24.調和の砦の挑戦
あの化神官就任式の後、ネロアが行ったのは、国内にあるギルドの屈服であった。
死国トードイスムカには死闘を好む上級者プレイヤーが集い、小規模なギルドを結成し、ギルド内で戦ったり、他ギルドと交流戦を行う文化があり、ギルドが各地に点在している。
そのギルドの者たちが、就任式で起こったように、ネロアの実力に対して疑問を持っており(というのは建前で、ただ単に化神官になるだけの強さを持つ彼女と戦いたいだけの場合もあり)、ネロアへ果死状を次々と送りつけてきたため、ネロアはその対応で、死国全土を飛び回ることになったのである。
その戦績は天晴れなことに全戦全勝であった。
決して挑戦者全員が弱いわけではなかった、むしろネロアに冷や汗をかかせる逸材も少なくはなかった。
しかし、現在の死国で武名を轟かせているプレイヤーの過半数はロジスティクス・サーガのリニューアル後に始めたものばかり。
ブランクこそあったが、悲劇の演出団にいた時――リニューアル前の時から腕を磨いていたネロアには敵わなかったのだ。
こうしてネロアは国内に自分の力を見せつけ、国の導き手としての地位を確固たるものにした。
続いて、遠征の後、ネロアは国内のプレイヤーに、『手段も順序も問わない。死国を踏みにじるミレア軍を滅せよ』というシンプルな布告を行った。
プレイヤーたちはこれに従い、目に入ったミレア軍を次々と攻撃。占拠された土地を奪還した吉報が相次いだ。
特に、ただ単に物量差だけで勝ち誇っていた粗暴なミレア軍部隊を木っ端微塵にしたことは、トードイスムカ・プレイヤーにとって爽快以外の何物でもなかった。
そしてネロアは、この攻勢に乗っかり、就任後初となるトードイスムカの大作戦を計画した。
その一環として、ネロアは冥都内にいる有志たちを集め、作戦会議を開いた。
「さて、知恵ある勇者である君たちならば、わざわざ言葉を紡ぐ必要はないが……僕は念の為言わせていただく。この国に今宵蔓延る厄災の根源は、紛れもなく『調和の砦』にある」
調和の砦とは、トードイスムカの東の国境――つまり八国の交流場である自由区への出入口――を塞ぐように、ミレアが『トードイスムカとの友好の証』と称して『勝手に』建設した要塞である。
無論、その目的は軍事利用であり、ミレア軍によるトードイスムカへの侵略戦争の最大拠点となっている。
「トードイスムカへ喰らいつくミレア軍は全て『そこ』に居る。ならそこを滅ぼせば、奴らの傲慢な純白は、地の底に堕ちる。これが今宵の僕の望みだ」
有識者たちはうなづく。だが、一部の者はすぐにこう言葉を返した。
「それはそうだがな。だがあそこはかなり手強いぞ」
「俺が一度、戦い半分、盗み半分の目的で攻めに行ったんだ。オチはベタだった。ズタズタに負けちまったよ」
「あそこは、トードイスムカのあちこちにあった占領地とは勝手が違いすぎる。ウン百万と言われる程大軍が詰めているし、司令官を代表する精鋭もいるから質もいい。あんなの落とせたら本気で天と地がひっくり返ると思いますよ……」
「つまり、猪突猛進な正面勝負は無知蒙昧と。もともとこの世界の真理に沿えば、我々は小勢に無勢とも揶揄できてしまうのですから……ならば、かの叡智を借りるとしよう。アンティル殿!」
「お、おう……」と、ネロアの隣に座っていたアンティルは返事する。
「君は確か、元々ミレアの民、尚かつ、調和の砦に属していたとのこと。故に問おう、調和の砦の秘密とやらを」
「いや、それが全然知らないんだよ」と、アンティルは正直に言った。
ネロアは目をパチクリさせる。
「あれ、え、本当にです……真か?」
「あの砦には、個々人に居ていい場所と居てだめな場所がキッチリ決められてるんだ。ミレアの階級とか、役割とかで区分されてな。
たぶん、オレっちみたいな内通者がでても、砦の守り全部をすっぱ抜かれないようにしてるんだろ。
だから、すみません。オレっちは皆さんが期待しているような、あの砦の抜け道とか、弱点とか、内部構造とかは全く知りません」
「これは、天の試練に勝るやもしれない難題だろうか……」
それから、有識者会議は『ミレアとの国力差』という足枷に苦しめられ、起死回生の一策と呼べる物は出ず、
「とにもかくにも諸君、トードイスムカの為に尽力を求む」
と、ネロアが煮え切らない顔をしながらの言葉をもって終わった。
ぞろぞろと帰っていく有識者も、何を考えているかわからせないような微妙な表情を作っていた。
そして、残されたネロアは会議室の机に伏せた。
アンティルは言う。
「ごめんなぁ……まともに意見出来なくて」
「大丈夫です、これはミレアの制度が悪いのですから」
「そうか、ありがとよ……話変わるが、ちょっと言いたいんだが」
「何でしょう?」
「かれこれ一ヶ月くらい前から思ってたんだが、その臭い台詞回しは何だよ?」
「ボクからのアドバイスだよ。化神官らしい『格』がつくようにってね」
と、ネロアに代わって、シュラが答える。
「おっ、珍しく化神官らしい事してるねシュラちゃん。ナイスじゃーん、やりー」
と、リュートは共感する。
「とまあ、こんな感じでああいう喋り方をしていました。どうです?」
「まぁ、ネロアがそうしたいならいいんじゃね……そういや、あの人たち、やたらと目が泳いでたけど、よぉーやくその理由がわかった。リュート、シュラ、何でお前らいるんだ?」
シュラはアンティルを鼻で笑い、こう答える。
「ボクだって有識者だろ? ほら、一時ミレアと手を組んだんだから」
続いてリュートも、
「アタシは関係者だよ? ネロアちゃんの化神官になるための試練に立ち会ったんだから」
「……なら、百歩譲ってこの会議にいるのは理解しとく。けど! それはそれとして、何でお前ら二人は自国に帰ってないんだよ!? もうかれこれ一ヶ月経ってるだろ?」
「取材のためと、鮮烈なことが起こりそうでワクワクするからさ!」
「アタシの場合はー、ここ大陸の真西でしょ、アタシのエホシャドチグパは南東でしょ、遠いでしょ? ほら帰れないじゃん」
「ですってよ、アンティルさん」
「ネロア、お前はいいのかそれで……今さっきお前は、国の大事な話の場に他国の人間を置いていたんだぞ……」
するとネロアら化神官たちは、言葉こそやや違うが、同時にツッコミを入れる。
「それはあなたもではないでしょうか?」
「それは君もだよね?」
「それ、アンティルちゃんもでしょ?」
「あ、んじゃあ……ごめんなさい。けど、けど! 信じてくれよネロア! オレっちはこれっぽっちもミレアに寝返る気はないからな!」
「勿論わかってますよ」
閑話休題。ネロアたちは会議室を離れず、ミレアへの一策を考え続けた。
「ねぇ、えーと、レイザック君」
「それはとっくに解散したオレっちの相方。なんでそっちは謎に知ってるのに、こっちは覚えてくれねーんだよシュラ……」
「ごめん、何だか君、ネロア君やリュート君と比べると印象弱いんだよね……して、本当に何か有益な情報はないのかい」
「ない。何度も言うのはヤダだが、俺は出世間もないミレアの下っ端だぞ? 上の人間がツーと言ったら、嫌でもカーって言わなきゃいけないぐらいの。
本当にミレアの下っ端は大変なんだぞ、一日も早く出世する為に、町一つ滅ぼすのも全力でやって功績稼がなきゃ……」
「はいはい、ジメっぽい苦労話おーわり。もっとパーッと弾ける感じの話しようよ!」
「話切るなよリュート……あとちょっとで終わる話だったんだから」
「けどよかったねぇ、アンティル君。ネロア君のおかげで別な意味で『終わる話』になって」
「ミレアの奴が連れ戻しにくるとかするかもしれないから、今の所油断できないけどな。
オレっちはミレアの緘口令を破った裏切り者なんだ。ミレアは……特に化神官のヴァイスは裏切り者が嫌いだからな」
「ヴァイス君は利益第一だからね、ちょっとでも不利益が出るとすぐブチ切れるからさぁ」
「そっそ、ヴァイスちゃんみたいのが上にいるから、ミレアの人間って基本欲張りなんだよ。この前もわざわざアタシが八神会議に……」
ここでネロアは閃く。
「はっ、その手がありました!」
リュートは頬をぷくー、と膨らませて、
「ちょっと、話切らないでくんないネロアちゃん!?」
「お前が言うな」
と、アンティルが小声でボソっと言ったことに気づかないまま、ネロアは言った。
「ありがとうございます皆さん! この会話のおかげでいい事思いつきました!」
「この訳のわからないような不毛な会話で……んんー、鮮烈だねぇ、ネロア君。君と一緒なら何夜でも過ごせそうだ」
*
調和の砦にて。
そこにいる者は、多忙であった。
以前のシュラ協力の元での冥都制圧戦と、近年活発化しているトードイスムカ・プレイヤーたちの占拠地奪還に関しての処理が溜まっているのだ。
「ゲイルリンド君、何か僕の方が始末する書類多くなーい?」
「ノルガード殿、こちらは一枚一枚、重みがあるのでな」
無論、その主たるゲイルリンドとノルガードも例外ではなく、二人は砦最上部の司令官室で、ずっと重要事項の始末に追われていた。
そこへ一人の下級国民が駆けてくる。
「報告、報告!」
「あーもう、うっさいなあーっ!」
ノルガードはバネにでも座っていたのかと思うほど、椅子から大きく飛び上がり、そして彼の喉へ刀を突きつける。
「ひっ、お助けくださいぃぃぃぃ!」
「こらノルガード殿、ただの伝令にそんなにカッカするな。早く刀を納めろ」
「はいよ、けどこっちはイライラしてるってこと、忘れないでね」
ノルガードの納刀後、ゲイルリンドは下級国民に尋ねる。
「……それで、何の報告だ」
「トードイスムカの新化神官、ネロア・ルォーナピアナが、百人程度の人員を連れて、『化神官就任を記念して、ゲイルリンド上民に会いたい』と、調和の砦正門前で騒いでおります」
「アポ無しでここに? ヤバい人が来たねぇ、トードイスムカらしい」
「仕方あるまい。とりあえず話は聞いてやるか。ではまず速やかに要塞内の精鋭三百人を武装した状態で招集し……」
「緊急、緊急報告ーッ!」
このゲイルリンドの指示の最中、もう一人の下級国民が声を張り上げて、ドタドタと司令官室にやってきた。
「人が話している最中に大声を出すな!」
「ひぃぃ、御許しくださいませぇぇ!?」
「……おっとすまない。また伝令か。して、貴様は何の報告だ。手短に頼む」
「は、はい! 調和の砦正門近辺で、ネロアらトードイスムカ人と、正門の守備兵たちが乱闘状態になっております!」
時はさかのぼること数十分前。
ネロアは、アンティル、リュート、シュラ、それから名だたる死国の上級者プレイヤーたち、総勢百人ほどの人数で、調和の砦正門を訪れた。
そこでネロアは、正門の守衛のリーダー(ミレア内では二等国民に該当する)に、前述の通りの要件を伝え、返事が来るまで仲間たちと待機していた。
「トードイスムカの化神官が来たぞ!」
「かかれー、かかれー!」
しかしその返事の前に、正門の守備を務めていた下級国民たちが、ネロアたちに独断で一斉に襲いかかったのである。
たった百人の警護で来た、この国の化神官ネロアを倒せば、俺たちは瞬く間に大出世ができる。という、浅ましい上昇志向によるものだ。
しかしこれこそがネロアたちの狙いだった。
彼女たちは自らを餌にすることで、正門付近の統率を乱し、守衛たちを各個撃破していった。
そしてその先に起こった惨事を、ゲイルリンドとノルガードは、前の者と五分も間隔を開けずにやってきた、三人目の伝令の下級国民から知った。
「た、大変です! トードイスムカの連中が、混乱に乗じて調和の砦に侵入しました!」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■用語説明
【装備】
プレイヤーが身につける服や鎧のこと。
純粋に防御力が上がるのはもちろん、【火属性耐性】のように、魔法的な特殊効果を持ったりもする。
ロジスティクス・サーガはかなり自由度のゲームのため、頭装備、胴装備のように装備箇所が固定されていなかったり、一つの部位には一つしか装備できないなどの制約はない。
もちろん、装備を纏えば纏うほど重量が増え動きにくくなったりする。
また、あまりにも無茶な形で身に着けようとしても動きにくくなるし、シンプルに格好悪くなるので注意。
なお、プレイヤーは戦闘状態と非戦闘状態、それぞれの装備を設定でき、瞬間的に切り替えることが出来る。
非戦闘状態は見た目を重視したり、活動のしやすさを優先して装備すると色々楽である。




