43.正義の遺言
「アンティル……八神会議に次いでまた私を苦しめるつもりですか」
「ああそうだ! けど、呼んだのはお前だからな! チャットで早く来い来い言ってたのはお前だろうが!」
「チャット、ああ、そうか貴方はまだミレア国民ですから、チャットの対象に入っていますか」
「そうだ! てなわけで覚悟しやがれ!」
アンティルは翼を用いて、ヴァイスの斜め上に位置取り、銃を構える。
「覚悟する必要はあるのでしょうか? 繰り返し言いますが、貴方はまだミレア国民なのですよ」
ヴァイスはアンティルのいる方に杖を向け、
「【命神の恩寵】」
ピンク色の光を浴びせた。
するとアンティルは、HPが全回復し、ステータスも倍となってしまう
「うわっ、何だこのバフは!? あの野郎、何でオレっちなんかに塩を送るような真似を……」
「アンティルさん! それは当然貴方を始末するためですよ! それは相手にエネルギーを過剰に注いで爆発させる技ですから!」
「な、何っ!? だったらなんとかしないと……」
アンティルはヴァイスに銃を構えつつ、【恩寵】を食らわないようにあちこちを飛び回る。
しかし、
「残念だが、この技は必中だ。そしてこれは、並のミレアプレイヤーでは二回でさよならだ……【命神の恩寵】!」
それでもアンティルは、ヴァイスからピンク色の光を浴びてしまった。
ところが、
「あ、あれ……まだ爆発してなくない?」
アンティルはステータスが四倍になった状態で、健在だった。
「!? どういうことだ。あのゲイルリンドでも三回が限界だったというのに!?」
「ということは、そういうことですよ。ヴァイスさん」
スキル【命神の恩寵】は、与えられたエネルギーが対象の限界を超えることによって爆発を引き起こす。
つまり対象が強ければ強いほど、恩寵に耐えられる回数が増えるのだ。
ゲイルリンドが並のプレイヤーと比べて、一回多く耐えられたのもこのためだ。
アンティルが今、生きている理屈は非常にシンプルなもの。
ホイプペメギリの試練、調和の砦、そして今、ネロアとともに戦い続けてきたことにより、どうにか恩寵のエネルギーに耐えているのである。
「そうか、彼も彼なりに努力はしていたのだな。だが、それでもまだ私には届かない!」
ヴァイスは杖を天に掲げ、高らかに詠唱する。
「【命神の……」
「【ダイレクト・ギフト】! はい、届いたー!」
しかしその最中、弾丸の如き勢いでアンティルに突撃され、詠唱は失敗した。
お互いにステータスが四倍になっている中での攻撃。
実質、【聖職者】の貧弱なステータスに戻っているような状態であり、ヴァイスには最大HPの一割程度という中々に重いダメージが入った。
だがそんなことはどうでもいい。
「力技で【恩寵】を防ぎましたか……ですが、果たしていつまで持つでしょうか」
そうヴァイスが言った時、アンティルはロケット風船めいて空中を暴走していた。
急に四倍にまで跳ね上がった素早さを制御できないのである。
「あの調子では、さっきの激突は最初で最後になるでしょう。ですから今注意すべきは……」
「【禍根の楔】!」
「やはり、彼女でしょう」
ネロアは、ヴァイスに弾かれた剣を、素早く回収し、構え直す。
「では気を取り直して、しばらくは化神官同士一騎打ちといきましょうか……」
「お断りいたします! そして、すみません!」
ネロアはアンティルめがけ、剣を投げつけ、彼の脇腹に突き立てた。
そして彼女は地面に踏ん張り、剣についた紐を操って、暴走するアンティルの制御をする。
「アンティルさん! その力、かなり乱暴ですが利用させていただきます!」
「いだだだだ! 脇腹いでぇ!? 元気が滅茶苦茶あるのにいでぇ! けど、それでいいんだ、ネロア! これでやっとヴァイスに一発ギャフンと言わせられる!」
「な、何ていう執念ですか……!」
アンティルは、ネロアにコントロールされて何度も彼へと突撃する。
ヴァイスは彼の執念の突撃から、必死に逃げ回った。
その最中、ヴァイスはひらめいた。ネロアによって【嫉妬】状態となり、全身丸ごと氷漬けにされているオルディッツの存在を見たことによって。
(……許せ、オルディッツ!)
「もう一度くらいやがれぇぇぇ!」
アンティルが再び自分に迫る。そこでヴァイスは力を振り絞って急加速して走り、オルディッツの後ろに回る。
そしてアンティルはオルディッツに激突。恩寵によって得た攻撃力による激突の衝撃は氷を粉砕し、破片と消滅エフェクトを発生してもなお、勢いが衰えることはなかった。
これでヴァイスに報いを――アンティルはそのままの勢いで、眼前のヴァイスにぶつかっていく。
だがその時、ヴァイスは杖を掲げ、安堵の表情を浮かべていた。
「数秒くれてありがとう……【命神の恩寵】!」
と、彼が唱えた瞬間、アンティルに過剰なバフが注がれ、そして彼を中心に、まばゆい光が一瞬激しく輝いた。
その光が落ち着くと、ヴァイスは半分ほどHPが減った状態で、地面に転がった。一方のアンティルの姿は、当然のごとく消えていた。
ヴァイスは杖を支えにして、可能な限りすみやかに立ち上がりつつ、
「はぁ、はぁ……最初からこうしてればよかったんですよ! ミレアに来たときからこう努力しておけば、貴方はミレアで豊かな暮らしが出来たんですよ、アンティル!」
ヴァイスは体勢をほぼ完全に立て直した後、ネロアへ向かって叫ぶ。
「では、今度こそ気を取り直して、決着をつけるとしましょうか、ネロアさん!」
「……貴方の言う通り、出会った頃のアンティルさんは未熟なプレイヤーでした。ですが、あの人は僕を助けるために、ヴァイスさんにギャフンと言わせるためにと、ここまで頑張ってきました。
ですが、それも単なる努力ではありません! アンティルさんが自分の信じる道をただ突き進んでいただけなんです!」
「……つまり、何が言いたいのですか?」
「ちょうどいい言葉があります。
『毎秒毎秒努力するつもりでいる』――ヴァイスさん、貴方がたとえに使った、僕が尊敬しているアビスさんが言ってた言葉です。
成功したときも、失敗したときも、首尾よく物事が進んでいるときも、立ち止まってる時も、全部が全部、その人のための努力になる。そういう意味です。
ただ言われるがまま、押し付けられる努力は努力じゃない。本当に成長したいのであれば、きちんと自分の領域を見つけて、そこをより自分好みに作り上げるべきなんです……さっき、アンティルさんが覚悟を決めたように!」
そうネロアが言い切った直後、まるで彼女を守護者のように、彼女の肩付近で、剣の形をした白い霊魂が浮かんだ。
「それは……」
「さっきのアンティルさんの爆発は、貴方からエネルギーを注がれ過ぎたからではありません。 僕が刺していた剣から【死神の凶器】のオーラを流して、アンティルさんを殺して漏れ出したものなんです。そしてアンティルさんは、死に際にこれを残してくれていたんですよ……」
白い剣の霊魂――【死神の凶器】により発生する霊魂のうち、シークレット的に超レアで現れる【正義の遺言】は、ヴァイスに向かって飛んでいった。
ヴァイスは杖を振り回し、防ごうとした。しかし、【正義の遺言】は無情にもそれをすり抜け、彼に命中した。
そして彼は、状態異常【正義】となり、一瞬にして今まで掛かっていたバフを帳消しにされた上に、HPを1にされた。
突然、脱力感に襲われ、ヴァイスは両膝から崩れて、地面に座り込む。
「……め、【命神の恩寵】……!」
ヴァイスは杖を掲げ、自分に光を与えて状況の打開を試みた。
けれども【正義】は解けず、HPも一のまま。もちろんステータスのバフもかからなかった。
ならばと、ヴァイスは、自由区にいるミレア・プレイヤーに、死にかけた人のようなかすれた声でチャットを送る。
「皆、化神官を助けてくれ……」
しかしその直後、この二人の化神官がいる自由区の一角に、やって来たのは……
「お待たせしましたー、ネロアちゃん! どう、今大丈夫!?」
「いやぁ、友人が多いと助かるね。ありがとうだよアンティル君、ヴァイスがどこにいるのかを伝えてくれて……」
「しかしここ、まるで爆心地のようにあちらこちら焦げてるね」
「おい、トードイスムカのネロアさんよぉ!? お前らどんだけ熱狂い戦闘してたんだぁ!?」
……リュート、シュラ、ウェンリー、ブッチギリーストと、カメセスコア軍、イペファワエゼ軍、エホシャドチグパ軍――急遽手を取り合った反ミレア連合軍、総勢七千人だった。
「皆様、援軍ありがとうございます。ですがもうほぼほぼ、決着はつきました」
「そうかい。あ、ボクたちの方は特に何もなかったよ」
「そうそう、道中、まだ敵がいたんだけど、【五造】だかがいなくなっちゃったみたいで統率取れなかったからか、変に右往左往してたから、そこらへんをエイッていきました!」
「して、肝心の総大将、ヴァイス殿は……死に体だね」
「んだよ。もうちょいここでドンパチしてやってもよかったのによ……終幕かよ」
「いいえ、お終いではありません……!」
ヴァイスは、息も絶え絶えの体で、子鹿のように足をガタガタ震わせながら、どうにか立ち上がり、そして叫んだ。
「ここで私が倒れれば、今までの努力が無駄になってしまう……ミレアと、次代の規範が、形無しになってしまう……だから、私は、絶対に負けを認めない……私が、私が世界を……」
対して、ネロアは一瞬の躊躇を経て、ヴァイスに剣を向けつつ、哀れみを込めて告げる。
「何故、貴方がそこまで世界を憂いているのかは、僕にはさっぱりわかりません。ですが、きっと貴方なりに正しい目的があってこそそう言えるのだけはわかります。
……けれども、一つの面において絶対正しいことがあったとしても、それが世界中の皆様にとって正しいわけではないんです!
せめてそれを覚えてから、今回は僕の剣を受けて、帰って頭を冷やしていただきますッ!」
「その必要はありませんよ、ホイプペメギリの化神官。というよりも、無理ですよ、貴方ごときが私のヴァイスを斬るなんてね……」
どこからともなく、物腰が柔らかそうな雰囲気を存分に放つ、白衣白髪の女性が現れた。
彼女はネロアたちに怪訝に思われながら、ヴァイスの元に歩み寄り、そして彼にピンク色の光――【命神の恩寵】よりも遥かに明るさと、温かみが大きい――を浴びせる。
するとヴァイスの状態異常【正義】は解消され、HPもステータスも元の状態に戻った。
全快した直後、ヴァイスはすぐさま、隣にいる女性を前にし片膝をつき、畏れながら尋ねる。
「何故、貴方がここに降臨なされたのですか、命神キトァミァ様」
「「「命神キトァミァ!?」」」
ロジスティクス・サーガの神々の一柱。命国ミレアの主にして、大陸に生きる命の統率者、キトァミァ。
そのような偉大なる存在が、この自由区に顕現したことによって、辺り一帯は純粋にどよめいた。
そんなことは気にもとめず、キトァミァ神はヴァイスの問いに答える。
「もちろん、貴方のためですよ。貴方が掲げる全人類の命を輝かせるための理想……これを一秒でも早く現実にするためには、こんなところで死んでは困るのです」
そしてキトァミァ神は自らヴァイスに手を差し出し、彼を立ち上がらせて、
「ゆくのですヴァイス! どんな手を尽くしても構いません! 世界中の生命に平穏をもたらすのです!」
「はっ!」
キトァミァ神からの激励を受けて、ヴァイスは杖を構え直し、未だに事態が飲み込めず困惑している敵軍に向く。
ネロアはこれに気づき、すぐさま剣を構え直し、ヴァイスの出方に注意する。
「お待たせしてすみません。さぁ、第二ラウンドといきましょうか!」
少々遅れて、シュラも戦闘態勢に戻って、
「……まさかあちらの神様まで介入してくるとはね」
続けてリュートも、
「まさしくチートじゃん! だったらアタシたちのマディーさんも来てくれないかなぁ……」
「とにかく今は、目の前の相手に集中しましょう……皆さん!」
そしてヴァイスが逆襲のための最初の一歩を踏み出し、ネロアに突撃する。
その瞬間、ここにいる誰もが予想できないようなことが起こった。
まず突然、ネロア、ヴァイス、シュラ、リュート――化神官の四人を除くプレイヤーたちが、謎の衝撃波によって遠くへと吹き飛ばされた。
続いて、空から光が降り注ぎ、全て色の異なる八枚のバリアが形作られ、四人と、キトァミァ神が囲まれる。
そして、八角形のバリアに囲まれた化神官四人は、無意識にひざまずいた。
一方のキトァミァ神もまた、いつのまにか白色のバリアの手前に移り、わけのわからぬまま、ひざまずいていた。
「何故、あなたたちまでここに……」
「呼ばれたからに決まってるだろうが」
と、キトァミァ神の反対側のバリアを背にしている、死神ホイプペメギリは言った。
ここにいるのはキトァミァ神とホイプペメギリ神だけではない。
八国の主である神が、一同に集い、皆揃って先の二神のように、何かへ敬意を示していた。
「な、なんで神様まで膝ついてるの……?」
「リュートの言う通りだよ。まさか、神様よりも偉い人でも来るっていうのかい?」
「この八柱の様方よりも偉い存在……まさか!?」
最後に、八角形の中心点に、天から極彩色の光柱が降り注いだ。
それが止むと、そこには一対の剣を提げた、厳粛さ清廉さが具現化したような、壮年の男が堂々と立っていた。
その男はバリアの付近にいる神々を見渡して謝る。
「急に悪かった。この事態は神々全員が立ち会わないといけないと思ったが故、こうして招集させていただいた」
続けて男は、足元で膝をつく四人の化神官を見下ろした。
最中、ネロアは、その男に尋ねる。
「貴方はまさか、理神……?」
よくぞご存知で。と、男は返事してから、改めて四人へ名乗る。
「化神官の衆、いつも俺の子分がお世話になっているな……俺の名はレソカーラ・シュクペバー。この大陸の森羅万象の理を司る神であり、この大陸の真の主たる神だ」
【完】
※今回はロジスティクス・サーガ・データベースはございません




