45.新たな旅路
大人気VRMMO・RPG『ロジスティクス・サーガ』の情勢は、新たなる局面を迎えていた。
当時、没落真っ只中であった死国トードイスムカ。その新化神官、ネロア・ルォーナピアナの快進撃。
最も覇権に近かった大国、命国ミレア。その実現者である化神官、ヴァイス・O・ヘブンによる自由区での軍事作戦――通称『ヘブンズレイド』。
そして、大陸の真の主、理神レソカーラ・シュクペバー直々による、ヴァイスの半年の謹慎処分。
これらの出来事を経て、これまでは『いかにミレアの台頭を受け止めるか』という点に重きをおいて、他の国々は策を練っていた。
ところが先の激戦の結果、その大きな前提が消えた。
これにて恐れる対象、あるいは、すがる対象は半年無い。
故に、各国は、ミレア主体ではなく、自国なりに方針を掲げ、行動しなければならなくなった。
ヘブンズレイドから約三ヶ月経った現在、大陸ではそれ以上に目立った出来事は起こっていない。
この情勢の変化にどう対応するか思案しているということもあるが、何よりも、先に動いた際に後背を突かれることを警戒しているのだ。
とにもかくにも、ロジスティクス・サーガは、まるでリニューアル直後のように、国同士で互いの出方を伺い合う、緻密な戦争ゲームに回帰していたのだった。
そんな中、あのヴァイスから勝利をもぎ取り、国を守りきった期待の新星にして、新たな台風の目となりつつあるプレイヤー――ネロア・ルォーナピアナは今……
「【堕落の衝】!」
トードイスムカの首都【冥都】の、自分の邸宅に併設された訓練場で、剣を振るっていた。
「ぎゃあ!」
「はい、そこまで……今回もネロアの勝ちだ」
ミレア国民にして、ネロアの友であるプレイヤー、アンティルは審判として宣言した後、彼女の対戦相手をからかう。
「なぁ、今回は【死神の凶器】と【モンスターコール:スケルトン3】を使わないって超ハンデをつけてくれたんだぞ。なのに、何も出来ずに負けるなんて、情けないにもほどがあるだろ……なぁ、レイザック」
「馬鹿を言うな!」
と、そのからかわれた対戦相手――レイザックは顔を真っ赤にしながら言った。
ここで一つ解説を入れるとしよう。
レイザックとは、アンティルと同じ元ミレア国民であり、彼の同僚的な立ち位置にいた少年である。
彼はミレアで良く言えば堅実、悪く言えば自分で何かしようとせず、命令のままに活躍を重ねて、かつてミレアにあった階級制度においては上位に当たる二等国民になるというエリート道を歩んできた。
ところが、アンティル共々ネロアに敗北したことをきっかけに、諸々問題を起こしてしまい、一気に落ちぶれていった。
ヴァイスの謹慎と階級制度の廃止の後は、彼に対するお咎めはほぼ消え失せた。しかし、過去のやらかしの数々から『居づらい』ことには変わらなかった。
なので彼は、かつての同志であるアンティルとの縁を伝って、トードイスムカに帰化している。
「そもそもだなぁ、俺は化神官を相手してるんだぞ! なにか出来たほうが凄過ぎるんだよ! じゃあ逆にお前はどうにかできるのか!? なぁ」
などなど、アンティルへひらすらに逆ギレするレイザック。そこへ対戦相手のネロアは注意する。
「その態度はあまりよろしくないと思いますよ。もう少し『一矢報いてやろう』って思わないと何も始まりませんよ」
さらにアンティルもやたらとニタニタしながら追撃をしかける。
「そうだぞ。オレっちだってヴァイスに一矢報いた経験あるんだぞ。だったらオレっちよりも一つ階級が上だったお前ならできるんじゃねーの?」
「それにレイザックさん。どうやらシュラさんから聞いた話ですと、あの方にちゃんとダメージを与えられた……」
「それは焦りに焦ったせいでの……俺の中でもトップクラスでの黒歴史だからあまり掘り下げないでください、ネロアさん!」
「わかりました、気をつけます。けど、僕は結構かっこいいと思ってますよ。自分の得意技を封じられてもなお立ち向かい続けたらしいじゃないですか。『最後の最後まで相手を殺すことを考え』てて、いいプレイヤーだと思いますよ?」
「気をつけてましたか今? わりかし具体的に言っちゃってるじゃないですか……」
得意技――このワードでネロアは、ふと思いつき、レイザックへアドバイスを送る。
「それで、かれこれ七回くらい戦って感じた、貴方の気になる点ですけど、一番はやっぱり『基礎のテクニックが身についてない』ことだと思います。
この前は【エンチャント・エミット】と【Dt-Do】のコンボで、お手軽に光属性の攻撃を連発して、ガンガン攻めていました。ところが、今は【Dt-Do】を没収されてるのでその戦法が使えず、素材の詰めの甘さが目立っているんです。
だから今後は新しい戦法を探しつつ、基礎の戦闘能力を鍛えていく必要があるかなと思います」
「だぞ、レイザック。化神官様のありがたいご指導、きちんと受け取れよ」
「はいよ、アンティル……くっそ、まさかアンティルに先輩ヅラされる日が来るなんて」
「自業自得だろ。ミレアの頃、だいぶ偉そうにしてたんだからなテメー」
「……すまん」
ここで、ネロアの元に伝令が舞い込む。
「ネロア様。正門に、ジュリクス・ヴィオレックス氏が参りました」
「なるほど、ご報告ありがとうございます」
「ジュリクス……ああ、あの腰抜け化神官か」
ジュリクス・ヴィオレックス――時国ランニバーニの化神官にして、八神会議の議長を務める、この大陸で五指に入る実力者である。
しかし、ネロアとアンティルは、彼についてあまりいい印象を持っていない。
先日のヘブンズレイドの際、彼は中立という言葉を悪い意味で使い、とっとと自由区から逃げたのだ。
「ジュリクスさん、急にどうしたのでしょうか? とにかく、会ってみましょう……」
ネロア、アンティル、レイザックの三人はすぐにジュリクスを歓迎し、邸宅の来客室へと案内する。
そこでネロアとジュリクスはローテーブルを挟んで向かい合い、まず、ネロアから一言。
「遥か彼方よりジュリクス殿がお越しくださる……この天命に誠に感謝する」
「こちらこそありがとうございます。急に押しかけたにもかかわらず、ご丁寧に対応してくださりまして……」
アンティルとレイザックは、来客室の隅で二人並んで立ち、その様子を見守る。
レイザックは小声でアンティルに尋ねる。
「何だ、あのネロアさんの演技がかった語りは」
同じく隅にいるアンティルは小声で答える。
「化神官っぽく威厳をつけるために、然程親しくない人相手には、ああ話してるんだよ。シュラのアドバイスを真に受けてな」
ジュリクスは単刀直入に話を始めた。
「先の八神会議とそれに続くヴァイス殿の大乱により、自由区は甚大な被害を受けました。 当然、この事件は、ヴァイス殿らミレアが責任を持つべきものだとは私も思っています。
しかし、全てがミレアが招いた原因とも言い切れません。なぜなら、その根本の根本が、あなた方、トードイスムカの調和の砦侵攻にあるからです。
周知の通り、かのヴァイス殿は理神レソカーラ・シュクペバーにより裁かれ、謹慎の身になっています。
にも関わらず、あなたには大した罰はくだされていない。というのはいささか不平ではないでしょうか?」
「……それで、僕にはいかなる天誅が下されるという定めか?」
「私、時国ランニバーニ化神官、兼、八神会議議長のジュリクスはこの事態を見て、貴方がた死国トードイスムカに、このような約定を課すことを決めました。
この約定を私が解除するまで、死国トードイスムカは基本、貿易・侵略等の越境行為を全て禁ずる」
そうジュリクスが宣言した途端、アンティルは一秒も経たない内にブチ切れた。
「おい待て! なんだよその村八分みたいな約定! お前一体何様……」
レイザックは、今にもジュリクスに殴りかかろうとしている彼を必死に止めながら、
「黙れ、アンティル! ここは貴様が茶々入れる場面じゃない!」
ジュリクスはそんな二人の様子をちらっと見た後、なにもないローテーブルを見つめながら、ため息をつく。
「その意見はごもっともだと私も思いますよ……」
「……ジュリクス殿、どうやら貴様も、先刻述べた枷を拒絶しているようだな」
「……ええ、ここだけの話、この約定は私が主導して作ったものではないのです」
ジュリクスとしては、プレイヤー数一位だった自国を追い越した、ヴァイス率いる命国ミレアに痛手を負わせ、再び自国を第一位の座に戻してくれた、新興勢力のネロアには感謝しているという。
しかし、これはいつでも、どこにでもある話だが、こういう新興勢力は偏見を持たれ、脅威とみなされる。
ヘブンズレイドの後、各国の重鎮たちはそうした危機感を持った。特に、ジュリクスのお膝元である時国ランニバーニでは、その声がかなり大きいのだという。
そしてその危機感を解消するために、彼らは議長のジュリクスを頼り、彼を挟んであのような約定を課そうと目論んだのである。
「ホントかそれ? お前、最大国の君主なんだろ? だったらもっと度胸持って突っぱねろよ。さてはそれ、ここに来る前に考えてた方便だろ?」
「もういい加減黙ってくれ……アンティル」
「そうだ、アンティル。まだ僕はこの物語の行く末を見ていないのだ」
ネロアはジュリクスに問いかける。
「して、貴方は『一定期間我らトードイスムカの越境行為を禁ずる』と酷な運命を課そうとしているのはわかった。だが、先程貴方は『解除』の二字を告げたな。
恐らくだが、ここに貴方なりの救済の術があるのだろう?」
「はい、流石に、私も……いや、誰であろうと、トードイスムカを永遠に国際社会から追放することはできません。
ネロア殿の予想の通り、この約定を消すための条件がございます。
単純なものです。『ミレアを除く、他六国の化神官から認可を受ける』ことです」
「他六国から認可を貰う……左様な試練のみで構わないのか」
「はい。それと二点、補足をさせていただきます。
一つ、この認可を貰うための必要最低限の越境行為は許可します。もちろん死国側の勝手な行動では行けません。なるべく双方の許可を得てからお願いいたします。
一つ、我々ランニバーニは、他五国の判断を待ちます。他五国から認可を得れば、すぐに我々も認可を出すつもりです」
「……解した。この約定は僕が責任を持って、トードイスムカの民に伝えておく」
「ありがとうございます……なお、万が一の話ですが、この約定を破ろうとした際は、どうなるかご説明いたしますか?」
「時国ランニバーニが正義の鉄槌を下しに来る。そういう運命なのだろう」
「よくおわかりで」
この後、ジュリクスは己の愛馬ならぬ愛竜【グローリアドラゴン】に跨り、ランニバーニへと飛び去った。
その姿がある程度小さくなるのを待ってから、アンティルは地団駄を踏みだした。
「おいネロア! やっぱり一発ぶん殴るとかしといた方がよかったんじゃねぇのか? そもそもアイツは何様だって話だろうが?」
レイザックはかっかするアンティルを横目で見ながら、ため息をついて、
「それこそ悪手だと思うぞ。時国ランニバーニは『ロジスティクス・サーガ』がVRに対応する以前からの由緒正しい国で、再びプレイヤー人口も一位になった。
そんな国に対して、化神官がなりたてホヤホヤで、まだ政治とか軍事とか、何もかも整っていないこの国が食ってかかってみろ? 俺たちがミレアにいた時以上に悲惨なことになるぞ」
ネロアは言う。
「その通りです。ミレアとの争いの傷も癒えていませんし、ここはひとまず長いものに巻かれておきましょう。
さて、これから僕はミレア以外の六国から『認可』を得るとしましょうか……唯一の救いですね、『ミレア以外』というのは」
「ほんとそれな。こちらに対して恨みしかないだろうアイツが、そんなもの出すわけないものな」
「俺も同感です。もしあそこでジュリクスさんが『七国』と言ってたら、俺も殴ろうと思ってましたから」
*
かくてネロアは、ミレアとランニバーニを除く五国の化神官に認可を求める書を送った。
『ふぅん、ネロア君がジュリクス君に脅されてねぇ……こないだは散々厄介になったことだし、これは、認可するより他に無しだね』
『ふむふむ、よくわかんないけどネロアちゃんが困ってるのはわかった! じゃあなる早で助けてあげるね!』
元より友好関係のある文国ヨヤアサの化神官、シュラと、音国エホシャドチグパの化神官リュートは、すんなりと認可状を送ってくれた。だが残る三国はというと……
「機国【イズセラ】は『同盟国ミレアに弓引いた恨みは忘れていない』、術国【イペファワエゼ】は『ただいま協議中』とのことです」
と、ネロアは二国から来た返事の手紙を見ながら言った。
レイザックは言う。
「やはり、トントン拍子ではいかないですか。イズセラは手紙の通り、こちらに恨みがありますし、イペファワエゼはトードイスムカの隣国故に、『このままおとなしくしてもらいたい』という願望もありえますからね……」
アンティルは言う。
「それと、単純にトードイスムカが気に食わないっていうのもあるだろうな」
「そうですね……あと、一つ気がかりな事がありまして、災国【カメセスコア】から返事が来ていないんですよね」
「気がかり? カメセスコアと特別何かあったのですか? ネロアさん?」
「はい、そこでお偉い方だという『ウェンリー・イーブネス』さんと、八神会議とヘブンズレイドの際にお知り合いになりまして……ひょっとしたら今回、何か働きかけてくれるかな、と思ってるのですが……」
このネロアの推測に、プッ、と、レイザックは軽く吹き出す。
「おいレイザック。ここがいくら、ちょっと前のミレア並に上下関係ガチガチじゃないといえ、化神官相手に笑うのは失礼じゃねぇか?」
「すまない、こちらも気が緩みすぎた……ネロアさん、あなたはカメセスコアについてどれくらいご存知でしょうか」
「ええと、確かそこに君臨する神様は災神ジャグガバゼパで……」
「よりによってそこからですか……」
「スマンじゃないと思うけどスマン。ネロアはフレーバーテキスト厨なんだよ。多分この後すぐ、ロジスティクス神話のジャグジーなんたらの節を暗唱し始めるぞ」
「はい、そのつもりでした……何か問題でしょうか?」
アンティルとレイザックは、同じタイミングで手を振って否定した。
「ですけど、ここはミレアにいた時に、八国の情勢を教わってた俺から、手短に話をまとめておきましょうか?」
「いいですよ、レイザックさん。多分、僕の知ってる情報もリニューアル前の古いものでしょうし」
「わかりました。では説明します」
災国カメセスコアとは、大陸の真南に位置する、八国の内の一つ。
国土のほとんどが砂漠や荒野で覆われ、資源が少ないがために、多数の勢力が独り占めを目論んで戦争をし続ける国である。
これはリニューアル前からもずっとそうした状況であった。ある意味、リニューアル後のロジスティクス・サーガのメインコンテンツを先取りしていた形となる。
そしてそれはリニューアル後でも変わらず、他国の動向などそっちのけで自国内で、百近くもの勢力が争い合っていた。
ところがその混沌の中に、文字通り流星が落ちたことで、情勢は比較的整い始めた。
「突如として、カメセスコアの地に十二個の流星が降り注ぎ、それぞれが十二人のプレイヤーに命中したのです。
その流星を食らったプレイヤーたちは、【竜眼】という個性的なスキルを身に着けました。
やがて流星を食らったプレイヤーたちは、【十二星竜】と呼称がつき、それ以外の勢力を飲み込んでいきました。
そしてついには、国内の勢力は十二星竜が率いる十二のみとなったのです」
「つまり今は、三国志ならぬ、十二国志みたいなことになってるのですね?」
するとレイザックは人差し指を立てつつ、チッチッチとわざとらしく言った。そして隣のアンティルに叩かれた。
「それがもう一段階、話があるんですよ。
もうこれは一気に端折ります……『あの人』が頭五つくらい抜きん出てるんですよ。だから厳密に言うと、カメセスコアは今、十二国志っていう雰囲気ではあるものの、実際は『一国VS十一国志』みたいになってます」
「そうなんですか。なんかそれも三国志っぽいですね。アレもタイトルに反して三国鼎立にはなってなくて、ずっと曹魏が圧倒的に国力があったようですから」
「へぇ、そーなんですね。へー」
「ちったあ興味持てよ、レイザック。化神官様からのありがたいうんちくだぞ」
「はいはい、ごめんよアンティル。
で、話を元に戻します。ネロアさんの言ってたウェンリーという方は、さっきの十一国の一英雄に過ぎないはずなんです。だから、その方を頼ったところで、災国の化神官である『あの人』にたどり着けるかと言うと……」
その時、ネロアの部下が突然、早足で三人の下にやってくる。
「報告です。災国カメセスコアより、ウェンリー・イーブネス様が訪れました!」
「噂をすれば影とやらと言いますか……アンティルさん、レイザックさん、行きますよ」
ネロアは期待を胸に、アンティルとレイザックと共に、訓練場へ行く。
そこで、腹部に人が乗るためのキャビンの箱が備わった四つ足の竜を背に、ウェンリーが待っていた。
三人を前にしてすぐ、ウェンリーは言った。
「お久しぶりです、ネロア様。先日の手紙を我らが化神官が拝見しまして、『ぜひとも会って話がしたい』と申していました」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■その他雑多な話
【プレイヤーの国籍変更あれこれ】
プレイヤーが国籍変更をすると、その国のみで覚えられるスキルが全て削除され、代わりにその瞬間のレベルに応じたスキルを覚えられる。
ジョブの基本的なスキルだったり、特定の武器を使い続けて覚えるスキルなど、国に依存しないものはそのまま持っていられる。
また、武器や装備に国籍を指定しているものはないため、もちろん引っ越し先でもそのまま愛着あるものを着ていられる。
ちなみに、一度国籍を変更した後、また移籍前の国に戻ると、スキルが元通りになる。
もっとも、それはなかなか不義理な行為なので、覚えたところであまり意味はないが……




