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28.調和の砦の結着

 シュラとノルガードが調和の砦の最上階で戦っている中、そこからさらに上の屋上では、ネロアとゲイルリンドが熾烈な争いを繰り広げていた。


「【万死の薙】!」

「【穿導の拳】!」

 ネロアは闇属性を帯びた剣による斬り払いを、ゲイルリンドは竜巻を帯びた正拳突きを繰り出す。

 僅差で先に命中したのは後者――ネロアは拳のダメージと、それが帯びていた竜巻を両方受け、323ダメージ――HPの約一割を持っていかれる。


「【黒狼煙の牙】!」

 ネロアは、目にも止まらぬ早さで、闇を帯びる刺突を繰り出した。


 しかしゲイルリンドはそれを見切り、風を放って横へ移動し、ネロアになにもない空間を貫かせる。

「【刈導の脚】!」 

 直後、ゲイルリンドはネロアの脇腹に回し蹴りを与え、ネロアを屋上の隅までふっ飛ばしてしまった。


 ネロアはすぐに体勢を立て直し、紐付き剣を投げて移動し、反撃に移りやすい間合いを確保する。


「強い、ならこれはどうでしょうか……【モンスターコール・スケルトン3】!」


 ネロアはゲイルリンドを包囲するように、【マジェスティックスケルトン】を召喚する。

 スケルトンたちは自分たちが囲う大男めがけ、ただちに弓を一斉に放った。


 それと同時にネロアは己の剣に禍々しい漆黒のオーラを纏わせ、ゲイルリンドめがけ一気に駆ける。【死神の凶器】でスケルトンを生贄にし【遺言】を作るための行動だ。


「ふぁッッ!」

 ゲイルリンドはその場で大きく叫んだ。

 すると彼を中心に突風が起こる。彼一点に飛んできた矢はおろか、その射手であるスケルトン五匹は枯れ葉のように吹っ飛び、屋上から落ちていった。


「僕のマジェスティックスケルトンが、こうもあっさりと……!?」

 生贄にする対象がなければ【死神の凶器】は意味がない。ネロアは駆け足を止め、その場で構えを正し、ゲイルリンドの出方をうかがった。


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 ゲイルリンドが持つ【Dt-Do】は、『飲んだ者は一定時間、体内で風属性を生み出す』効果がある。

 以前ネロアが戦ったレイザックのそれとは、属性が違う以外は同じ効果である。

 しかし、ゲイルリンドが元来鍛え上げているフィジカルと格闘センスによって、その効果は最大限に活用され、彼を隙のないファイターとして完成させる手助けとなっているのだ。


「……どうした、その動揺は。さては、何か彼らに仕掛けがあったのか?」


「……さぁ、どうでしょうかね?」

 と、とぼけては見せるものの、ネロアは内心焦燥していた。


 ゲイルリンドが風を放ち続ける限り、【死神の凶器】は使えない。それをどう攻略するかで、彼女はひどく悩んだ。


「動かないならこちらからいくぞ!」

 ゲイルリンドは後方めがけ風を噴出し、ネロアへ急接近する。


(ジョブ【格闘家】の相手に至近距離でのせめぎ合いをするのは危うい。ここは接近する前になんとか対策をしなければ……!)

「【禍根の楔】!」

 ネロアは闇属性を帯びさせた剣を、一直線に勢いよく投げつける。


 ゲイルリンドは両腕を前に突き出し、

「【抗導の拳】!」

 前方に風を展開し、ネロアの剣を減速させる。


 完全に威力が衰えたところで、ゲイルリンドはその剣の柄を掴み、紐伝いにネロアを引っぱる。

 ネロアはゲイルリンドに近づいたところで、彼の顔めがけて蹴りを放った。

 ゲイルリンドはそれを虫が来た時のように払い除ける。

 そしてゲイルリンドはネロアの首を左手で掴んで、持ち上げる。


「どうだ、降参するか?」


「……まさか、こんな早くするわけないですよ」


「……なるほど、精神力もなかなかあるようだ。ではこちらはどうだ!?」

 ゲイルリンドはネロアの首から左手を離し、すかさず彼女の腹部めがけて、

「【天導の拳】!」

 竜巻を帯びさせた右拳で思い切り殴る。


 ネロアは拳の威力と、そこから炸裂した竜巻の威力によって、天高く打ち上げられた。


 その最中、彼女はゲイルリンドが左拳を引いて力をためながら、自分を見据えていることに気づく。あからさまな追撃態勢だ。


「【モンスターコール:スケルトン3】!」

 ネロアは自分の前にマジェスティックスケルトンを五体配置し、それらに続いて落下する。


 ゲイルリンドはネロアへ狙いを定め、これより放つスキルの適正距離まで引き付けたところで、

「【砲導の拳】!」

 左拳を頭上へ掲げる。刹那、そこから竜巻が光線のように吹き荒れた。

 竜巻はマジェスティックスケルトンを一体ずつ穿ち消滅させ、落下中のネロアに命中した。


 スケルトンが盾となって威力が削られたこと、追撃に備え防御していたこともあって、ネロアはこの竜巻のダメージを比較的軽傷で済ませた。

 しかし連続で大技を食らった故の消耗は激しく、彼女は受け身などを取れないまま、調和の砦の屋上に落下した。


 ゲイルリンドはその地点へと歩み寄り、仰向けに倒れる彼女をしかと見下すと、吐き捨てるように言った。

「戦闘力においては及第点であることはもう間違いないだろう。だが、そこ止まりか」


 ネロアは息を切らしつつ言った。

「何が、及第点止まりなのですか……」


「化神官としての力についてだ。俺の目的に近づくためのな」


「あなたの目的? 死国トードイスムカを滅ぼすことですか、貴方の上司の願いを叶えることですか、それともやはり、さっき言った通りの『弱いものたちは弱いまま』という理不尽なルールを……」


「死国滅亡も、ヴァイス様の願いも確かに大事だ。が、俺はそれを過程だと思っている。俺の真の望みは……『ある男』に勝つことだ」


 ある男とは? と、ネロアはすかさず聞こうとした。しかし、彼女は言う直前で口を閉じた。

 その時のゲイルリンドの表情があまりにも険しかったからだ。まるで、今目の前に、自分の最も大切なものを奪った敵がいるかのようだった。


「……俺はこの調和の砦に来る以前、命国ミレア南部、音国エホシャドチグパとの国境にある『防音の城』の最高指揮官として務めていた。

 今から大体三年前、ヴァイス様が当時の化神官を撃破した後、音国内の情勢は荒れに荒れ、化神官が乱立していた。

 乱立した化神官たちは、先人にならうのと、国内に自分の存在を認めさせるために、ミレアへの侵攻を行った。

 俺は防音の城の主として、その侵攻を防ぎ続けた。

 ――そこで俺は、就任から約三年の間に十七人の音国化神官と戦い、そいつら全員を二度とロジスティクス・サーガに顔を出せなくなるほどズタズタに打ち負かした」


「化神官を、十七人……!?」


「ヴァイス様から防音の城の守護を命じられた時、心が躍った。そこで実力を磨き、ある男に近づけると思ったからだ。

 ところが、そこでの経験は期待外れだった。

 なにせ音国の神はあまり質を求めないらしく、俺が出会った化神官は威勢ばかり一丁前で、中身が伴わないものばかり。

 ある程度いい勝負をした奴もいたにはいたが、腰抜けのほうが多かった。中には数回殴りつけたら大泣きして頭を下げた軟弱者までいた。全く、今思い出しても反吐が出る。

 流石にそのような粗製乱造を繰り返して音国の神も懲りたのか、今から半年前に音国化神官の所在が『非公開』になり、音国の侵略も止まった」


「そして貴方は、ヴァイスさんの命令で、防音の城の指揮官を後任に託して、死国侵略の総仕上げのためにここに再配置されたのですね」


「……察しの良さについてはヴァイス様に次ぐかもしれんな。

 正直なところ、俺は貴様がここに攻め込んできた時は嬉しかった。ついに俺にさらなる飛躍をもたらす壁となりうるとな……ところがッ!」


 ゲイルリンドはネロアの腹を思い切り踏みつけると同時に、下降気流を発生させ、ネロアを二重に圧迫する。


「カリスマ性や打たれ強さ、謙虚さなど、光るものはあるにはあったが、肝心な戦闘力については俺の障壁としては、はっきり言ってガッカリだ! よくも俺の期待を振り回しやがって!」


 ゲイルリンドはネロアを踏みつけた後、脇腹をサッカーボールで蹴り、数メートルほど転がす。


「俺は、貴様に期待をしていたのだ! 計りたかったのだ! 今の俺の実力が、『あの男』に挑むに相当するかを! しかし蓋を開ければこの体たらく! そこいらのプレイヤーに毛が生えた程度の攻撃しかできていないとは……情けないにもほどがある!」


 ネロアは仰向けの状態から立ち上がろうと上半身を起こす。しかし、すぐにゲイルリンドの蹴りで戻される。


「このままただ貴様を殴って倒すだけでは怒りが収まらん……故に」

 ゲイルリンドはネロアの両足を抱え込み、その間に自分の右足を通す。

 ネロアの足を膝上でクロスさせ、しっかりと脇に挟んでロックしたところで、ゲイルリンドは右足を軸に反転する。


 こうしてネロアは足腰を締められると同時に、呼吸が困難な状態に陥った。


「ご、ごれは……恐らくプロレス技……」


「サソリ固め、あるいはシャープシューターとも言う。正直こんなややこしい技をしなくてもいいとも思ったが、生憎パッと思いついた拷問技がこれだったのでな!」


 ロジスティクス・サーガではレーティングの関係で人体破壊描写は制限され、関節があらぬ方向に曲がったりすることはない。

 しかしダメージはきっちり入る。こうした関節技はロジスティクス・サーガにおいて、RPGなどである数ターンにかけて継続するような拘束型の技のような扱いとなっており、時間経過でジリジリダメージが入る技となっているのだ。


 ネロアは苦悶の表情を浮かべながら、実際の格闘技の試合において、選手がギブアップ時にするように、床を手で何度も叩いた。


 それにゲイルリンドは怒鳴り散らした。

「ここにはセコンドもレフィリーも存在しないし、俺は一度戦場に上がった人間の降参を決して認めない! 徹底的に自分の未熟さを思い知らせて、貴様を、貴様の主の元に戻してくれる!」


 そしてゲイルリンドは、サソリ固めを極めてから十二秒後、ネロアから発生した反発力を受けて吹っ飛んだ。

 

 この反発力の正体もまた、ロジスティクス・サーガの仕様である。

 本作において、関節技は極めの完成度に応じて拘束時間が決まっており、それを過ぎると自動的に相手から離されるという現象が発生するのだ。


 もちろん、ゲイルリンドはジョブ【格闘家】としてその仕様を知っている。ふっ飛ばされた際も特に驚かず、冷静に着地した。

 しかし、その直後、ゲイルリンドは目を見開いて驚いた。


「【黒狼煙の牙】!」

 着地するや否や、ネロアはゲイルリンドの背中に闇属性を帯びた剣を突き立て、さらに彼をふっ飛ばした。


「な、まさかあれだけ痛めつけられたにもかかわらず、こんなすぐに反撃を……!」


「この時を待ってカウントしていたんですよ僕は!」


 先程説明した、本作における関節技の仕様。それは経験者であるネロアだって知っていた。

 だから彼女は、ゲイルリンドのサソリ固めを食らった瞬間に、その完成度から自分は何秒拘束されるかを大まかに計算した。

 ギブアップのモーションに見せかけた秒数計測を行い、タイムアップと同時に弾き飛ばされたゲイルリンドへ逆襲するタイミングを見計らっていたのだ。


「ゲイルリンドさん、貴方の格闘技のセンスは本物だと思います。ですが、生憎ここはゲームの中ですから、そこの勝手を知っているかにおいては僕の勝ちだったようですね」


「たったそれだけで全てに勝ったつもりになるな!」


 ゲイルリンドは踵を返し、追い風を起こしてネロアに急接近する。

 対してネロアは剣を右から左に、闇属性を帯びさせながら振るう。


「【万死の薙】!」

 ゲイルリンドはこれを見切り、左腕を横に出し、装着した小手でその刃を受け止めた。

 ところがその直後、ゲイルリンドの体勢は揺らぐ。

 剣を受け止められたと同時に、ネロアはゲイルリンドのスネめがけ、左足でローキックを放ったのだ。


 ゲイルリンドは体勢を立て直そうとした。

 ネロアは再び剣に闇属性を帯びさせて、

「【禍根の楔】!」

 ゲイルリンドの身体の中心を狙って突きを放ち、彼を後方へと押し倒した。


 ゲイルリンドは背面から風を起こして、バク宙の要領で立ち上がる。そして構えや呼吸を安定させるために、一旦後方へ避難した。

 するとネロアは彼を追って駆け、至近距離で何度も剣を振りかざした。先程の間合いを意識した戦闘スタイルから一変、インファイト的なスタイルである。


(押してダメなら引いてみろ。ですよ。ゲイルリンドさんが風を生み続ける限り、間合いの是非なんて意味はありません。だとしたら、あえてこの人が得意な至近距離で挑み続けるべきです! あちらがそう求めていたように、僕もゲイルリンドさんを、さらなる飛躍をもたらす壁に見立てて、ね!)


 ネロアの怒涛の連撃によって、ゲイルリンドのHPも徐々に減っていく。

 当然、ゲイルリンドは黙って斬られるつもりは一切ない。彼女の攻撃の合間に、得意の拳をお返しした。

 すると彼女はそれへのお返しとして、数回にわたる剣技をお見舞いした。


 ゲイルリンドはネロアより二十センチほど体格に優れている(これは決してキャラメイク時のサバ読みではない)。

 それ故に本人が意識していないところで、動きが僅かに大振りになってしまい、ネロアの巧みな剣技が入り込む余地が生まれてしまうのだ。


 そこを活かし、ネロアはゲイルリンドとのHPの減少割合を、徐々に近づけていった。


 このままでは天秤が逆転してしまう。それを恐れたゲイルリンドは打って出る。

「もう一度食らえ! 【天導の拳】!」


 ゲイルリンドは、ネロアの腹部に強烈な拳と、竜巻を叩き込み、彼女を上へ吹き飛ばす。

 ネロアは竜巻に飲まれ、凧のように天へと昇っていった。

 そのダメージは凄まじかった。だが彼女のしぶとさも凄まじかった。HPは、かろうじて二割弱残っていた。


 ネロアは下にいるゲイルリンドへ向け、こう叫ぶ。


「確かに、僕はあなたが望んでいるような、純粋な強さはないかもしれません! ですが、残念ながら、僕はいくつかの分野において精通して得た『強み』があるんですよ!」


「……劣勢に追いやられたといえど、あれだけ軽口を叩ける余力があるか。まず一つ目の強さは『諦めの悪さ』だろうな。

 ……では残りのそれを死国の土産代わりに真っ向から叩きのめし、俺の糧にしてやる」


「上等です!」


 ネロアは自分の周りに【マジェスティックスケルトン】を召喚し、それらと共に、ゲイルリンドのいる調和の砦最上階へ落ちる。同時に、黒いオーラを纏わせる。


「死神のオオオーッッ!」


「今度は上空で、あの正体不明の化神官のスキルを……少し距離が足りないが、やむを得ない! 【砲導の拳】!」

 

 右拳を上空に突き上げ、そこから竜巻を一直線に放つ。


 これを受けてスケルトンは木っ端微塵になり、遥か遠くへ落ちていった。ネロアは、竜巻の中心で風力を上手に受け、高速回転していた。

 スキル【砲導の拳】は、近接戦闘をメインとするミレアの【格闘家】において貴重な遠距離攻撃ではあるが、こうしたスキルにありがちな弱点として、射程距離が足りない。

 ネロアにまで届いたときにはもうダメージがほぼ生じることがないただの風になってしまうのだ。

 

 そしてネロアはその回転を保ったまま、右足を突き出し、ゲイルめがけきりもみ回転を起こしながら落下する。


「なるほど、今回の化神官の技はブラフであり、真の目的は竜巻を利用したきりもみキックか! ならば!」


 ゲイルリンドは迫りくるネロアへ視線を向け、ボクシングのガード姿勢を取り、

「【抗導の拳】!」

 自分の前面に空気の壁を作り上げる。

 そしてゲイルリンドは構える。ネロアの攻撃を受け切った瞬間、彼女に渾身のカウンターをぶち当てることを。


「さあ来い、ネロア殿! 貴様の果敢な一撃に、俺は堂々受けて立つ!」


 それを実行する時が来た。ネロアのきりもみキックが、空気の壁に激突する。


「【堕落の衝】!」

 そして目論見通りの一撃が、ゲイルリンドの頭に命中する。


 ついさっき、ネロアは空中で、【マジェスティックスケルトン】を召喚した後、剣に黒いオーラを纏わせて、『死神の』と言っていた。


 ゲイルリンドはその状況から、彼女が『化神官の技』、つまり【死神の凶器】を放つと読んでいた。


 だが、それは大きな間違いであった。ネロアが本当に放ちたかったのは、発動時と命中時の高低差に応じて大ダメージを与えられる、スキル【堕落の衝】である。


 ゲイルリンドが早めのタイミングで【砲導の拳】を放ち、それの風を浴びた時に、ネロアは黒いオーラ――通常の闇属性エネルギーを帯びた剣を、上方向にこっそり放り投げる。

 

 それから『きりもみ回転キック』という二つ目のブラフを仕掛け、【抗導の拳】も早いタイミングで使わせた後、遥か空中で、今か今かと彼に落とされるのを待っていた紐付き剣を一気に引っ張り、ゲイルリンドの脳天に与えたのである。


「ぐ、ぐおぉぉ……」


 ゲイルリンドは頭の衝撃によってふらつき、やがて両膝を突いた。


 ネロアは彼の前に立ち、動きに警戒しながら、呼吸を荒くしながら、回復アイテムを貪っていた。


 基礎的な戦闘技術においてはゲイルリンドが上手だったかもしれない。

 しかし、ロジスティクス・サーガというゲームのプレイング技術は、ネロアが明らかに上手だった。


 この逆転劇は、その二人の分野の違いが招いた結果だろう。


*


 調和の砦、最上階にて。


 ノルガードは、しゃかりきに刀を振り回していた。

 シュラと、リュート――本人はバッファーに徹したかったが、シュラがノルガードのヘイトを散らすためにとかこつけ、前衛に出された――は、それぞれの得物で受けるか、かわすかをして、守勢を保っている。


「んもー、こいつヤバすぎ! 防御力を無視して攻撃できる剣とかセコいでしょ!」


「だからと言って何でも斬れる訳では無いのは幸いだ。『受け止める』という術を取れるのだから」


「ああ、そりゃ幸せそうでこちらも結構だねぇ! けどこの手数、果たして全部防げるかなぁ!」


 ノルガードはより一層がむしゃらに、滅茶苦茶に剣を振り回した。もしもこれを剣術の師範か達人かに見せれば、怒り狂うことは必至なくらいのクレイジーさだった。


「ねぇ、シュラちゃん! いつもの【文神のなんたら】使って、こいつをどうにかできないの!」


「さっき見ただろ、ノルガードの素早さは尋常じゃないから当てるのがつらい。刀に【文神の執筆】をかけようとも思ったけど、あの刀に塗られた【Dt-Do】の効果は効きそうにないんだよねぇ」


「うそーん! じゃあもう下手したらガチでコイツに殺されちゃうの!? 化神官でしょ、シュラちゃんもヤでしょ! こんなオゲレツな奴に化神官が殺されるなんて!」


「とはいってもそれはそれで面白くないかな? ロジスティクス・サーガの最高位に立ったプレイヤーたちが殺されるなんて。

 それも、片田舎の心底どうでもいい悪党から、くだらない理由で人を殺し回って、しょうもない負け方をして住処を追われて、たまたまラッキーだっただけで一国の大幹部に成り上がったプレイヤーに殺されるなんてさ。ほら、ギリシャ悲劇とかシェイクスピアみたいに……」


「ぬうぉいゴラァァッ!」

 そう怒号を発しながら、ノルガードは激情任せに剣を床に突き立てた。

 多少の落ち着きを取り戻し、刀を丁寧に引き抜いてから、


「誰がどうでもよくて、くだらなくて、しょうもなくて、たまたまラッキーだっただけな、オゲレツ野郎だとォォ!?

 それはテメーらだろうが! さっきから化神官らしい威厳のある戦い方をしないどころか、ろくに反撃の手を打ってこない。ただ僕の攻撃を受けるだけで……だったらもう早く三枚おろしになりやがれこの雑魚ども!」

 と、答えを返しながら、憤り、ますます乱暴に刀を振り回す。


 シュラは少し後退し、レイピアをペンに戻してしまい、

「それはどうかな? ひょっとしたら、『手』はうってある……んじゃあないかなぁ? だからその『手』には、気をつけたほうが良いと思うよ!?」

 手をパタパタさせて、おちゃらけて見せる。


「その手には乗らねーぞ! お得意のキザな態度で僕をおちょくって、僕の剣技を荒っぽくさせようとはなぁ!」


「いや、あなたの剣技はもうだいぶ前にグッチャグチャになってませんでした?」

 と、リュートは小声でツッコんだ。


 ノルガードは、レイピアを手放し無防備になったシュラへ、容赦なく刀を振るう。

 だがその刀は、突如宙を舞い、明後日の方向に突き刺さる。


 己の渾身の神エイムにより事を成し遂げ、しばらく話の輪から外れていたがための怒りをふっ飛ばすほどの爽快感を得て、アンティルは一言。


「おら、シュラ。お前が遠回しに言ったように、『手』を撃ったぞ」


 よろしい。と、シュラは後ろのアンティルに感謝してから、震える手を擦るノルガードを見て、芝居じみた過剰な笑みを浮かべる。


「あれから三年、ミレアへ行ってから君も君なりに磨きをかけた部分はあったんだけど、その時の最大の欠点は、記憶の奥に押し込んだのかな? 

 かろうじて覚えているかな? あの時は銃じゃなくてボクの攻撃だったけど、大事な剣を弾き飛ばされた途端、何もできなくなったことはさ。

 いやぁ、脱帽したよ。君の取るに足らなさにね。まさか、折角ボクが、これから面白い物が見れるだろうと、期待を込めて釈放したら、まさかただ剣に塗る薬貰えただけで何も成長していないとはねぇ……」


 ノルガードはシュラのボヤキをガン無視し、大急ぎで刀を取りにいった。

 リュートはその前に回り込み、アンティルも彼に照準を合わせた。

 

 そしてノルガードが後先を考えず落ちた刀に手を伸ばしたその時、突如天井が砕けた。

 砂埃や破片が舞い、シュラとノルガードたち四人はそれに巻き込まれないように部屋の隅に逃げる。

 場がある程度落ち着き、視界も晴れたところで、四人が部屋の中央を見ると、降り立ったネロアとゲイルリンドが疲労困憊の体で向かい合っていた。


「おう、よく来たねぇゲイルリンド! これにて共同戦線といこうじゃんか!」

「ネロア君! まず無事でよかった! 安心してくれ、ここからはボクも手助けを……」


「ノルガード殿、これは俺の問題だ! 気安く首を突っ込もうとするな!」

「シュラさん! ここは引き続き僕にやらせてください!」


「「あ、ああ……」」

 

 二人を黙らせた後、ネロアとゲイルリンドは構えを正す。


「……まだ続けるおつもりですか」


「ああ、お互いまだ余力が残ってるだろ……」


「そうですか、では……!」


 そして二人は、各々の味方が見守る中、一歩二歩と踏み出し、お互い攻撃を放つ。


「おいちょっと待てゲイルリンド! 今、チャットが来てるぞ!」


「!?」


 ゲイルリンドは急遽正面で向かい風を起こし、後方にいるノルガードの元へ跳んだ。

 そこで二人は、ネロアたちの出方を伺いつつ、チャットに出る。


 それが終わるや否や、二人は言った。

「タイムアップか……やむを得んな」

「……僕個人としては、キリがいいと思ってるけどねぇ」


 その時、崩れて穴が空いた天井から見える空に、戦闘ヘリが滞空していた。


 そのヘリからロープ製のはしごがスルスルと、ゲイルリンドたちのいる部屋へと下って来ている。


 ゲイルリンドはそれを一瞥してから、ネロアたちを一通り見て、高らかに宣言した

「我々は貴様らの望み通り、この要塞から撤退する。だがな、決して忘れるな! どのような行いにも、『報い』があるのだとな!」

「ま、それまでせいぜい仮初めの勝利にでも酔ってるといいさ! ヒヒヒッ!」


 そして二人は勢いよくジャンプし、垂れ下がったハシゴに捕まる。


「んやろう! こんなところで逃がすか!」

 アンティルは銃口をヘリに向け、彼らの撤退を防ごうとした。


 するとネロアはアンティルの銃に優しく手を置いて、言った。

「ごめんなさい、さっきは強がってました……ここは、『調和の砦を落とす』という最大の目標達成だけ、噛み締めておきましょう」


「お、おう……」

 アンティルは素直に銃を下ろした。

 ネロアが今、平然と立っている。けれども、その表情は不自然に明るかった。

 アンティルはそれなりに長時間行動をともにしているからわかる、これは、彼女がヤバい時にする顔だ。


 リュートはドンドン小さくなっていくヘリを見上げて、

「ま、総大将二人は逃がしたけど、これでトードイスムカの侵略は一旦おさまるね」


「ただ、あの二人の捨て台詞。あれは現在のミレアが言うにしては、説得力がありすぎる」

 そう言った後、シュラはネロアへ向かって、


「ま、ひとまず勝利おめでとう、ネロア。これでトードイスムカの復興に一歩前進だね」


「……はい、ありがとうございま」


「どけ、お前らどけ!」

 突然、ネロアは何者かに体当たりされ、尻もちをついた。

 その者は、元は高貴な身なりだったはずのズタボロの装備を身に着けたミレア・プレイヤーであり、彼はヘリを見上げて、神に祈るように手を組み、肺の空気を一瞬で使い切るつもりのように、全力で叫んだ。


「ゲイルリンド様、ノルガード様! どうかこの俺をお助けください!

 俺は貴方がたのために、ミレアの栄光のために、一等国民としての務めに一所懸命向き合っていました!

 侵攻の際は、誰よりも前線に立って敵を倒しました! 砦内で風紀の乱れや下等国民の不正を見つければ、今後我軍に一切のたるみが生じないように厳格かつ合理的な処罰を行って参りました! 例え無償の労働だとしても不満のふの字も漏らさず取り組みました!

 ゲイルリンド様、ノルガード様! そのような献身的な国民を、どうかお救いくださいま」


 このミレア・プレイヤーの叫びは、現れた時と同じく突然に終わる。

 背中に電撃が直撃し、彼は塵のエフェクトを発しながら消えたためだ。


「あ、こんなところに居たのか……悪いなネロア! コイツが戦ってる最中にチョコマカ逃げ出してよ……」

 と、エマヌエスが部屋の出入口から顔を出し、頭をかきながら言った。


 ネロアはアンティルに手を貸してもらい立ち上がってから、周りに言った。

「ゲイルリンドさんが言っていた『報い』。これは思ったよりも早く訪れそうですね……」

 

 当時の『調和の砦』の兵数、約400万人。対してトードイスムカ軍、初期人員、約130人と、騒ぎを聞きつけ乗っかりに来た約20万人。

 この圧倒的兵力差を覆し、トードイスムカはついにミレアの侵略の切っ先を打ち砕いた。

 その立役者にて総大将、ネロア・ルォーナピアナ。彼女は、そんな偉業を成し遂げたにもかかわらず、誇ることも、喜ぶこともできずにいた。


【完】

ロジスティクス・サーガ・データベース


■キャラクター紹介

【ゲイルリンド・A・ハング】

 分類:プレイヤー

 所属:命国ミレア

 レベル:77

 ジョブ:【格闘家】


 トードイスムカ侵略軍の最高司令官の片割れ。国民等級『一等』にして、【五造:排】の称号を持つ大幹部の一人。

 愚直に真面目。主であるヴァイスの命令にはほとんど忠実。

 かつて、音国エホシャドチグパで十七人もの化神官を完敗させ引退に持ち込んだという偉業を持つ豪傑でもある。

 この実績に限らず、何やら化神官と戦うことに特別な思いを抱いているようだが……?


 ミレアの【格闘家】は比較的素早さは伸びないが、その分物理攻撃力・防御力が伸びやすく。どしっと構えて相手を叩き潰す戦法を得意とする。

 自分専用の【Dt-Do】を飲み、風属性エネルギーを生み出すことが出来る。

 シンプルな効果だが、推進力を得て移動力をカバーしたり、打撃の威力を上げたりなど、とことん応用している。


 ゲイルリンドはGale(英語:強風)と、伝説のドラゴン『リントウルム』のもじり。

 真ん中のAはエアロの略。

 ハングはLung(英語:肺)のもじり。

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