75.デザートストームの損害
「そ、そんな……カイナフィ様が負けるなんて……」
「嘘、ありえない……」
流水の学級生たちは、皆揃って己の目を疑った。
今、自分たちの目には、慕っている学級長、カイナフィが決闘の果てに、ネロアとその眷属のスケルトンに囲まれている光景が映ってしまっているのだから。
一方、彼らに混じってネロアとカイナフィの決闘を見守っていたレイザックは、この結果に胸を撫で下ろす。
「よ、よかった……一瞬、どうなるかと思いましたが……」
「おい、トードイスムカ人! お前どうしてくれるんだ、おい!」
一部の流水の学級生達が、目を三角にしてレイザックに詰め寄る。この結果の八つ当たりをしに来た事は、火を見るよりも明らかである。
「大体あなたが悪いのよ!」
「トパライザ禁書を盗まれたのも、カイナフィ様の極秘研究がバレたのも、君たちがいなければ起こらなかったというのに!」
「それも今度はカイナフィ様を負かす……ああ、やっぱずっと流水の学級は弱っちいな! 一回反省して貰おうか!」
流水の学級生たちは怒り余って、レイザックに武器を向け始める。
「あのー……そういう野蛮なことは、泥の上塗りになりますので、やめた方がいいかと……」
「「「うるさい! 黙れ!」」」
「黙るのはそちらだと思いますよ、皆様!」
と、カイナフィは怒る学級生に向けて、怒鳴りつける。自分の学級生が言い付けを守り、静まったのを確認し、ネロアとしっかり目を合わせ、堂々と両手を挙げる。
「……この通り、僕は敗北を認めます。目に余る悪あがきはしない……それが、グッドでナイスで、スマートかつクレバーですから」
「……その意志、仁義か不義か?」
「ええ、敗者として、筋は通しますとも。勿論、いくらかのお詫びも、ねぇ」
「解した」
ネロアは、自分と共にカイナフィを囲んでいたスケルトンを、全て消し去り、剣を納める。
カイナフィは、先程黙らせた学級生達に、
「それでは皆様、これからここの復元作業を行いますよ!」
と、気持ちを切り替え、命令する。
「レイザック! 僕たちも助太刀するぞ! 今宵の敵の仁義に比例するが如くにな!」
「は、はい! ……はぁ、めんどくさいなぁ……勝手に仕掛けられた決闘の後始末するなんて……」
数分後、流水の学級とネロアとレイザックは、体育館の清掃を終え、そこを出る。外は既に夜になっており、
「それでは、また明日もよろしくお願いします、カイナフィ様!」
流水の学級生は寮へと帰っていく。
カイナフィは彼らを丁寧に見送る。
「はい、また明日も勤しみましょうとも」
そして、学級生が離れた所で、ネロアはカイナフィに言う。
「……では、過去に公約した『お詫び』を、果たして貰おうか。ただし、陰謀匂わぬよう、自然に歩きながら」
「ええ……覚悟していましたよ」
「良い覚悟だ。されば乗じて……先ず聞く、かの研究室は何を目論んで設立した?」
「……いや、トードイスムカの化神官様は遠慮が無いですねぇ……ええ、いいですとも、答えますとも。僕は解説するのは大好きですから」
カイナフィはネロア(とレイザック)に、少々しかめっ面になりつつ答える。
話はさかのぼること、おおよそ三年前。
流水の学級にはかれこれ半年前から学級長は居なかった。
このイペファワエゼのことだから、何らかの謀でやられた……というわけではなく、前任者がリアルで忙しくなるということで、勇退したのである。
当時、その空席に収まると噂される二人の秀才がいた。
一人は、己のブランドを高める為に、実戦に向いた、敵をねじ伏せる事に長けた魔法を研究していた。
もう一人は、意図は不明だが、誰でも容易に力を得られるポーションの研究をしていた。
一人はもう一人を、『弱者に味方するなど言語道断。役に立たない研究をするな』と、嘲笑した。大半の流水の学級生もそれに便乗した。
対して、もう一人はそれをバッサリ無視、ただ直向きに、ポーションの研究を進めつづけた。
一人は、この実直さを不思議に思い、興味半分嫌がらせ半分で、もう一人の元へ押しかけ、何故こんなことをするのかと尋ねた。
知り得る知識で誰かを導くことが賢者の努めであり、皆で未来を勝ち取るチャンスを用意するのが賢い発展だと僕は思う。と、もう一人は答えた。
これを聞いた一人は思った。『自分はこの考えを理解できない。しかし、彼はただ上に立つだけでは留まらない正しさを持っている』と。『彼が学級長になるに相応しい』と。
それから一人は、周りから浮かないよう、表向きはこれまで通りでありつつも、心ではもう一人を慕うようになった。
そして、もう一人がいずれ学級長になると信じていた。
そんなある日のこと、もう一人は突然、流水の学級から、イペファワエゼから去った。『僕はここで必要なことは全て学び尽くした。ここからはやるべき所で、やるべきことをする』と、言って。
間もなく、『生徒会長』は一人を、流水の学級長に任命した。学級生たちは、皆々彼を歓迎、祝福した。
一人は、学級長の座を返そうとした。自分にはそれだけの技量はない。と、『生徒会長』に訴えた。
だが『生徒会長』は、もうこれ以上空席にできないと理由をつけ、これを一切受け付けなかった。
それから、彼は、人よりも卓越した体面を取り繕い始めた。
流水の学級長として、周りから軽蔑されないように、少しでも秀英に見られるように、そして、もう一人よりも優れた人物だと学級生に思われるように。
時同じく、彼はもう一人が行っていた研究の模倣を秘密裏に始めた。いつか自分が、もう一人に近づけるようになるために。
*
「……あの研究室には、もう一人のことを知らない新入生を配置していました。僕がもう一人のことを慕っていることがバレれば、快く思わない人がいるかもしれませんから……だとしたら、今回のバレ方は、この面が注目されなくて良かったかもしれません」
「即ち、かの秘匿されし研究室に、悪意も叛心も、非存在であり、ただ尊敬と臆病の念が吹き込まれていた、という真実なりや?」
「その通りです……ま、このご時世でこんな都合の良いこと言っても、信用して貰えないでしょうけど」
今度はレイザックが問う。
「平たく言うと、カイナフィさんが自分に自信が無かったから、これまでああいうことをしてしまったのですよね? 抉るような質問してすみませんが、それは自分自身で、悪いと自覚していたのですか?」
「……はい。ですが、こうでもしていかないと、本当にいずれ、自分が破滅してしまうと思ったんです。
その熱さで周りを焚き付け、ただならぬ人望を得ているブッチギリースト様。
腰が座っていて、地に足を付け、堂々他者を統率するオサラウド様。
学級長四人の中で最も革新的な考えを持つ野心家、ヒドゥニルン様。
彼らを代表とする秀才と並列されれば、確実に僕が見劣りすると思いましたから。
……天才というのは、自分の気持ちに嘘付き続けないと作れないのかなぁ、と、僕は思うんですよね」
このカイナフィの、あまりにも弱々しい本心の吐露に、ネロアはうなる。
「……では、もう一つ尋ねよう。貴方は、トパライザ禁書を簒奪したのか?」
「盗ってない。例の研究とも関係ない。そもそも、例の研究をしている時点で、相当なリスクを背負ってるのに、さらにリスクを背負う必要ないと思いますから」
「解した。返答、感謝する」
話をしている最中に、三人は、夜中故に静かになった街中に入った。
「僕達が共に行動しているのは、あまりいい事ではないでしょうから、今日はここで解散しませんか?」
「それが、最善だろうな……相解った。今宵は此処で散るとしよう……」
「わかりました。では、最後に……僕から『本当のお詫び』をどうぞ」
カイナフィはネロアに、記述の魔石(※何らかの記述ができ、それを持った者にウィンドウとして読ませる事ができるアイテム)を渡す。
「これは……?」
「詳しくは、読んで確かめてください。では……」
カイナフィはこれ以上の悪い噂が立たないように、ネロアと別れた。
*
翌朝。ネロアは宿で、記述の魔石の中身を、凝視していた。
隣の部屋で寝ていたレイザックが、こちらにやって来る。
「おはようございます。で、それはどんなこと書いてあったかわかりました?」
「はい、カイナフィさんが言いたいことが、丁寧にまとめてありました。やはり、カイナフィさんは賢いと思いますけどね……」
「俺は、自信が無いのはわからなくもないですが、もう少しなんとかならなかったのか、っていう思う所はありますけどね」
「それも一理ありますけどね……僕も、外に出て振る舞う時は、自分を誇大させてるので、『お前が言うな』となりますが」
「そう言われればそうですね。まぁ、ネロアさんとカイナフィさんとでは、やったことが違いすぎますが……して、その魔石には何が書かれていたのですか?」
「それはですね……」
その時、宿のドアから、何者かがノックする。ネロアはそれに応対する。
「朝早く押しかけてごめんね、けど、オレ様あんま自由時間ないんで、許してよね」
やって来たのは、書類を抱えたヒドゥニルンだ。
「はいこれ、昨日頼んで貰った例のブツ」
ヒドゥニルンは昨日、ネロアが要求した、事件当日の時間割と、当日のアンティルの予定を手渡す。
「うむ、重畳だ、ヒドゥニルン殿」
「ま、これが役に立ってくれるといいんだけどね……んじゃ」
ネロアの元を去ろうとするヒドゥニルンを、ネロアは引き止める。
「待たれよ。まだ僕は、貴方に訊きたい事がある」
「え、なになに? なるべく手短で頼むよ?」
「啓都学内に在籍するレベル75以上のプレイヤーは何人いるかわかるか?」
「え、レベル75以上? んー、俺様の知る限りだと、四人の学級長と……多分『生徒会長』かなぁ?」
「解った。情報、感謝する」
「あざますわ。んじゃ」
ヒドゥニルンはドアを閉め、今度こそネロアから去る。
「……ネロアさん。何故そんなこと聞いたのですか?」
「昨日カイナフィさんに二つのテキストを渡されました。一つは『どのような条件でトパライザ文書を保護する展示台を破壊できるか』の論文です。
これによると、展示台を破壊するにはレベル75以上のイペファワエゼ・プレイヤーの攻撃力が無いと、理論的にダメだそうです。
だから、これを聞いて、犯人を絞り出そうとしたのです」
「なるほど。となると、これに該当するのは……」
「はい。ヒドゥニルンさんの言う通り、『四学級の学級長』と『生徒会長』の五人が、容疑者となります」
「カイナフィさんが偽情報を渡したという可能性とかは?」
「それは限りなく低いです。あの論文はロジスティクス・サーガの仕様に基づいて書かれていましたので……最も、カイナフィさんが完全に白とも言い切れませんが」
「わかりました。それで、ネロアさん、もう一つのテキストは何でしょうか?」
「はい、もう一つのテキストは、だいたい三年前にこの学園で起こった事件に関する記述でした」
*
デザートストーム事件。
それは当時の化神官兼生徒会長と烈火・暴風の学級長――計三名の有力プレイヤーが、生徒たちの反乱の連鎖の果てに追放された事件の通称である。
約三年前、学級間の仲は今以上に悪く、日夜どこかしらで武力衝突が起こり、露骨に敵を殺すことを目的とした危険な魔法が研究のトレンドの中心となっていた。
今と同じく、ずっと前からある因縁のせいでもあるのだが、その険悪ムードの最大の要因は、当時の化神官にあった。
化神官は実績に反して、とてつもなく臆病な人間であった。
そんな人物が最も恐れていたのは、この座を下の生徒の誰かから奪われることであった。
その不安を解消すべく、その人物は四学級の不仲を利用した。
自分の持つ実権を利用し、四学級それぞれにさらなる対立を煽る情報を流し、いずれ自分に向いてくるだろう矛先をあらかじめ、学級の方に向けさせ、消耗させるように仕向けた。
この目論見は見事成功し、これまで冷静に学業に専念していた上級のプレイヤーたちも、他学級への攻撃を開始したのである。
ところが、化神官の策略は予想外の方向に突然変異した。
化神官が理想としていた絵は、四学級が乱闘する様であった。
しかし対立が加熱していくにつれ、その勢力図は全く予想と違うものになった。
化神官の打倒を掲げる大地の学級を、正義感溢れる暴風の学級が必死に食い止める。
その間で両者に物資や兵力を提供し、儲けを得続ける烈火の学級。
このような対立構造が出来上がった。
ちなみに流水の学級は、一部の血気盛んな者を除いて、日和見を続けていた。当時はまだ学級長が不在で、かつ、それ相応の地位を持つ二人のプレイヤーも研究を優先していたため、騒動に関わる動機がなかったためだ。
それでも、化神官にとっては、これはこれで問題はなかった。一番自分に近づきつつある大地の学級は、暴風の学級が抑えているし、他の二学級は自分を襲いそうにないのだから。
なので化神官は安心し、生徒会長としての職務と、自分の権力の私欲利用に集中した。
――まもなくして、化神官は敗れ、術国を追われ、ついにはロジスティクス・サーガに顔を出せなくなった。
この経緯については非常に状態が混乱していたことがあるため、具体的にはわかっていない。
断片的に確定している情報としては、その化神官と、大地の学級長が何者かに敗れたこと。同時期に烈火・暴風の学級内でクーデターが勃発し、それぞれ新たな学級長に変わったこと。この間も流水の学級は、学級単位での行動を起こさなかったこと。これらが挙げられる。
この事件があり、現在の生徒会――謎の『生徒会長』と、ブッチギリースト、カイナフィ、オサラウド、ヒドゥニルンの四学級長――の形が出来上がったのだった。
*
「なるほど。これは……なかなか重要な話ですね」
と、レイザックはこの資料を読み終えて、感想を述べた。
続けてネロアも口を開く。
「恐らくカイナフィさんはこれを通じて、今回のトパライザ禁書盗難事件もかなり複雑な事情が絡んでいるのかもしれないと訴えているのと、自分が、流水の学級が元より不利な立場にあったのを教えたかったのでしょうね。
この『デザートストーム事件』っていう通称も、流水の学級に対する罵倒の意味もこもっている気がしますし」
「どうしてですか、ネロアさん?」
「『砂漠の嵐』は、暑さと砂と風という要素で出来上がります。水があったら……少なくとも砂漠にはなりませんよね。
つまり、この騒動は『烈火』と『大地』と『暴風』だけで起こったもので、『流水』は無いも同然だった……っていう例えですよ」
「ははぁ、相変わらずすごい発想力ですねネロアさん……というより、イペファワエゼの方々はとことん嫌な方向にセンスがありますね」
閑話休題。
昨日カイナフィに渡されたテキストも読み終え、ヒドゥニルンには資料と、重要な質問の回答をいただいたところで、ネロアは今日も外での調査に向かおうとする。
「今日は何から着手していきますか、ネロアさん? やはり時間割を調べるんですか?」
「今日は校舎に行って、それぞれの学級長さんがどういう人物なのかを調べたいと思います。昨日のカイナフィさんの話を聞いて、他の学級長さんの話も聞いてみたいと思いますし」
こうして二人は校舎に行った。
ただし、準備が少し甘かった。二人が校舎についた時はガッツリ授業時間であり、自由に話しかけられそうな人は少なかった。
「時間が悪かったですね。僕はもう少し多いかなと思いました……」
レイザックはネロアに愛想笑いをして、
「……せっかく時間割いただいたのになぁ……」
と、小声でつぶやいた。
「とにかく、あちこち探してみましょうか」
ネロアは人を探して、自分たちが立ち入れる範囲で校舎内を探し回る。
「それにしても、ここって本当に綺麗ですよね、ネロアさん」
と、レイザックは、今自分たちが歩いている庭園を眺めながら言った。
「……物騒なテープがあちこちにあるのは置いといて」
いたるところにある、下水道に通じるマンホールなどに貼られた、黒と黄色のテープは見ないようにして。
「そうですね。僕としましては、トードイスムカの殺伐とした雰囲気の方が好きなのですが」
「人が感心してるのにネロア節出すのやめてくれませんか、ネロアさ……!?」
ネロアは突然、剣を握り、辺りに気を配り……
「見つけました、物騒な気配の正体を!」
……今、自分たちに落ちてくる、激しく燃え盛る球を発見する。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■その他雑多な話
【学級長たちの名前について】
ブッチギリースト、カイナフィ、オサラウド、ヒドゥニルンら四学級長は全員、セカンドネームが火水地風の四大精霊の名前になっている。
これは学園都市の慣例で、学級長に就任した暁には、四大精霊の名前を、元からのものに加えることになっている。
さらに、独自開発した魔法も、四大精霊の名前が入った名前をつけることになっている。
ちなみに【化神官】=生徒会長にもこうした慣例があり、これに就任した際には、学園の創立者、トパライザ・エレメンタルにちなみ、『エレメンタル』のセカンドネームを名乗ることが義務づけられている。




