53.ロジスティクス・サーガ最低のプレイヤー
試合を前にして、ネロアへ怒鳴り散らすアルトリウスを見て、実況室にいるウェンリーは、すぐさま拡声の魔石へ叫ぶ。
『おーっとアルトリウスが、あのトードイスムカの化神官、ネロアを平気でクズ呼ばわりしたーッ!? まさかこちらもこちらで、二人に何かしらの因縁があるのかーッ!?』
その瞬間、アルトリウスの矛先はウェンリーに向かった。
「俺の言った事をダシにして得意げに実況するんじゃねぇこのゴマすりウェンリー! それに、俺のクソネロアへの恨みはなぁ、因縁とかそういう簡単な言葉で片づけられる代物じゃねぇんだよ、このクソニワカァッ!」
ネロアはさっき出されたアルトリウスの質問に答える。
「いや、僕の記憶を幾光年追憶しても、貴方の名前は顕現しな……」
「要するに『お前は忘れた』ってことだな、ネロア!? ったく、シュライベンとかいうキザ物書きの小説みてーにくどい言いぐさしやがって……やはりクズネロアはクズネロアだな! アルトリウス・ノープライドを忘れるとはなぁ……!」
「わ、わかりました……じゃあここから普通の喋り方でいきます。
それで、すみませんが貴方は本当にどちら様でしょうか? 申し訳ないのですが、かれこれ数年前の話なので、あんまり名前と顔が一致しなくて……」
「おちょくってるのかテメェ! あのアルトリウスだ……いや、いいわ。何回言ってもお前の歪んだ頭じゃ思い出せるわけないから、特別にレベルを合わせてあげまちゅか。
……アーサー。この名前なら思い出せるだろう?」
「ああ! アーサーさん!? すみません、まるっきり見た目も変わっていたので、気づきませんでした!?」
「なんでそっちの名前で覚えてるんだよ!?
それと見た目が変わるのは当然だろうが! あの時は俺もお前もガキンチョだったんだぞ!? 成長期ぐらい知ってるだろ!?」
ここで一つ復習を入れるとしよう。
悲劇の演出団とは、ロジスティクス・サーガがPvEメインで運営されていた時代にトードイスムカに存在したギルドである。
そしてそこにネロアはかつて所属していて、ギルドマスター、アビス・オーディアンに従い、慕っていたのだ。
それと同時に、アルトリウス――通称、アーサーもそこに属し、彼なりにアビスを慕っていたのだ。
「それで、僕に一体何の恨みがあるのですか?」
「一体何の恨みがあるのですか、だぁ? つくづくむかつくなぁそのとぼけっぷりがよ! ならいいよ、ここいらにいる雁首共にも教えてやるよ! クズネロアが一体俺に何をしたのかをよ! ハンカチの準備しやがれ! ティッシュでも構わん! この話は橙瀧とバカ息子の話よりも泣けるぞこれは!」
*
数年前、ロジスティクス・サーガがボスモンスターを倒す事がメインのゲームだった頃、大陸真西の国、死国トードイスムカで、悲劇の演出団が幾多の凶悪モンスターを討伐していた。
ギルドマスター、アビス・オーディアンを筆頭に、メンバー全員が実力者揃いであるのが、その実績の所以である。
そんなある日、彼らはあるモンスター討伐のクエストに挑んだ。そのモンスターはいつも通りの強力なモンスターであったが、その時のメンバーの緊張感はすこぶる高かった。
なんせこのクエストは、アビスが【化神官】になるための通過儀礼なのだから。
悲劇の演出団は全身全霊で、ギルドマスターのため、そのモンスターに挑み、そしてどうにか討伐した。
ギルドメンバー全員はこれを大いに喜んだ。そして、ギルドマスターであるアビスはメンバーを労った。
中でも、
「勝った、か……やはり我ら『悲劇の演出団』は精強、か。中でも、ネロア、今日のMVPは間違いなくお前だ」
「いえ。今日もただ剣を振ってただけですから……アビスさん」
「そんなことはない。今日一番ダメージを稼いでいたのは間違いなくお前だ。
本当にありがとう、ネロア。なんせこのクエストは絶対俺にとってクリアすべき物だった。これで、俺は【化神官】に……」
メンバー内でも最も若手で、最も勇敢だった少女、ネロアに対しては、特に称賛していたのだった。
*
「だが、それは過大評価だった。本当に活躍してたのはアルトリウスだった。彼はそのモンスターの急所を突きまくり、弱らせていたのだ。なのにポンコツマスター・アビスは、特に考えなしにクズネロアをべた褒めしたのだった。
……どうだ、愚民共、わかったか! この不条理な悲劇を!」
愚民共ーー観客達は、アルトリウスに何一つレスポンスを返さなかった。
そして、この星竜大戦において初めて、闘技場に静寂が訪れた。
その中で、アンティルはツッコむ。
「死ぬほどどうでもいい恨みだな、おい」
それを聞いたアルトリウスは、彼に向かってキレる。
「おいそこのアンザックとか言うクズネロアの金魚のフン! 今お前なんて言った!? 死ぬほどどうでもいい恨みとか言ったな! おい、舐めてやがるな俺のことを!」
アンティルはそれにドン引きして、
「どんだけ地獄耳なんだよアイツ……しかもオレっちと隣の生真面目の名前を混ぜて言ってる」
さらにレイザックはため息をつき、極小ボリュームで言う。
「あまり構うなアンティル、もう十分わかったろ、アイツがどれだけ偏屈な性格してるかが」
改めてアルトリウスはネロアの方を向いて、こう語る。
「それからも俺は粉骨砕身の気概でアビスのボケナスに従ったが、奴は徐々に徐々にクズネロアに勝るとも得ないクレクレ厨に病んでいって、突然ギルドを解散したんだ。
俺はずっと、頼れる忠臣のつもりで活動してたってのに、結局アイツは最後まで俺のことを特別視してくれないままな……
その後――丁度ロジスティクス・サーガがVRに対応した頃、俺はクズネロアとボケアビスがやたらと好いていたトードイスムカそのものに復讐したくなって、あちこちの国を渡り歩いた。
一旦、命国ミレアに所属しようとも思ったが、あそこの化神官はその頃から胡散臭すぎてな……最終的に災国カメセスコアを選んだ。
で、そこでコツコツ足場を固めていたら、たまたま流星が当たって、運良く俺は【十二星竜】の力を得た!
それを酷使して俺はグーンと一気に自分だけの軍力を作った……ああそうとも、勿論これも、あのクズボケ共が愛したトードイスムカを滅ぼすためだ!
ヒヒヒヒ! 俺はついてるなぁ……そうこう準備している間に、まさかのまさかで、お前に会えちまえるんだからなぁ……クズネロア!
もうこれ以上の言葉はいらねぇ……こちらも丁度うんざりしてたところだ。
ネロア、お前はさっさと俺と橙瀧をブッ殺して先に行きたいんだろ?」
「……ええ、あなたの恨みについてとやかく言いたいこともないですし、僕からは貴方への恨みはございません。
ですが、僕は、トードイスムカのために、あなたと橙瀧さんを倒したいのです」
「だろうな。てなわけでウェンリー、早く開戦の鐘を鳴らしやがれェッッッ! そして俺にクズネロアをブッッ殺させろッッッ!」
かくて、準決勝第二試合の開戦の鐘が鳴り響く。
「【禍根の楔】!」
刹那、ネロアは闇属性を帯びた剣を勢い良く、アルトリウスの首めがけて投げつける。
(アルトリウスさんは謎のガスを出し、相手の戦意を奪う……【死神の凶器】などの小細工をせず、速攻でアルトリウスさんを倒す……今僕が思いつくのはそれくらいです)
対してアルトリウスは、凄まじき反応速度でこれを見切る。得物である身の丈くらいの長剣を軽々と振り上げ、ネロアの投げた剣を見事弾き返した。
だがその時、ネロアは駆け、アルトリウスとの間合いを詰めきっていた。
ネロアは再び剣を握り直し、
「【黒狼煙の牙】!」
闇属性を帯びた強烈な突きを、これまたアルトリウスの首めがけて素早く繰り出す。
しかしアルトリウスは振り上げた剣を逆に、強く振り下ろし、無理矢理軌道を曲げた。
「これも忘れるな、俺も【悲劇の演出団】所属だってことを! その程度の初見殺し、屁でもないわクズネロア! そして食らえ、【乙女星の竜眼】!」
アルトリウスは左手より例の黒い煙をネロアへ向けて放つ。
ネロアはすみやかに煙が放たれる場所から離れる。だが、アルトリウスは凄まじい執着心で、即、ネロアの行く先へ煙を放ち、さらにネロアが回避しようとしても、そこへ煙を放つ。結果……いや、案の定とも言うべきか、前回のレイザック戦の時同様、闘技場は黒い煙が蔓延した。
そして……
「うっ……!」
黒い煙を吸った直後、ネロアはブレた体勢をどうにか正しながら、冷静に己のステータスウィンドウを閲覧し、自分が今何を食らっているのかを確認しようとする。
(結局食らってしまいましたが、これで、これが及ぼす状態異常の正体がわかれば、ある程度の対処ができる……)
と、その時、彼女の目の前に、どこかで見覚えのある、しなやかな生地のローブと強面な外見がミスマッチしている男がいた。
男はネロアへ鬼の形相を向けながら語る。
『お前のせいで、お前のせいで俺はミレアのクソ体制に反発しきれず、ゲイルリンドに列車から吹っ飛ばされて、崖肌に叩きつけられたんだぞ……どれほど悔しくて、痛かったか、お前にはわかるのか……!?』
ネロアは、その男の存在と言動、両方を理解できなかった。だが、とにかく不穏なのは確かだろう、と、思い、彼へ剣を振る。すると男はスッと消えていった。
だが続けざまに、別な存在が眼前に現れた。今度は、ゾンビとレイスのピープル二人組だった。
『グルルル……』
『よくも俺たちを殺したな。俺たちはただ、道を塞いだだけなのに……』
「あれ、この二人は……いや、とにもかくにも邪魔です!」
その二人組に、どことなく既視感を覚えたネロア、だがやはり怪しい物は怪しいので、即刻斬り払った。
するといつの間にか、ネロアの前に大量のプレイヤーが現れた。
全員の装備が白とピンクを基調としていることから、ミレア・プレイヤーであることがわかる。
『お前が邪魔しなければ俺はあの街で大量に功績を稼げたのに!』
『イキって偽善ぶって、アンデット共の味方をしやがって!』
『レベル20も有るくせにやることが下級プレイヤー狩りとか、つくづく小物だな!』
「だから邪魔だと言っていますよね!?」
ネロアは紐付き剣を大きく振り回し、彼らを一掃する。何故か既視感がするのは、相変わらずである。
(……何故でしょう。どうしてこう、僕にとって微かに覚えのある方々が目の前に……)
と、思案している内に、次の誰かが現れた。今度はレイスにゾンビ、その他諸々のアンデットのピープル達だった。
そしてその先頭にいるスケルトンは、ネロアに向かってこう言った。
『俺の経験からして……何で、何でお前なんかのために死ななきゃいけなかったんだ!?』
ネロアはそのスケルトンの声を聞いて、ある事を思い出した。
「あなたは、ホネスケさん……!?」
ホネスケ――久々にトードイスムカに来たネロアへ、現状のトードイスムカを話し、最期にはミレア軍の襲撃から彼女を守り、彼女が化神官になるように遺言を残した、彼女にとって忘れがたいスケルトンのピープルである。
ホネスケは、ありったけの憎悪を込めて、ネロアに言う。
『お前は俺が言い残した通り、化神官になった。だが、トードイスムカは変わったか? ミレアからの脅威を除けても、今度はランニバーニから不利な約定を強要されてるじゃねえか! 一体いつになったら、俺たちの死は報われるんだ!』
そのホネスケの言葉に圧倒されそうになりながらも、ネロアはこう言い返し、
「ですから今、その約定を解き、トードイスムカを一歩前進させようとしているところなのですよ!」
紐付き剣を大きく薙ぎ、ホネスケらピープル達を消滅させた。
この時、アルトリウスはどうしていたかというと、
「ヒヒヒヒ、ヒヒャヒャヒャヒャ! アイツ誰も居ないところで喋って、剣を振ってやがる! たとえ化神官だろうと効いちまうんだなぁ! 俺の【乙女星の竜眼】ってやつは!」
自分の言う通り、誰もいない所で剣を振り、独り語りするネロアを、ある程度の間合いを取りつつ、嘲笑していた。
『ネロアは混乱しています。正面にいるアルトリウスを見失っています』
と、ウェンリーはやる気なく一言実況した後、拡声魔石を置き、ため息を一つ。
「アルトリウス・ノープライド……彼の試合より実況していて不快感がたまる試合はないよ」
隣にいる橙瀧は言う。
「アルトリウスの【乙女星の竜眼】……吸った相手に当人の心を責め立てるような幻覚を見させ続ける状態異常【憂鬱】にさせる煙を放つ。それで奴は、カメセスコアの強者という強者を精神的に弱らせ、強引に膝をつかせてきた……」
「本当に好かない戦術ですよ。一応僕も策士を自負してるから、心理戦は嫌いではないけど、彼のああいうやり方は、卑怯すぎると思うかな」
「ウェンリーはそう思うか。俺様は、あまりそうは思わない。
昴さんが教えてくれた。負けると思ったらマジで負ける。って。
悲しいことに、勝負事はどれだけ『勝ちたい』と思っていても実力とか運が足りなければ負けちまうんだ。
だが、『負けたい』ってちょっとでも思えば最後、メンタル的に狂いが出始めて、無意識に行動に出ちまうんだよ。
俺様はそんなことないが、今まで相手にしてきた奴らの何人かはそれを身をもって証明してくれた。明らかに勝つ気がない奴は手を抜いてるどころではすまされない動きをしてくるんだよ。マジで。
だからアイツの能力は勝負事においちゃあ、一番効率のいいものだ。あんなダイレクトにメンタルを崩せるなんてよ。
だから俺様は、称賛の意を込めて『ロジスティクス・サーガ最低のプレイヤー』と呼びたい」
「ははぁ、なるほど、ためになりますね。しかし……」
「ああ。俺様も同感だ。ここでアルトリウスが勝つことを俺様は断じて許さない。俺様もアルトリウスと戦うのは嫌だ。それに……ネロア、貴様はそこで負ける訳にはいかないのだろう?」
ネロアは相変わらず、辺りにがむしゃらに剣を振っていた、
『お前がいなければ、俺はミレアで出世出来たんだ!』
『お前のせいで俺は階級降格して、家を追い払われた!』
『お前さえいなければ、お前さえいなければ!』
「ああああ! うるさい、うるさい、うるさぁい!」
言うまでもなく、これは自分にたかり、罵りにくる幻影――今回はヘブンズレイドの際にネロアに殺されたミレアのプレイヤーで――を追い払うためである。
「ヒャヒャヒャヒャ! 効いてる効いてる! あー腹痛ェ! トードイスムカの化神官様が、どんどんおかしくなってやがる! ヒャヒャヒャヒャ!」
アルトリウスはつりかけた腹を抑えつつ、観客の方を向いて、皆に言い聞かせる。
「聴衆共! 頑なに【救命の魔石】を手放さず、今でも十分面白いことをしているネロア・ルォーナピアナさんですが、これからますます面白い事にな〜り〜ま〜す〜よ〜お〜! 俺の【乙女星の竜眼】は、時間経過で効果が悪化しますからねぇ!」
そしてアルトリウスは再びネロアの方を向いて、
「さぁ、心が折れちまえよ、クズネロアッ!」
ネロアの元に、また幻覚が現れる。
「今度は、誰ですか!?」
ネロアは即座に剣を振るい、幻覚を見ないよう目をつむったまま、それを消滅させようとする。しかし、その幻影はネロアの剣を、己の剣で受け止めて、
『相変わらず、ネロアらしい太刀筋だな……』
と、しんみり思いながら言った。
受け止められた事実に驚き、ネロアは目を開く、と、既視感――程度の物ではない、忘れがたい騎士の姿があった。
「あなたは……アビス……さん?」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
※今回もまた四人ざっとまとめていきます。
■キャラクター紹介
【ノーヴァ・ハルモニア】
分類:プレイヤー
所属:災国カメセスコア
レベル:81
ジョブ:【竜騎士】
十二星竜の一人。別名【双子星竜】。
カメセスコアの【竜騎士】は、プレイヤー本人は巨大な武器を持ち、相手を豪快に大ダメージを与えて倒す技が多い。ただし素早さや小回りがない。
手なづけた竜に任せて、機動力を確保するか、それとも竜と連携してより殲滅力を上げるか、どちらをどう取るかがプレイヤーのセンスが問われる部分である。
彼が選んだのは後者。スキル【双子星の竜眼】で二体の竜を融合させて生み出した【ファイア・サンダー・ドラゴン】を駆り、数々の敵軍を圧倒してきたという。
【スノウ・ファウンテン】
分類:プレイヤー
所属:災国カメセスコア
レベル:76
ジョブ:【魔剣士】
十二星竜の一人。別名【天蝎星竜】。
カメセスコアの【魔剣士】は、剣では中距離を正確に攻撃するスキルを、魔法は長距離・広範囲に命中するものを覚えやすい。
近距離については、斬ったものを問答無用で凍らせる彼女固有のスキル【天蝎星の星竜】があるため、こちらも要注意。
【ジョージ・ポール】
分類:プレイヤー
所属:災国カメセスコア
レベル:72
ジョブ:【詩人】
十二星竜の一人。別名【山羊星竜】。
カメセスコアの【詩人】は、ジョブ共通の強力なデバフに加え、相手の装備の効果を一時的に劣化させることを得意とする。
彼は【山羊星の竜眼】によって、周囲にランダムで隕石を落としまくり、弱った相手をさらに追い詰める作戦を用いる。
【鳳凰丸戦禍】
分類:プレイヤー
所属:災国カメセスコア
レベル:79
ジョブ:【職人】
十二星竜の一人。別名【巨蟹星竜】。
カメセスコアの【職人】は、馬力に特化したパワーアーマーを作成して、どんなに硬い相手も一方的に倒すことに重きを置く。
彼女は、両腕の巨大ハサミを主武装とした【万裁の鋏】というアーマーを制作し、油を生み出す【巨蟹星の竜眼】でそれのパワーを底上げしている。
言うまでもなく、このハサミに挟まれればどんな相手もひとたまりもなかっただろう。




