52.風向きは屈辱か、雪辱か
クソ親父――ゲイルリンドが突如、対戦相手の橙瀧に放った言葉は、闘技場にいる観客達をひどくどよめかせた。
『え、待ってくれ、聞いてないよ僕!? ゲイルリンドって、橙瀧様の息子だったの!? ……あ、魔石握ったままだった。ゲフン、失礼しました! な、何という衝撃の事実! 遥々命国ミレアから訪れた男、ゲイルリンドは、橙瀧様を親父と呼んだァッッ!? これは、一体どういうことなのだろうかーッ!?』
橙瀧はフッとゲイルリンドを鼻で笑い、
「この俺様をクソ親父呼ばわりするようになったか……バカ息子」
ゲイルリンドはますます怒気を込めて、言い放った。
「クソ親父も何も、当然の帰結だろうが! 六年前のあの屈辱、俺は決して忘れていないぞ!」
*
偉大な格闘家、錦山橙瀧を父に持ったゲイルリンドは、幼い頃から、『父親のようになりたい』と、切望し、格闘技を習っていった。
その血統と、本人の努力も甲斐あって、彼は常に輝かしい結果を出し続け、両親はそれをいつも褒めてくれた――無論、橙瀧もこの時は褒めてくれた。
ゲイルリンドは、それが何よりもうれしかった。
しかしその日々は突然に終わりを迎えた。
それは、ゲイルリンドが中学三年生の時――いつも通りボクシングの選手権で優勝した時だった。
試合後、大きなトロフィーを片手に携え戻ってきたゲイルリンドへ、ふと橙瀧が尋ねてきた。
「お前は何故戦うんだ?」
ゲイルリンドは躊躇なくこう答えた。
「父上のようになりたいからです」
それを受け、橙瀧は質問を重ねた。
「何故、俺様のようになりたいんだ?」
ゲイルリンドはまたはっきりとこう答えた。
「父上の息子として、恥のない生き方をしたいからです」
それを聞いた時、橙瀧はまだ何も言わなかった。事が実行されたのは、翌日だった。
橙瀧はゲイルリンドの私物を全て、レンタルしたトラックの荷台にまとめて、ゲイルリンドを早朝に叩き起こし、こう淡々と告げた。
「世話係や身元保証人はいくらかつける、金も必要な程度はやる。だから、お前には家から出ていって貰う」
そしてその通りに、ゲイルリンドは橙瀧の元から突き放されたのだった。
ゲイルリンドは、訳が分からなかった。
自分はただ父親を敬い、その背中を追ってきただけ。
特に逆鱗に触れるようなことをした覚えは、一切無い。
にもかかわらず、このような仕打ちをした父親を、これまで尊敬していた父親を、自分の生き方を全否定した父親を、ゲイルリンドはひどく恨んだ。
だがいくら恨んだ所で、橙瀧にどう一矢報いるかは、まるで思いつかず、遠い地で恨みを募らせながら、彼なりにたくましく暮らしていた。
そんなある日、彼はテレビを見た、正確には『ロジスティクス・サーガ』のCMだ。
『このゲームは、現実を凌駕する』
と、演舞の締めに決め台詞を言う自分の父親の姿を見て、彼は閃いた。
ゲイルリンドは、ロジスティクス・サーガの世界に飛び込み、当時最も大国と言われたミレアに属し、功績と経験を重ねていった……いつか父親、錦山橙瀧を倒すために。
*
「……全ては、貴様を倒すためだ。錦山橙瀧! 俺は貴様の背を追い続けた! その生き様を、この試合で、貴様を倒し、次代の最強となることで証明して見せたいんだ!」
この発言で、ネロアは追憶する。
(調和の砦の時から、ゲイルリンドさんがやたらと僕を倒すことにこだわっていたのは、『化神官である橙瀧さんを、自分が倒すに値するか』を試すためだったのですか……そして、とうとう本番が巡って来たという訳ですか)
橙瀧はドッと笑い、
「ガハハハハ! そうか、それがこの六年で出した貴様の答えか! 最強に面白い! ならばいいだろう、その実験、この錦山橙瀧が乗ってやる!」
【双魚星の竜眼】を発動し、己の両拳に激流を纏わせる。
ゲイルリンドはそんな父親の態度に辟易しつつ、
「相変わらず、行動の早さだけは立派なものだな!」
【Dt-Do】を飲み、己から膨大な風属性エネルギーを生み出す。
二人は再び、一直線に駆け、互いに互いを殴りにかかる。
二人の右拳はまたしても衝突し、闘技場は先程以上の衝撃に見舞われる。
「【穿導の拳】!」
続けざまにゲイルリンドは、竜巻――橙瀧に対する闘争心故か、いつも以上に激しい――を帯びた正拳突きを橙瀧に打ち込む。
橙瀧はそれを左手で強引に払って防御し、幾多の水の拳をゲイルリンドに放つ。
「【砲導の拳】、二連!」
ゲイルリンドは両手より竜巻を下向きに放ち、空中に舞い上がり錦山の連撃を避ける。
「【穿導の拳】!」
そして遥か上空より、橙瀧目掛け、竜巻唸らす拳を振り落とす。
「【バスター・フィスト】!」
橙瀧は激流を纏った拳を突き出し、立ち向かう。
両者の拳は本日三度目の相克を起こし、闘技場に更なる衝撃が伝わる。
「【刈導の脚】!」
「【バスター・レッグ】!」
そして二人は互いにスキル、打撃、極め……技という技の応酬を行った。
戦闘センスそのものはほぼ同じ。
最強と呼ばれる父、橙瀧に、ゲイルリンドは十分に喰らいつけていた。
「ここまで抵抗するか……貴様の決意、本物のようだな! だが、気の持ちようだけで勝てる程、この錦山橙瀧は弱くない! 【バスター・ラッシュ】!」
橙瀧は先程の連打を超える、あたかも腕が倍になったかのような量の、激流を帯びる無数の拳を、怒涛の勢いでゲイルリンドに繰り出す。
「早い……回避が間に合わない! 【抗導の拳】!」
ゲイルリンドは咄嗟に空気の壁を前方に作り出し、橙瀧のラッシュから身を守る。
だが、橙瀧のラッシュは、それをいとも容易く打ち破り、結果ゲイルリンドは、無数の拳に襲われる。HPが凄まじい早さで減らされていく。
「ウラウラウラウラウラ……セイハァッ!」
そして橙瀧は、締めの一撃をゲイルリンドに叩き込んだ。しかし、ゲイルリンドは辛うじてそれをガードし、数パーセントHPを残して耐えていた。
「……しぶといな。全く」
「悪いか……こちらとて、早々にこれまでの経歴を崩壊させるつもりはない! 【再舞の息】!」
ゲイルリンドは呼吸を整え、体力を七割程まで回復、かつ、自分より生み出す風属性エネルギーを増やす。
その勢い凄まじく、彼の周囲には、自然と旋風が巻き起こっている。
「ほう、風だ……で、それをどうするって話な……」
「【砲導の拳】、二連!」
ゲイルリンドは両手から竜巻を二つ放つ。
二つの竜巻は地面をスポンジケーキのようにえぐりつつ、橙瀧めがけ向かっていく。
橙瀧は無理に抵抗せず、ステップを踏み回避を試みた。
ゲイルリンドはすかさず竜巻の軌道を変える。結果橙瀧は竜巻一つを受ける。
ただし、きっちりとガードをして、だ。HPの減りは一割弱。到底決定打とは言えない。
故にゲイルリンドは次の行動に入る……いや、入って『いた』。
橙瀧が竜巻をガードしている最中に、彼の間合いを詰めて……
「【破導の拳】!」
ガードの姿勢を取り続けたままの橙瀧に、竜巻を帯びた掌底を与え、ガードを無理やり崩し、彼をのけぞらせる。
続けざまに……
「【穿導のこぶ……」
「いつまでもやりたい放題出来ると思うな! 【バスター・ラッシュ】!」
橙瀧は即刻体勢を整えると共に、ゲイルリンドへ、お得意の怒涛の激流を帯びた連打を食らわせる。
「その手では二度と痛い目に遭うつもりはない! ハァァッッッ!」
ゲイルリンドは全身に力を込め、己より膨大な風属性エネルギーを放ち、鋼鉄よりも頑丈な風の鎧を作る。
結果、橙瀧の両腕に纏われていた激流は吹き飛ばされ、叩き込まれようとした拳の威力も一気に減退する。
そしてゲイルリンドは橙瀧の両腕を掴み、まず頭突きをかます、それにて橙瀧が眩んだ内に、
「【閃導の脚】!」
ゲイルリンドは猛烈な竜巻を纏わせた右足で、橙瀧の胴に蹴りを入れ、豪快に橙瀧をぶっ飛ばす。
ゲイルリンドの猛攻は終わらない、ゲイルリンドは橙瀧に向け、竜巻を作り、彼を強引に引き寄せ、そして……
「【天導の拳】!」
橙瀧の顔面に強烈なアッパーをお見舞いし、彼を天高く打ち上げる。
「まだまだだぁッ!」
ゲイルリンドは主に下半身へ力を込め、上昇気流を生み出し、天高く飛ばされる橙瀧を追う。
空中で、橙瀧との間合いがほぼゼロになったところで、出せるだけのありったけの風属性エネルギーを纏わせ、
「これが、俺の最強の決意だ……【覇導の拳】!」
猛り狂う竜の如き竜巻を帯びた、ゲイルリンド全身全霊の正拳突きを繰り出し、橙瀧を観客席を守る魔法障壁へと叩きつけた。
『き、決まったぁーッ! ゲイルリンドの疾風怒濤の三連撃が! 観客の皆様、よく噛み締めてください、このゲイルリンド・A・ハングの覚ご……ぉ!?』
「【竜脚飛来】」
刹那、ゲイルリンドは地に、凄まじい速さで落とされる。
そして彼の胴には、橙瀧の右足がめり込んでいた。
確かにゲイルリンドの三連撃は橙瀧に見事に炸裂した、当人のHPを五割削った、鮮やかだった。
――だが、倒せていない。
故に、ロジスティクス・サーガ最強の肩書を持つ橙瀧にとっては、特段優れた一撃ではないのだ。
「ゲイルリンド……これが、この程度が貴様の最強の決意か?」
「バカ、な……?」
「貴様はそう最強に信じ込んでいるのだろう。ならば、それがどうであるか、歯ァ食いしばって受け止めて貰おうか」
橙瀧は【双魚星の竜眼】を再度発動し、激流を両腕に纏わせ、
「【竜牙殺到】!」
これまでのラッシュとは比べ物にならない程の威力と早さと数を誇るラッシュを、地面で伸びているゲイルリンドに浴びせる。
「ぐはァァァッ!?」
『流石だ我らが化神官、錦山橙瀧! あれ程の連撃を食らい劣勢に追い込まれたと思いきや、こうもあっさりと戦局をひっくり返してしまったァ!』
このゲイルリンドの転落っぷりに、過去に彼のせいで嫌な目にあったことをすっかり忘れて、レイザックは、
「そ、そんな……あのゲイルリンド様の渾身の技が、なんにもならないなんて……」
一方、その隣にいるネロアは、微動だにせず、試合の流れを振り返りながら、思う。
(そもそも、【バスター・フィスト】や【バスター・レッグ】はジョブ【格闘家】が初期に覚える技。ですから、最初から橙瀧さんは、ゲイルリンドさんに本気を出していなかったのでしょう。
今、【竜脚飛来】や【竜牙殺到】といった、高レベルで覚える技を使ってきたのは、『たった』一段階上の本気を出してきたからでしょう。
そして、ゲイルリンドさんは、今それで充分苦しめられているということは、【化神官】である橙瀧さんに勝てないということに等しい……)
ネロアが思案している内に、闘技場の現状はガラッと変わっていた。
「頑張れー! ゲイルリンドー!」
「自分の子供をそこまで痛めつける必要があるか! 橙瀧!」
「もう仲良く終わってくれよ!」
観客のほとんどはゲイルリンドに同情の声を叫び、
「もう、やれんのか……!?」
橙瀧はゲイルリンドの首を掴み、ぶら下げ持ち上げ、
「……」
死に体のゲイルリンドは物理的な攻撃でも、言葉でも、反撃できなくなってしまった。
「ならば、結局……貴様の証明は成せなかったのだな。よし、わかった」
そして橙瀧は右拳を強く握り、
「じゃあ、負けろ」
ゲイルリンドの顔面に、ごく普通のパンチを食らわし、彼を魔法障壁へと叩きつけた。
ゲイルリンドの周囲に、【救命の魔石】のバリアが展開されたのは、それから間もなくのことだった。
『……勝者、錦山橙瀧』
と、実況役のウェンリーは、静かに決着を告げた。
「……ウェンリーの奴め、今回は運が悪かったな。こんな半端者の奴のせいで、準決勝に上がれなかったとはな」
そう橙瀧はつぶやいた後、自分に浴びせられるブーイングを完全無視し、戦場を去っていった。
*
試合直後、トードイスムカの三人は、ゲイルリンドのいる救護室へ向かった。
厳密に言うと、ゲイルリンドの事を心配した、元部下のアンティルとレイザックが、ネロアを無理矢理引っ張っている形だが。
「ゲイルリンド様! 大丈夫ですか!?」
そのレイザックの問いに、ゲイルリンドは細々とした声で答える。
「当たり前だろうが。【救命の魔石】で命だけは助かったんだから……」
「ゲイルリンドさんはよくやりましたって! あれだけ長時間、橙瀧さんに抵抗できてたんですから!」
アンティルはどうにか落ち込んでいるゲイルリンドを励まそうとする。
しかしゲイルリンドは、
「だが俺は、親父に勝てなかった……」
まるで立ち直れない様子だった。屈辱の六年間を、ああも安々とあしらわれたのだ。こうなってしまうのも無理はない。
それを察したネロアは、二人の肩を叩く。ネロアの意図を薄々感じ取ったアンティルとレイザックは、共に救護室を、静かに去った。
「可哀想に、ゲイルリンドさん……」
その直後にネロアはそうつぶやいた。
「全くですよネロアさん! あれだけの試合を展開するくらいゲイルリンドさんは頑張って来たというのに、それを無価値みたいにみなすなんて!」
「ああ、正直オレっちは、ゲイルリンドにあんまり思い出はないし、ミレアにいた頃はどっちかっていうとノルガードの部下だってのもあるけど……流石にここ限りは身内として同情したいぞ!
なあ、ネロア、次の試合に勝てば決勝だよな! いよいよ橙瀧との一騎討ちだよな! だったら、ジュリクスとの約定を解くためにも、ゲイルリンドの無念を晴らすためにも、橙瀧に勝ってくれ!」
「俺からもお願いします! ネロアさん!」
そう言って二人はネロアへ頭を下げる。
ネロアは即答する。
「勿論ですよ……ただしその前に、一つ課題をどうにかしないといけませんよね?」
数分後、ネロアはその課題と向き合う事になる。
『準決勝第二試合、『【トードイスムカ化神官】ネロア・ルォーナピアナ VS 【乙女星竜】アルトリウス・ノープライド』!
あの覇権国ミレアの鼻を明かしたロジスティクス・サーガ最恐の反逆少女と、そのやる事なす事全てにおいての下劣さから、あの橙瀧に『ロジスティクス・サーガ最低のプレイヤー』と称される胸糞野郎。
広い意味で言えば悪人同士のドリームマッチの幕が、今斬って落とされようとしているッッ!』
先日、ネロアを悩ませた、『敵の戦意を失わせるガス』を出す強敵、アルトリウス・ノープライドとの対戦である。
(まずこの人を倒すのが、橙瀧さんと戦う前提条件ですからね……橙瀧さんとは絶対に戦いたいですから、ここは気を引き締めて、いつも以上に真剣にいきましょう)
そう決意を固めた後、スポーツマンシップに則り、ネロアはアルトリウスに挨拶する。
「もう幾千幾万と名を聞いたかもしれないが……僕の名はネロア・ルォーナピアナ! 死神ホイプペメギリより死国トードイスムカの【化神官】の座を賜った者である……」
「……ブツブツ、無駄にカッコつけた言い回ししやがって……よくもあんなことして悪びれもせず、偉そうにしやがって……」
「?」
アルトリウスはネロアを睨みつけ、こう怒鳴る。
「テメエの素性は一から百まで知ってるんだよボケェ! いちいちくどくど名乗るんじゃねえ! テメエが何をしたのかは俺は忘れやしねぇぞクズネロア!」
「……ぼ、僕が何をしたんですか……?」
「覚えているんじゃねえのかよ!? 俺を……【悲劇の演出団】にいた、アルトリウス・ノープライドのことをよぉ!?」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【ゲイルリンド・A・ハング】
分類:プレイヤー
所属:命国ミレア
レベル:82
ジョブ:【格闘家】
トードイスムカ侵略軍の最高司令官の片割れ。国民等級『一等』にして、【五造:排】の称号を持つ大幹部の一人。
愚直に真面目。主であるヴァイスの命令にはほとんど忠実。だが、今はその主が謹慎中のため、比較的暇がある模様。
現実世界における橙瀧の実の息子。
自分を突然、家から追い出した屈辱を晴らすべく、親父がハマっているロジスティクス・サーガを始め、ミレアに属しながら武者修行を行っていた。
ミレアの【格闘家】は比較的素早さは伸びないが、その分物理攻撃力・防御力が伸びやすく。どしっと構えて相手を叩き潰す戦法を得意とする。
自分専用の【Dt-Do】を飲み、風属性エネルギーを生み出すことが出来る。
シンプルな効果だが、推進力を得て移動力をカバーしたり、打撃の威力を上げたりなど、とことん応用している。




