54.最低より罪を込めて
ネロアは自分の前に現れた漆黒の騎士にして、恩師、アビス・オーディアンを前にして言う。
「アビス……さん、ですよね。やはりあなたは、アビスさんですよね?」
『ああ、そうだ。俺は、アビスだ』
「やっぱりそうですね! アビスさんですよね!」
久々の恩師との再会に、思わず色めくネロア。そんな彼女にアビスは冷たく告げる。
『俺の名をお前に気安く呼ばれる筋合いはない! この、悲劇の演出団の裏切り者が!』
「!? 裏切り者、僕が、悲劇の演出団の……!?」
『散々俺を慕っていた癖に、よくも化神官就任してからまださほど時間が経っていない時に……黙って行方をくらましやがったな!』
「そ、それは……こちらにも事情があったのです!」
アビスの、あの自分に対して優しかったアビスの突然の怒りに動揺しながらも、ネロアは素早く構えを取り直し、アビスを一閃する。
実のこと、ネロアは既に確信していた。
これまで現れてきた、かつて自分が破ったミレアのプレイヤーや、自分の身代わりになったトードイスムカのピープルは、皆、幻だったのだと。
同時に、それら幻は、自分の心をへし折りに来たのだと。
だから、ネロアはレイザックのようにすぐ【救命の魔石】を手放さず、心を強く持ち、その幻に対処し続けていたのだ。
正面に居たアビスの幻が消えた事により、ネロアの視界に遥か先でケラケラ自分を嘲笑していたアルトリウスが入る。そしてネロアは彼に己の義憤を訴える。
「アビスさんを使うなんて卑怯にもほどがありますね、アルトリウスさん! ですが僕は……」
『だから俺はお前に気安く名前を呼ばれる筋合いはない』
しかしそれは、再び出現したアビスに遮られる。
『お前は何をしでかしたか、その重みをわかっているのか。貴様がギルドから抜けた後、俺たち古参のメンバーは、新参のイナゴにこき使われる羽目になったんだぞ。貴様がいれば、それがどれだけ改善したかどうかわかるだろうな、ネロ……』
「何度もアビスさんを驕らないでくださいよ、この幻!」
ネロアは再びアビスの幻を一裂きし、それを無理矢理黙らせる。
だがアビスの幻は再び現れる。今度は、悲劇の演出団のメンバーを引き連れて。
メンバーの幻はネロアに叱責する。
『黙ってアビスさんの元を去るとは何様だ、ネロア!』
『無責任にも程がある、お前さえいなくならなければ、悲劇の演出団の崩壊は止められたかもしれないのに!』
『ネロア、聞こえるか。俺達悲劇の演出団の無念が、お前たった一人が抜けただけでどれだけの人間が苦しんだのかが!』
「少し誇張も含まれていませんかね、それ!」
ネロアは紐付き剣を振り回し、アビス含む悲劇の演出団メンバーの幻を全て消し去る。
「はぁ、はぁ、アルトリウスさん……あなたこそ何をしているのか、お分かりですか……」
『俺はアルトリウスではない。アビスだ』
だが案の定、アビスの幻はまた現れる。
『お前は今、俺の後を継いでトードイスムカの化神官に就いているようじゃないか。さては、あの時抜けたのは、ギルド崩壊を見据えての、簒奪の下準備なのか?』
ネロアは剣を振り、アビスの幻を消し去りながら。
「違います! あの時はあの時の事情があったんです!」
アビスの幻は再び現れて、
『ならばお前は今、何故トードイスムカの化神官になっている!?』
「トードイスムカは今、他国に狙われ、人口も少なくなり、斜陽になっています。だから僕は、アビスさんと共に過ごした、思い出の地を、トードイスムカを救おうと、化神官になったのです!」
即、ネロアの一刀で消される。
だが間髪入れずアビスの幻は現れる。
『トードイスムカを、救う? 盗人猛々しいにも程がある! トードイスムカの衰退の根本は元はといえば悲劇の演出団の崩壊、そしてそれの元は、お前ではないか!』
「それは自覚しています。だから僕は贖罪したいんですよ……これは、そのギルドを滅ぼしてしまった罪を、償うために、僕はトードイスムカを救おうとしてるんです!」
『それをトードイスムカの人々が望んだか! お前が悲劇の演出団を滅ぼしたことから、トードイスムカの化神官を頂いたもの、全て貴様の自己満足で完結しているではあるまいか!』
「!?」
『そしてそれでいて、結局トードイスムカは救えそうか? まるで前進していないではないか! ならばやはり貴様の贖罪は、自己満足で完結している! そのような奴に、これ以上好き放題させるのは、この世界に取って、筋が通ってないだろうが!』
「僕の贖罪は……筋が通っていない……」
『ああ、そうだ! 貴様は筋が通っていない! だからその贖罪は絶対に叶うはずもない、ただ一人ワガママに歩み続けるだけだ! よってネロア、直ちに、この邪道を歩むのを辞めろ!』
と、アビスの幻に言われたネロアは、剣を地面に突き立て、うつむく。
それを見てアルトリウスはこの上なく嬉しそうに笑った。
(やっとこさあの頑固者が、俺の【乙女星の竜眼】に屈した……けどまぁ、頑張った方じゃないか。アビスまで出てきてあれだけ言い返すとはな)
一方、これを観客席から見ていたアンティルとレイザックは言う。
「負けるなー! ネロアー! お前はこれまでもっと辛いことにも勝っただろ!」
「貴方が負けたら困るんですよ! 俺のことを指導していた貴方が負けたら、俺は一体何になるんですか!?」
「ふん、いい臣下を持ったな……気分がすぐれない奴へ下手にアドバイスをするのは火に油を注ぐようなものなのに、それをご親切にする臣下をなぁ! ヒャヒャヒャヒャァッ!?」
アルトリウスは咄嗟に剣を振り、己の首目掛けて飛んできた、ネロアの剣を辛うじて弾く。
「筋が通らない、邪道を歩む……大歓迎ですよ、その言葉。どうせ僕は変わり者、アビスさんのように、沢山の人から支持されるような逸材でもありません。
そして、わかってるんですよもう。端からの目標だったアビスさんへの謝罪は、もう叶わない。
だから僕は喜んで受け入れますよ、悲劇の演出団を滅ぼした罪を、一生背負って、トードイスムカの化神官としてこの大陸に足つけて生きていきますよ……ですが!」
ネロアは弾かれた剣を引き戻し、堂々と構え直しつつ、アルトリウスに言う。
「アルトリウス! あなたは覚悟しているのでしょうね! くだらない理由で、アビスさんを利用してまで、僕の感情を散々弄んだ罪を背負う覚悟が!」
「そんな覚悟、一ミリもねぇよ! いいからさっさと負けてくれよなぁ、ネロアッ!」
ネロアはアルトリウスとの間合いを詰める。その間、アルトリウスは【乙女星の竜眼】を浴びせまくるが、ネロアは一切止まらない。
ウェンリーは実況する。
『ようやくネロアが吹っ切れたー! アルトリウスの小細工を物ともしない! ついに、ついにようやく皆様にまともな試合が提供できるぞー!』
その後、ウェンリーは拡声魔石を置き、隣の橙瀧に言う。
「……確か、橙瀧様はアルトリウスと戦ったことがあったんだよね?」
「ああ、奴が仲間を大勢連れて、『最強の座を寄越せ』と、俺様の家に奇襲して来た時にな。その時も奴は当然、俺様に【乙女星の竜眼】を浴びせて来た。だが俺様は……」
「奴の見せてくる意地汚い幻覚に一切動じず、奴の手勢を返り討ちにした。そうだよね?」
「そうだ。さっき言った通り、奴は相手の心を攻めるのには長けている。だが、それに屈さなければ、あとはいつもどおりにやるだけだ」
「ならばもはや、後はネロアさんとアルトリウスの底力比べだね」
「【万死の薙】!」
「【ディザスター・スラッシュ】!」
闘技場内で、二人の技の応酬が行われる。
アルトリウスもかつて悲劇の演出団に属し、アビスから直々に訓練を受けていただけあって、ああいう卑劣な技の使い手にしては異常なくらい素の戦闘能力が高く、ネロアと互角の勝負を繰り広げた。
「【哀連鎖の積】ィッ!」
「ぐははぁ!?」
だが今のネロアは、義憤という名の原動力により背を押されている。
その差がジワジワと二人の実力差すらも広げていき、アルトリウスは防戦へと押されていく。
「ありえねぇッ、俺だって、ギルド解散以降も各地で武者修行してたんだ、引くほど強者を泣かしてきたんだ! なのに、なのにどうしてこいつはこれをこうも超えようとしてくるんだよぉ!」
「貴方の願望を決して馬鹿にするつもりはありませんが……貴方と僕とじゃ、向き合うべきものの捉え方が違いすぎるんですよ! アビスさんたった一人については、特に!」
「お前なんかに……クズネロアなんかに説教食らってたまるか! 【ディザスター・スピニング】!」
アルトリウスは剣を360度回し、辺りを薙ぐ。ネロアはそれをジャンプで回避し、空中で剣を両手で強く握り、
「それと、僕の名前はネロア・ルォーナピアナですよ、アルトリウス! 【堕落の衝】!」
剣に闇属性を纏わせ、急降下する。
しかし、アルトリウスは長剣を頭上に掲げ、その身でネロアの一撃を受け止めた。
だが、ネロアは諦めない。彼女は間髪を入れずに、自分の剣を思い切り踏みつけ、相手の長剣ごと、この攻撃をアルトリウスの脳天に叩き込む。
これによりアルトリウスは大ダメージを受け、不本意にも周囲を見渡す。
ネロアは軽やかに地面に着地し、すぐさまアルトリウスに最接近し、
「あれだけ言ってなんですが、久しぶりにお仲間に会えて嬉しかったですよ……アーサーさんッ!」
トードイスムカ・プレイヤーとして、礼儀正しく、トドメの袈裟斬りを繰り出した。
間もなく、アルトリウスの【救命の魔石】が砕け散り、周囲にバリアが張られるのだった。
『よくやった! それでこそだ! ネロア・ルォーナピアナ!』
そして観客一同は、悪名高いアルトリウスに打ち勝ったネロアを、闘技場を揺るがすほどの歓声で祝うのだった。
*
数分後、ネロアの控室にて。
「やったな! ネロア!」
「これで、いよいよ決勝に進めますね!」
と、アンティルとレイザックは、ネロアの勝利を祝い、
「ですが……次の相手は」
「錦山橙瀧、何だよなぁ……」
すぐにこの後の試合のことを考え、まるで自分事のように落ち込みだした。
「今までの試合で、【化神官】固有のスキルを使わなかったりと、橙瀧さんはまだ本気を出していませんでした。今回は、僕、【化神官】ネロアが相手となりますと……」
「十割方、本気を出してくるでしょうね。ネロアさん、本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫も何も、この【星竜大戦】に参加した時点で橙瀧さんと当たるのはわかっていましたから。覚悟は既に出来ていますよ」
「だろうな。それじゃあ、レイザック、とっとと観客席に戻ろうぜ。もうオレっちらに出来るのは、精一杯ネロア応援して、ネロアが勝つことを願うだけだ」
「ああ、じゃあネロアさん。絶対、勝ってください。俺たちと『あの方』の分も頑張って」
「わかってますよ、レイザックさん。では」
数分後。ざわめく闘技場の実況室にて、ただ一人残されたウェンリーは、普段よりも気合を入れて、魔石を手に取る。
「さぁさぁ、ついにこの時が訪れてしまいました。長らくこの【星竜大戦】にお付き合いくださりありがとうございます! これより、『星竜大戦決勝戦』が始まります!
では、選手入場です!」
戦場に二人の勇士が現れる。
「片方は皆様ご存じ、ロジスティクス・サーガ最強のプレイヤーと名高い、十二星竜【双魚星竜】にして、我らが国、災国カメセスコア【化神官】、『錦山橙瀧』だァッッ!
この大会に限らずとも、十二星竜を代表に数々の強者へ大敗の憂き目をプレゼントし、挙句の果てには自分の息子、ゲイルリンド・A・ハングまでも完膚なきまで敗北させた、まさに無双の戦士だァッッ!
もう片方は、死国トードイスムカの【化神官】、ネロア・ルォーナピアナ!
就任以来、トードイスムカのミレア・プレイヤーをことごとく自国の神に送り渡し、その暴威は自由区でも遺憾なく発揮され、最終的には覇権国ミレアを返り討ち!
そして今の目標はあの橙瀧の打倒! これはもう、『ロジスティクス・サーガ最恐のプレイヤー』と呼んでも差し支えがなさすぎるゥッ!」
「ファイトだネロア! あのヴァイスも倒したんだ!」
「ネロアさんなら橙瀧もきっといけるはずです!」
「頑張れーネロア! 橙瀧の最強伝説を止めて、このロジスティクス・サーガに新しい伝説刻んでやれぇ!」
「負けるな橙瀧! カメセスコアがトードイスムカに負けてない事を見せてくれ!」
「橙瀧! お前は十二星竜の誇りだ! このユーキナミトが保証するんだ! それを裏切るんじゃないぞ!」
「もう何でもいい、とにかくあのクソムカつくクズネロアを倒せ! 橙瀧!」
観客達は必死にネロアか橙瀧を応援した。
ここまでくれば言うまでもないだろうが、ここは災国カメセスコアの首都、竜都の中に建設された闘技場である。
普通ならばネロアのアウェーになるはずなのだが、観客の応援先の割合は、半分くらいに割れていた。
そうして観客の半分ずつに応援されたネロアと橙瀧は、手を振るなりして、ファンサービスをする。
(やはり、まだいましたか……)
その最中、ネロアは大勢いる観客席の中で、ゲイルリンドを発見する。
特に声を上げず、気難しそうな顔をして、ただこちらを見ていた。
(ゲイルリンドさん、貴方の無念も、何とかしてあげますからね)
そして、十分にファンサービスを終えた二人は、互いに相手を睨む。
「俺様をどれだけ待たせたと思っている、ネロア。こちとら退屈で死ぬかと思ったぞ」
「申し訳ない。カメセスコアの勇士は皆強かったが故に、暫し手こずってしまった所存だ」
「そうか。まあいい。よくよく考えたらあの退屈は安すぎる……こんな奇跡の瞬間を呼び込めるのならな。
あの八神会議でのミレアの反乱の話を、ウェンリーから聞いた時から、俺様はずっと思っていた! そこに混ざり、思う存分、集った強者共と戦いたかったと!
特に、その反乱の終結者、ネロア・ルォーナピアナとは、最強に戦いたいと思っていた!」
「僕も同感だ。二日前、貴方に星竜大戦に誘われた時に想った。この大陸最強のプレイヤーと戦えるという誉が欲しいとな……」
「それはこちらも光栄だ。もうさっきまでの退屈が何だったのか頭から吹っ飛んだみたいだぞ。
……ウェンリー! 俺様達の闘争本能はもうこれ以上止める事は出来ない! だから早く鐘を鳴らせッッッ!」
『了解……それでは運命の決勝戦、開始ィッッッ!』
二人の闘争心がそれを煽ったのか、開戦の鐘の音が、これまでの十四試合とは比べ物にならないほど、大きく鳴り響いた。
しかしその鐘の音は、水流を帯びた拳と、闇属性を帯びた剣が相克した途端にかき消された。
同時に、錦山橙瀧という最強に壁が立ちはだかることを、今この瞬間、ネロアは全身と魂で最強に感じ取った。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【アルトリウス・ノープライド】
分類:プレイヤー
所属:災国カメセスコア
レベル:85
ジョブ:【騎士】
十二星竜の一人。それらしく【乙女星竜】という呼び名もあるが、どちらかというと『ロジスティクス・サーガ最低のプレイヤー』という異名の方で知られている。
また、ある一部の人間からは、愛称の『アーサー』と呼ばれることも多い。本人は至極嫌っているが。
他人への気遣いという概念がまるでない残虐な人物。加えて、非常に執念深い一面もある。
かつてはトードイスムカ・プレイヤーで、過去にネロアと同様に【悲劇の演出団】に属し、アビスからの師事を受けていた。
そこで、真っ当にアビスに気に入られているネロアに多大な嫉妬を覚えており、約九年経ってもその感情を忘れられずにいた。
カメセスコアの【騎士】は、剣と盾を用い、高威力の物理攻撃を連発し、ある意味正々堂々相手を正面から打ち負かす戦法を得意とする。
彼固有のスキル【乙女星の竜眼】は、放った黒煙を吸わせた者に、当人が抱く罪悪感などを利用した、心を責める幻覚を見せるもの。
これで彼は今まで数々の相手を、文字通り自分に一切攻撃させずに倒してきたえげつない戦歴を誇る。
一応、ネロアとともに戦闘技術を磨いてきたため、こういうタイプの能力者に反して、素の戦闘力も非常に高い。
余談だが、星座のおとめ座の「おとめ」は諸説あるが、豊穣の女神デメテルであるとされる。
デメテルの娘はペルセポネといい、冥府神ハデスに連れ去られた後、妻になった神話が有名である。
デメテルは最高神ゼウス経由でペルセポネを地上に連れ戻したものの、娘は冥界のザクロを口にしたせいで一年の内何ヶ月(※これも諸説あり)かは冥界に帰らなくてはいけなくなった。
この娘が帰っている間、デメテルが嘆き悲しむので、穀物の育たない冬が生まれた。というギリシャ神話の説話が存在する。
……ということを踏まえて、死神の化神官であるネロアへの対抗心の塊であるコイツにおとめ座を割り当てました。




