42.努力のベクトル
ヴァイスは化神官に就任してまもなく、国策の一環として、全プレイヤーに漏れなく住居や装備を与えるなど、福利厚生を充実させた。
その目的は言うまでもなく、ミレアの人口を増やすためだ。それは見事功を奏し、新規プレイヤーの所属はもちろんのこと、他国からも移籍者が多数現れた。
ヴァイスはその施策により集まった者の中から、元々他国に属していた者を無作為に選び、面談をした。
これから大陸を制覇するために、可能な限り情報が欲しいからだ。
その中で、ヴァイスは、ある、元トードイスムカ・プレイヤーと話し合った。
アップデート以前いた、かつてのトードイスムカの化神官『アビス・オーディアン』が取り仕切る大ギルド『悲劇の演出団』の古参メンバーだったと語った。
始めに、ヴァイスは定型的な質問をした。
「なぜそのようなところから、まだこれから発展途上のミレアに移り住んだのです?」
「ギルドマスターが、皆を脱退させ、ギルドを解散させられたんだ」
という語り出しから、彼は事の経緯を全て話した。
*
悲劇の演出団は元々、強敵に無謀な戦いに挑むのを好む、ちょっとした変人ギルドのようなものだった。
だが、その実力は紛れもなく本物。
主に死国という魔境じみた地に住まう、悪夢じみた強さのモンスターを次々と倒して活動していた。
この成果が死神ホイプペメギリの目にとまり、そのギルドマスター、アビスは化神官の座を頂いた。
ギルドメンバーはみんな喜んだ。ある者は延々と続くような拍手を送り、ある者は感極まって泣いていたくらいだ。
それ以降、悲劇の演出団の名声は自ずと瞬く間に広がり、メンバーが急増。ますますギルドは活発になっていく。
しかし、この時が、悲劇の演出団の最も幸せな時間であった。
実はその急増したメンバーは、アビスたちが倒す、強敵のドロップアイテムのおこぼれを貰うことしか考えていない、コバンザメじみた人間たちであった。
彼らは戦闘には全く関わらなかった。先輩ギルドメンバーに、平気な顔をして『さっさとボス狩って報酬持ってこいよ』と催促するほどの肝の座った者も大勢いた。
当然ながらこの図々しさに、古参メンバーは怠惰なメンバーを叱責した。
だがイナゴたちは、
「自分たちはまだレベルも低いし経験値も低いんだから。役目でしょ、強い人は強いモンスターを狩るのは」
などと、悪い意味で達者な言い訳を繰り返し、古参メンバーをますます怒らせた。
だが器の大きいギルドマスター、アビスは、
「彼らにも一理ある。ここは大目に見てやって欲しい。新人には俺からきつく言っておく」
と、古参メンバーをなだめ、一触即発の場面を回避していた。
それからも、悲劇の演出団の門を叩くプレイヤーは増加した。もちろん彼らもまたイナゴたちであり、そうした人間たちは徐々にギルド内で大多数を占めた。
イナゴたちは、その数の暴力を脅し道具とし、古参メンバーを機械のように、有無を言わせず強敵に挑ませ、報酬を渡すように操った。
言わずもがな、そこに感謝や敬意といったプラスの感情はない。
この歪んだ状況に耐えきれず、悲劇の演出団を見限った古参メンバーは何人もいた。
しかし、心から悲劇の演出団を愛している古参メンバーは何度も何度も、アビスに懇願した。
「邪魔者を全部おっぱらって、昔みたいに、細々とやりましょうよ」
だがアビスは、易々と首を縦に振らず、
「わかってる。きちんと彼らには言っている、何とかして働かせる」
と、やるせなそうに、古参メンバーに言った。
アビスは何度も何度も、イナゴたちにその態度を改めるように懇願した。
イナゴたちはその必死さをケラケラと笑い、
「そんなに俺たちを働かせたいなら。お前が一から十までやり方を教えてくれよ」
「むしろ新人に活躍の場を与えないお前が悪いだろ」
まるで態度を改める素振りをしなかった。
これでとうとう堪忍袋の緒が切れたアビスは、伝家の宝刀を抜いた。
「そうなまけ続けるのなら、貴様らをこのギルドから除名するぞ」
イナゴたちはますます笑い、ざっとまとめてこのようなことを言ってのけた。
「ならやってみろよ、俺たち皆でネットで言いふらすぞ。『悲劇の演出団っていうギルドは新人をゴミみたいな扱いにする』って。そしたら、果たしてどれだけ燃えるかなぁ?」
もはや、言えることは何もなかった。
その直後、アビスはこれまでのことを振り返り、そして罪悪感に苛まれた。
古参メンバーは次々と辞め、代わりに言い訳ばかり達者な怠け者が増えていく。
そのギルドのマスターは、自分だ。
一番それを、無傷こそ無理だろうが、きっとどこかで止められる可能性を掴んでいたのは、自分だった。
けれども、良く言えば、優しさ。悪く言えば、報復への恐れ。それを優先しすぎたあまり、自分は、結果何もしなかった。
――かつてのような、強敵に無謀な戦いを挑むのを好む、ちょっとした変人集団『悲劇の演出団』を一番ダメにしたのは、まぎれもなく自分だ。
その自覚によって、アビスの心のなかにこの罪悪感が生じたのだ。
そして彼はこの罪の意識に苛まれ、それに耐えられなくなったがために、悲壮な覚悟に至った。
ある日、アビスは【ホイプペメギリ神殿】を訪れ、ホイプペメギリ神に『化神官を辞退する』旨を伝えた。
次に、彼はギルドハウスに戻り、古参メンバー、イナゴ問わず、全員をギルドから脱退させた。
最後に、正式に『悲劇の演出団』の解散を発表し、ロジスティクス・サーガからログアウトした。
こうしてアビス・オーディアンは、自分がロジスティクス・サーガで築き上げたものを全て抹消したのであった。
*
「それが、アビスさんがロジスティクス・サーガにいない理由ですか……?」
ヴァイスは、ネロアに嘘偽りなく憐れみながら、静かに「はい」と返事してから、さらにこう語る。
「悲しいことに、こうした、アビスさんのものと似たような事例は、ありふれています。
ネロアさん、貴方も実感があるでしょう。
このロジスティクス・サーガ――いや、ゲーム全般に当てはまるかもしれません――で、攻略サイトにある『〇〇は強い』という編集者が実戦と研究を重ねて書いた記事を鵜呑みにし、自分なりの努力を一切せず『強い〇〇』をそのままコピーし、それを自分自身で生み出した力と誇り、やがて限界が来て挫折し、それを乗り越えられずウジウジしている輩が山ほどいる。
だから私は、そういう方々に鞭を打つつもりで、あのような【命神の恩寵】の悪用もしますし……」
「あの階級制度も、その一環ですか?」
「先に言われてしまいましたか……ええ、そうです。あの階級制度の役割は、人々に努力をさせるためのものなのです」
「それは本当ですか。僕はこれまで、貴方は能力のない人たちに不自由を強いて利益を得るためだと思っていたのですが……」
「ええ、信じがたいでしょうが、あの制度は弱者を差別し、搾取や優越感を得るためではございません。
私は『弱者』という概念はないと信じております。なぜなら、彼らが弱いのは『ただ努力がまだ足りていないだけ』だからだと思っています。
下級に位置づけられた方々へ不自由を味わわせて、『ここから脱したい』という目標を植え付け、そこから自ずと足りなかった努力を取り戻させる――そうすることで『真の意味で』能力のある人々を増やす。そして彼らに幸せを与える! それこそがあの制度の役割です。
残念ながら、そこのところを勘違いして威張り散らしていた何もかも足らない方々もいらっしゃいましたが……そこについてはご心配なく、今までもこれからも、そうした上辺だけの方々は徹底的に弾圧していくつもりです」
意外だった。
ネロアはこれまでヴァイスのことを人を物扱いするような冷徹な指導者だと思っていた。
ところが実際には、曲がりなりにも国民の未来を考えていたし、それに……
「なるほど。努力……理性的なあなたが、そういう熱いポジティブな言葉を多用するとは思いませんでした」
「多用するもなにも、私はこれこそが人が最も大事にすべきものだと考えていますので」
ヴァイスは多めに息を吸って、ネロアへ語る。
「努力の足りない方々がいるのは、ゲームの界隈だけではありません。社会全体ですよ。
石器時代を振り返ってほしい。
私たちのご先祖様は毎日、今生きるための食べ物を手に入れることに必死になっていたんだ。
おこぼれに預かったり、他人任せにしないで全員団結して天災や獲物と戦っていたんだ。
そうすることで彼らは、命を繋ぐことが出来たんだ。
だが、今その果てに生きている私たちは、彼らと比べて遥かに堕落しているではないか!
それは何故か? 隷属、弾圧、搾取、差別、戦争……元は極小数であった悪人が、努力よりも、そうした楽を軸とするようになり、その腐った軸がやがて社会の主軸となっていったからだ!
こうして狂った社会の軸を正す方法は一つしかない――そう、努力だ。
人道に反することを平気でのたまう者など、真に正しい理屈を作り上げて押しつぶしてしまえばいい。
周りの人間のことなど資源のようにしか思っていない者など、それを上回る能力を持って引きずり落としてしまえばいい。
自分の都合よく良人の定義を作り、その他を捨てる者など、先に束になって滅多打ちにしてしまえば良い。
とにもかくにも努力が必要なのです。人々全員が邪魔者を必死に追い払い、全員にとって正しい道を探し続ける努力さえあれば、この世界は絶対に、もっと良くなるはずなんだ!
だから私は命国ミレアの化神官になったのだ! このプレイヤー人口約一億人のゲームにおいて、私が自らの考えによってプレイヤーの大多数をまとめ上げ、施策の有用性を知らしめることによって、今この社会にのさばっている悪を裁く足がかりを作る……その正義のために私はここにいる!」
長い長い語りを終えて、ヴァイスは荒くなった呼吸を整えてから、ネロアに笑顔で問いかける。
「……なにか質問はございますか? ネロアさん」
「僕たちのトードイスムカを攻め落としたのは、今、こんな作戦を決行して僕を討ち取ろうとしているのは、その、自分の考えの説得力を強めるため、ですか……」
「……ああ、そうとも。より大勢の人々を導き、賛同者を増やしたかったんだ。
それでネロアさん、いかがでしょうか?」
「……いかがでしょうか、とは?」
「私の考えに、賛同してくれますか。
正直な話、ミレア国民以外で一番私と波長が合いそうなのは貴方だと思っているのですよ。
死国を救いたいという一心で数々の苦境を乗り越えるという大きな努力をしてきた貴方なら。かつていたギルドで私と一緒で、努力よりも楽を取った馬鹿共に苦しめられてきた貴方なら、きっとわかってくれると思うんです。
それで、どうでしょう。私の考えに、賛同してくれますか?
賛同してくれた見返り……といってもなんですが、直ちに軍を引きますし、これまでに死国に与えた損害を全て、私が償いますが、いかがでしょうか?」
ネロアは、一瞬うつむき、真剣な眼差しを向け、こう返した。
「……僕も、貴方の考えは、素晴らしいとは思います」
「そうですか。ありがとうございます。流石は化神官になりたてで、私の軍と互角にやりあった……」
「ですが!」
「ですが?」
「貴方は、本当に本当の意味で、人のことを考えていないから、正しいとは思っていません」
「……つまり、賛同はしないと」
ヴァイスに対して、否定の強調として首をゆっくり縦に振ってから、ネロアは語る。
「努力することは大切です。そこは本当に僕もそうだと思います。
けれども、誰もがみんな努力ばかりしていたら、疲れてきちゃうんじゃないかと思います。
世の中を変えるとか、貧富の差を無くすとか、それは大切なことです。
もちろん怠け者はあんまりよくはないと思います。
けれども、みんなには、出来る限りのことがあるんです。それ以上を超えたら、人として壊れてしまうことがあるはずなんです。
僕はゲームのプレイングスキルの上達は早いですけど、現実で人と仲良くなるにはかなり苦戦しちゃうんです。そういう風に、人には限りがあったりなかったりするんです。
なのにあなたは、そういう人の部分を無視して、『全人類、社会のためだけに努力しろ』っていうなんて……それはそれでもったいなくないですか?」
「確かに、人には個性がありますからね。その通りだと思います。ネロアさん。
ただ、『自分には才能がない』、『親が裕福ではない』とかみたいに、あなたの言ったようなことを悪用して努力から逃げている人がこの世の中にはいっぱいいるんです。
そんなダメ人間をかばうようなことは言わないでくださいよ。
似たようなことを何度も言ってすみません。ネロアさん、私は貴方のことを認めているのです。あなたは化神官になるため、努力した立派な人なのですから……」
「僕を勝手に使わないでください!」
と、彼女にしては強い口調で、ネロアは言った。
「僕は……努力なんてしたつもりはありません。僕は、アビスさんが大切にしていた、僕が大好きな故郷を救おうとしていただけなんです。
貴方からしたらそれもきっと努力に見えるんでしょうけども、僕からしてたらこの軌跡は、『半分が恩返しのため、半分がゲームで遊んでただけ』なんです。
あんまり言いたくはないんですが、僕、そういう都合よく解釈する人が嫌いなんですよ。
大好きなゲームの界隈で、考察という名の知識のひけらかし兼自分のオリジナルストーリー語りみたいなことする人が多くて……すみません、もし傷ついたら。
とにかく、僕は貴方の無理強い的な考えには賛同しませんから!」
ヴァイスは、頭を抱え、ため息をついた。それから控えめにクスクスと地面に向かって苦笑いしてから、
「よくよく考えると、これは元より運命的なものなのかもしれませんね。
私は命神キトァミァ様に選ばれ、貴方は死神ホイプペメギリに選ばれて、ここにいる。
端から、我々は相容れない存在だったのかもしれませんね……
あーあ、私、疲れてきたみたいです。こんなシュラ先生みたいなこと考えてしまうなんて……では!」
ヴァイスは目線を上げ直し、杖を構えた。
奇しくも、あるいは必然的に、ネロアも剣を構え直していた。
それから二人は言葉を交わさず、お互いに機を見計らい、そして、同時に踏み出した。
ネロアとヴァイスは、全身全霊で剣と杖を、何度もぶつけ合う。
相変わらずヴァイスのステータスは四倍のままだ。が、しかしネロアは迸る激情から、その戦力差を埋めるくらいの腕前を発揮する。
そして、並行した勝負がいつまでも続いていった。
「これでは、埒が、明きませんねっ!」
ヴァイスは後ろへ飛び、再び自由区にいるミレア・プレイヤー全員に、
「化神官、ヴァイス・O・ヘブンが命令する! 直ちに私の援護を!」
と、チャットを送る。その刹那、
「言われなくてもくるっつーの! ヴァイス!」
ヴァイスは背後からの声に反射し、目線を後ろへ回す。
そこにいたのは、風属性エネルギーの翼を生やし、手に長銃を抱えた少年だ。
「久しぶりです、呼び捨てにされ……あ、あなたは!?」
「まさか、ここで来てくれたんですか!?」
「ああ、そうだ! ようやく来れたぜ、助けによ!」
と、アンティルは申し訳なさ半分、嬉しさ半分で返事した。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【命神キトァミァ】
分類:神
管理国:命国ミレア
ロジスティクス大陸の、命の理を司る女神。
全ての命の母のように包容力があり、穏やかな性格ではあるが、時に多数の命のために、神らしくあえて過酷な決断を下すこともある。
人の命が過剰に傷つかないように常に施しをしたり、大陸に活気をもたらすためにピープルやモンスターをばらまく役目を持つ。
全ての命を平等に幸福へ導くため、ヴァイスの階級制度を称賛していた。




