25.調和の砦の惨劇
死国トードイスムカにて。
ピンク色を帯びた西日の光が、灰色の大地に射す時、その奇抜な色の原因となっている『調和の砦』は、ひどく騒がしかった。
「おらおらぁ! クソ食らえこの覇権持ちのミレア国民ども!」
「大人数で寄ってたかっていじめやがって! もう許さねぇからな!」
ネロアの正攻法のような奇策により、トードイスムカ・プレイヤーが侵入したのだ。
彼らの闘争欲求、あるいは復讐心は凄まじく、目に入るミレア・プレイヤーをトントン拍子で教会送りにしてしまうのだ。
調和の砦・最上階では、ゲイルリンドとノルガードが必死で指揮を取っていた。
「貴様らは本当にミレア国民か! 皆一致団結さえすれば、要塞一つ守ることなどたやすいだろうが!」
『ゲイルリンド上民! そう言われましてもこいつら一人ひとりが戦い慣れしすぎ……ぎゃぁぁあ!』
「ノルガード殿、そちらからはどう連絡が来た」
「今来た、そんで死んだ。けど、大体八十人くらいがチャットしながら死んでくれたおかげで、何となく奴らの行動がわかってきたよ。
奴らは侵入してからの方針は特に無いらしく、目に入ってる連中を片っ端から殺して回っているらしい。それも個々人バラけてさ。
ま、トードイスムカのプレイヤーはソロバトルが強いっていうから、これがベストな作戦なのかもね」
「……ネロア・ルォーナピアナもか」
「ええ、まさかの彼女もソロなんですよそれが。それでいて要塞内の兵隊をボコスカしてるんだからすごいねぇぇへへへ。おっと、ごめんね変な笑い方してさぁ。
あと、なんかしれっとシュライベン=ブラット=グリュムっていう人も混じって戦ってるけど、この人についてはなんか感想ある?」
「……静かにしてくれ。今、大事なチャットをする」
「大事なチャット……ヴァイス様か」
ミレアの化神官、ヴァイスとのチャットが繋がるや否、ゲイルリンドは言う。
「誠に申し訳ありません。調和の砦が、現在被攻撃中にあり、そして戦線が瓦解寸前となっています」
『あの調和の砦が危機的状況とは……寝耳に水です。ゲイルリンド、貴方の下手な冗談ではないですか? 無理をして気休めのチャットなどしなくても構いませんよ?』
「……いいえ、本当です。実に悔しい話ですが」
『そうですか……』
チャットの向こう側で、何らかの機械操作の音がした後、ヴァイスは言った。
『ただいま自由国に配備されていた航空機をそちらへ飛ばしました。おおよそ二時間ほどでそちらへ到着するでしょう。ゲイルリンド、ノルガード、二人はそれまで無事でいてください』
「はっ、仰せのままに」
ヴァイスのチャットを終え、ゲイルリンドはノルガードに言う。
「ノルガード殿、暴れたいか?」
「おう、もちのろーん! 滅茶苦茶戦いたいさ、トードイスムカのクソ野郎達とねぇ!」
*
調和の砦、低階層。
そこはまさしく地獄とも言える有り様であった。
日々の辻決闘で仕上げた殺しの腕をノーリミットで炸裂させる、トードイスムカ・プレイヤーたちに、ミレア軍たちは成す術がなかった。
いわゆる命国ミレアの実力者である、二、三等国民もそこにはいた。
しかしその積み上げてきたものが砂上の楼閣であることを知らしめるかのように、ギルドマスター級のトードイスムカ・プレイヤーたちがそれらを上級者と知らぬまま踏みにじった。
中でも、地獄の主と言えるほどの八面六臂の活躍を見せるプレイヤーが一人。
「【死神の凶器】!」
「ぐはぁっ!? 一撃死だと!?」
「しかも、何か剣が飛んでく……」
「やべぇ……何だこの状態異常……」
そう、死国トードイスムカの化神官、ネロアである。
彼女の固有のスキル、【死神の凶器】は広範囲に確率死をもたらすだけでなく、それで死んだプレイヤーから、さらなる絶望を呼ぶ霊魂――命中した者を、通常の物の上位互換である状態異常にする、七種の【遺言】をドロップさせる。
ネロアはそれを容赦なく使い、次々と、ぞろぞろと立ちはだかるミレア軍を蹴散らしつつ、たった一人で、上階へ登っていった。
この技の使用上、巻き込む味方がいない方が都合がいいのだ。
「き、来たぞ! 死神が来たぞ!」
「俺たちは下階の雑魚どもとは違うんだ!」
「さっきの作戦を使うぞ! やれーッ!」
ミレア軍も黙ってやられるほど甘い者たちでは、決して無い。
ネロアが次の階に上がり、十字路に差し掛かった途端、アメフトプレイヤーめいた重厚な鎧を着る、ジョブ【重装士】の巨漢三人が、廊下を閉ざす壁のようになって、左を除く三方向から突進してきた。
ネロアは迷わず左にある廊下へ逃げる。するとその先で二十人ほどのプレイヤーが待機していた。
「よーしよくやった! 後はここで挟み撃ちにしてやる!」
「命国式兵法、『壁と弾幕』の強さを見せてやる!」
「死神さんもこの人数差は無理だろう! かかれーッ!」
正面にいるミレア軍のうち、近接系のジョブのプレイヤーが突撃すると同時に、遠距離系のジョブのプレイヤーは魔法や矢弾を放ってくる。
ネロアはまず迫ってきた矢弾を正確に斬り落とし、剣を天井へと投げる。
そこから剣の柄に結びつけた紐を用い、ターザン方式でジャンプ。突撃してきたプレイヤーたちを飛び越すや否や、後衛のプレイヤーの前に降り立った。
「すまない。此の戦法は既知にある」
「ヒッ、ヒィィィィ! 助けて!」
「お、おおおい前衛!? 早く戻って来い、でないと……!」
「な、なんで順番通りに戦わないんだよテメェェェ!」
ネロアは怯える後衛のプレイヤーたちを、シンプルな剣技で全滅させる。
せめてもの抵抗をしようとする者は、誰もいなかった。
一手遅れて、前衛のプレイヤーがUターンして戻って来る。
「【禍根の楔】!」
ネロアは牽制として、闇属性を帯びた剣を一番前のプレイヤーへ投げつけた。
「うごおぉぉ! 俺はここでネロアに一矢報いて二等に昇格するんだぁぁぁ!」
そのプレイヤーは決死の思いで、飛んできた剣を掴む。しかし攻撃の威力を殺しきれず、剣は胴の中心に思い切り突き刺さってしまい、消滅した。
それでも彼の努力は無駄ではなかった。彼が消滅した後、突き刺さった剣は廊下にボトッと落ちたのだ。
「よっしゃ! これさえ使えなければ奴は何もできないはず!」
別のプレイヤーはそれを拾い、ネロアに回収させないようにする。
それと同時に、二人のジョブ【武士】のプレイヤーが、槍を突き出した状態でネロアに突っ込んだ。
対するネロアは、単純に剣に結びつけた紐を強く引っ張る。
「うわーっ! 引っ張られるー!」
剣を拾ったプレイヤーは足の踏ん張り具合が弱く、ドテンと前のめりに転び、ネロアの元へと引きずられていく。
(普通に剣を拾い直すよりも、武士二人の接近の方が早そうですね……こういう時は、これで対応しましょうか)
ネロアはピンと伸びている剣の紐に右足を掛け、すぐさま後ろ蹴りの要領で背面に伸ばす。 これに連動して剣は強く引っ張られ、それを掴んだプレイヤーの手から離れた。
ネロアは紐を引っ掛けたまま、斜め後ろで円を描くように右足を回す。紐付き剣を右足に絡ませ、ヒールのような状態にした。
そこからネロアは間近に迫った武士二人の右側めがけ、跳び蹴りを放つ。
右の武士はネロアに顔を踏まれた状態で仰向けに倒れる。それと同時に剣先が首に突き刺さり消滅した。
「【万死の薙】!」
間髪入れず、ネロアは左の武士に回し蹴りを食らわせる。
「ど、どういう攻撃だよそれぇッ!?」
だいぶ遅れてのリアクションを取りながら、左の武士はダメージを受けて壁にもたれかかる。と、同時に無意識ながら持っていた槍を手放してしまった。
ネロアは、抵抗手段を失った武士へ、連続で蹴りを放つ。無数の刺突と打撃を受けてHPをゴリゴリ減らされて倒れた。
直後、三人のプレイヤーがネロアへ接近する。
(まったく、剣は手で振って使うに限りますね……)
と、思いつつも、ネロアは素早く的確な足技でプレイヤーたちを圧倒していく。
「こ、こんなの命国式兵法に載ってないよぉ……」
「だ、誰か! 『剣を投げたり、足に付け替えたりして戦うトードイスムカの化神官』の弱点て知らないか!?」
「知らねーよ! 全部ここ以外で戦えるかわかんねーしよおッ!」
「「「うわーーッ!!!」」」
そしてネロアは、三人のプレイヤーを倒してすぐ、足に絡まった紐を解き、ようやく剣を右手に持ち直した。
ここからはこれまで通りの剣技を用い、これまで通りミレアのプレイヤーを斬り捨てていく。
何人かを片付けた後で、さっきのアメフト重装士三人が、ネロアの前に立ちはだかった。
三人は各々の武器を振りかざし、ネロアへ攻撃する。
しかしネロアは、最小限のステップと、最小限の上半身の移動だけで全ての攻撃をかわした。
その最中、ネロアは余裕の笑みを浮かべながら言った。
「フッ、貴様ら、身の丈に合わぬ依代を使うとは……愚かなり」
「なっ、どういう意味だよお前!」
「あなたたち、キャラクターの身長を限界まで伸ばして作りましたね?」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
ロジスティクス・サーガ――というより、現在世界中で運営中のVRMMOゲームでは、設定時、キャラの身長を、自分の本来の高さのプラマイ10cm以内で設定しなければならない。
この上限下限は、現実とVRでの身長の差により、健康的不都合が出ないようにするための法律に基づくものだ。
物事を見かけで判断するのは良くないのだが、人間は大きい方が優れていると思いがちな生き物である。
そうした性に従い、見栄を張って身長を10cmプラスして設定しているプレイヤーは、ロジスティクス・サーガの中に山ほどいる。
しかし彼らが名を挙げた事例は非常に少ない。
なぜなら、現実での感覚のように、自然に身体を動かせず、大なり小なり隙を生んでしまうからだ。
こうしたことから、ネットにあるロジスティクス・サーガの各種攻略サイトの、キャラメイクの注意点の項には必ずと言っていいほど、『身長は自分の実際の高さに限りなく近づけてください。大きすぎても小さすぎてもいいことなんてありません。』という文言が掲載されている。
「うるせーッ! キャラメイクなんて人の勝手だろうが!」
「結局デカいほうが強いって思うだろうがテメーもよー!」
「お前は何様だよ! 親か、先生か、王様か!?」
「死神ホイプペメギリの化神官だ。確かに貴方がたの言う通り、それは好みの問題やもしれぬ。しかし、この死合は僕の恩師の訓えを以て終幕とさせていただく」
三人のアメフト重装士たちは、一斉にネロアへ武器を振り下ろす。
ネロアは完全にそれを見切り、かわすと同時にそこへ剣を叩きつけて、武器を手放させる。
「『余計な見栄は自分の強さに結びつかない』」
そしてネロアは、武器を失い、ポカーンとしている三人を滅多斬りにして、消滅エフェクトに変えた。
「いたいた! トードイスムカの化神官だ!」
「よし、これで俺たちは大出世だ!」
一息つく間もなく、次のミレア・プレイヤーの集団がぞろぞろとやってきた。
「いくぞ! 命国式兵法、『壁と弾幕』……応用編だ!」
その集団の中の一人は、大型のボウガンにスプレー缶のような筒を引っ掛け、ネロアめがけ発射する。
飛んできた筒を凝視すると、『SMOKE』の印字があるのがわかった。
(なるほど、煙幕ですか。これは逆利用させていただきましょう)
ネロアは突然一本足で立ち、剣をバットのように構える。
飛んでくる筒をしっかりと見据え、そして最適な間合いで、
「【死神の凶器】!」
禍々しいオーラを帯びた剣の腹を叩きつける。
筒はネロアの剣と同様の、禍々しいオーラを帯びた状態で、唖然としているミレア・プレイヤーの方へと跳ね返され、そこで爆発した。
実際にそれを見たことはないのだが、本来の色とは明らかに違う、禍々しい色をした煙がミレア・プレイヤーたちのもとで拡散する。
それを浴びたプレイヤーの何人かは、何が起こったのか理解できぬまま、突然死した。
「う、うぎゃぁぁぁ! ただの煙幕が殺人ガスに変わってるー!?」
「あれが化神官の力なのかよ! 訳わかんないよもう!」
「と、とにかく撤退だ! ネロアからも、煙からも!」
生き残ったプレイヤーは、大慌てで来た道を戻り、ネロアから逃げ出した。ここまでわずか一分の出来事である。
「この程度で死神の右腕から逃れられると思うな!」
無論、ネロアがそれを許すわけもなく、自分のスキルの効果が効くはずもなく、ネロアは煙が立ち込めるエリアを駆け抜け、集団を追った。
「ま、まずい! 追いかけられる!」
「思い出した! 確かこの辺に防災用のシャッターがあったはず!」
「それだ、それを使って通せんぼしよう!」
逃げる道中、集団の中間あたりにいたプレイヤーは、廊下の壁にあったスイッチを片っ端から押す。すると目論見通り、天井から分厚いシャッターが一気に降り、廊下を封鎖した。
ただし、半数のプレイヤーがシャッターを通過する前に。
「おい! 俺たちがまだいるだろ!」
「知るか! 早く走らなかったお前らが悪い!」
「この野郎、味方のくせに見捨てるのか!」
「お前はどうせ下級国民だろ! むしろ尊い犠牲と思え!」
「早く開けろ! さもないと死神に殺される!」
「勝手にしろ! 貴様らが殺されたって誰も何とも思わないわ!」
シャッターの向こう側と口喧嘩を繰り広げる、逃げ遅れたミレア・プレイヤーたちを見て、ネロアは一瞬駆け足を止めた。
「……すまないが、これが僕の務め故に」
と、自分に聞かせるように言ってから、再び駆け出し、恐れ慄いている敵たちを攻撃する。
一方その頃、シャッターの向こう側では、真っ暗な廊下の中で生き残ったプレイヤーたちが、逃げ遅れたちの悲鳴を聞きながらゲラゲラ笑っていた。
真っ暗なのは、スイッチを適当に押しまくった影響で、照明に不調が出たからだ。
「ハハハ、ざまあみやがれ! この雑魚ども!」
「ラッキーだろう! 化神官に殺されるなんて滅多にないことなんだからな!」
「……てかおい! 誰か早く電気つけろ! アイツがワンチャン、シャッターぶっ壊してまた追ってくるかもしれないからよ!」
悪い悪い。と、適当に返事しつつ、一人のプレイヤーが薄っすらと見えるスイッチの方へ手を伸ばす。
(ったく、見えにくいな……家みたいにライトが埋め込んであったら楽なんだけどな。あとペタペタ印字テープが貼ってあったら……)
その時、横から光が照らされ、はっきりくっきりとはいかないものの、スイッチの位置がわかるようになる。
スイッチを押そうとしたプレイヤーは、光がある方へと顔を向ける。
「何だよ、光る魔石か、懐中電灯か? 誰だか知らないけど、そういうのあるんならさっさと出せ……」
そしてそのプレイヤーは、周りの生き残りたちと同様に硬直する。
さっきの光源は、刀身だった。それも電光で構成された刀身だ。
当然の如く、その刀身から放たれる輝きは、スイッチや怯えるプレイヤーたちよりも、その持ち手を照らした。
サングラスを掛けたイカツい風貌の……誰がどう考えても味方とは思えない男だった。
「俺の名前はエマヌエス・サンダーロード。死国トードイスムカのナンバーワンの剣士だ……米印、化神官を除く」
生き残ったプレイヤーたちは、阿鼻叫喚の声を上げて、シャッターへ寄って何度も拳を叩きつけ、叫んだ。
「助けてくれー! 開けてくれー! さもないと殺されるー!」
「お前らが言ったことそのまま返してやらあああああ!」
という断末魔が聞こえた後、シャッターの向こう側からは何も聞こえなくなった。
こうして、シャッターをくぐり抜け、味方を見捨てたプレイヤーたちは、瞬く間に逆の立場に陥り、全滅した。
そして、『因果応報』という言葉の説明をするにはもってこいの惨劇の原因となったシャッターは、両側から斬られ、崩壊した。
「おお、何奴かと想えば、エマヌエスではないか!」
「あ、何だ、ネロアだったのか!」
二人はお互いの存在を確認するや否や、剣を構え直して睨み合う。
「……否、今宵は貴方との死闘の刻とは、定められていない」
「……だな。それはこの風雲ピンク城を落としてからよ。じゃあ、また今度な!」
そして、ある程度向き合ったところで、二人は踵を返して、次の相手を探しに行った。
しかし数秒後、エマヌエスは後ろ走りで戻ってきて、
「どうせ敵の要塞だ。電気の無駄遣いをさせてやらあ」
壁のスイッチをガチャガチャ押して、照明を再点灯させて、改めて駆けていった。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■用語説明
【武器】
プレイヤーがそれぞれ持つ最大の攻撃手段となる道具のこと。
各国の各ジョブには『剣』や『槍』などの推奨の武器種が書いてある。
これは単にこのジョブが最も得意とする戦法と相性がいいから。という理由もあるが、覚ていくスキルとの関係もある。
大抵のスキルにもまた推奨の武器種が記載されていて、これの通りの武器を使って発動するのが最も効果が出る。
無理に違う武器で使おうとすると、威力がガクンと落ちたり、過剰にクールタイムが発生したりするなど、いいことはない。
意表を突いて無関係の武器を使うというのも悪い考えではないが、基本をおろそかにはしてはいけないのである。




