55.災神ジャグガバゼパの化神官、橙瀧
「【禍根の楔】!」
「【竜腕参上】!」
ネロアの闇属性を帯びた剣による突きと、橙瀧の水流を帯びた拳によるストレートが、激突し、ネロアはパワー負けし、大きく後ずさり、
「【竜牙殺到】!」
すかさず橙瀧は間合いを詰め、拳の雨をネロアに浴びせにくる。
「【モンスターコール:スケルトン3】!」
ネロアは橙瀧の背後に【マジェスティックスケルトン】を五体召喚。
自分から見て一番右端の個体に紐付き剣を投げて引っ掛け、紐を伝ってそちらへ避難する。
そしてネロアはスケルトン達に【死神の凶器】を食らわせようとする。が、その前に橙瀧が地を殴り、反動で背中から後ろへ跳び、
「【竜尾凱旋】!」
強烈な回し蹴りを繰り出し、スケルトンたちを一撃粉砕する。
肝心のネロアはその前にスケルトンを踏み台に空中へ跳んでおり、
「【黒狼煙の牙】!」
そこから勢いよく、闇属性を帯びた剣を投擲する。
「【竜翼縦断】!」
橙瀧は剣を、水流を帯びた手刀で受け止め、弾く。弾かれた剣は、橙瀧の傍の地面に深く突き刺さった。
ネロアは紐を引き、そちらに移る。即ち、橙瀧の間合いに武器を持たず飛び込むことに等しい。
「【竜腕参上】!」
無論、橙瀧はこの隙を見逃さず、近づいてきたネロアに、渾身のストレートを叩き込む。ネロアのHPが、三割減る。
「ぐっ……【万死の薙】!」
だがこのダメージは、ネロアの想定内だった。
ネロアは拳を受けながらも地面に刺さった剣を抜き、間髪入れず、地を這うような低姿勢で、橙瀧の両足を、闇属性を帯びた剣で薙ぐ。
これにて僅かに体勢が崩れる橙瀧。そこにネロアは、
「【禍根の楔】!」
またしても闇属性を帯びた剣で、橙瀧の首を強烈に突く。急所による攻撃故に、橙瀧はHPを一割持っていかれ、さらに体勢が崩れ……
「今の攻撃は凄かったッ! だが、ロジスティック・サーガ最強のプレイヤーは、この程度の奇襲で膝を突く程軟弱ではないッ! 【竜爪周回】!」
……ず、先程の急襲を物ともせず、ネロアの首を掴み、地面に叩きつける。
「【竜牙殺到】!」
そして、かつて実の息子であるゲイルリンドにしたのと同様に、地面に寝転ぶネロアに水流を帯びた拳のラッシュを繰り出す。
ネロアはある程度それを食らいながらも、ローリングで辛うじて脱した。
そのまま十数回ほど転がって間合いを取ってから立ち上がり、
「【モンスターコール:スケルトン3】!」
自分の正面に十体の【マジェスティックスケルトン】を召喚し、橙瀧目掛け一斉射撃を命じ、スケルトンたちは直ちにその通り矢を射る。
「そのような小技、俺様には通用しない! 【竜脚飛来】!」
それをお構いなしに、橙瀧は、竜が風切り飛ぶような勢いの跳び蹴りを繰り出した。スケルトンたちを薙ぎ倒し、一切勢いが衰えないままネロアに迫る。
「何たる猛威か……これはゲイルリンド殿が屈するには申し分ない。だが、僕は化神官、ネロア・ルォーナピアナ! その猛威、僕が堂々死神に代わって殺す!」
そしてネロアは、橙瀧の蹴りを、己の剣で受け止める。先程同様、単純なパワーは橙瀧は圧倒的上。
ネロアは大きく後ろに押され続ける。その時の彼女の両手は絶え間なく続く重圧によりガタガタ震えていた。
「真っ向から受け止めるか! 面白いなぁ!? だが、いいのか? このままでは貴様は、守りが崩れ俺様の蹴りを直で受けるか、このまま押され続け闘技場の壁に挟まれ潰れるかのどちらかだぞ!?」
「上等! その自信も、僕は受け止める!」
「よろしい、ならば来い! 【竜脚飛来】、二連目!」
橙瀧の蹴りの勢いは更に増し、ネロアにかかる負荷も増す。
「その傲慢を、僕は待っていた! ありがたく、使わせて貰う!」
ネロアは力をふり絞り、剣を、切先が斜め後ろに向くように傾ける。橙瀧の蹴りの軌道は、それに沿うように、ネロアの斜め後ろにズレる。
「しまっ、軌道がっ……そうか、俺様はまんまと挑発に乗ったというわけか!」
「左様……」
橙瀧の蹴りは、そのままネロアに剣に沿うように、彼から見て右の空に虚しく当たった。
その瞬間、ネロアは橙瀧の側面を見据え、
「……故に食らえ、【蒙昧罪の断】!」
橙瀧に闇属性を帯びた剣を両手で持ち、無慈悲な勢いで斬り払う。
橙瀧はHPが残り五割となった状態で、大きく吹っ飛んでいった。
『決まったぁー! 流石はトードイスムカの長、実にトードイスムカ人らしい蛮勇に満ちた大技だぁ!』
これにネロアのサポーター達は、盛大に歓声を上げる。
勿論、ネロアの取り巻きであるアンティルもこの例外ではない。
「やったなネロア! やっぱりお前はスゲぇよ! これワンチャン橙瀧倒せるんじゃね!」
だが、ネロアのもう一人の取り巻きにして、比較的冷静なレイザックは、その例外で、大して喜ぶ素振りを見せない。
「おいレイザック、お前も喜べよ。後でネロアに『無愛想だ』とか怒られても知らないぞ」
レイザックはネロアを指さして言う。
「喜べるわけないだろう。当の本人が喜んでないんだから」
その通り、ネロアは剣を構え、微塵にも笑みを浮かべず、橙瀧の様子を見ていた。
そして、肝心な橙瀧はというと、
「ゲホッ、これは……かなり効いたな。フフフ、ガハハハッ!」
高笑いするほど元気……どころか上機嫌でいた――大ダメージを食らい、不利に追い込まれてもこの様子、流石は『ロジスティック・サーガ最強のプレイヤー』の貫禄である。
この橙瀧の笑いっぷりに、ネロアもつられて顔をほころばせる。
「さぞかし面白そうですね。橙瀧さん、何故そういられるのですか?」
そして気が緩んで、思わず普段の口調で彼に問いかけた。
「やはりここは、ロジスティクス・サーガは面白くてなぁ! ここは自由だ! ボクシングやら空手やらプロレスやら総合格闘技やらのように、戦いを阻む小難しい能書きはなく、ただ純粋に強さと強さをぶつけ合えるのだからなぁ!
ネロア! 貴様と戦っていてまた思い出した、この何にも強さを阻まれない爽快さを! あの時と同様の爽快さを!」
*
数十年前、中国のとある地方に、ウン百年の歴史を誇ると語る拳法道場があった。
その道場は累計何万人の門下生を生み出し、地元では知らぬ者は人でなしとされる程格式のある道場だった。
故に、その道場の看板を背負う師範も品格のある人物であり、当時六歳の息子もそこに憧れていた。
師範は息子によく、こう言い聞かせた。
「強さとは、人を守るための術である」
息子はその言葉を胸に刻み、父親を慕い、年を重ねるとともに道場を継ぐ器に近づいていた。
月日は流れ、息子が中学三年生になった時。
息子は帰路の途中で、路地裏でサラリーマンを寄ってたかっていたぶる不良グループを見つけた。
「『強さとは、人を守るための術である』……ですよね、父さん」
その言葉に従い、息子はそれに割って入り、鍛え上げた拳法を駆使して、不良グループを返り討ちにし、サラリーマンを助けた。
それから数日後、道場に鬼の形相をした大人と傷だらけの子供たちがやってきた。
大人は皆、公務員だったり、エリート企業の重役だったりと、揃いに揃って身分の高い人達だった。
昨日、息子が倒した不良グループは、皆その大人の子供であったのだ。
大人達は皆それぞれが持つ権力をちらつかせ、師範と息子をとことん平謝りさせた。
それが終わると、息子は、道場の床板を見て浮かんだ疑問を父親に尋ねた。
「どうして謝らなければいけなかったのですか。私は父親の言う通りの、正しいことをしたまでですのに」
すると父親は、冷や汗を流しながら、しどろもどろに答えた。
本当にしどろもどろだったので、今思い返しても具体的な内容はわからないが。
概ね要約すると、息子にとって『自分が教えた強さは、正しくなかった』と捉えられる物だった。
あまりにも情けない。そう父親に対して思った息子は、まもなくして、家の財産をある程度奪って、家から消えた。
そして息子はとりあえず博多に飛び、そこの不良街で、『本当の強さ』を見出すために、不良達を片っ端からボコボコにする毎日を送った。
ある日、息子は喧嘩終わりに、コンビニで買ってきた二リットルペットボトルのオレンジジュースを、滝を浴びるように飲んでいた最中、ある男に出会った。名前は『錦山昴』、地元で小さなボクシングジムを運営している男である。
昴は息子に尋ねた。
「どうして不良達をボコボコにしているんだ?」
息子は答えた。
「強さとは本来何のためにあるかを知りたいからです。今の所、強さとは人を守る物だと思っていますが」
すると昴は息子の肩をポンと叩いて、こう言った。
「強さっていうのは確かに人を守る物かもしれない。でもそれはただ結果がそうなったりするだけだ。俺が思うに、強さっていうのは、自分が自分であることを押し通すための物だと思う」
昴は踵を返して、数歩歩く。そして振り向いて、何も言わず手招きした。
どういう理屈かわからなかったが、何となく、『この人は正しい』と、息子は思った。
その時、息子は昴の背後にくっついていた。
それから息子は、錦山昴に、彼の名字である『錦山』と、出会った際の状況から『橙瀧』、合わせて『錦山橙瀧』の名前を与えられ、彼の厳しいがとにかく優しい手ほどきによって、格闘家の道を歩み始めるのだった。
*
橙瀧は語る。
「ここカメセスコアは最高の国だ! 皆が揃いに揃って、強さを、自分を押し通す強さを求めている! ウェンリーも、アルトリウスも、ユーキナミトも、弦迅も、ノーヴァも、ユリウスも、ナガレタルも、バーキーも、スノウも、戦禍も、ジョージも……それから、アンティルとレイザックとやらも、皆が自分を押し通す強さを求めている!
だがネロア! 貴様はそれよりも素晴らしいと思っている! だって俺様をこれ程までいたぶったんだ、これは貴様が貪欲に自分を押し通す強さを求めた結果だ! 誇るがいい!」
ネロアは率直に一言。
「いえ、僕は、自分を押し通す強さを求めたつもりはありません」
「なんだと!?」
ネロアは言う。
「僕……いや、ここは心の赴くまま喋りたいので、もう演技はやめましょう……僕は……」
ネロアは言葉を溜め、観客席のある一点を見る、そして改めて言う。
「僕『も』ただ、慕っている人を追いかけただけです。それにたまたま強さがくっついてきただけであって、別に自分を押し通したいとか、そういうつもりは一切なかったんですよ」
「ただ、慕っている人を追いかけただけで、これ程の力を……」
「ここから話すのはあくまで僕個人の感想ですが……
そもそも、前提が逆のような気がするんですよね。強さってのは自分が追い求めるものじゃなくて、自分が何か目標を追い求めた結果、周りが勝手に『強い』と認めてくれて初めて、『強さ』になるんじゃないかって。
だから自分を押し通す以外も、誰かがそう思ってくれるのなら、きっと強さになるんじゃないかって思いますよ。僕は」
このネロアの言葉を受けた後、橙瀧は目を丸くし、そしてドッと笑った。
十二分に笑い尽くした後、橙瀧はネロアが見た一点を見つめ、再びネロアに目線を戻す。
「さぁて、無駄話はこれぐらいにして……俺様にはな、謝るべき事が二つある。一つは……ここで言う事ではないだろう。もう一つは……」
「もう一つは……?」
「すまなかったネロア。化神官同士の戦いにも関わらず、それを使わず、本気を出さずにここまで戦ってしまって……」
橙瀧は大きく息を吸って、
「【双魚星竜】錦山橙瀧! これよりカメセスコアの【化神官】として、存分に戦わせてもらう! さぁ、受け止めろネロアッッッ! 【災神の始動】をッッッ!」
橙瀧の化神官としての固有スキル、【災神の始動】を発動する。刹那、空は黒と橙が入り混じった奇怪で不気味な暗雲に閉ざされ、彼を中心に暴風が吹き荒れ、闘技場に稲妻が走る。
『き、来たァッッッ! ついに橙瀧がロジスティクス・サーガ最強と呼ばれる所以を、【災神の始動】を使ったァッッッ! 観客の皆さん、今あなた方は空前絶後の技の応酬を目撃するのです! これはまばたき厳禁ですよォッッッ!』
ネロアは稲妻がかすり、暴風に吹き飛ばされそうな身体をその場に保つ。
(この、災害に対して一人で迎え撃のかと錯覚してしまうほどの気迫、流石はゲイルリンドさんの父親……これが橙瀧さんの本気で……!?)
「【竜翼縦断】!」
己が起こした追い風を持ってして橙瀧はネロアに猛接近し、手刀を振り下ろす。
ネロアは横に転がり、紙一重で回避する。橙瀧の手刀は地面に食い込み、縦一直線に地面を凍らせる。
「【竜爪包囲】!」
間を置かず、橙瀧は横に転がったネロアの首を掴みにいく。ネロアは遥か遠くの地面に紐付き剣を突き刺し、それで跳んで回避する。
ネロアの首を掴み損ねた橙瀧の手は、またしても地面に食い込む。今度はそこを中心に、爆炎を巻き起こした。
ただし橙瀧に自爆によるダメージは無い。
だがネロアは正確に把握していた。本当は一時HPは減っていた。が、あっという間に回復していたのだ。
暴風、稲妻、凍結、爆炎、HP自動回復――これら橙瀧が起こしてきた現象を見て、ネロアはこう考察する。
(【十二星竜】の能力――というより、自然現象や厄災全てを使うことが出来る。それが【災神の始動】の効果でしょうか)
その間に橙瀧はというと、
「【竜脚飛来】!」
雷を纏わせた跳び蹴りを、ネロアに放っていた。
今の橙瀧は、先程とは違い【災神の始動】で強化されている。ならば先のように受け止めるのは無謀だろう。と、思い、ネロアは横に転がり、回避する。
「まぁ、そりゃかわすよな」
橙瀧は跳び蹴りを地面に食い込ませ、無理矢理勢いを抑え、間髪入れずネロアの方を向いて、
「【竜腕参上】!」
元の【双魚星の竜眼】で纏わせられるものと比較して、遥かに質量と勢力を超える、激流を帯びたストレートをネロアに打ち込む。
「速いっ!?」
流石のネロアでもこの連撃を読むのは困難だった。
ネロアは半端なガードで拳を受け止めざるを得ず、HPを四割持っていかれ、大きく吹っ飛ばされた。
ネロアは三点着地で衝撃をいなし、遥か遠くにいる橙瀧を睨む。
相変わらず己を中心に暴風を放ちつつ、HPを回復しつつ、悠々としていた。
「どうした、【化神官】ネロア。お前の肩書はこの程度か?」
この橙瀧の問いに、ネロアは笑って返す。
「まさかですよ……先程お褒め頂いた通り、僕の強さはこんなものではありませんから!」
「その誇り様! 最強に素晴らしい! ……では、まだまだ行くぞ! ネロア!」
「望む所ですよ! 橙瀧さん!」
橙瀧は再び追い風に乗り、ネロアは剣を構え直し、より気合を入れる。
そして二人は再び対峙する。
【完】
※今回はロジスティクス・サーガ・データベースはございません




