71.学園の構図
術国イペファワエゼの首都【啓都】にある校舎の、食堂にて。
ネロアとレイザックは適当な席に座り、ある人物を待っている。
「おうココか。悪ィ、待たせちまったな」
二人の向かいに、荒々しく熱い雰囲気の青年がカレーセットを置いて座る。
彼の名はブッチギリースト・サラマンドラ。
術国の幹部にあたる生徒会の一員であり、術国の四大勢力の一つである【烈火の学級】の学級長。
そして、かつてヘブンズレイドでネロアと共に、ヴァイスの軍勢と戦った男である。
「無問題だ、僕はかような刹那で待ちくたびれはしない」
「感謝っス。そんで、ワシに質問たいことって何だ?」
「双つある。先ず、此処の派閥の構造と情勢が如何なる形相であるか教えて欲しい」
「了承、イペファワエゼがどういう形になってるか、教えてやるぜ」
*
イペファワエゼの中核は、魔法学園都市の啓都。
ブッチギリースト・サラマンドラ率いる、主に火魔法を学ぶ【烈火の学級】。
カイナフィ・ウンディーネ率いる、主に水魔法を学ぶ【流水の学級】。
オサラウド・ノーム率いる、主に地魔法を学ぶ【大地の学級】。
ヒドゥニルン・シルフ率いる、主に風魔法を学ぶ【暴風の学級】。
このロジスティクス・サーガの四大属性である地水火のいずれかを極める四学級と、教師職員等のその他学園管理員を、化神官である『生徒会長』が統率する。それが啓都の派閥構造である。
火は風を燃やして克ち、水は火を消して克ち、土は水を吸って克ち、風は土を削って克つ――ロジスティクス・サーガの魔法属性の相性の平等さに似て、四学級の人数はほぼほぼ差はない。
戦力も、『生徒会長』が金銭・資材を均等に配分しているので、ほぼほぼ差はない。
しかし四学級は、概ねこの横並びの構図を良しとしていない。
自分たちの魔法が一番優れている。自分達が優先的に資金を受け取るべきだ。何故他学級と同一にされなければならないのか。単純に他学級が気に入らない……等々、個々人の様々な感情や、いつから始まったのかわからない因縁などが複雑に絡み合い、四学級はすべて、他学級と対立しており、今日もどこかしらで争いが起こっている。
*
「って感じだ。そんな訳で、今回の事件は好戦的な奴にしちゃあ、格好の話題ってことだな。
もし犯人がいた学級は、好き放題叩かれても抵抗不可からな……
で、二つ目の質問は何だ?」
ネロアは相変わらず芝居がかった体で、ブッチギリーストに尋ねる。
「貴国の神が選びし化神官は誰か、教えてくれないか? 今宵の状況下では気が疾いのは承知だが、遙か未来で僕は貴国の化神官より許可証を賜りたいでな……」
ブッチギリーストは即答する。
「あ、ワリぃ、ワシもそれは知らんわ」
ネロアは思わず素に戻って、
「は、は、はい?」
レイザックが頭を抱えながら、ブッチギリーストに問いただす。
「本当に知らないんですか? あなたさっき自分のことを【烈火の学級長】と話していましたよね? 国の中ではきっと五指に入る権力者になりますよね?」
「そうだ。だがそれでも知らないんだ……この国の化神官は、一切素性を明かさず、あの大火山の近辺に建つイイキュフォアグ神殿に籠城ってやがるらしい。
ちなみにワシら四学級長でも、その近辺には立ち入ることができない。よっぽど秘密厳守主義なんだろうな。
微量に語られるのは、そいつが『生徒会長』として学園管理をやってることと、化神官になれるほどの実力があることだけだ」
「……成程。故に、かの『生徒会長』殿は八神会議の刻にも出席せず、先の会議でも像越しに語りかけてきたのか……」
「そうだなぁ……猛省なぁ、鮮明と答えられなくて……」
「問題無い。ブッチギリースト殿は貴方の天命を全うしている」
「ありがとよ……で、あれ? お前ら、『禁書はどう盗まれたのか?』とか質問かなくてもいいのか?」
「それも問題は無い」
「実はブッチギリーストさんが来る前に、ヒドゥニルンさんから『用事が全部済んだら事件の詳細教えてやる』と、チャット来ましたので、そこはそちらで確かめます」
「そうか。なら助かるな、あんまりワシは説明が好きじゃないからな……」
そしてネロア(とレイザック)は、ブッチギリーストと、彼の授業時間前まで雑談を交わす。
ブッチギリーストが去った後、ネロア(とレイザック)は食堂に残ったまま、ある四人にチャットを繋いだ。
「……という訳で、アンティルさんが逮捕されてしまいました」
『ふぅん、それは災難だねぇ……』
と、文国ヨヤアサの化神官、シュラは言う。
「ですが、まだアンティルさんが禁書を盗んだ事は確定していないので、これから僕はアンティルさんの罪を晴らすため、頑張ります」
『だよねー、まさかあのアンティルちゃんが盗みなんて働く訳ないし、ネロアちゃんに恥かかす訳ないもんねー! ガンバ!』
と、音国エホシャドチグパの化神官、リュートは、普段どおり明るくネロアを励ましてくれた。
「ありがとうございます。して、皆様にお尋ねしたいのですが、イペファワエゼの化神官は誰かご存知無いですか?」
リュートが自信を持って答える。
『はいはーい、アタシ知ってまーす! ジョーヌっていう人でーす!』
しかし数秒後、
『あれ、ゲルビンだっけ? アマリージョだっけ? フラウロスだっけ? あれれ、どれだっけ……』
リュートは急に自信を無くした。
「あのー、リュートさん。結局、どれなんですか?」
このネロアの質問にリュート……ではなく、シュラがニタニタしながら答える。
『ボクもリュート君も全く解らないよ。イペファワエゼの化神官――『生徒会長』は、自分の情報を徹底的に隠しているからね。
さっきのリュートが言ってた名前も、情報操作の一環のいわゆるダミー情報だよ』
「そうですか……では、本当に些細な事でいいので、『生徒会長』さんの情報は、何かありませんか?」
『ボクは全く。リュートは?』
『アタシも知らなーい。橙瀧さんはどうですか?』
『そうだな。本当に些細な事でいいのならあるぞ』
と、災国カメセスコアの化神官、橙瀧から。
『今からだいたい一年前までにいた、先代の化神官は名前――これは覚えてないが――を普通に出していた。
俺様は比較的長くロジスティクス・サーガをやっているから、その代替わりの瞬間は知れたんだ』
「そうなんですか、橙瀧さん。では、どのようにして代替わりしたか、知っていますか?」
『えーっと、所詮外野から見ていたから、詳しくはわからんが……とにかく静かだったな。もう前触れ無く代わっていた』
『そうですか、橙瀧さん。んー、やはりイペファワエゼの情報統制は強固なのかなぁ……』
『俺様からは以上だ。後は……チョルヒ。貴様、何か生徒会長に関して知っていることはあるか?』
『あのー、私、つい最近化神官になったばっかりの人で、他の国のことさっぱりなのですが……』
と、機国イズセラの化神官、チョルヒは橙瀧にツッコむ。
『あ? そうだったのか? それはスマンなぁ。あと、おめでとう!』
橙瀧の歓迎に、シュラとリュートが便乗する。
『化神官就任おめでとう、チョルヒ君!』
『ぱちぱちー!』
これにチョルヒは当然困惑する。
『あ、ありがとうございます……ですけど、これ思いっきり主旨から外れてます……よね?』
「はい……でも、かと言って、もう主旨は終わっていますので、あとは好きにしていいです」
橙瀧は言う。
『そうか、わかった。ま、とにかく最後の許可証貰えるように、頑張れよ、ネロア』
「はい、頑張ります」
さらにその後。授業を終えたヒドゥニルンが二人の元にやって来て、
「お望みの物見せてやるから、来い」
と、言われ、その通りにする。
着いた先は、牢獄にある、重要物の保管庫だった。
「これが、トパライザ禁書を入れてたヤツね」
ヒドゥニルンは、上部のガラスケースが斬られた展示台を見せる。
「これがトパライザ禁書を封印せし檻か……分厚い硝子だ」
まずネロアは、この展示台のガラスケースが並外れて分厚いこと……目測で五センチほど――注目する。
ヒドゥニルンはすかさず説明する。
「でしょ? これ、わっざわざイズセラから輸入した、ロボットの窓ガラスとかにつかわれるぐらいの、超密度超硬度のガラスだってよ?」
「わざわざ遥々遠くのイズセラより……トパライザ禁書は、読もうとした者の魔力を貪り尽くす。故に、魔法障壁の類で守護するのは理に背くから、頑丈なる硝子を用いたのか?」
「そ。トパライザ禁書は読もうとした奴と、半径二十センチにある魔法を吸い尽くしちまうから、魔法障壁じゃなくてガラスで囲ってる訳。
あ、今更感あるけど、ただ近くに立っただけなら魔力は吸われないかんね、そんなら広場通った奴全員死ぬわ」
ここでレイザックがヒドゥニルンに質問する。
「そう言えば、トパライザ禁書ってUSBみたいな形の、直方体の魔石なんですよね? なのに何故、『書』なのですか?」
「うわー、今さっきのオレ様の補足より今更感ある話ぶちまけて来やがった……わっかりました、説明して差し上げまーすっ! レイザック君、ほれ」
ヒドゥニルンは突然、胸ポケットから直方体の魔石を取り出し、レイザックに渡す。
レイザックはそれを手にするや否、眼前にウィンドウが現れる。
「『名前:ヒドゥニルン・レイザック。学級:『暴風(学級長)』。ジョブ:【暗殺者】……』」
「これは【記述の魔石】っつー、持つとウィンドウが出てきて、それにお好きな書き込みが出来るっていう、イペファワエゼ限定のアイテム。
で、そいつはオレ様の生徒手帳。イペファワエゼ全部の書物が魔石化されてる訳じゃあないけど、教科書とかショッチュー使う本とかは、これで渡される訳」
ヒドゥニルンは腰につけていた、直方体の魔石――【記述の魔石】が幾つもついたチェーンを、ネロアとレイザックに見せつける。
「で、これに何やらヤバ過ぎることを書いて、ヤバ過ぎる物になったのが、トパライザ禁書って訳」
「説明感謝する、ヒドゥニルン殿。改めて、この展示台を調べるか……」
ネロアは再び、展示台を見る。
「このガラスケース、切断されて開けられた定めに有るな……ヒビはあまり入ってないが、断面が粗いな……」
「いい所ついてんねー、ネロア君。実はもう、これをどうやってこじ開けたのかは、もう生徒会が調べてるんだよ。それはねー、【ウィンド・エッジ】」
ヒドゥニルンは風を纏わせた短剣を引き抜き、目の前の空気を斬る。
「【ウィンド・エッジ】、初級と中級の間くらいで学ぶ魔法だね。
オレ様みたいにナイフとか、手刀とか、何かしらに風の刃を纏わせて斬る風魔法の初級技だ。
けど、これは結構奥が深くてねー、より硬い物を斬るとなると、ねぇ……二人共、刃ぁめちゃ見てみ?」
二人はヒドゥニルンの短剣を凝視する。と、それに纏われた風の刃が、チェーンソーめいて高速回転している事がわかる。
「これが【ウィンド・エッジ】の極み。風の刃の鋭さと風の回転の強さ……これを掛け算的な感じで合体させて、より硬い物を斬れるんだよ。
けど、こう風の刃を回転させるのは、結構力の入れ方を工夫しないといけない。だから初心者は、ただ刃を作るだけで終わっちまう。ではここで改めて、ガラスケースを見て貰いましょう」
ヒドゥニルンは、ネロアとレイザックにガラスケースを注視させる。
「この断面、荒いでしょう? これはそれなりに切れ味のいい刃物を、何度も押し付けて出来た断面なんだな、これが。
――大体の刃物はガラスに負けるから、斬る系の魔法を、吸われながらも硬い物が斬れるくらい高出力で使って開けた。
――その魔法の属性は、火、水、地……その他の属性の魔法にも斬る系の魔法はあるけど、それらは必ず焦げ跡とか、水滴とか、土とかが少なからず付くから、風魔法でやった。
さらに、ずっと展示台前でグダグダやってると色々怪しまれるから、まあまあの腕がある。
こういった具合で情報を整理して、生徒会は『高出力の【ウィンド・エッジ】でガラスケースを斬って、トパライザ禁書を盗み出した』、『犯人は【暴風の学級】所属の、学歴ほどほどの生徒』と推定して、それに当てはまるかつ、アリバイがない人を探したら……」
「アンティルが浮かび上がった……」
「そーゆー訳。で、ネロア君。他には何か見つかりそうか? 無いならさっさと次の所に行きたいんだが……別に用事は無いんだが、どうせならクラスメートに時間割きたいからさ……」
「……今この展示台が語る物事は、皆無に等しいだろう。その次の所に往っても構わないぞ」
「オッケー、じゃあ行こうか」
三人は保管庫を出て、一枚の魔法障壁で中央を区切られた小部屋――面会室に着く。
そこでしばらく待つと、悲惨な状況故に生気を失ったアンティルが、魔法障壁の向かいに座る。
アンティルはネロアに目を合わせ、望まない形での久しい再会故に、言葉につまり、ソワソワした後、至極歯がゆそうに言った。
「ごめんなさい、ネロア、レイザック、学級長……オレっち、とんでもない迷惑かけちまった……」
ふーん、と、ヒドゥニルンは無関心な感じで反応した後、
「ネロア君、レイザック君。なんか言ってやれ」
と、他所に流す。
レイザックは苛立ちをある程度抑えて、
「アンティル、よく聞け。今俺たちはな、お前の無実を晴らそうと、この国で頑張ってる。
だからそれに協力してくれ。まずお前、本当にトパライザ禁書を盗んだのか?」
アンティルは普段の明るさは何だったのかと想うほど、しんみりとしたまま、
「……わからない」
今のアンティルは、きっぱりと否定をできるほどの、気持ちの余裕がない。
それをこの一言でレイザックは理解した。
一つため息をついて、自分よりも信頼があるだろうネロアに、話を任せる。
「アンティル、今宵、貴方が重き咎により魂の灯が朧げなのは、僕も解している。だがその上で僕は諸々尋ねたい。それが貴方の運命だ。いいな」
「……はい」
「良い返事だ。では早速尋ねる。先ず、貴様はトパライザ禁書の存在は既知に置いていたか?」
「ああ、学級長に、あれがとんでもない危険物だということも含めて、教えられた」
「次に、トパライザ禁書が簒奪されし刻、貴方は何に身を委ねていた?」
「その時は、食堂で一人で早めに昼食を食べてた。朝に買っておいたパンをだな……」
「……されば、簒奪されし刻、トパライザ禁書の元には居なかったのだな? この過去は外に話したか?」
「話した。けれども、裏が取れなくて、全く信じて貰えなかった」
「裏を掌握できなかったと? 何処かに、観測者等は居なかったのか?」
「その時食堂には、ある程度人はいた。けれども誰もオレっちがそこにいることなんて、誰も気に留めてなかったから、結果いないも同然になった。
そして、オレっちが次の授業を受け終えた直後に、急に生徒会の元に連れて行かされて、何一つ反論できなくて、今こうなってる」
「承知した。では最後に、トパライザ禁書の有所は、完全に未知なのだな?」
「……そう、本当にわからない。だってオレっちは、ただ食堂にいただけなんだから」
「……そうか。とりあえず、僕が今宵聞く運命に当たる事は全て聞いた……故に僕は、これを運命の歯車にあてがい、貴方を牢獄より救済する。それまで僕を信じ、耐えてくれ……これが僕からの、アンティルへの使命だ。
では、また暫し別れの刻だ……何か伝えたい言霊はあるか?」
アンティルはうつむき、嗚咽混じりに言った。
「……ごめん、本当にごめん……ネロアはオレっちを信じて、イペファワエゼに行かせてくれたってのに、こんな形で裏切っちまって……!」
するとネロアはなるべく檻に顔を近づけて、小声で、
「大丈夫です。まだ貴方は誰も裏切ってなんかいません。ですから、貴方は自分を信じて……僕のことを待っててください」
と、アンティルに優しい言葉を投げかけた。
そしてネロアはアンティルの檻に背を向けて、
「往くぞ、レイザック」
「はい……待ってろよ、アンティル」
ヒドゥニルンと共に牢獄を出ていった。
「あーあ、アンティル君が羨ましいなぁー。入学早々、派手にやりやがった癖に、あんだけ優しくしている上様がいるなんてねぇ!」
それから間もなく、ヒドゥニルンはガッツリ二人に聞こえるように、こんな皮肉をぼやいた。
レイザックは眉をひそめつつ言った。
「あの、ヒドゥニルンさん。今さっきお世話になった分際で言うのもあれですが、それは少し失礼だと思いますよ」
するとヒドゥニルンは更に大きな声で、二人を傷つける独り言を続けた。
「失礼も何もあるかってんだ。アイツは、実際に禁書を盗ったか盗ってないか関係無しに、【暴風の学級】の看板に泥塗りやがったんだ……
やっぱ信用できねーなぁ。特に他国の連中はよぉー。
本当はなぁ、あんな奴とトードイスムカ・プレイヤーのお前らなんか、適当に捨てたかったんだけどなぁ。
なんせこういう不祥事を起こした奴はなぁ……!」
「なななんと! これはラッキーかつミラクルでございますね! ヒドゥニルン様とネロア様!」
奇遇にも【流水の学級長】カイナフィと、その取り巻きに出会い、ヒドゥニルンは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「こういう風に、他所の学級に死ぬほどバカにされんだよ。特に、イペファワエゼではなぁ……」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■その他雑多な話
【イペファワエゼの学園都市に何故、光と闇の魔法を研究するクラスがないのか】
①四属性と比べると人気がないから(一応、啓都内でも希望で参加できる授業で学ぶことは出来るが、案の定参加者は少ない)
②ここについてはミレア・トードイスムカの方が研究が進んでいるから
③光・闇属性は厳密に言うと、原始的なバフ・デバフ魔法を固めたものというのが学園の見解だから
④ただでさえ、いちチャプターに四勢力も出ているのに、さらに増えるとなると作者がやってられなくなるから
などなどの理由がある。




