46.最強との対面
ネロアとアンティルとレイザックは、死国トードイスムカと災国カメセスコアの国境辺りを飛んでいた。
ヘブンズレイドの際に共闘関係にあったウェンリーの、腹部にキャビンの箱を設けた、人員輸送用のドラゴンに乗って。
「改めて、感謝するウェンリー殿」
向かいの席に座ったまま、頭を下げるネロアへ、ウェンリーは手のひらを見せる。
「僕は感謝される程のことはしていませんよ。
僕はただこちらの化神官の頼み事を聞いて欲しくて、お使いにきただけですから」
ネロアは小声でレイザックに言う。
「ほら、ウェンリーさんはやっぱり偉い人じゃないですか。化神官からお使いを頼まれるくらいの立ち位置にいるんですよ?」
レイザックはその指摘に唸って、
「あれ、おかしいな……カメセスコアは、十二星竜とそれらが有する軍勢が争い合っているはずなのに……」
と、つぶやく。
それにウェンリーはクスリと笑い、
「僕はそこそこ有名人だと思ってたけど、少々、うぬぼれてたかな……まぁ、ここでも現実でもあまり名前を広めてないから、致し方ないか」
と、微妙に聞こえなくもないくらいの声量でぼやいたあと、レイザックの方を向いて、
「ええと、レイザックさんと言ってたかな? どうやら君がミレアで聞いてた情報は、少し不足があったみたいだね」
「不足ですか。それは一体何でしょうか?」
「僕は、結構前からあのお方に服従したんだよね」
この竜に乗るまで、ネロアとアンティルが、レイザックから聞いた災国カメセスコアの現状は、ざっくり言うとこうだ。
リニューアル前に引き続き、災国は百ほどの勢力が争い合っていた。
ところがある日、十二個の流星がそれぞれプレイヤーに命中し、彼らは【竜眼】なる特殊なスキルを手に入れた。
以来、【十二星竜】と呼ばれることになる十二人のプレイヤーが、その他の勢力を次々と飲み込み、やがて災国の勢力は十二のみになった。
ただし、その十二の勢力は拮抗している訳ではなく、皆さんご存知の『あの人』が群を抜いて強く、他の十一勢力が、『最強』の顔色を伺いながら小競り合いを繰り返している……という話だった。
レイザックの話で間違っていたのは、『他の十一勢力が〜』という点。正しくは、『他の十勢力が〜』である。
残る勢力が十二になった時、各々がいざ乱戦だ。と、意気込んでいた矢先、とある知的な男が、『かの強者』に呆気なく従属宣言をした……とはいっても、強者側は従属なんてみっともないと思い、『同盟』ということにしているが。
こうして元より『彼』が一歩抜きん出いたでいた感があったものの、そこに知的な男の頭脳が加わったことで、より一層手がつけられなくなってしまった。
故に、今、その二人の男の同盟に怯えつつ、他十勢力がどう三番目の地位を得るか日々画策している。
これが正しい災国カメセスコアの現状である。
「あ、ちなみにもうこれも言うまででもないけど、さっきの話に出てきた『知的な男』……っていうのは、僕、ウェンリー・イーブネスだよ」
「「やっぱりか……」」
と、アンティルとレイザックは同時に、ため息混じりに言った。ウェンリーによる自慢話故の呆れのため息である。
一方、ネロアはウェンリーに質問をする。
「ところでだが、先程から皆が言う、『あの男』や『あのお方』やらは、一体何者だ?」
直後、アンティルとレイザックは、「「ウッソだろ!?」」
と、声を揃えて驚いた。
「ネロア、お前……しょうもない冗談言うなよ! カメセスコアで『あの男』って言ったら『あの男』しかいないだろ!?」と、アンティル。
「恐らくロジスティクス・サーガで現行で活動している中なら、多分ぶっちぎりで有名なプレイヤーですよ!?」と、レイザック。
それから、ウェンリーも苦笑混じりに言った。
「おやおや、僕はともかく『あのお方』を知らないとは。
化神官から就任してまだ間もないから仕方ない……どころじゃないや、これは非常にレアな存在すぎる……」
まるで異星人や怪物を前にしたような目を三人に向けられ、ネロアは思わず威厳を見せるための演技を止めて、あたふたしながら言った。
「ええっ!? そんなにカメセスコアの化神官様は有名なんですか!? す、すみません、僕の勉強不足でした……ところで、結局その方はどなたなのですか!?」
そうネロアが全体に尋ねると、アンティルとレイザックは一度目を合わせた後、二人揃ってウェンリーに頭を下げる。
「ウェンリーさん、どうかオレっちらが誇る変わり者の化神官様に、ご教授してやってください!」
「俺もある程度詳しいですが、さっきみたいに誤情報を先に教えたら面倒なので、お願いします!」
するとウェンリーは、「もちろんいいよ」と二つ返事で彼らの頼みを承諾し、ネロアにあのお方のことを自慢気に語り始めた。
*
錦山橙瀧。彼が災国カメセスコアの現在の化神官の名前である。
そしてこの名前はロジスティクス・サーガの中だけでなく、現実世界においても知らないものはいない。
橙瀧の人物像を端的に言うと、『全人類最強』。
彼は若かりし頃からボクシング、空手、レスリング……その他諸々の格闘技への転身を繰り返しつつ、各競技で頂点への至るという偉業を繰り返していた。
その結果、彼はそうした格闘技運営団体の連合組合――『世界総合格闘技連盟』からその偉業を称えられ、名誉会長に就任(という建前で、実際はどこにいっても試合結果が読みやすすぎて面白くないため、殿堂入りに近い)。その立場上から、試合に出場することはなくなっている。
今の橙瀧の日々の活動は、三軸に絞られている。
一つ目は、TVショーのゲストや、大型の格闘技イベントの箔付けなどのタレント業。
二つ目は、カナダの自宅で最愛の奥さんと、度々実家に帰ってくる子どもたちとの団らん。
そして三つ目は、ロジスティクス・サーガだ。
ロジスティクス・サーガを始めるきっかけとなったのは、先述のタレントとしての仕事がきっかけだった。
ロジスティクス・サーガがリニューアルされる際に、それを広めるためのイメージキャラクターの一人として、橙瀧が選ばれた。
もちろん、その告知CMにも彼は出演している。
ベタに元格闘家らしく、CGと実写を行ったり来たりしながら演舞をしてから『このゲームは、現実を凌駕する』という橙瀧の一言で締めるものだった。
それから彼は、他のイメージキャラクターと同様に、一定期間はゲーム内のプレイヤーとして活動した。
これがプレイヤー歴の始まりであった。
リニューアルから数カ月後、イメージキャラクター全員の就任期間が終了し、過半数の有名人はいかにもそれらしく、このタイミングでロジスティクス・サーガからフェードアウトした。
ところが、橙瀧は久々に与えられたこの大きな大きなリングに大満足し、そのまま籍を置くほどすっかりのめり込んでいた。
それから橙瀧は、最も戦闘のしがいがある災国に居座り、そこで持ち前の戦闘能力で次々と強敵を打ち負かしていった。
さらに、幸運か不幸か、橙瀧にあの流星の一つが落ちた。
竜に翼を得たるが如し。彼の連戦連勝劇はますます派手に、恐ろしくなっていった。
その中でウェンリーという参謀を手に入れ、彼はとうとうカメセスコア内では誰も手が付けられないようになってしまい、ついに災国カメセスコアの化神官の称号を戴いた。
こうして錦山橙瀧は、『ロジスティクス・サーガ最強のプレイヤー』として、この仮想空間の中でも、ほとんど知らないものはいない存在となったのであった。
*
「そうなんですか……あ、ゲフンゲフン……真か。
錦山橙瀧……あの過酷極まるカメセスコアの化神官になるとは、相当なる大器の持ち主であろうな」
レイザックは言う。
「ええ、ネロアさんの言う通り、橙瀧の強さは異常だ。
あのヴァイスさんも、彼一人を恐れていました。
化神官に就任した直後、占領されたミレアの土地の奪還を進めていたのですが、災国に取られた土地については、かなり後回しになっていたんです」
アンティルが補足する。
「後々、キチンと取られた土地に進行して、奪い返したんがな。ただ、そこには橙瀧がいなかった。そもそも、アイツの領地ではなかったからな。
それで、これはあくまで噂なんだが、この戦勝報告を受けてヴァイスは相当ホッとしていたらしいんだとか」
「ということで、ご理解いただけましたでしょうか? これが僕の主である、ロジスティクス・サーガ最強のプレイヤーです」
「ああ、解した。
ロジスティクス・サーガ最強のプレイヤー……嗚呼、今追憶すれば僕は何たる無知蒙昧だろうか、そのような英傑を知らずに、化神官の座を頂いているなんて……
だが、僕はこれよりその最強と対面しなければならない……これもまた重き天命よ」
そしてネロアは肩を震わせた。
武者震いか、慄きか。二通りの捉え方があるが、流石の無鉄砲なネロアでも錦山については、絶対後者の感情を抱いているだろう。
そうアンティルとレイザックは解釈して、二人も身を震わせながら(無論、こちらも後者の感情で)、ネロアを励ました。
「だ、大丈夫だって、オレっちらが下手打たなきゃ戦う事はまず無いからよ」
「そ、そうですよ、ネロアさん。確かに橙瀧は気性が荒い方ではありますが、無関係な人に力を振るうほどの乱暴者ではないので……」
そんな二人を心配して、彼女は無理くり笑って返事した。
「で、ですよね! キチンと礼節を欠かさず接すれば、きっと何事もなく帰れます、よね……!?」
そんな三人の様子を見て、
「さぁ、それは橙瀧様の考え次第かと思うけどね……」
と、ウェンリーはこっそりつぶやいた。
そのような雑談を経て、ネロアたちを運ぶ竜はカメセスコアの首都【竜都】の、巨大駐竜場に着陸した。
そこからそのままウェンリーに案内され、一行は竜都の街を進んでいく。
まだ混戦の傷が癒えていないのか、はたまた君主の性格が性格だからかなのか、様々な様式の建物が無秩序に乱立しており、彼女たちは複雑な道を歩んでいった。
一応、首都としての機能を果たすために、何本か太く、まっすぐに整備された街道があったが、そこは横目で見るだけで、通りはしなかった。
とんでもない人で溢れかえっているだけでなく、屋台などが立ち並んで混雑していたからだ。
「ウェンリー殿、今宵の喧騒は如何なる因果に所以するのだ。祝祭でも行われるのか?」
「いやぁ、あれはなんか勝手にやってるだけですので……僕は知りません、本当に」
そして四人は混雑を避けて、竜都の中心へと向かっていくこと十数分。
「こちらで、橙瀧様がお待ちしております」
神殿……というよりかは城塞に近い形体をした、数多の厄災に耐えて出来た傷が逆に荘厳さを醸し出す建物――ジャグガバゼパ神殿に案内された。
「『ジャグガバゼパ神はロジスティクス大陸の間南に、己が城郭『カメセスコア』に座す。
女神が司るは天変地異。ロジスティクスの人々に災害という形で、時に厄災を、時に豊穣を、時に試練を与える。
それの日時、それの意図、それの大小、それの難易は総て、傍若無人な彼女の気の向くままに振りかざされる。
故に女神は、他の九神よりただならぬと注意の念を持たれている』」
「へぇ、暗唱まで出来るんだ。本当にロジスティクス神話に詳しいんですね、ネロア殿」
「ロジスティクス神話はただのフレーバーテキストにあらず、このロジスティクス・サーガの根幹設定に関わる。故に知識として蓄えることに損はないだろう」
「それはさておき、橙瀧様に会いに行こうか」
ネロアたちはウェンリーに案内され、神殿の奥にある、玉座の間めいた空間に足を踏み入れる。
そして、そこにある玉座に堂々座るのは言うまでもなく……
「お待たせいたしました。橙瀧様。こちらがかのトードイスムカ化神官、ネロア・ルォーナピアナ様と、その側近でございます」
「ほう! 貴様がかのネロア・ルォーナピアナか!? ようこそ、カメセスコアへ! 俺様は……」
いかにも熟練の格闘家らしい重厚な筋肉に覆われた巨大な体躯と、天を穿つように伸びる二本角が特徴的な壮年の男――錦山橙瀧は玉座から立ち上がり、
名前:錦山橙瀧
所属:災国カメセスコア
レベル:100
ジョブ:【格闘家】/【化神官】
己のステータスを開示しながら、ネロアの元に歩み寄った。
「……錦山橙瀧、だ! ははは、よろしくな!」
そして、まるで愛娘を相手にするように、ネロアの頭を撫でまくった。
アンティルはレイザックに小声で言う。
「何だ、テレビとかで見てた時よりも、だいぶ気さくなおっさんじゃないか」
レイザックはアンティルに小声で返す。
「さぁ、どうだろうか。能ある鷹は爪を隠すともいうし、それに錦山橙瀧は息子を家から追い出した等、苛烈な噂話も少なくない……」
橙瀧はネロア撫でをやめると、後ろ歩きでさっさと最初に座っていた玉座に戻り、顔をやや斜め上にあげ、傲慢さを放ちながら、
「さて、馴れ合いはここいらで止めておいてだ。 ネロア、貴様にはどうやら俺様に用事があるそうだな?」
「ええ、時国ランニバーニ化神官、ジュリクス殿の約定を解くため、橙瀧殿の認可を、僕は欲してるのです」
「あの『トードイスムカを強制鎖国させる約定』だな。トードイスムカの人民は最強に可哀そうだ……」
「ならば、どうか。僕に認可を与えられないでしょう……!?」
橙瀧は、瞬く間にまたネロアとの距離を詰めていて、そこから彼女めがけ正拳突きを繰り出し、ネロアの顔面寸前で止めた。
「……ネロア。確かに俺様は『可哀そうだ』とは言った。だが、『すぐ認可をやる』と言ったか?」
「いえ、それはいかに追憶しても、絶対不可避の真実だ」
「そうだ。俺様はすぐ認可をやるつもりはない……そう、すぐにはな」
橙瀧は正拳突きを戻し、その拳をネロアにちらつかせながら言う。
「ウェンリー、【星竜大戦】の話はしてあるか」
「いや、まだだよ」
「そうか……ならネロア、ケツから話す! 貴様の臣下ともども【星竜大戦】に出場しろ! そしてそこで優勝した暁に、この橙瀧は認可を出すッッ!」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■用語説明
【カメセスコア】
通称:災国
神:災神【ジャグガバゼパ】
首都:竜都
プレイヤー数:1200万人(総プレイヤー数の12%)
化神官:錦山橙瀧
天災神が統率する、過酷極まる荒野で、弱肉強食の戦が蔓延る国。
現在のところ【十二星竜】と呼ばれるトッププレイヤー十二人率いる十二の勢力が凌ぎを削っている。
と、巷では言われるが、実のところは化神官とその参謀の合同勢力が一強であり、他はその顔色を伺いながら、勢力拡大を画策し続けている。
固有成長傾向はハイリスクハイリターンな技を覚えやすい。なお、仲間の回復・バフ系の技は【聖職者】などの補助系ジョブでもほとんど覚えられない。個が全てなのである。
現在のロジスティクス・サーガのメインの遊びである、戦争を最も頻繁に楽しめる国であるため、その過酷な環境に反して、かなりのプレイヤーがここに集っている。
そして半数は泣きを見るという。




