29.あるミレアの一件
ロジスティクス・サーガ。大陸、真東部にて。
歩行者はもちろんのこと、荷車や馬車、それから機械仕掛けの車までが滞りなく通行可能な道が、一切の複雑さもなく整然と作られた街並み。
清らかに流れる運河や、鮮やかな桜など自然と、有機的なフォルムの建造物が調和した景観。
ここは命国ミレアの首都【純都】である。
ロジスティクス・サーガのプレイヤー人口の30%を占める以上、どこもかしこも人で賑わっていた。
しかも今日は特に人の密度が高い日だった。
なにせ今日は、ミレアの英雄にして化神官、ヴァイス・O・ヘブンが、その座に就任してから、ゲーム時間で三周年を迎えた日であり、その式典が行われる日だからだ。
特に賑わっていたのは、曲線の多いモダンなデザインながらも、古来の教会のフォルムを残した神々しさの溢れるピンク色の高層建造物――キトァミァ神殿の前。
そこに集う従順なミレア・プレイヤーは、国の最高権力者の演説を今か今かと待ち望んでいた。
そのキトァミァ神殿の中にある、控室にて。
「ゲイルリンドとノルガードの到着時刻はご存知ですか?」
「もうしばらくかかるとのことでございます。結果、二人は大陸横断をすることになりますから、これは致し方ないでしょう」
角張ったフレームのメガネを丁寧に拭きながら、几帳面そうな男――【五造:尋】オルディッツ・W・キドネスはそう報告し、
「まさか【五造】二人がいながらあの調和の砦を奪われてしまうなんて。もしその経緯が経緯なら、もう隣には立ってほしくないですわ」
強気な態度を振りまく少女――【五造:関】カオン・T・レヴィーナは、式典の内容を再確認しつつ、陰口を叩く。
「まず、報告ありがとうございます、オルディッツ。
次にカオン、言いたいことは山程あるでしょうが、無事生きて帰ってこれるだけでも褒めて差し上げましょう。今日はおめでたい日だというのにギスギスしてもらっては困ります」
と、仕立てのいい、ミレアを象徴する純白の祭服を羽織った、容姿端麗という言葉がよく似合う桜色の髪を持つ青年は言った。
彼の名前は、ヴァイス・O・ヘブン――命神キトァミァに使命を授かった、命国ミレアの【化神官】である。
「ヴァイス様、開始五分前です。謁見台へ参りましょうか」
「そうしよう」
ヴァイス達は控室を離れ、道中で、何人かの従者をつけ、謁見台へ姿を出す。
その刹那、彼は一瞬、耳を塞いだ。
「「「ヴァイス! ヴァイス! ヴァイス! ヴァイス!」」」
ヴァイスは化神官になって三周年を迎えても、この群衆による大歓声はあまり好まなかった。
その理由は、今耳を塞いだ通り、シンプルにうるさいのもある。だが最もたる理由は、その『必死さ』だ。
謁見台は謁見台らしく、高い位置にあり、下の広場に集った者達を一望できる。
そして彼らは、ヴァイスからして、どいつもこいつも『俺はこんなに国のために働いているんだぞ!』と、熱量こそ優れるが中身のない愛国心のアピールをしているように見えた。
ここで嘘が真かわからない、何の肥やしにもならない忠誠を見せつけるなら、より実物が残るものを生む貢献をしろ。というのがヴァイスの本音であった。
ヴァイスは片手をあげ、集った民衆を黙らせる。そして、彼は一語一文に魂を込めるように演説する。
「私、ヴァイス・O・ヘブンが化神官に就任してから早三年が経ちました。そしてこのミレアは、ただ隣国にむざむざと資材を貪られる弱国から、世論より『覇権に最も近い』強国とされるようになりました。
ですが、私は『こうなれたのは皆様、ミレアプレイヤーの助力のお陰であります』とも、『私の改革が功をなしたためです』とも言うつもりはありません。
――まだミレアは、この大陸を制覇していない。
それが私が、この演説で最も言いたいことです。
ですから私は、全ミレアプレイヤーにより尽力を求めたいのです。
もう既に尽力している。そう言いたくなる方も中にはいるでしょう。しかし、それなら尚更、ミレアは今、覇権をとっていてもおかしくないのです。つまり、我々はまだ全力を出せていないのです。
無理をさせるようで申し訳ありませんが、私は、ここで強く、重く、申します。
生命をかけて功を稼げ! それがミレアプレイヤーに課せられた、絶対無二の義務な……」
突如として、ヴァイスの演説を黙って聞いていた民衆はどよめいた。
彼らの目線の先にて、ヴァイスが背後から一刀を受けたためだ。
同時に、謁見台へ、ぞろぞろと兵隊がやって来る。
彼らは、ヴァイス、オルディッツとカオンへ武器を突きつけ、脅しをかける。
そして、ヴァイスの背に一撃を食らわせた、白いローブをまとった男は謁見台の前方に立ち、
「覚えているか皆の衆。私こそは、ミレアの化神官、スベラゼルカである! 今ここにヴァイスは地に伏せた! 故にミレアは」
と、高らかに己の名を申した。
だが、誰一人として、これといったアクションは起こしてくれなかった。
「うんともすんとも言わんのか……何故だ、私はミレア中の教会や商圏を全て管理し、幾度となく人々の助けになった、あのスベラゼルカであるぞ!?」
「だがしかし、それ以外の仕事は全く着手せず、軍力というミレアがその時最も必要だった力を持つ、私の台頭によりその地位にいる価値を問われ、結果、化神官の座は譲られてしまった。
今現在、過去の栄光を考慮した私の一存で、一等国民の座を与えられ、一書記としてほそぼそと私について回っている」
と、ヴァイスはこっそり彼の真横に立ち、情報を補足した。
「こら、輝かしい実績以外言わなくていい……というより、何故生きているヴァイス!」
「あなた、私が【化神官】であり、ジョブ【聖職者】であることをお忘れですか?」
ミレア・プレイヤーが全体として得意とするのは『自軍の守護と補助』。
そこで元より回復・バフ魔法を得意とするジョブ【聖職者】となれば、瀕死のプレイヤーを秒速で完全回復させることなどたやすい究極の補助プレイヤーとなる。
「ぐっ、一発で決められれば……さ、流石にわかっておるわ!」
「ええ、私も貴方ならそんな基本的なことはわかっていると信じてました。
では次の質問です。こんな大事な日にこのような暴挙をして許されるとは思っていますか?」
スベラゼルカは即答する。
「ああ、許されると思っているとも! 周りを見たまえ!
この下には、貴様の圧政の元にいるが故、これまでは口にできなかったが、心の底から私を尊敬している民がいる!
ただいまこの謁見台近辺には、私が化神官に返り咲く様を切望し、武器を手に取ってくれた一騎当千の強者が五十人もいる!
これは暴挙ではない! 紛れもなくミレアのための善行で……!」
と、早口で話していたスベラゼルカは、四方八方から様々な得物を突きつけられた。そして彼の足元には、彼が言う有志が無情にも横たわり、徐々に塵に変わっていった。
「【五造】を舐めないでくださいまし? スベラゼルカ『元』化神官」
「左様です。国を憂い反逆を企てるという熱意については評価しますが、如何せん、時勢が読めていないようですね」
カオンとオルディッツ、現在のミレアの実力者たちの言葉が、過去の化神官に、図星として落ちる。スベラゼルカは混乱極まり、意味もなく、手をバタバタさせた。
このとっちらかった状況に困惑している民衆を一瞥した後、ヴァイスはスベラゼルカに微笑んで言う。
「あなたに言いたいことは山ほどありますが、まず一つだけ……反省は早急であればあるほどいいのですよ?」
だがスベラゼルカのプライドは、屈辱を受け入れられる代物ではない……それに彼はまだ、手札を使い切っていない。
「……誰が反省するものか! この傲慢野郎! その小綺麗なスカした面を、私は一度でも地べたにつけなければ気がすまない!」
スベラゼルカは何者かへチャットを繋ぎ、叫ぶ。
「先生、あれを!」
刹那、遥か遠くより、強さと速さと勢いを兼ね備えた、飛竜が如き一本の矢が、ヴァイスの首を狙って飛んでくる。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■用語説明
【ミレア】
通称:命国
神:命神【キトァミァ】
首都:純都
プレイヤー数:3000万人(総プレイヤー数の30%)
化神官:ヴァイス・O・ヘブン
命の神が抱擁する、生命溢れる神聖な国。
年中桜が鮮やかに咲く、穏やかな気候と、肥沃な大地が特徴。
かつては、この安定した土地を狙われ、日夜他国との防衛戦を強いられていたが、現在は化神官ヴァイスの残酷にも優れた政治手腕により、プレイヤー数一位の最も覇権に近い国となっている。
この国に属するプレイヤーは、仲間を守ることや、サポートをすること、総じて味方との連携が尊ばれる傾向にある。
また、近年は【Dt-Do】なる特殊な能力を付与するポーションを用い、今までにない戦法も行えるようになっている。
今日ではどの攻略サイトにおいても所属すべき国のTier1にあり、それを鵜呑みにして楽をしようとするプレイヤーが多いとのこと。




