44.死と命と、黒と白の、審判
ネロアは、理神レソカーラ・シュクペバーを見上げながら、つぶやく。
「理が有る故に大陸含む万物は真なる形を成し、レソカーラ・シュクペバーが大陸に座す故に理がある。
時による進化も、災による革新も、命による豊穣も、死による断罪も、文による知恵も、音による歓楽も、機による利便も、術による可能も、総て理の元でなければ無。
故に、理司るレソカーラ・シュクペバー、ロジスティクスの主神たる」
「それは『ロジスティクス神話』の俺の概要文か。
よくその文を暗唱できたものだ……ホイプペメギリはとんでもなさすぎる奇才に化神官の座を与えたものだな」
ホイプペメギリ神は、ひざまずき、頭を垂れたまま告げる。
「……申し訳ありません。レソカーラ・シュクペバー様」
「やはり貴様はつくづく暗いな……ホイプペメギリ、俺は貴様のした行為を悪いとは思ってもいない、むしろ、俺からは最大級の賛辞を送らせてもらいたいものだ。
――これにて、判決がようやくまとめられるのだから」
判決。その二字を聞いた途端、キトァミァ神の表情が険しくなり始めた。
その様子を覗き見たヴァイスも、これから起こることが、自分たちにとって良くないことを知り、目を見開いた。
「……キトァミァの化神官よ。俺は貴様らの行いをずっと見張っていた。そして端から思っていた――『極端な正義』であると。
あらかじめ言っておく。ヴァイスよ、貴様の思想には一理あると俺は考えている。
人間は努力がなければ成長しない。努力を忘れた人間は常に甘い方向へと逃げていき、堕落していく……そこに一石を投じるべく、再起を振るってあの斜陽のミレアを復活させた貴様は、まさしくキトァミァの権威の代用者にふさわしい。
だがそれと同時に、貴様はキトァミァの影までも継承してしまっているのだ」
「私が、キトァミァ様の影を……それは一体!?」
「命のことを『命』としか考えないことだ」
レソカーラ・シュクペバー神は、ヴァイスの目の前にいる三人の化神官――リュート、シュラ、ネロアの順で一人ずつ指さしながら語る。
「楽しさを求め想像する歌手、鮮烈さを欲し模索する小説家、故郷を思い奮戦する剣士。
この世界には色々な人間がいて、彼らは全員それぞれ、得意なこと、好きなこと、大切なこと……様々な形があるんだ。
ところが、昔からそうなんだが、キトァミァはそれを全部『命』というたった一つの箱の形に納めて考えている。幸せも進化も、その箱の体積が大きくなっているかどうかで判断しているんだ」
ここでキトァミァが割り込んで反論する。
「それのどこがいけないのですか。私は全ての命が平等に幸せに……」
レソカーラ・シュクペバー神は片方の腰脇に携えた剣を引き抜き、キトァミァへ剣先を向ける。
刹那、キトァミァは神力に押しつぶされ、無理やり平伏させられる。
「今は人が話している最中だ! それと念のためもう一度言っておく、均一と平等の意味の違いを考えておけ、キトァミァ!」
「か、かしこまりました……」
閑話休題。レソカーラ・シュクペバー神は続きを語る。
「……というように、ヴァイス、貴様はその影を継いでしまったのだ。
同じく、貴様のこれまでの活躍を見ていて、貴様が聡いのは俺もわかっている。
だから貴様がただ私利私欲のためにあのような苛烈な法を敷いたわけでもなければ、貴様も自分自身が守りたいもののために命を賭したのだと、俺は信じている。
けれども、たとえ如何なる事情があっても、自らの意思で……」
ネロアは突然、レソカーラ・シュクペバー神に見つめられた。
「何でしょうか……レソカーラ・シュクペバー様」
そうネロアに尋ねられた、レソカーラ・シュクペバー神は、ホイプペメギリ神のほうを一瞥する。
「……やはり、ホイプペメギリはいい決断をしたな。俺の名前を、略したり片方だけ呼んだりせず、キチンとフルで呼んでくれるのだからな」
「……俺のことは良いので、早く判決を急いでください。さもないと俺が色々苦言を呈されるので」
「わかった……ネロア・ルォーナピアナ。さっきの俺の言葉に続けて、意見を述べよ。それで俺は最終的な判決を下す」
理神の最終的な判決。その言葉の重さが、ネロアに襲いかかる。
けれどもネロアは、一切の躊躇もなく、堂々とこう言い放った。
「『相手が何をしようとも、絶対に馬鹿にするな』」――と、孤独で変わり者だった僕を、ここにまで導いてくれた人が言っていました」
「……あいわかった」
レソカーラ・シュクペバー神は証人として控えている八神の様子を見渡す。
被告人という立場になったキトァミァ神を除き、皆、それぞれのやり方で『異論はない』と示した。
「よろしい。では、判決を下す」
そして、レソカーラ・シュクペバー神は、両腰に佩いた剣を引き抜き、振るい、そして……
*
ヴァイス率いるミレア軍が、八神会議直後に行った軍事作戦――通称『ヘブンズレイド』から一ヶ月後。
その戦場となった自由区にて。
「おらー、君達、しっかり働いてくれよー」
「さもなくば階級降か……ゲフンゲフン、ご飯抜きにしますわ」
ノルガードとカオンは、敗戦処理の一環として、ミレア・プレイヤーによる自由区の復興作業を監督していた。
「ったく、何で僕たちがこんな工事しなきゃいけないんだか。そりゃここを戦場にしたのは僕たちだ。けど、ここの建物を一番壊してたのはイズセラの……」
「ノルガード。口よりも手を動かしましょう。印象が悪いですわよ。
それに、こういう比較的やりやすい形で戦後処理が成り立っているのですから、むしろ感謝しましょう」
「はいはい、わかりましたよ、カオン……ま、アイツらゼッテー許さんけど……この復興作業もウダウダ屁理屈並べて来てねーし……」
「また何か関係ないこと、言ってませんでしたか?」
「いやいや、違いますよー! 関係あることですよ、ほら、戦後処理ってこんなのでいいのかなーってボヤいてたんですよ!」
「ああ、そう……確かに、それは私もそう思いますわ……」
「でしょ!? ええそうでしょ!?」
「……仕方ないとはいえ、重いですわね。当面ヴァイス様がいないのは」
「ああ、それね……確かに」
同じ頃、自由区にあるヴァイスの別邸にて。
オルディッツとゲイルリンドは、とある一室の、開け放たれた扉を前にして立ち止まり、部屋の中へと同時に声をかけた。
「「ヴァイス様、お体の方は大丈夫ですか?」」
「ただ自室にいるだけで、怪我や病気になる程、私はヤワな人間じゃありません」
と、ミレアの化神官、ヴァイスは、部屋の中でソファに腰掛け、扉の外を横目で見ながら言った。
この時、扉には、半透明の障壁が貼られており、扉の開閉に関係なく、何人たりとも出入りが不可能な状態となっている。
これはヘブンズレイドの最後。突如この大陸に降臨した理神レソカーラ・シュクペバーが下した判決の結果だった。
「この世界内での半年、貴様に三つの禁止事項を設ける。
俺が指定した空間からの出入り。ミレアの内政への直接関与。武力や権力の行使。
それが、貴様のこれまでの道を外したことに由来する罰だ」
だから、こうして部屋越しに部下と会話することが、今のヴァイスが可能な、ミレア・プレイヤーとしての最大の行動だった。
「……それで、言いたいことはそれだけですか? オルディッツ、ゲイルリンド」
「はい、俺からは以上です。報告事項も一週間前から増えていません。大きな騒動もございません……今のところは」
「代理での内政も、どうにかうまくいっております。あの階級制度の撤廃で大なり小なり混乱が生じると思われましたが、それはゲイルリンド殿の言うとおりです。私からも、『今のところは』と保険をかけさせていただきますが。
五ヶ月後に、ヴァイス殿に余計な仕事は与えないように尽力します」
「全く、心強いですね、貴方たちは……では、これ以上ここにいてもしょうがないので、用がありましたらどうぞ」
そう言った直後、ヴァイスはログアウトして、部屋から姿を消した。
それを確認して、五造の二人も踵を返して、邸宅の玄関を目指して廊下を歩く。
「では、オルディッツ殿、先程仰った通りのことを実現するため、すみやかにミレアへ帰りましょう」
「そうですね。ゲイルリンド殿……ですが、貴方はそうしなくてもいいかもしれません」
オルディッツは、ポケットから一枚の便箋を渡す。
封をするシーリングワックスが、災国カメセスコアの紋章となっているのが特徴的だった。
「これは一体……?」
「ヘブンズレイドの際、災国のあるプレイヤーと知り合ってね。そこからもしばしば連絡を取るようになったんだ。
その手紙は、その送り主から君に渡してくれと伝言を受けましたので、はい」
ゲイルリンドは便箋を破って開け、中の手紙に目を通す。
「これは……一体何の真似だ……!」
*
一方その頃。
大陸真西にある死国トードイスムカの首都、冥都。
そこにある場所に佇む、少々寂れた屋敷にて。
装備の系統からして、明らかにトードイスムカに属していないプレイヤーたちが、そこそこ長い列を成していた。
その列を辿って屋敷の中を進むと、『ギルドマスター専用室』と『政務室』の二枚の札が並列して、扉の上に掲げられた部屋につながっていた。
「よくぞ来た。トードイスムカへ」
そこでは、死国の化神官、ネロアが、トードイスムカへの転籍願を、自ら対応していた。
あの戦争の後、君主であるヴァイスを筆頭に評判が急激に悪化し、多くの人々がミレアから離れた。
逆に、トードイスムカの方は、先の戦争でのネロアの活躍を受けて、彼女に触発された移籍者が増えていた。
それでも、やはり死国本来の危険性に警戒しているプレイヤーは多い。
なので、八国の中で人口が最も少ない状態は、まだまだ改善できそうにない。
作業中、ネロアの部下がこの政務室に入ってきて、
「ネロア様、そろそろ休憩なさったほうがよろしいかと。かれこれ二時間もここで対応してましたので」
「ああ、まだそれくらいしか経ってなかったんですか」
「……現実の役所ならそういうこともあり得ると思いますが、ここはゲームですから……十五分くらいでいいので、お休みになられたほうがいいと思いますよ」
「わかりました。それでいいのなら……」
ネロアは部下に席を譲り、屋敷の二階にある自室へ入る。
ネロアは窓のそばに椅子を持ってきて、そこで外の様子を眺める。
古めかしく、陰湿で怪奇的な街並み。見慣れた冥都の光景があった。
特にこの窓からの光景は、ただ見慣れているだけではなく、彼女の記憶の中で輝いていた。
「アビスさん、ようやく帰ってこれましたよ。この冥都に、このギルドハウスに」
この屋敷は、かつてアビスが率いていた『悲劇の演出団』の拠点である。
ギルド解散以降は、幸いにも誰も所有者が現れないまま放置されていたが、ヴァイスとの一連の戦いを終えて落ち着いたところで、ネロアはついに買い取ったのだ。
ネロアは、その在りし日に度々覗いていた窓からの光景を眺めながら、恩人がここにいる体で、今の決意を伝えた。
「世間ではヘブンズレイドって呼ばれている、ミレアとの戦いは終わりましたが、これが僕のゴールではありません。
このトードイスムカを、アビスさんがいた時以上に発展させる。
それが貴方への、僕なりの恩返しです……ってことになればいいですね。
とにかく、まぁ、このトードイスムカがもっと皆に愛される場所になるように、頑張ります。応援していてください!」
それからネロアは時計を一瞥する。
まだ、五分くらいしか経っていなかった。
「十五分くらい休んでと言われましてもね……どう使いましょうかね、この余り時間」
ネロアはどう休もうか考えながら、引き続き窓から冥都の景色を見ていた。
その中で、ネロアは、自分の屋敷に通じている、移籍プレイヤーの列に目が留まる。
しばらくそれを眺めていると、ネロアは、まるで椅子にバネが仕込まれていたかのような勢いで立ち上がる。
小走りで部屋を出ていき、部下を押し飛ばすようにして、移籍の受け入れ作業を再開した。
「ネロア様! まだ十五分経ってないで……」
「大丈夫です! ここは僕にやらせてください!」
「は、はい……」
それからネロアは手続きを段取りよく進めていく。
そして仕事再開から約三十人目で、ネロアはつい数分前に見たプレイヤーと対面する。
そのプレイヤーは、背中に長銃を担いだ少年で、ネロアを見るなり、
「よぉ、どうにかミレアから抜けてきたぜ」
と、相手が化神官である事を考えず、気さくに言った。
ネロアは読みが当たったことと、久しぶりの再会によって顔をほころばせて、少年へ言った。
「ようこそ。そしておかえりなさい。アンティルさん」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【理神レソカーラ・シュクペバー】
分類:神
管理国:なし
ロジスティクス大陸の全ての理と、八柱の神を束ねる最高神。
神の王としてふさわしい貫禄を誇り、何よりも理と平等、そして義を重んじる。
普段は神を除く大陸の住民には姿を見せないが、下にいる神々が度を越した行動を取るなどの有事となれば降臨する。
今回の場合は、キトァミァ神のヴァイスへの過剰な後援と、ヴァイスの大陸と人の理を声かけた行動を咎めに降臨した。




