秀な知勇を惜しみなく発揮し、撃退に最も貢献した。
それが前生徒会長に認められたのでしょう」
「成程……となれば、オサラウド殿は至極堅実で謙虚な逸材なのだな」
「いいえ、完璧にそうとは言えません。今はそうだとしても、昔は色々ありましたから……」
*
オサラウドがイペファワエゼに来たのは、四年前のこと。
魔法大国たるイペファワエゼは、どれだけ魔法を極めたかが上下を定める。
昔から自信家かつ努力家、そして野心家であるオサラウドは、それを理由に、入学を決めた。
目指すは『己の才で、術国の化神官の座を射止めること』――オサラウドは、手段を選ばず知識と経験を吸い続け、イペファワエゼ内の中でも随一となる逸材と化していった。
そして、オサラウドは快進撃の最中に、大地の学級長の称号を得た。
だがこれは当時の彼にとって足がかりに過ぎない。
僅か先にある『化神官』という到達地を見て、彼は権限を乱用し、他学級への暴力的なものを含む、様々な行動を行いだした。
大いに悲しんだのは、それから僅か半年のこと。
かのデザートストーム事件の最中、前化神官が突然現れたプレイヤーによって敗北し、そのまま当人――今で言う『生徒会長』がその地位を受け継いだのである。
見据えた得物は逃さんと、オサラウドは、就任したての『生徒会長』と一騎打ちをし、『生徒会長』のきょうだいさに惨敗した。
戦後間もなく、『生徒会長』はこの事件の処理を行った。
烈火・暴風の学級長は、反乱を起こした側の手動者――ブッチギリーストとヒドゥニルンに交代した。
けれども、オサラウドは、これまでの功績と踏まえてと理由付け、オサラウドを咎めず、大地の学級長の役職も据え置きにした。
それはオサラウドにとって、追放されるよりも悔しかった。
結局自分は、学級長どまりだったと、『生徒会長』に断言されたような気がしたからだ。
それでも、もう『生徒会長』に勝てる自信はない。化神官の座も、もう届かない。
オサラウドは失意のまま、大地の学級長としての日々を送ることにした。
そこでオサラウドは気づいた。大地の学級が欠席や遅刻早退が多く、成績が弱く、荒んでいることを。
大地の学級生は口々に言った。『どうせ自分たちが頑張った所でオサラウド様に勝てない』、『大地の学級のブランドはオサラウド一人で十分。自分たちは程々に勉強すればいい』と。
故に、オサラウドは決心した。これより自分は『天に向かい人の上に立つ』のではなく、『地に固まり人の下を支える』と。
それから、オサラウドは学級生たちの勉学のサポートに尽力し、大地の学級を正しく統率した。
こうして、オサラウドは、本当の意味で大地の学級長となり、かつてよりも数多の人望と信頼、そして評価を得るのだった。
天才とは、自分の居るべき地を見定められる者――これが、オサラウドの信じる真理である。
*
「成程。左様な運命の岐路が有った故に、今宵の強大なる支援者、オサラウド殿が居るのだな……実に見事な切り返しだったな」
「お褒めいただきありがとうございます。いやはや……まさかこんな所で面倒な妹の世話をした経験が活きるとは、私も心外でした……そうだ」
オサラウドは四角いカバンを背負い直しつつ、
「すみません、ネロア殿、レイザック殿。そろそろ『生徒会長』の元に向かわないと、大目玉を食らいますので、これ以上の話はまた今度にさせてください」
「相解った。これまでの話、決して無下にしない。本当にありがとう、オサラウド殿」
「頑張ってください、オサラウドさん」
「はい。では」
オサラウドは席を立ち、付近の調理場から注文された品を受け取り、『生徒会長』が居るイイキュフォアグ神殿の方へと駆けていった。
「……本当に、トパライザ禁書を盗んだ真犯人がいるのでしょうか?」
ネロアは、調査すればする程複雑化していく真犯人の形に、頭を抱える。
「流水の学級長のカイナフィさんは内心は繊細な方で、禁書を盗むという大胆な行動が取れそうに見えない。
烈火の学級長のブッチギリーストさんは友情至上主義なので、和を乱す行為はしないはず。
大地の学級長のオサラウドさんは過去に起こしたことを反省しているので、二度同じことをしないはず……では誰がトパライザ禁書を盗んだのでしょうか?」
「まだ話を聞いていないのは、暴風の学級長のヒドゥニルンさんと、『生徒会長』さんですね……平たく考えれば、この二人が怪しいかと」
「『生徒会長』さんはともかく、ヒドゥニルンさんは、あれだけ困っている様子からやってないとは信じたいのですが……
こうなれば、今までの聞き込みが無駄になるかもしれますが、たらればで判断するのではなく、確固たる事実を根拠にして推理しましょう」
ネロアはテーブルに、ヒドゥニルンから貰った事件当日の時間割を広げる。
啓都は同じ学級にいる人でも、一学級の人数が人数なので、少人数クラスに別れ、個々違う授業を受けている。
故に、この時間割はまるで全国のテレビ欄を一枚に合体させたような、おびただしい行と列の表になっていた。
その中で、ネロアは特に重要と思ってマーキングした、四箇所を改めて見る。
「事件発生時刻の四時限目、ブッチギリーストさんは『魔法サッカー練習』、カイナフィさんは『威力調整理論』、オサラウドさんは『防壁研究の歴史』、ヒドゥニルンさんは『隠密行動応用』……やはり全員、きっちり授業が入っていますね」
「ネロアさん。俺に手伝えることがあれば何かしますよ」
「んー、大丈夫です。僕、こういう細かいの見るの嫌いじゃないので」
「そうですか」
ここは食堂、英気を養いに来た生徒たちが食事を取り、友達と雑談を楽しむ場所。
その中で、ネロアは黙々と時間割と向き合い続ける。
「あの人……確かトードイスムカの偉い人だよな」
「そう、化神官のネロア・ルォーナピアナさん」
「何で、ここの時間割ガン見してるんだろうね?」
それを見て、周りの人はただたた異様だと思っていた。
しかし、当のネロアは集中しているので全く気に留めていない……否、通常でも気に留めないだろうが。
一方、レイザックは、
(……暇だなぁ)
やることが無いので、ネロアの作業を横から覗きながら、ウトウトしていた。だが、このまま一人寝ているのも不誠実なので、対策としてネロアにちょっと話しかけてみる。
「そう言えば、さっきの大勢瀕死にさせられた事件は、どうなったんでしょうかね?」
「さぁ? 少なくともまだ本格的な捜査は進んでいないかと……僕もこれ、すごく気になっているんですよね。
あれだけの人数をわざわざ瀕死にさせて、あそこにまとめて置き去りにするなんて、絶対裏があると思うんですよ」
「俺もそう思います。犯人は何のためにあんなことを……
あと、あの広場に来た時、ヒドゥニルンさんが急いでどこかに向かっていたのも気になります。
……別にヒドゥニルンさんが犯人だとは思いませんが」
「そう考えるのが普通じゃね? お前何言ってんだし」
「そんなキツイ返ししないでくださいよネロアさ……いや、この声ネロアさんじゃなくて……」
レイザックは顔を上げる。と、怒気を発するヒドゥニルンが、テーブルの向かいに座っていることに気づく。
「ヒドゥニルンだよ。何がどーなってネロアになるんだよ?」
微かに遅れて、ネロアも面を上げる。
「こんにちわ、ヒドゥニルン殿。今宵は如何なる運命に導かれ、僕の元に来訪せんのだ?」
「どうしたもこうしたもねーよ。お前ら、最近ずっとオレ様たち学級長に聞き回ってるんじゃん。それ何目的よ」
「真実解錠の鍵をこの手に掴むべく、四学級長の人となりを既知と変えていたのだ。何を信じ何を疑うべきかを定めるために」
「はーん。ま、要するにただお喋りしてる訳じゃないってことね。わかった……三十パーぐらいはね」
ヒドゥニルンは書類を一枚、メンコ染みた動きでネロア(とレイザック)の前に叩きつける。
これは何か? と、レイザックが尋ねると、ヒドゥニルンは苛立った様子で答える。
「今日、オサラウドんとこの教室で起こった事件の被害者一覧。内訳は烈火六人、流水ゼロ人、大地八人、暴風二十二人。その上、烈火と大地の被害者は、全員暴風の生徒と仲良い奴らだ……つまり、これで一番被害被ったのはオレ様んとこだっつーことだ!」
ここからヒドゥニルンは目角を立ててネロア(とレイザック)に説教する。
「この事件は、流水の被害者がゼロなことと、場所と被害者からして、『カイナフィが例の研究状の逆恨みでやった』っていう形になって来ている……だがよ、別にアイツかばうつもりじゃないけどよ、お前らがグダグダ捜査してるのもあるよなぁ!?
お前らがさっさと禁書探し当てないせいで学校の空気がピリついているわ、お前らが研究所見つけたせいでカイナフィはオレに八つ当たりしてくるわ……そもそもこの事件の元凶がお前らの金魚のフンだっつーのによ!
なんだなんだ、トードイスムカでいう捜査っていうのは、他国の火に油注ぐことだって言いたいのか!? 馬鹿にすんな!
オレ様はもう限界なんだよ! これ以上本来は無関係の事件で不利益被るのはなぁ!
ネロア君、選べよ、『今すぐにトパライザ禁書見つけるか』、『お前の友達を捨てるか』、このどっちかをなぁ!」
「待たれよヒドゥニルン殿。貴方の申すことは幻想が過ぎる。貴方への災難と、それによる憤怒は痛ましいほど解している。だが、左様な強引極まりない解決方法は道理に反する……」
「お前が言うなって話だろ! 人様に迷惑かけるなっていうのは道理じゃないのか!?
少しは悪びれろよネロア君、お前のせいでオレ様はプライドズタズタにされてるんだ!
いつまでもオレ様がニコニコしていると思うな!
オレ様が今のカーストをどれだけ苦労して築き上げたと思ってるんだ!」
このヒドゥニルンの激昂様に恐縮するネロアは、絞り出したように、
「……されど、僕たちは一瞬に禁書を奪還する事は出来ない」
「ちっ、もういいわ」
ヒドゥニルンはぶっきらぼうに席を立ち、自分が怒鳴り散らしたせいで、空気が冷え切った食堂を出ようとする。
そんな彼に、レイザックは恐る恐る質問する。
「すみません。あの事件の前に、ヒドゥニルンさん、急いで走りながら、俺たちとすれ違いましたけど、あれは何があったのか教えてくれませんか?」
「次の時間までの暇つぶしに、街中のカフェ行こうと思っただけ。急いでたのは食べたいモーニングの時間が迫ってたからだ……ったく何だよこの質問、オレ様のこと疑ってるのか。やっぱ人間なんてどいつもこいつも、ぶつぶつ……」
そしてヒドゥニルンは、食堂を出た。
「……私たちも出ましょうか。やたらと学校にいるのも、印象悪いでしょうから」
「はい」
遅れて、ネロアとレイザックも、良くない空気を理由に食堂を出た。
*
夕方。啓都の街中にて。
『二時間後。今日大地の学級で起こった事件に関する生徒会臨時会議を行うから、絶対に来るように』
「わかってますとも、オサラウド様」
オサラウドとのチャットを終えるや否、カイナフィは嘆く。
「前の様に、騙し討ちされないといいのですがね……」
臨時会議は二時間後。それまでに予定がなく、暇なカイナフィは、仮眠を取るため、流水の学級の寮に帰る。
すると、一人の学級生が慌ただしく彼へ、
「カイナフィ様。大変です!」
「ん、どったの?」
「寮の裏庭に人が……!」
ただならぬ事件性を感じ取ったカイナフィは、即、裏庭へと向かう。
「己……何故僕ばかりこのような目に!?」
カイナフィは愕然とした。
ここで、おびただしい数の、様々な学級の生徒が、瀕死になって倒れていることに。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■その他雑多な話
【スキルの連射】
一部のスキルはまとまった数で連続して使うことができる。
その際は登場キャラクターがよくしている通り、「n連!」などの回数を指定しておく。
連射した分クールタイムは相応に長くなるが、まとめ買いよろしくある程度の数までいくと、単に一発分のクールタイムにn回分掛けたものよりも時間が短くなることもある。




