34.八神会議
VRMMO・アクションRPGゲーム、ロジスティクス・サーガ。
その舞台たる大陸の中央の【自由区】の、そのまた中央にそびえ立つ【理の城】。
そのさらに中央に設けられた、ドーム状の大広間。
まさしくロジスティクス・サーガの中心とも言える場所で、約一億人のプレイヤーの内のたった八人が、各々の国の紋章が織られた旗を背負うように、円卓を囲んで座っていた。
先導として、円卓の真北の席に座る鈍くも優雅な光沢を湛えた鎧を纏う、典型的な勇者のような姿をした薄紫色の髪の青年が開幕を告げる。
「機国イズセラ化神官代理、『ガイオン・マキシプレス』。
命国ミレア化神官、『ヴァイス・O・ヘブン』。
音国エホシャドチグパ化神官代理、『アブソ・クラッタノイア』。
災国カメセスコア化神官代理、『ウェンリー・イーブネス』。
術国イペファワエゼ化神官代理、『ブッチギリースト・サラマンドラ』。
死国トードイスムカ化神官、『ネロア・ルォーナピアナ』。
文国ヨヤアサ化神官、『シュライベン=ブラット=グリュム』。
そして議長である私、時国ランニバーニ化神官『ジュリクス・ヴィオレックス』。
以上、の八人により、今回の【八神会議】を進行する」
ここにいる八人の予想通り、最初の議題はあの件だ。
「まず、ヴァイス氏から頂いた告訴状に関し、議題を行う。
ここには『ミレアとトードイスムカの友好の為に作られたモニュメント的存在、『調和の砦』へ、ネロア氏が侵攻・制圧を行った』という旨が記載されている。
念のため、ヴァイス氏、始めに『調和の砦』の解説をお願いします」
「はい、先程ジュリクス議長がおっしゃったように。我々ミレアがトードイスムカの友好の証として、トードイスムカの東を塞ぐように建設された要塞です」
ウェンリーが尋ねる。
「何故友好のモニュメントなのに、要塞という友好とは対極に位置する、軍事的な物を建設したのでしょうか」
「友好といいましても、ただ『仲良くやりましょうね』というだけでは、あってないようなものかと思いまして。それで『万が一トードイスムカに侵略攻撃があった際、防衛戦に助勢出来るように』というこちらの親切で、あえてそうさせていただきました」
ウェンリーの質問に答えた後、ヴァイスはネロアへ一瞥し、強い声色で告げる。
「ですが、まさかトードイスムカに攻められるとは、非常に心外であります」
ジュリクスは尋ねた。
「では、今回の賠償は、どのような物を考えていらっしゃいますか?」
「調和の砦の返却と、その修理費、死傷者の手当……請求したい物は山ほどありますが、欲張りはいけませんので、今回はこれだけで勘弁しておきます。『トードイスムカの化神官、ネロア殿の、ミレア国内での一定期間の謹慎』です。期間については皆様が納得のいくようにこれから話し合っていきたいと思います」
「ネロア氏、反論をお願いします」
「そもそも、僕はミレアと友好を結んだという軌跡は、一切記憶の範疇にない」
「それはそうでしょう。そもそもネロア殿がまともに我々ミレアの人間と講話を行ったのはこれが初めてなのですから。ですが……」
ヴァイスは手際よく、円卓の下から一枚の書類を取り出し、円卓の中央に置く。
するとそこに仕込まれた魔導装置によって、八人全員に見やすいような大きさで、書類のホログラムが場の中央に浮かび上がる。
「……我々には、先代の死国化神官と締結した条約がございます」
ネロアはその書類の要点をかいつまんで見る。
調和の砦の建設の許可。
この条約は化神官が変わっても有効とする。
内容変更の際は両国での講話を必要とする…… などなど、まさしくな文言は少ないが、明らかにトードイスムカ側に不利な内容が含まれる条約であった。
(これは恐らく、ホイプペメギリ様が言っていた『死国の領土を売ろうとしたダメ化神官』と結んだ条約ですね。
ですが条約は条約。ただ不平等だと言い張っても勝ち目はないでしょうから……)
「かような条約があったのか。重大な失念だった。すまない」
「わかってくださればいいのです、ネロア氏。ではこれから謹慎期間の……」
「そこまではまだ屈していないぞ、ジュリクス殿」
「ああ、そうでしたか。早とちりしてすみません。では、反論があれば何かどうぞ、ネロア氏」
ジュリクスに求められた通り、ネロアは他の七人に向けて反論を述べる。
「再演させていただく。この誓約はミレアとトードイスムカの友好を天に掲げるものなのだろう。
しかしながら、我々トードイスムカの民たちは、この誓約の後に、ミレアから侵略とも言うべき暴威を被ったのだが」
証拠の書類を取り出そうとするネロアへ、ヴァイスは待ったと言う代わりに手を出して、
「それは、貴方がたトードイスムカの文化に従ったためのものです」
トードイスムカの文化――トードイスムカは、プレイヤー同士での決闘が盛んである。
あの侵略活動は、それにかこつけたもの。これがヴァイスの言い分だ。
「……今、僕が提出しようとした証拠には、ピープルまでもが巻き込まれているとあるのだが。我らの文化には、決闘の相手以外は巻き込まないようにするのだが」
「それは、理解度が足りなかったから巻き込まれてしまった方々かと思われます。私たちの勇士はやや威勢の良すぎる短所がありますので。
申し訳ありませんでした。弁償はしますし、今後は配下の教育も徹底させていただきます。
ただ、貴方の所業と足し引きするということはいけませんよ。
裁判というのはクイズ番組の決着方法よろしく、お互いの所業を数えて、その合計値でどちらが悪人とするかを決める行為ではありません。
それぞれの汚点を一つ一つ中立的に羅列し、整理していく行為です」
「安心しろ、僕もそうして『どっちもどっち』と言うつもりはない。
本当に言いたいのは、『誓約は始原から律動していない』ということだ」
「……その理由は?」
「くどいようだが再演させていただく。かの誓約は死国と命国の友好を意味するのだろう?
ならば、何故僕が新たに化神官に就任した際、あなた方は祝電や祝辞の一つや二つを出さなかったのか。
そちらがトードイスムカを友好国のつもりと心の深淵から思っているのなら、それが真理だろう?」
ヴァイスは「ほう」と、隣の二人も注意しないと聞こえないくらいの声でうなった後、
「それは、かなり時間を空けて久々に死国で化神官が就任したということで、混乱が生じていた為に、私たちの外務機関がどう対応すべきか議論を重ねていたためです」
この釈明の後、ネロアは何となく目のあったアブソに問う。
「アブソ殿! このような際に貴方ならまずどう対応する!」
「え、私!? ……あ、は、はい! 私でしたら、正式なものはなるべく早急にしますと前置きしてから、ひとまずおめでとう。と、言いますか、ね……どうでしょうか、ネロアさん?」
「僕も貴方の誠意に共鳴する。
ここはヴァイス殿、あなたが我々を真に盟友と思っているのであれば、せめて『おめでとうございます』と一言祝電なりなんなり送ればよかったのではないか。
トードイスムカの決闘文化に乗っかる暇があったらそれくらい……」
この瞬間、ネロアの言葉をかき消すように、ガイオンが声を荒げた。
「ネロア化神官! この私、機国イズセラ代表、ガイオン・マキシプレスから、あなたに物申す! 調和の砦はミレアと自由区を通る、イズセラが生んだ最新技術の結晶たる『ミレア鉄道』の終着駅にして、重要な整備・管理拠点でもあったのだ! 幸い列車本体はそこにはなかったが、その他設備を事実上強奪した件は一体どう責任を取るつもりだ!」
ミレアとイズセラは『主従』と言っても過言ではないような関係にある。
「もしミレアに都合の悪い話になりましたら、妨害を頼みます」
故にヴァイスは、八神会議の前に、ガイオンへそう伝えており、それが今、『一応』実行されたわけだ。
「今、僕はヴァイス殿が語る友好関係についての議論に心血を注いでいるのだ!
貴方の言う通り、先日の調和の砦での行いは、イズセラにまで被害を与えたかもしれないが、それは今宵に紡ぐべき話ではないだろう!
貴方も貴方で刻を観察せよ! ガイオン殿!」
「ふざけるな貴様! あそこには俺が持つ最先端の技術もあったんだぞ! それを馬の骨も知らんトードイスムカの馬鹿どもに盗られたりしたら……」
ここでジュリクスは、机をトントンと手で叩き、
「ガイオン氏、ネロア氏の言う通り、今その話をする必要はありません」
ガイオンへ静粛にするよう求める。
しかしそれでもガイオンの怒りは収まらず、円卓の中心めがけ前のめりになり、唾を飛ばすくらいの勢いでネロアに怒鳴り続けた。
すると、左隣に座るヴァイスは、円卓の下で、ガイオンの左脛をかかとで蹴りつける。
「イギエッ!? 何をするのですかヴァ……」
ガイオンがヴァイスの方を向くと、彼は一切軽蔑の意を隠そうともしない顔をして、小声で言った。
「貴方の言うべきことはここではないですし、『そういうこと』でもありません。これ以上余計なことを言うのなら……」
「……チッ! すみませんでした! 議長、それからネロア……化神官!」
閑話休題。ネロアはこれまでに述べたことをまとめて、最終的な反論を言い放つ。
「以上のことから、かの誓約は意味をなさないと判断し、当作ロジスティクス・サーガの最たる理――国と国との戦争に乗っ取り、調和の砦への攻撃をしたまでだ。
皆様、なにか不足事項があれば僕が啓蒙する?」
ヴァイスはジュリクスに目配せをし、すぐさまジュリクスは言った。
「この議題は一旦保留といたしましょう。この八神会議一回では解決が難しいので」
この時、ネロアは、自由区に行くまでの道中で、シュラと話したことを思い出す。
*
「今回の八神会議において、ヴァイスの最大の武器となりうるのは、議長だ」
「議長……時国ランニバーニの化神官、ジュリクス・ヴィオレックスさんですか?」
「そうだ。ところで、何で彼が議長になっているかわかるかな?」
「さぁ……ひょっとして、慣例ってところでしょうか? 時国ランニバーニは、ロジスティクス・サーガの中で『一番由緒ある国』って言われています」
「んー、半分くらい正解かな?」
まず前提として、これは別に運営からのルールで定められたことではない。
八神会議の議長は、この時にロジスティクス・サーガの情勢を最も動かす存在になる。
故に、一番人口の多い国の者が、最もその役目を務めるにふさわしいという慣例が続いているのだ。
「ん、待ってください? だとしたら、尚更ジュリクスさんが議長なのが不思議ですね?
今、八国の中で一番人口が多いのは命国ミレアではありませんか? だとしたらヴァイスさんが議長になるのではないですか」
「いいところ気づいたね。これもまた、慣例によってなんだ」
ミレアがランニバーニの人口を上回った後、当然、議長の役職を移動すべきという声が、二国で起こった。
しかし、ヴァイスは、
「これまで議長の座を歴任してくださったのはランニバーニだ。この慣例をまだ破ることは、国として幼いミレアには到底出来ない」
と言って、議長就任を拒んだ。
これは狙ったことなのか、偶然なのかはヴァイスの頭を割ってみないとわからないが、こうしてヴァイスに『多大な恩を売られた』ジュリクスは、以降も議長の勤めを行いつつも、ミレアに対しては強気に出づらくなってしまった。
「流石に、議長らしく極力中立的な態度でいてくれると思うけど、介入可能な部分ではヴァイスに有利となる行動をしてくると思う。
だから気をつけたまえよ、ネロア君。言うまでもないけど、歯向かうのは一番いけないからね」
「わかりました。シュラさん。他に気をつけることはありますか?」
「他は……特にないかな? 一応ほぼミレアの属国化してるイズセラの存在があるけど、あそこの代表者はどいつもこいつも底が知れてるから」
*
(もう少し詰めていればヴァイスさんが不利になる話を、議長権限でうやむやにしてきましたね……まぁ、これくらいは身構えてました。事前にアドバイスしていただきありがとうございます、シュラさん)
次こそ頑張ろうか。という意味をウィンクで飛ばしたシュラに、ネロアはごく僅かにかぶりを振る。
「さて、次の議論に移りましょう。
昨今、自由区を中心に、大陸の各所で多数のミレア・プレイヤーが狼藉を働いております。
これについては皆様と連携して対策を行いたいのですが……その前にヴァイス氏、この件の監督責任のある貴方から、釈明をしていただけますか」
「はい、まず皆様、この度はミレアの旗印を背負ってる自覚のない、人間性に問題のある私の国民の方々がご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
ヴァイスはミレア・プレイヤーの狼藉がなぜ起こったのかを説明する。
「理由は至極単純です。彼らは、居場所を無くしてしまったのですよ。
私たちの捜査では、彼らの大半はあの調和の砦に配属されていた兵士でした。
この時点で大方察しが付くでしょう、トードイスムカの方々に要塞を奪われ、生き残った者たちはあちこちに散りました。
トードイスムカとミレアの距離は、自力で帰るには非常に遠いため、帰ろうと思っても中々帰れないため、明日の生活のためにそのような愚行をしたのです」
ここでブッチギリーストがビシッと手を挙げて、
「おい、ワシの記憶が鮮明なら、自由区を経由して、調和の砦とミレアを結ぶ鉄道が開通たんじゃないのか?
それ使えば、最低でも自由区までは救援とかできたんじゃねえのかよ?」
「もちろん考えましたとも。ところが終着駅が敵軍に制圧されている以上、あちら側が逆利用してくる可能性があったため、全面的に運行を停止していたのです」
「そうだ! せっかく俺たちが繋いだ鉄道を台無しにしやがって! この運休分の損失、もれなく一括で賠償してもらうぞネロア! 大体よ、貴様は……」
ガイオンがヴァイスに黙らされるのを待ってから、ジュリクスはネロアに尋ねる。
「ヴァイス氏はこのように、原因は貴方にあると述べていますが、ネロア氏、何か反論はございますか?」
「……ああ、各国でミレア・プレイヤーの無法者が増えたのは、紛れもなく僕が調和の砦を落とした業に由来するものだ……」
「では、この責任はトードイスムカが取るということで……」
「……だが、ヴァイス殿。貴方はこれを受けて何をした」
「……何をした、とは?」
「国民の救援だ。距離が遠いとしても、電車が使えないとしても、もう少し積極的な姿勢を見せるべきではなかったのか?」
ヴァイスは即座に返事する。
「結果としてはあまり実績は出ませんでしたが、助けようとはしました。それで極僅かではありますが、無事本土に帰れたのは……」
「極僅かにもほどがあるだろうが、ヴァイス。我が死国で捕らえた調和の砦の残党は何人だと思う?
五万だ。死国という敵地に潜伏しなければならなくなったプレイヤーが五万もいるんだ。
これが他全土でいったら十万は軽く越すはずだ。例えどんなに術が少ないと言えど、この様子では、ヴァイス殿は救済の意志が弱いと僕は推察せざるを得ないのだが」
「……仮に貴方の指摘が正しいとしても、調和の砦を占拠したからこうなった事実は変わりません。
他人を殴って怪我をさせた人が、『お前の身体が弱いからそんな怪我なんかするんだ』と責任転嫁するようなものでは」
「もう一度言う。今宵のミレア・プレイヤーの暴動は僕にも責任がある。だが、こちらについてはヴァイス殿、貴方の咎でもあるのだ。
……もう御託並べには飽いた。故に、皆に核心を拝見していただこう」
ネロアは、持参した書類の数々を円卓の中央に置き、次々と大広間の中心に書類の拡大ホログラムを展開した。
その書類の内訳は大まかに分けて二つ。
ミレアの幹部、ノルガードが雑に書いた、ミレア国民の階級降格の処分を指示するもの。
ミレアのプレイヤーが書いた、階級制度などのミレアの暗部の証言をまとめたものだ。
ネロアは押し殺した声で言う。
「まだ、二つ目の理由がありますよ」
「そうですか、では早い所、示してください。ネロア殿」
ヴァイスに催促されたネロアは、ただ指を鳴らす。すると、ミレアが配布したであろう、今はボロボロになってしまった装備を着た男が、山積みの書類を持って来て、会議にいる八人に配った。
その内容にネロアとヴァイス以外の参加者は慄然とした。
まさか、このロジスティクス・サーガという広くも狭い世界の直ぐ側で、このような非人道的な行いが行われていたのかと。
ジュリクス議長はこの内容に驚き、そしてヴァイスに尋ねた。
「ヴァイス氏……こちらは本当ですか……」
「……少々言葉が拙いかもしれませんが、そんな訳ないですよ。こんな歴史上の暴君でも躊躇うような行い、ロジスティクス・サーガの30%のプレイヤーを抱える、品格ある国ができるわけがないじゃないですか」
ここでネロアは、ジュリクスの目を見つめて尋ねる。
「ジュリクス殿。確か八神会議は、議論の最中に定めとあれば、場合は他の人員を召喚しても構わないのだ」
「ええ、貴方にその用意があるのであれば」
「わかりました。では迅速に召喚する」
ネロアがその場でチャットをして僅か二分後。
大広間の扉が開き、そこから一人の少年が現れる。
「紹介しよう。彼の名前はアンティル。現在トードイスムカに亡命中の、ヴァイスの非人道行為の被害者である」
「ご紹介された通り、オレっちはアンティルといいます。
この上に出ている書類の内容は本当です。
ミレアは国民全員に『階級』っていう上下関係を与えて、皆その階級に応じた仕事を『本人の意思』関係なくやらされました。
オレっちはその中の、一番下の六等国民でした。その役割は『【Dt-Do】っていう新作ポーションの試験体』でした。もう言葉にしたくもない副作用で、死ぬ程苦しい思いをしました。
その後、たまたまある【Dt-Do】に適合できたおかげで三等に上り詰めましたが……そこに行っても自由は無く、右から左へ、戦場に行かされました……」
ネロアは言う。
「……その話を彼から拝聴し、僕は己の運命を悟った、『そのような邪道の国と手を握るのも、邪道の国に握られるのも、トードイスムカの絶望』と。
これが調和の砦を攻めた所以だ。
ミレアの酷薄な支配の指先をトードイスムカから退けるべく、この世界の影を晒すべく、かのように叛逆したのだ!」
上に表示された書類と、アンティルの証言を聞き、胸中で溜まりに溜まった義憤を吐き出すように、ブッチギリーストはヴァイスに怒鳴る。
「同じ国の人間を、国自らが差別するだと!? 無情やがって! おいヴァイス、聞いてんのか! 貴様は今、人として最低なことしてんだだぞ!」
ヴァイスは、全く動揺せず、普段通りの穏やかな口調で、周りへ訴える。
「皆様、このようなセンセーショナルな証言や証拠に、簡単に飲まれてはなりません。
このくらいの書類など、あのくらいの役者など、簡単に用意できるではありませんか」
「虚構ではない。これは真実だ」
「今のところ、貴方がそう言うだけでは信用できませんよ」
「じゃあ僕からも言うよ」
このシュラも円卓の中央に書類を出す。
こちらにもまた、調和の砦から命からがら脱出し、国内で保護された残党の悲痛な証言がまとめられていた。
それを見て、ブッチギリーストはますます激昂した。一方その隣のウェンリーは、シュラの行動にハハンと感心した。
「二箇所からこのような証言が出てきたら、これは単なるネロア殿の妄想じゃなさそうだね」
「早計にもほどがありますよ、ウェンリー殿。ご存知ですか? 現在ネロア殿とシュラ殿は同盟関係にあるのです。実際、調和の砦の侵攻には彼も同行しておりました。
何よりも信憑性のないことに、シュラ殿は『作家』であります。
と、すれば、このような精巧な偽の証拠が用意されたことについては信じられるかもしれませんね……」
その時、今まで蚊帳の外に追いやられ、黙りこんでいたエホシャドチグパ代表者、アブソが、スッと書類の束を出す。
「アブソ氏、急にこれは……」
「ミレアから本国に亡命してきた人たちの、ヴァイス様の陳情書です……元々は、昨日のパーティーでヴァイスさんに直接渡そう思っていました。
ところが何やらジュリクスさんとガイオンさんとで固まって話していたので、声を掛けることが出来なかったので渡せませんでした。
そしたら、今何やら、これが会議の役に立つのかな、と、思いまして、ここで出してみました」
皆はそれを眺める。内容はほぼほぼ、ネロアとシュラが持って来た『不条理に対する感想文』と同一であった。つまり……
「現状、音国エホシャドチグパには、ネロア殿ともシュラさん殿との関係性はあまり見られない。
仮に、裏で音国の重役と二人が通じていたとしても、三箇所も、証拠が湧いてきたとなると……作り話と片付けることこそ早計になるね」
ヴァイスはアブソをたしなめる。
「アブソさん、物事にはタイミングというものがあることをご存知ですか。こうも次から次へと情報を出して話を錯綜させるのは、はっきり言って迷惑……」
しかしその途中、「静粛に!」と、ジュリクス議長は一喝し、周囲一帯を沈黙させる。
「ここでひとまず、現時点での私の見解を申し上げます。
ヴァイス氏の言う通り、ネロア氏が用意した証拠は信憑性が欠ける物が多い。
だが、かといってトードイスムカが完全に悪いとは言い切れません。何故なら、問題が告訴した側のミレアの潔白も怪しいためです。
友好を結んだ相手国に対する敬意の無さ、事実上の侵略行為……そして『階級制度』。このような、奇怪な様態をした国の告訴には、正当性がないと、私は判断しました。
よって今回の告訴は、『保留』にする。と、同時に、運営側へ『ミレアの実態調査』を要求しようかと思います。
……異論、ございませんか?」
ヴァイスは直ちに手を挙げて、ジュリクスへ、
「議長、もう少々、私たちミレアの立場を考慮した、中立的な見解をすべきではないでしょうか?」
と、周囲に二国の関係を悟られないように、
『自分の立ち位置を忘れたか』と、遠回しに言った。
するとジュリクスは、真剣な眼差しをして、
「ロジスティクス・サーガ最大の国として、可能な限り誹りを避けたいという気持ちはわかりますが、私も八神会議の議長として、すべきことがあるのです」
と、遠回しに『ここではもう庇いきれない』と言い切った。
ヴァイスが引っ込んだ後、円卓に座る八人は皆、ただ何もせず円卓に座り続けた――総員、異論なし。それがこの沈黙の意味である。
ネロアの傍らに立つアンティルは、小声でネロアに言う。
「やっとこさ落ち着いたな、ヴァイスの奴」
ネロアも小声で返事する、
「それが悪い方に使われたのは残念ですが、ここまで話してみて、賢い人だとは思いました。
だから『往生際は潔く』いようとしているのかもしれませんね……」
「……異論なし。では、ヴァイス氏、早々に運営に監査を依頼します。その折には連絡します。暫し大人しくご協力をお願い致します」
そうジュリクスに頼まれた直後、ヴァイスは椅子から立ち上がる。
「ヴァイス氏、八神会議はまだ続いております、勝手に席を立つのはご遠慮ください……」
「いいえ、もう結構です。此度の八神会議の意義は、もうこれで完全に無くなりました」
ヴァイスは壁際に飾られた、ミレアの旗の方へ歩み寄りながら、後方にいる七人――特にネロアへ宣告する。
「ここからが本題ですよ。そこらの一兵卒のように野垂れ死なないようにお願い致します」
轟音が、大広間にこだまする。
ヴァイスの目の前にある壁が破壊され、その穴から、イズセラ製の武装ヘリが姿を現した。
そして、そこから見える自由区の遠景で、おびただしい数のミレアの紋章の旗が、至る所ではためいていた。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■用語説明
【八神会議】
本来はゲーム時間内で十ヶ月に一回行われる、八国の化神官が集い、大陸の諸問題について議論する、運営主催の国際会議。
これは本作がPvPメインに切り替えたリニューアル後から定期的に開催されるようになった。
議長は伝統的に時国ランニバーニの化神官が務めている。
今回行われた八神会議は、現議長ジュリクスを諸事情で揺さぶったヴァイスが緊急で開催したもの。
ちなみに、万が一化神官が参加できない場合は、それに準ずる代表者が出席する形で行われる。
今まで化神官が勢揃いしたことは一度もない。




