70.容疑者アンティル
ロジスティクス・サーガの舞台である『大陸』の真西部。
死国トードイスムカの首都、冥都から東に離れた土地にある、建設されたばかりの闘技場にて。
『勝者! レイザック!』
そこの中心で、レイザックは剣を空に向けて掲げ、大勢の人々の視点を集め、喝采を浴びる。
専用の観客席にいるネロアは、この盛り上がりぶりを見て、感慨深く思う。
時国ランニバーニの化神官、ジュリクスにより課せられた『トードイスムカの越境禁止の約定』を解く鍵となる、『許可証』を貰うため、災国カメセスコア、機国イズセラへ旅を続けていたネロア。
彼女はそんな多忙な中でも、トードイスムカの化神官として、自国の発展を蔑ろにせず、臣下にあれこれお願いして、事業を行っていた。
その一つがこの闘技場。これはカメセスコアで見た闘技場を参考にして、廃れた街を改造して、建設させたのだ。
興行収入はもちろんのこと、ランキング制やリーグ戦などを導入し、トードイスムカ・プレイヤーたちの実力向上に寄与しており、現時点ではネロアの政策のなかで最も成果を上げている。
「これだけ人が集まって……嬉しくもありますが、虚しくもなりますね。僕、少し過疎なトードイスムカが好きだったんですけどね……」
ネロアは東の方――改修中である命国【ミレア】が侵攻拠点として作った要塞『調和の砦』を見つめ、思い出にふける。
「化神官になれて、本当によかったです。もしあのままミレアに屈していたら、このトードイスムカは無くなっていたんですから……」
かつてトードイスムカは、ミレアに侵攻され、存亡の危機に瀕していた。
しかしネロアがトードイスムカの化神官に就任し、徹底抗戦し、見事トードイスムカを蘇生させたのである。
だが今、トードイスムカは先述の通り、ジュリクスにより身動きが取れなくなっている。
故にネロアは、この発展するトードイスムカを、嬉しく思いながら、虚しく思いながら、歯がゆくも思った。
「ネロアさん、俺の戦い見てくれましたか!?」
ネロアの友達寄りの部下であるレイザックが、戦いを終えて、ネロアの元に帰ってくる。
「はい、見てました。徐々に腕前を上げていると思います」
「ありがとうございます! これもネロアさんのご教授のおかげです! ……けどこの闘技場のランキングベスト10の、『十殺』にはまだほど遠いですけどね……」
「そうですね。最近になって二桁になれたところですものね」
「それと、まだランキングに参加できていない、アイツがどこに入ってくるのかってとこも気になります」
「アイツ……ああ、イペファワエゼにいるアンティルさんですね」
術国【イペファワエゼ】――大陸南西部にある、魔法研究が進んでいる国。
今からだいたい二ヶ月半前から、もう一人のネロアの友達に近い部下、アンティルが、よりネロアの手助けができるようにと、そこで魔法を学んでいる。
「そう言えばアンティルさんは今、どうしているんでしょうかね? あれから一ヶ月経ってますが、あちらから連絡はありませんし……何ならこちらからチャットをかけても通じませんし」
アンティルがイペファワエゼに行った理由は、もう一つある。
現在、ネロアは、カメセスコアとイズセラ、もとから親交があった文国ヨヤアサと音国エホシャドチグパの化神官、計四人から許可証を貰っている。
ランニバーニの化神官、ジュリクスの物は『他が揃ったら出す』と本人が言っている、ミレアの化神官の物は『今回は必要ない』とのことなので、残り必要なのは、イペファワエゼの化神官の物だけ。
アンティルはそれを貰うための使者としても、イペファワエゼに向かったのである。
「さぁ、途中で勉強に飽きてるんじゃないんですか? アイツそんな頭良くないですから」
「それは無いですよ、行く時あれだけやる気見せてたんですし、許可証を貰ってくるっていう約束もしているんですよ?」
ここで、ネロアの部下がやってきて、
「お話の最中すみません。ネロアさん宛に手紙が来ました」
彼女に便箋を渡す。
「わざわざありがとうございます……へぇ、アンティルさんから、手紙?」
「変ですね、何か言いたいことがあるならチャットでもいいのに。手紙なんて律儀な物出すなんてアンティルらしくない」
ネロアはレイザックと共に、この手紙に疑問を感じながら、便箋を開ける。
「さて、一体何があったのでしょうか……へっ!?」
「どうしたんですか!? ネロアさん……うわっ!?」
*
二日後。
「ようやく、着きましたね、ネロアさん」
「ええ……これが啓都ですか……」
ネロアとレイザックは、術国イペファワエゼの【啓都】に訪れている。
ここはイペファワエゼのシンボルである、膨大な魔力を吹き出す大火山を背に造られ、荘厳たる石造りの壁に囲まれた、イペファワエゼの首都。
ここは遥か昔にいた化神官の手により、魔法学園都市として発展し、今日も国内外の高みを目指す人々が、魔法を学んでいる。
ネロアとレイザックは、数日前に届いた手紙を門番に見せ、厳重なチェックを経て、校舎の奥にある、生徒会室へ案内される。
「死国トードイスムカの化神官、ネロア・ルォーナピアナ様と、その側近、レイザック様を、ただ今お連れしました」
その生徒会室の中央には、天球儀のように魔法陣が重なり合って回る無機質なオブジェが浮かんでいた。
それを取り囲むように円卓が置かれ、さらにそれを、四人の青年が囲んで着席していた。
四人はイペファワエゼの【四大学級】の長であり、それぞれが地水火風の魔法を極めた、高位の魔法使いである。
この内の、眼鏡をかけた青髪の、聡明な雰囲気の青年は、ネロアを睨みつけて、
「ご苦労様です。さて、いきなりになりますが、ネロア様、貴方はここに来た理由をご理解していますか?」
ネロアはうなづき、先日届いた手紙を広げる。
「『ネロア様が本国に遣わせたアンティル様を、本国の秘宝である『トパライザ禁書』を盗んだ重罪で逮捕しました。ネロア様にはその責任として、至急、本国にお越しください』……だろう? これ以上の真理は無知ではあるが」
「ライトでトゥルーな答えですね。では本題に入る前に、書面では不足していた当事件の概要を、僕、【流水の学級長】カイナフィ・ウンディーネが説明いたします」
*
『トパライザ禁書』――術国イペファワエゼをより発展させるため、啓都を学園都市に改造した、叡智と彗眼の持ち主であった、かつての化神官『トパライザ・エレメンタル』が作ったとされる、現実のUSBメモリくらいの大きさの魔石である。
形こそ全く別だが、かの秘宝は『書』と名が付いている通り、難解な内容の膨大な知識が魔法によって刻まれている。
と、同時に、筆者が筆者故に、そこに刻まれた知識は異常という言葉では片付けられないほど異常。
なんせ、不気味かつ意味不明なことに、手に取り読もうとした者の魔力を、勝手に吸い取り尽くしてしまうのだ。
これが『禁』と名が付く所以である。
しかしこれは、敬意集う賢者トパライザの製作物でもあり、適当に扱えば、イペファワエゼ――いや大陸の危機になるやもしれない。
そう考えた歴代の化神官は、この学校の最も人通りの多い大広間に『展示』という体裁を取りつつも丁重に保管した。
それが三日前に盗まれたのである。それも、収納していたガラスケースを思いきり破壊されて。
当然のごとく、生徒会はこの事態を重く見た。
直ちに啓都の検問を厳重化して、犯人の逃亡を不可能にした上で、全生徒の当日の授業内容を参照するなどして、犯人の炙り出しを行った。
すると、不幸なことに事件発生時間であった四時限目が空き時間になっているかつ、まともなアリバイが無かったアンティルただ一人が浮かび上がったのだった。
*
カイナフィの説明が終わると、緑のパーカーめいた魔法着を着た、緑髪の青年――【暴風の学級長】ヒドゥニルン・シルフが、ネロアを、親を殺した仇と相対したように睨む。
「でさぁ、アイツが入ってる、オレ様がリーダーってる【暴風の学級】が、激肩身狭くなってるんだわ。
その辺どう弁償してくれるんですかねーぇ、ネーローアー君!?」
ここでレイザックが、ヒドゥニルンの怒りに怯えつつも、生徒会の四人に尋ねる。
「ま、待ってください。今の説明で気になったのですが、アンティルを逮捕した後……トパライザ禁書はどうなったんですか?」
カイナフィがレイザックを鼻で笑う。
「んんー、貴方、スマートでもクレバーでも無いですねぇ。
もう回収出来ていたら、わざわざ学園に呼びませんし、未だに強固な検問を行っていたりしませんよ?
あの方、ボキャブラリーが足りていないらしくて、『返せ』と言っても『知らない、持ってない』という戯言しか返してくれませんから」
ネロアはカイナフィを蔑みがこもった目で一瞥する。
(少し、湿っぽい人ですねぇ……)
「何ですかあなた。わたくしに言いたいことがあるのですか?」
「!? い、いえ……いや……否、僕は貴方達を軽んじ蔑む運命にはな……」
「あるとも、カイナフィ殿。私は彼の質問よりも、それ以前に貴方が行った、肝要な部分を抜かした解答に無礼を感じたのだが」
と、第一印象としては温厚そうな金髪の青年、【大地の学級長】オサラウド・ノームはカイナフィに注意する。
(僕、じゃありませんでしたね……)
「ネロア殿、レイザック殿。今は忙しいので手短にはなるが、同胞の無礼を許して欲しい」
「応、僕は赦す」
「ありがとうございます」
ヒドゥニルンが気だるそうにあくびをして、
「本題からズレちゃってるんだけど。で、ネロア君……お前の子分とトパライザ禁書どうする? 全無視しちゃう?」
さらにオサラウドも、ネロアにはっきりと、
「ネロア殿。この場に来てまで気づかない訳はないと、私は信じているうえで一応言っておきます。
私たちはこの国の幹部です。故に、私たちは相応の対処をしないといけないのです。
突然の事故で困惑していると思われますが、不義理は不義理ですので、こちらは、貴方にケジメをつけていただきたいのです」
続けてカイナフィも、
「それに貴方は僕達の化神官から許可証が欲しいとのことでしたね?
でしたらクイックでファストにアンティル様にトパライザ禁書を出させるのが、セオリーでマナーだと思いますよ?」
「ネロアさん、どうします……?」
ネロアは一切迷いを見せずに答える。
「貴方がたの願望、僕は魂の深淵より頑固拒否する」
ヒドゥニルンは思わず吹き出して、
「え、なにその激カッコいー台詞? うわ、一周回って逆にウケるわ……」
カイナフィは呆れて、
「ネロア様、その選択肢はございませんよ? もうアンティル様が盗んだことは決定事項ですから……」
「証拠は、アンティルの刻が虚無であるだけであろう?
それだけでは、僕は貴方たちが、僕の友を、罪が真実か虚実かも曖昧とさせて、重き運命の咎を与え、牢獄に堕とす。
そしてこれを因果としてトードイスムカから何かを搾取しようと画策しているようにしか見えないのだ……解るか? 立志の頃より共に駆けた友を、贖罪で奪われた際の感情を」
「……要するにどういうことですか? ネロア様?」
「貴方たち、アンティルにアリバイがないだけで有罪としてませんか? それを使って何かトードイスムカに悪さしようとしてないですか?
ただでさえ友達が囚われているのにこんなこと言われて悲しいです。
……って言おうとしているんだと思います。はい」
と、レイザックは補足した。
このネロアの言い分を受けて、オサラウドは少々考えて、
「そう申されれば、実際問題、この話は私たち有利に進み過ぎているきらいがありますかな……ですが、重ねて言いますが、私たちはアンティル殿が有罪無罪関係なく、貴方にある程度の責任を取ってもらわないと困るのです。
して、これはどのような形で決着させますか?」
これまたネロアは即答する。
「僕がトパライザ禁書を奪還し、アンティルと、彼を陥れた闇に潜みし邪悪に、天の光を与えて見せる」
カイナフィは、思わずネロアから目を背けて、彼女を嘲笑う。
「はー、実にスマートでクレバーじゃない! もう誰がどうしたのかは決まった話じゃないですか? それに蛇足を加えて、何がどうなるんですか、ネロア様? 時間稼ぎですか?」
一方、ヒドゥニルンはケラケラ笑いながら、
「ふーん、それはアリかもしんないかな? そんなに言うなら、真犯人探しやって、貰おうかな? ワンチャン、俺様のクラスの汚名返上できるかもしんないし」
「は……ヒドゥニルン様? 何を血迷っているのです? そんなことしなくとも……アンティル様は……」
「成程、それはケジメとして正当だろう。ブッチギリースト殿、貴方はネロア殿の提案、どう取るか?」
「賛成ぜ」
賛成三、反対一。
この多数決の結果から、オサラウドは、円卓の中央にあるオブジェに話しかける。
「『生徒会長』、これまでの話をお聞き致しまして、貴方様はどう思いますか?」
すると、オブジェから何重もの加工がなされた声がする。
『貴方達の厳重な監視の元、ネロア氏とレイザック氏の、トパライザ禁書の捜索活動を認可する』
「はっ、了解しました、生徒会長。ではネロア殿とレイザック殿、今日より貴方達は、生徒会過半数の認可により、生徒会の厳重な監視の元、トパライザ禁書の捜索を行ってもらいます。よろしいでしょうか」
「応」
「はい、わかりました」
「では、ブッチギリースト殿、カイナフィ殿、ヒドゥニルン殿、これより私たちはネロア殿達を監視する。四人皆、生徒会長の意向に背かないように、尽力しよう」
「押忍!」
「……チッ!」
「へーい」
「では以上で、この生徒会臨時会議は終了とする!」
かくて、ネロア達は、トパライザ禁書捜索の権利――すなわち、アンティルの疑いを晴らせるかもしれない権利――を得たのだった。
会議終了後、カイナフィ、オサラウド、ヒドゥニルンが生徒会室から去った後、
「押忍! ネロア、久しぶり……の再会だって言うのによ。ずっと無言で居て、補助出来なくて謝罪な。
命国騒乱の時、無駄に暴れまわったせいで、発言力が弱体化られてよ……」
と、古風の不良のようにやたらと丈の長い制服を着た赤髪の青年が、ネロアに馴れ馴れしく話しかけてきた。
「応、こちらこそ久しいぞ、ブッチギリースト殿」
「ブッチギリースト……ネロアさん、この人、ご存知なのですか?」
「ん、お前は見たことないな? なら自己紹介っとくか。ワシは【烈火の学級長】ブッチギリースト・サラマンドラじゃあ! 以後、夜露死苦!」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■用語説明
【イペファワエゼ】
通称:術国
神:術神【イイキュフォアグ】
首都:啓都
プレイヤー数:900万人(総プレイヤー数の9%)
化神官:非公開
魔術神が導く、知識ある者が全ての国。
膨大な魔力が溢れ出る火山の側に学園都市と化した啓都があり、そこで数多の生徒たちが、大気中に溢れる魔力を受けながら、魔法の学術を身に着けていく。
この国固有の傾向は、いかなるジョブでも魔法を覚え、それを軸とすること。他国では物理メインのジョブであろうともお構いなしである。
また、比較的簡単な魔法であれば、ここで他国のプレイヤーでも覚えることが出来るため、さらなる高みを目指して一時留学する者も少なくない。
地水火風それぞれを極めていく四学級が存在するが、どれもどことも仲が悪い。




