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41.命神キトァミァの化神官、ヴァイス

■

 大陸の住民の生命全ては、女神キトァミァが司る。

 女神は己の住居ミレアより、常日頃、思案する。

 何がどうあれば、全ての命が幸せに生きられるのか。それが命題だ。

 時に、女神は最善最良を考えた。

 強き者には強き者の努めを、愚か者には愚か者の努めを絶対し、それは決して覆せぬ優劣とする。

 ――『ロジスティクス神話全集』より引用。

■

 

 ゲイルリンドの突如の爆発。

 建物の壁に張り付いて、それを目の当たりにしたネロアは、この謎だらけの事態に、ただただ慄然した。

 

 しかし、ヴァイスと、その背後に佇むミレア・プレイヤーたちは、特に反応しない。

 あの爆発は先日、本国で見ているのだ。

 加えて、ヴァイス以外のプレイヤーたちは、それについて迂闊にリアクションをとれば、目の前の主に同じことをさせられるかもしれない……

 なお、オルディッツは凍り付いたままだった。

 

 ヴァイスは、自由区の石畳に覆われた道に立ち上る、ゲイルリンドの爆発による煙を見つめて、

「惜しかったですよ、ゲイルリンド。あともう少し速ければ巻きこめたのに」

 と、少々遅れて、ゲイルリンドの死を哀れんだ。


 ネロアは壁に張り付いたまま回復アイテムを使い、体力をある程度回復させる。

 壁を蹴って地面に着地し、そこで剣を構えつつ、ヴァイスを睨む。


「未だに残存する大敵は貴様のみだな……ヴァイス・O・ヘブン!」


「ゲイルリンドとオルディッツはこの通りで、カオンとノルガードは別で討たれた。

 そうなれば、満足に戦える、大将レベルの人物は、私一人になりますね」


「貴様の罪状は数知れずだが……今宵は一つだけ挙げさせていただく。

 よくもこれまで、我が故郷、トードイスムカを蹂躙してくれたな! 貴様の運命の行方は、その報いの一択のみ。と、僕(やつがれ)は忠告する」


「忠告、ありがとうございます……ですが、果たしてその報いは、ミレアの覇権を止めるに値するでしょうか? 試してみましょうか」


 ヴァイスは天に杖を掲げ、

「【命神の恩寵】」

 自分にピンクの光を纏わせる。


「諸君。ここは一旦、化神官としての、私の事務を見学していてください」


 そして凄まじき速さでネロアに迫り、杖を突き出す。

 これまで数々の死線を潜り抜けてきたネロアにとって、このヴァイスの攻撃は非常にぬるかった。


 ネロアは杖に剣をあてがい、いなす。


「【万死の薙】!」

 カウンターとして、闇属性の剣で彼の胴を斬りつけた。


 ヴァイスの基本ジョブは回復補助をメインとし、直接的な戦闘には向かない【聖職者】。

 特にミレアの【聖職者】は、全国・全ジョブの中でステータスの合計値が最も低くなることで有名である。


 彼のスキル【命神の恩寵】により全ステータスが二倍になっているとは言え、防御力は鉄壁と呼べる程ではないーーよってヴァイスはこの攻撃によりHPの二割を削られた。


 するとヴァイスはネロアに蹴りを入れ、強引に距離を離したところで【命神の恩寵】を発動。

 体力を全快させると同時に、ステータスをさらに二倍に上昇させる。


「練習はここまでです」

 ヴァイスはミレアの祭服を脱ぎ捨て、シンプルで身軽なベストスーツ姿になる。

 そして杖を振り回し、ネロアに襲い掛かる。


 流石にステータスが四倍になったので、ヴァイスの動きは驚異的に俊敏である。

 その速度により、ヴァイスはまるで大成された杖術のような――あるいは実際に、杖術をかじっていたのかもしれない――的確な攻撃を繰り出し始め、ネロアを押していく。


(この速度の変貌具合、恐らく、ヴァイスさんはステータスが倍に膨れ上がっているのでしょう。

 やはり化神官は、相手にすると非常に困りますね……ですが、僕だって化神官ですから)


「【モンスターコール:スケルトン3】!」


 ネロアは【マジェスティックスケルトン】を十体召喚し、それらに、ヴァイスの前で、鶴翼の陣を組ませる。

 スケルトン達は一斉に弓を引く。


「させないっ!」


 ヴァイスは手際よく、腰に下げていた【Dt-Do】のアンプルを杖の先に装着する。と、杖の先から光属性の刃が出現する。

 そうして大剣と化した杖を、ヴァイスは大きく振りかぶり、スケルトンたちを次々となぎ倒した。

 最後の一体を消した時、ヴァイスはネロアに向かって言った。

「どうせこれもブラフなのでしょう? 化神官の権能を贅沢に使いますね」


「……悔しいが、御名答だ! 【禍根の楔】!」

 ネロアは闇属性を帯びた剣を、ヴァイスの首筋めがけ投擲する。

 ヴァイスは光の刃そのものを盾にし、剣を弾く。


 直後、杖の先のアンプルがパリンと割れ、光の刃が消失した。

「まぁ、持ったほうだと思います」


 ヴァイスは新しいアンプルを付け替え、杖を、鉛筆を曲げるあの雑手品のように振った。

 するとその杖は本当にしなり始め、おまけに長さが二倍にまで伸びる。


 この柔軟になった長杖を、ヴァイスはアンプルが突いている方の端部分を持ちながら、ネロアめがけて鞭のように振り回した。

 対してネロアは、剣に結びつけた紐を持ち、ヨーヨーの技さながらに前方で振り回す。


 剣と杖、得物は二人の間で、不規則に、何度もぶつかりあった。

 その最中、ヴァイスは杖のアンプルを自ら外す。杖は元通りの硬度と長さに戻った。

 それを改めて握りしめ、ヴァイスはネロアとの間合いを急に詰める。


 その時ネロアは、かなり紐を伸ばした状態で剣を振りかぶっていた。


 彼女は急いで紐を引き戻すが、時すでに遅く、ヴァイスはネロアとの間合いを詰めたところで、彼女の顔面を思いきり杖で殴る。


 先程の【命神の恩寵】の重ねがけにより、今のヴァイスは攻撃力も四倍になっている。

 ネロアはこの一撃でよろめいて、後方に倒れていく。


 ヴァイスは地面を蹴り、ネロアの頭上に飛び上がる。

 そこで彼は、杖に新たなアンプルを装着した。今度は杖の表面全体が、鈍い鉛色に変化した。


(あのヴァイスさんの状態と、あの見た目からして、多分、あの重くなった杖を一気に叩きつける気でしょう……だったら!)


 ネロアは背中よりも先に、後ろの地面に両手を付ける。そこからバク転の要領で、さらに後ろへ移りつつ、立ち上がった。


 直後、ヴァイスが両足で杖を踏んづけるような体勢で、地面に落下してきた。

 その足元で、形が大まかに残るように杖がめり込んでいた。


(あのまま普通に倒れていたら、ただじゃ済まなかった……ですが!)

「【黒狼煙の牙】!」

 ネロアはヴァイスへ、素早く刺突を繰り出し、彼にダメージを与えてふっ飛ばした。


 その先で、ヴァイスはシャツについた砂埃を払う素振りをした後、杖を構え直す。


「連戦に次ぐ連戦を経たとは思えない立ち回りぶりですね。貴方が度々言う死線とは、我々が思いつく死線の数十倍は過酷だったのでしょう」


「貴様に残された手札は『相手の賞賛』のみか? 命神キトァミァの化神官よ」


「いいえ、違います。むしろ、私の手札は『分厚い』と修飾出来る程多いです」


 ここでヴァイスはついに、自分たちの戦いを観察させていたプレイヤーたちに命ずる。

「皆様、今の私とオルディッツ、ゲイルリンドが見せた手本を元に、この戦の最大の功をもぎ取ってください!」


「「「おーっ!」」」

 彼らはすぐさま、意気軒昂にネロアただ一人に突撃した。


「うぉー、このミレア最強クラスの剣聖、『主人・公様』が、トードイスムカの化神官を微塵斬りにしてくれる!」

「いや、この俺が!」

「なら俺だって!」


 彼らは皆、功に焦り過ぎていた。

 多人数の利を活かすどころか、同じ仲間同士にも関わらず妨害をしたりするなど、何とも残念な体でネロアに襲いかかった。


「【万死の薙】!」

 そんな彼らをネロアは、華麗な立ち回りでさばいていく。

 体感としては、一人ひとり順番に相手をしているようなものだった。


(失礼かもしれませんが、これが、ヴァイスさんの手札なのでしょうか? 今のところは、ただ人数を並べていかせているだけですが……)


 この時、ヴァイスはチャットを使い、自由区中の自軍にある『指示』を出していた。


 それを終えると彼は、さっき突撃させたプレイヤーたちの無様な姿を眺めて、口角が上がらないように気をつける。


「皆様、無茶が過ぎますよ……【命神の恩寵】」

 ヴァイスはネロアにやられて傷ついたプレイヤーたちに、次々と光を下した。

 それを受けた彼らは、体力全回復とステータス二倍のバフを得る。まさに恩寵だ。


 純白の輝きを帯びた彼らは溢れる力に狂喜し、獣のように荒々しく――先程より拙い攻撃をネロアに繰り出した。


 このような繊細さのない攻撃は、彼女には通じない――ネロアは、彼らの攻撃を次々と、先程以上に回避する。


 そしてネロアは、この彼らの暴れ様に、ただならぬ危機感を感じた。

 故に彼女はここを脱し、どこか適当な建物に紐付き剣を引っ掛け跳んだ。

 その直後、自分に襲いかかったプレイヤーたちは、ひとり残らず爆発した。


「やはり並の者では、二回が限界ですか」


 ネロアは再び地に降り立ち、爆発の後を見つめて、

「……まさかとは思っていたが……自ら望んでこのような惨劇を引き起こしたとは……」


「惨劇ではありません。ただここで大勢の人が、身の程に合わない力を得て死んだ。因果応報という奴です」


 ヴァイスの化神官としてのスキル、【命神の恩寵】は、ミレア・プレイヤーのみを対象とする、状態異常回復、HP全回復、ステータス二倍化、さらに重ねがけ可能という、いいことづくめのバフ魔法である。

 

「しかし、大いなる力には代償があるのがこの世の道理だ。

 この魔法を同じプレイヤーが何度も受けると、当人の身体に力が過剰に溜まりすぎて、やがて耐えきれず爆発してしまうのだ。

 いわゆるオーバーフローというものだよ。至高平和主義の君主が、躊躇無く核を使うような暴力主義に変貌するような。

 けれども、この世にはこんな道理もある。デメリットは、いともたやすくメリットにもなりうる」


 その時、二人のもとに新たなミレア・プレイヤーが駆けつけてきた。

「いた! ヴァイス様、ただいま参上しました!」

「よし、皆でトードイスムカの化神官をやっつけるぞ!」

「ま、間に合った! よし、この戦争のMVPは俺が……」


 ヴァイスは彼らに対し、聖人のように慈愛に満ちた笑顔を浮かべつつ、【命神の恩寵】を与える。


 すると彼らはHP全快とステータス倍加により有頂天になり、絶叫とともにネロアへ突撃した。

 

 そんな彼らに、ヴァイスは、今の相手以上に死神めいた無慈悲な目をして、二度目の【命神の恩寵】を与える。


「ウワァァァ、助……!」

「待ってくださいヴァイス様、私はまだ何も……」

「ど、どうか御慈……!」


 そして、ネロアは次々と、ミレア・プレイヤーが命と引き換えに放った爆風を浴びた。


「いかがでしょうかネロア殿。これが私の化神官としての権能のメリット――取るに足らないプレイヤーたちに『弾』という適職を提供できるのです。

 ……さぁ、ミレアの皆様! どんどん襲いかかるのです! 力は、私が、ヴァイス・O・ヘブンが寄越してあげましょう!」


 こうしてヴァイスは、大手柄を求めてのこのことやってきたミレア・プレイヤーを続々と爆発させ、ネロアへダメージを与えていく。

 

 これまでならこうした大軍に囲まれても、ただ自分の技量で狩り尽くせばどうにかなった。

 だが、その前に爆発されてしまえば、もうどうしようもなかった。


 そうしてやがて、ネロアのHPは一割にまで減ってしまった。


 その時、ネロアとヴァイスの周りには、誰もいなくなっていた。


「他所でシュラたちやガイオンが暴れまわっていることを加味しても、まだ自由区に兵隊は残っているはず。

 近場にいる兵隊は使い尽くしたのか。これは私が、増援よりも消費量を多くし過ぎたためだろう。ここは反省しよう。

 しかし、たとえ遠方にいるとしても、積極性があればどうにかなる問題だろうがね……」


 ヴァイスは改めて杖を構え直し、

「仕方ない。私が自ら始末してしまおう」

 四倍のスピードを持ってして、ネロアに迫り、杖を振り下ろす。


「いいえ、させません」

 ネロアは全身をガタガタ震わせながらも、ヴァイスの杖を剣で受け止め続ける。


「そこをなんとか、とはいきませんか? ネロアさん」


「いけないに決まってますでしょうが!」

 と、ネロアは怒り故に、普段通りの言葉遣いになってることも忘れて、ヴァイスの頼みを否定した。

 そして突然、ヴァイスの頭に頭突きを食らわせ、彼を押し返す。


 ヴァイスはこの衝撃で頭をおさえ、めまいが治るのを待つ。

 そんな状態はお構い無しに、ネロアは彼へ強く尋ねた。


「何人も、何人も、自らのルールに従わせて苦しめて、挙げ句の果には、たかが一人の為に何十人もの人を爆弾に作り変えて……

 これが、国の長が、化神官が、人の上に立つ人間がやることなのですか! いくらゲームだとはいえ、こんなの、非人道的過ぎますよ、ヴァイスさん!?」


「非人道的? ……いいえ、決して私はそうは思いません。むしろ、これは最も理に適う、人間の活かし方だと私は思います」


 ふざけるな。などなど、間髪を入れず怒鳴り返してやりたかった。

 しかし、ネロアは恩師であるアビスの言葉――『相手が何をしようとも、絶対に馬鹿にするな』を思い出し、念のため、

「何故、そう言い切れるのですか? 教えてください……」


「てっきり有無を言わさず斬りかかってくると思いましたが、思いの外落ち着いていますね。

 いいでしょう。お答えいたします。

 私がこのような結論にたどり着いたのには様々な経験がありますが……あなたでもわかりやすそうな経験を一つ、話して差し上げましょう。

 ――まず、アビス・オーディアンという男を知っていますか?」


 アビス、その名をヴァイスから聞き、ネロアは己の耳を疑った。

 そんな彼女の様子を気にせず、ヴァイスは静かに、彼にまつわる『ある話』をする。


【完】


ロジスティクス・サーガ・データベース


■キャラクター紹介

【ヴァイス・O・ヘブン】

 分類:プレイヤー

 所属:命国ミレア

 レベル:72

 ジョブ:【聖職者】/【化神官】


 命神キトァミァの化神官。もちろん国民等級は『一等』。国内の最高幹部【五造:真】の称号も持つ。

 基本は物腰が柔らかい好青年で、功績を頻繁に積み上げる部下には非常に優しいが、そうでない愚か者には容赦しない残酷さを持つ。

 階級制度や【Dt-Do】など、少々闇をはらんだ施策を多数実行し、弱小国だったミレアを覇権国に押し上げた賢人。


 ミレアの【聖職者】は、回復・バフの図鑑とも呼べるほど、幅広く、強力な補助魔法を覚える。

 ただしその分、本人は全国・全ジョブで最もステータスの合計値が低くなるほど貧弱になる。仲間のサポートに徹する以外の可能性はない極端な性能となる。

 その部分をフォローするため、オルディッツ謹製の【Dt-Do】と、念のためにかじっていた杖術をかけ合わせた戦法も発案している。


 命神キトァミァから与えられたスキル【命神の恩寵】は、ミレア・プレイヤーのみを対象とし、HPを全回復&全ステータスの倍増という、補助魔法の究極系のような効果。

 しかし、これを一人のプレイヤーに与えすぎると、生命力のオーバーフローを起こし、爆発するというデメリットがあった。

 ……が、彼はこれを悪用し、利用価値の薄いプレイヤーを爆弾として使い捨て、攻撃手段とするメリットを編み出してしまった。


 名前は全体としてはeyes of heaven(英語で『星』を意味するイディオム。某漫画原作ゲームで知っている人も多いでしょう)に由来しています。

 ヴァイスはドイツ語で『白』を意味しています。

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