31.インビテーション・トゥ・エクスキューション
命国ミレアの首都、命都にある、ヴァイス官邸の大会議場にて。
「「誠に、申し訳ありませんでした」」
二人の男は、主たるヴァイスと、国内最高幹部の【五造】のオルディッツとカオン、その他一等国民に見下されながら、ありったけの誠意をこめて土下座した。
二人の名前は、ゲイルリンドとノルガード。
彼らもまた【五造】にして、先日までトードイスムカ侵攻軍の指揮を任され、そして侵攻拠点の『調和の砦』の守護を任されていた者たちだ。
彼らは先日、その調和の砦を、敵国トードイスムカの猛攻に押されて放棄させられたために、こうしてここにいるのだ。
そうして謝るのはまず事情を聞いてから。と、ヴァイスは二人に顔を上げさせる。
ノルガードは言う。
「ったく、マジで申し訳ないと思ってますからこれ。言い訳といえばそうなんですけど、目立ちたがりの馬鹿共が勝手に騒いだっていう火の粉を食らったんですよこれ。完全に僕たちが兵力を動かせていたら、多分九対一くらいの比率で僕たちが有利だったってこれ」
ゲイルリンドは言う。
「この失態は到底容易く許されるべきではない。俺もそう思います。ですが、俺は念押しして、これだけ申します。俺達は総力を尽くし、トードイスムカ人へ抗戦しました。決して、トードイスムカを見くびった故の怠慢ではありません」
両者とも、態度の軽重に違いはあれど、この敗退は重罪だとしかと認識していた。その身がどうなってもおかしくない覚悟が態度に表れていた。
それを見て、周りにいる【五造】の称号を冠していない一等国民は、『次は我か』と、いずれ回ってくるだろう椅子を思い浮かべ、ニヤついていた。
またさらにそれを見て、オルディッツとカオンは、別の理由で微笑んでいた。
そして、ヴァイスは予想外にも優しい一言を放つ。
「二人とも、この度は遠方での奮戦、ありがとうございました。貴方がたはさぞかし罪悪感を覚えていると思われますが、その必要はございません。たかが砦一つが落とされた程度ですから」
「「??」」
その瞬間、すぐにこの大会議場でどよめきが起こった。
ヴァイスは信賞必罰を何よりも尊ぶ人間。にもかかわらず、このような甘すぎる対応をとるなどとは。
ヴァイスとオルディッツとカオンを除く者達は、驚きを隠せなかった。ゲイルリンドとノルガードも、面を上げて、お互いの顔と、ヴァイスの顔を、行ったり来たりして見た。
また、ある一等国民は、目を三角にしてヴァイスに申す。
「ヴァイス様! ゲイルリンド殿とノルガード殿が何をしでかしたかをわかっていらっしゃるのですか! 『調和の砦』はトードイスムカ征服の要であり、我らがミレアが『覇権を持つ国』となる足がかりであります! それを『たかが』とつけて軽視するのは以ての他ではありませ……」
そして、オルディッツの水魔法で首筋をやられ、消滅時のエフェクトを発散した。
ご苦労。とオルディッツに一言労った後、ヴァイスはぼやく。
「わかっているのだから、私はあのように言ったのですよ。余計なお世話ですよ、今の指摘は」
同志が成敗され、また別の意味で場がどよめく。皆、突然のヴァイスの報復に恐怖し始めた。
その恐怖心に屈さず、一人の一等国民がヴァイスへ物申した。
「今の行いはこの二人にもすべきではないでしょうか!? 百歩譲って敗北するのは構わないとしても、一等国民ならばもうすこしマシな負け方をすべきでしょうに!
聞いたところによると、彼らはトードイスムカ軍にろくな損害を返せないまま、たった二人だけで命国に撤退してきたと聞いておりま……」
そして彼も水魔法の餌食になって消えた。
「だから、わかっていますとも。というより、今更ですが、ゲイルリンドさんとノルガードさんの撤退と、調和の砦の放棄は、私が指示したものです。
それについて非難するということは、私の考えに何か不満でもあると捉えてもいいでしょうか?」
そして、一等国民は全員、過剰に背筋を正し、沈黙した。彼らにとって、この所作でしか、この重苦しい場をやり過ごす方法が思いつかなかったからだ。
ヴァイスはその沈黙を破って言った。
「この後皆様にはもう少し話しておきたい事があるのですが、人二人が倒れてた嫌な空気の中で話すと、理解度が下がってしまうかもしれませんから……【五造】を除く皆様は、早々にお引き取りください」
ヴァイスに言われた通り、【五造】の称号を持たない一級国民は、ホラー映画に出てくる洋館から脱出するように、大会議場を足早に出ていった。
そして、
【五造:尋】オルディッツ・W・キドネス。
【五造:排】ゲイルリンド・A・ハング。
【五造:関】カオン・T・レヴィーナ。
【五造:被】ノルガード・K・レン。
【五造:真】にして命国ミレアの【化神官】、ヴァイス・O・ヘブン。
以上五人のみが大会議場に残される形となった。
ノルガードは相変わらずの軽い感じで、ヴァイスに尋ねた。
「いや、本当にいいの? 調和の砦失っちゃって? あれかなりバカ高いお金と、アホみたいな労力使って作った、大事な大事な要塞なんだよ?」
「ノルガード。本当に賢い人は、どのような結果に転んでも焦らず対応ができるように、『次の一手』という物を、必ず用意しているのです」
ゲイルリンドは聞く。
「左様な策があったのですか……しかし、それは我々の失態を覆せるほどの物なのですか?」
「当然です。だからああして貴方がたには早めに撤退していただくように命令したのですよ。ゲイルリンド、失態という言葉はもう使わなくて結構です。あれは失態のうちに入りませんから」
それからヴァイスは、全員の顔と、さっきまで称号のない一等国民がいた場所を見渡してから、
「あとそれと、演技の方もありがとうございます、皆様」
オルディッツは、水魔法を放つ素振りをしながら、
「いやはや、まさか一等国民にもあのような思慮が足らないものがいるとはですよ」
カオンもため息をつき、これに続いて、
「全くそのとおりですわ。先日のスベラゼルカの件といい、今回の件といい、一等国民にもたるみが見えてきたようですわ」
ヴァイスは両脇の二人に深くうなづいた後、四人へ話す。
「では、国民の等級の査定方法の是正は後々行うとして、ここからは近々の話を――次の一手について、皆様にお伝えいたしますよ……」
*
ネロアたちが調和の砦を制圧した直後、死国トードイスムカ中が歓喜に包まれた。
長い間自分たちの遊び場を制圧していたミレア軍の本拠地が壊滅したのだから、その喜びもあまりにも絶大だった。各所で個人主催の祝祭が連日行われるくらいだった。
ネロアも国の長たる【化神官】として、制圧からわずか数日後に、国営の勝利を祝うイベントを行おうと計画していた。
ところが、それは草案を立てる前に取りやめとなってしまった。
調和の砦の主、ノルガードとゲイルリンドは、先日の戦いの結果、『二人だけ』で撤退した。
そこに残されたその他大勢のミレア軍の人員は、トードイスムカのプレイヤーに殺されるか、命からがら砦を脱して各地に逃走した。
ここで問題となったのが後者だ。彼ら調和の砦の残党たちによって、主にトードイスムカを中心として、強盗や殺人などの犯罪行為が増えたのだ。
ネロアは祝祭よりもその残党兵たちへの対処を優先した。
先日の国土奪還でも協力してもらったギルドたちと連携し、彼らの身柄の『保護』をして、自国であるミレアへ送り返すようにした。
しかし、それはあまり意味をなさなかった。送り返してもすぐにまた戻って来るか、そうした対応を始めた途端、今度は自由区で残党らしきプレイヤーによる犯罪事例が増え始めたのだ。
そうした報告を受けて、ネロアは過去にアンティルが言っていたことを思い出す。
ヴァイスの政権下にあるミレアにおける、最大の刑罰――ミレア国内に入ることと、リスポーンの際に必要な教会の使用を禁止する、通称『破門』。
ネロアは国内で捕らえたプレイヤーから聞き出し、この恐ろしい事実を知ってしまった。
調和の砦にいたプレイヤーは、あの二人を除いて全員、破門処理を受けており、どこにも行くあてがない状態になっていたのだ。
故に、ネロアは方針を変えざるを得なかった。
ネロアは国内で捕まえた残党を、捕虜として冥都近郊にある街に閉じ込めることにした、もう他でしたくもない悪さをしなくてもいいようにと。
彼らに国内で暮らす援助をするための負担は、国内の統治を任されたばかりのネロアにはなかなか辛いものだった。だが、そんなことよりもネロアには辛いことがあった。
何故、本来彼らを優先して助けなければいけないヴァイスよりも、自分のほうが彼らのことを思っているのか。
この逆転した現実と、ヴァイスの冷酷さを思うと、ネロアは、ただひたすら辛くなった。
ちなみに余談だが、調和の砦の残党たちはトードイスムカや自由区以外にも散っている。
文国ヨヤアサに逃げおおせたプレイヤーたちの何人かは、幸いにもそうした事情について理解がある方々に助けて貰ったが、その他の国に逃げたプレイヤーがどうなったのかは全く不明である。
だが、これまでのミレアの大陸での振る舞いなどから、少なくとも優しいものでないことはほぼ確定している。
*
調和の砦を制圧してから二週間後のある日。
冥都、ホイプペメギリ神殿にある一室にて、今日もネロアは捕虜の処遇なども含めた戦後処理のための事務作業をひたすら行っていた。
「やあ、今日も元気にやってるかい?」
「うぃー、今日も応援に来たよー、ネロアちゃん」
そこに、シュラとリュートがお気楽なムードでやってきた。
「もう五度目だぞ。いい加減空気読めよお前ら……」
遅れて、アンティルもやって来て、ネロアの様子を見るようにと、彼女の方を手で指した。
うなだれるように机に向き合い、憂いに満ちた目で書類にペンを走らせ続ける。今のネロアは様々な意味で疲れていた。
そんなネロアを心配して、アンティルは彼女の側から声を掛ける。
「なぁ、やっぱりさ、オレっちにも手伝えることがあれば何か……」
「大丈夫です、アンティルさん。これは僕の仕事ですから……」
「そうか、わかったよネロア……はぁ、このやり取りも五度目だな……」
そしてアンティルと、
「ほらお前らも、いるだけでも邪魔になるかもしれねーだろ」
シュラとリュートはネロアの部屋から出て、その扉を閉めた。
その側で、シュラとリュートはこの現状について話しだす。
「はぁ、これがあのロジスティクス・サーガ史に残る逆転勝利を果たした大将の姿とはね……」
「もしかしたら、調和の砦を取る前くらいにまで状況が悪くなってるかもね。あーあ、ネロアちゃん可愛そー」
ここでアンティルが割って入る。
「……あのー、ちょっといいか、二人とも」
「ん、どうしたんだいアンティル?」
「ん、どったのアンティル?」
「これはもう何度目か忘れたが……お前ら、いつまでここにいるんだ? いよいよもう、ここですること何もないだろ?」
するとシュラがフフフと、あからさまに何か企んでいるような笑い方をして、
「それがですね、あと一つだけ、ここにいる必要がある理由があるんだよなぁ」
リュートも、シュラと同じように笑って、
「そうだよー、パッと見意味のなさそうなことにだって、意味があるんだよ、アンティルちゃん」
「えー、ホントかよー、何となくだけど、オレっちにはめんどくさいからここに残ってるようにしかみえないぜ……」
その時、三人の側から、見知らぬ声がした。
「すみません、死国の化神官、ネロア・ルォーナピアナ様はどちらにいらっしゃいますか?」
三人はそちらを見ると、八角形の紋章が刺繍された背広を着たピープルがいた。
「何者だ、アンタ?」
「私は、運営より使わされた特使であります。ネロア様宛の重要な連絡事項を預かっておりますので、至急お会いしたいのですが」
「う、運営!? わ、わっかりました! ではこちらに!?」
アンティルは内心焦りながら、ネロアの部屋のドアを開けて、そこに特使を通す。
「貴方は、どちら様でしょうか?」
「私は、運営より使わされた特使であります。そして運営より、こちらの手紙を預かっておりました」
「ああ、それはどうもありがとうございます」
ネロアはすみやかに立ち上がり、自分から特使に近づいて手紙を受け取る。
手紙を渡し終えた特使は、部屋を出て、神殿内からスッと風のように去っていった。
何の事だと不思議がりながら、アンティルたち三人に見守られながら、ネロアは手紙を開ける。
そしてネロアは、目をパチクリさせる――その手紙の冒頭にあった、『告訴状』の三文字を見て。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【ヴァイス・O・ヘブン】
分類:プレイヤー
所属:命国ミレア
レベル:72
ジョブ:【聖職者】/【化神官】
命神キトァミァの化神官。もちろん国民等級は『一等』。国内の最高幹部【五造:真】の称号も持つ。
基本は物腰が柔らかい好青年で、功績を頻繁に積み上げる部下には非常に優しいが、そうでない愚か者には容赦しない残酷さを持つ。
階級制度や【Dt-Do】など、少々闇をはらんだ施策を多数実行し、弱小国だったミレアを覇権国に押し上げた賢人。
ミレアの【聖職者】は、回復・バフの図鑑とも呼べるほど、幅広く、強力な補助魔法を覚える。
ただしその分、本人は全国・全ジョブで最もステータスの合計値が低くなるほど貧弱になる。仲間のサポートに徹する以外の可能性はない極端な性能である。
命神キトァミァから与えられたスキル【命神の恩寵】は、ミレア・プレイヤーのみを対象とし、HPを全回復&全ステータスの倍増、おまけに基本状態異常も回復する。という、補助魔法の究極系のような効果。
しかし、これを一人のプレイヤーに与えすぎると、生命力のオーバーフローを起こし、爆発するというデメリットがあった……




