26.調和の砦の双頭
トードイスムカ軍が調和の砦に侵入してから約一時間後。
ネロアは数多のプレイヤーを撃破しながら、要塞上層部へとたどり着いた。
「おっ、あの懐かしの群青髪は……ネロアだな」
そこで偶然にも、アンティル、リュート、シュラ――見慣れた三人と合流する。
「ぜぇ、ぜぇ、ここまで戦い抜くってさ、アタシすごくない? メチャクチャ大変だったよー、これ……」
「リュート、お前はただバフ振り撒いてただけだろ? もう飽きてきたぞ、その奮闘してるアピール」
「こらこらアンティル君、あんまりリュート君をディスると、後々よくないこと起こるかもしれないよ?」
「はいはい、そんときは土下座でもなんでもしてやるよ……さて、ネロア、こっからどうする? ぶっちゃけもうほぼ答えは決まってると思うけど」
そう言いつつ、アンティルは得物の銃で、横にある、これまでここで見てきた中で最も重厚で工夫の凝らされた扉を指す。
「こちらへ進みましょう。もし皆様がよろしければ、ですが」
「オレっちはもう覚悟はできてるぜ」
「アタシも大丈夫! さっさと終わらせて帰っちゃいましょうよ!」
「この攻略戦の大将は君なんだから、いちいちボクたちの意見なんか聞かず、堂々とやっておくれ。そしたらボクは黙って見てるからさ」
三人の言葉をしっかりと聞いた後、ネロアはうなづき、扉に手をつけ、
「では行きましょう、アンティルさん、リュートさん、シュラさ……」
「どけどけどけ! トードイスムカの最強ギルド、『仮面ジャイアンツ』の邪魔をするなぁ!」
全員仮面をかぶり、重さと硬さに全振りした装備を纏うが、その割にはやたら素早いという珍妙な四人組に、跳ね飛ばされ、先に扉を開けられた。
アンティルはそれを見て、一度舌を鳴らす。
「空気読めよ。最強なのかはともかく、人としては最低だろうよ」
ネロアは何事もなかったようにスッと立ち上がって、
「まあまあ、これくらいは大目に見てあげて、私たちも行きましょう」
ようやくネロアたち四人は扉をくぐる。
そこはかなりの身分が高い者の部屋のようで、ステンドグラス張りの天井が見事な空間だった。
「ぐえええ!」
「バカな! この強靭な鎧がまるで機能しないなんて……」
「こんなの、仮面ジャイアンツの面潰れじゃねぇかよぉ!?」
そして今、その部屋の中央で、先程ネロアを跳ね飛ばした重装備集団が、まるで紙切れのように切り刻まれて消滅した。
プレイヤー死亡時のエフェクトの塵が消えると、四人の視界には、ピンク色のマフラーをたなびかせた細身の男が、ピンク色の光をたたえた刀を振り回しつつ、狂気的な笑みを浮かべて立っていた。
「よぉ〜、やっぱりここまで来ちゃったかー、ネロアく〜ん」
「貴方は、一体何者……?」
「ノルガード・K・レン。【五造︰被】って称号も持っている」
そう男が名乗ると、シュラはほう。と、うなってから、
「ノルガード・K・レン? 前あったよりもだいぶ小洒落た名前になったじゃないか」
するとノルガードは、アンティルの姿を円で囲うように剣先を回しながら言った。
「シュラよぉ、そこの失踪者から話聞いてなぁい? ミレア国民は、『階級』に応じて決まった命名法則で改名を強いられるってさぁ」
「そうなんだ。ミレアではラストネームを名乗れるのは一等国民だけなんだ。さらにその内、ミレアの大幹部である【五造】は、ミドルネームにアルファベット一文字を入れているんだ。
……てか、シュラ、アンタなんでアイツとフツーに話してんだ? やっぱアイツと知り合……」
「だとすると、君はミレアで大出世したようだね……ある意味感慨深いよ」
「シュラ殿。かの者とは如何なる運命の交差があったのですか?」
「話すと長いからまた今度で。それと……アイツはボクたちに任せてくれ」
ネロアは、化神官としてのキャラを崩して、
「えっ、どうしてですか……」
シュラは、部屋の隅に伸びる、この豪華な部屋にミスマッチな、無骨な作りをした急な階段を指して言う。
「多分これを登っていけば、もう一人の【五造】、ゲイルリンドがいるはずだ。『調和の砦を制圧した』とするには、彼の方をトードイスムカの化神官が倒したほうが格好がつく。それが当然だろう?」
「ですが」
「じゃあこれ以上の言葉はいらない。さっさとトードイスムカの化神官の役目を、侵略者の親玉を討ってきてくれ。ボクはここで、奴らに利用された復讐をしとくから」
「シュラさん……アンティルさんとリュートさんは? 大丈夫ですか」
「今回はネロア一人に華をやるよ。ノルガードはオレっちらが食い止めるから、安心してゲイルリンドと戦ってこい」
「アタシは調子悪いんでここに残りまーす」
「……解した。僕の背中、ここに預ける」
ネロアはシュラたちを置いて、階段を駆け上がる。
ここまでの一部始終を、大人しくして見ていたノルガードへ、シュラはこう告げる。
「君にしては大人しくしてたね。ノルガード。何か具合でも悪いのかい?」
「なんせ相手が、ヨヤアサの化神官と、元上司を平気で呼び捨てにするミレアの失踪者とプラスアルファっていう、斬りごたえがある相手だからねぇ。さっきの雑魚みたいにスパスパ斬っては、楽しくないだろう?」
「名前や国籍や立場変わっても、ノルガードはノルガードか……さ、御託はこれくらいにして」
「いいとも、やってやろうじゃんか! たぁんと見せてやるよ! ノルガード・K・レンの『殺陣』とやらをねぇ!」
と、叫んだ後、ノルガードは腰に下げた瓶を持ち、得物の刀に中身――【Dt−Do】を豪快にかけた。
*
階段の向こうは、調和の砦の屋上だった。古代の遺跡のように隅にいくつかある柱以外の遮蔽物はない。青空と、砦から放たれるピンク色の照明の輝きだけが辺りの景観を作っていた。
高所故の強風が吹き付ける中、階段を登りきったネロアはそのまま真っ直ぐ、数歩歩く。
そしてネロアは、強風を浴びながらも一切不動のまま正座をして、自分を待っていた男と目を合わせる。
「……久しぶりだな。ネロア・ルォーナピアナ」
ネロアは、敬意を示す相手に合わせ、自らも正座をし、面識があるため普通の口調で相手に返す。
「こちらこそ久しぶりです、ゲイルリンド・A・ハングさん。あの電車以来ですね」
「……つくづく皮肉な物だな。ただ電車内でちっとばかし『勇敢だ』と思った者が、まさかこんな形で再会するとはな……」
「僕も予想外でした。一瞬会っただけの印象ですが、あんなに礼儀正しくしたたかな方が、僕の愛する死国トードイスムカを滅ぼそうとしていたなんて。
それも、本来ならば自分たちの味方であるはずのプレイヤーを差別し、搾取しながらとは」
ゲイルリンドは眉一つも動かさず、真顔のままネロアに尋ねる。
「……アンティルから聞いたのか?」
「ええ、アンティルさんから聞きました。一時はその差別の最下層に落とされ、酷い仕打ちを受けたとのことです」
「……それが?」
「そ、それが……?」
「それがどうしたと聞いているんだ。奴は俺の管轄じゃないから何をしでかしたか詳しいことは知らないが、奴は最下層に落とされて当然のことをしたから、そうなったまでだ。
弱いものは弱いものである限り、それにふさわしい無様な処遇を受け続ける。これはミレアの法でもなんでもなく、この世の通りだ」
「だとしてもかわいそうだとか思わないのですか? 貴方はきっとそういう配慮もできる方だと僕は信じていますのに」
ゲイルリンドは床を右人差し指で三回つつきながら、
「……少しは思うことはないのか。この下で散々、取るに足らない雑魚どもを蹴散らしてきた身としてな」
ネロアは一瞬動揺しながらも、反論を出そうとする。
だがその直前、ゲイルリンドは片膝立ちに姿勢を変えて、こう言い放つ。
「タイミングが非常に悪くて申し訳ない。化神官就任、おめでとうございます……そして、貴様は何のために化神官になった!? ここで俺に説法するためか!? 弱いものたちを虐め倒すためか!? さぁ、何だ!?」
「それはもちろん決まってますよ……」
ネロアはすみやかに立ち上がり、剣を引き抜きつつ、堂々と言い放つ。
「あなたのような残虐な方々を倒し、この死国トードイスムカを守るためですよ!」
「……まさか貴様もそれを言うとはな……」
ネロアがこの小声のつぶやきを聞き、首をかしげる中、ゲイルリンドも彼女に合わせて起立する。
「ならば遠慮なくかかってこい。そして俺を倒してみせろ!」
強者特有の感覚というべきか。ネロアは剣を、ゲイルリンドは右拳を、ほぼ同時に構えた。
直後、ゲイルリンドは左手で、腰に提げた自分の【Dt-Do】を取り出し、素早く口にする。
この間、ネロアは何もしなかった。
剣投げやスキルなどでの妨害も考えていたが、そんな安直な行動がゲイルリンドに通用するはずがない。
彼女はそれを、ゲイルリンドから放たれる、これまでのミレア・プレイヤーとは明らかに違う風格から察した。
ゲイルリンドはDt-Doの瓶を腰に戻し、両腕で構え直し、
「では、征くぞ……!」
嵐のように轟々と音を鳴らして、深く深く深呼吸する。
刹那、屋上に吹き付けていた突風が止んだ。
その代わりに、ゲイルリンドを中心に、それと同等の勢力を誇るつむじ風が発生する。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■用語説明
【アイテムボックス】
プレイヤー一人ひとりがいつでもどこでも使える、アイテムを収納する特殊な空間。
ここにモノを出し入れする時は、そう思いながら虚空に手を突っ込むとアクセス出来る。
ちなみにいくらでもモノをツッコめるわけではなく、ちゃんと容量が定められている。
この容量は所属国やジョブによって変わってくる。基本、ジョブ【重装士】はどこでも最大値を持つ。
もちろんここには武器や装備を収納できるが、ある程度慣れていて、かつ、そこまでかさばらない武器を使うプレイヤーは、ここに入れず、肌身放さず持っていることも多い。




