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23.就任と開戦

 ミレア軍の冥都侵攻の備えの陣にて。


「ゲイルリンド君。そっちはチャット取れる?」


「ノルガード殿。貴様とチャット対象者リストは同じだぞ」


「それが分かってる上のボケなのにさぁ……ったく、冥都に放った奴らは何してるんだ?」


 今、ミレア軍は『様子見』と理由づけ、自ら冥都を攻めず、シュラただ一人と、手探り程度の小勢と、何人かの斥候を放ち、彼らからのチャットを通じてシュラの攻めっぷりを聞いていたのだ。


「これ多分全滅だ、何人か後半グワーッ! て、叫んでたから多分、あのネロアって化神官が何かしらしでかしたんだ。どうする? 逃げる? 追い打ちかけ……」


「少し静かにしてくれ。今、シュラからチャットが来ている」


 ゲイルリンドはシュラとのチャットを開始する。


『もしもし、ゲイルリンド君。今どこ、あの陣地?』


「そうだ。そちらの状況は?」


『降参しました』


「降参しただと……!?」


『うん、もうこちらは無理だから。じゃあね』


 無理。と言う割にはかなり余裕のある、普段通りの軽い口調で、シュラはチャットを終えた。


「降参したんだ、シュラのやつ。はー、実にシュラらしい」


 ノルガードとゲイルリンドは同時に悟った。

 新たな化神官、ネロアによって先鋒が謎の能力によって、いとも容易く挫かれた。そういった不確定要素が多い状態で決戦に挑んでも、危うい。


 二人は一度お互いの顔を伺い、無言で頷く。

 そしてノルガードは陣にいる軍全員に顔を向け、指示する。


「全軍、調和の砦に撤退する!」


 この間、ゲイルリンドは冥都の方を睨み、両拳を震わせていた。


*

 

 ロジスティクス・サーガの、ある空間にて。


 ホイプペメギリ神は一度紅茶に口をつけた後、言った。

「まさか真っ先に、貴様の化神官に俺の神殿を踏まれるとは思わなかったぞ」


 その正面に机を間にして座る、温和な雰囲気の青年は、わざとらしく頭をかきながら

「自分も、あなたにはご迷惑はかけたくなかった次第……しかし、シュラが興味を持った以上、止めるのは野暮と判断しました」


「ただ、この俺に勝てるとは思っていたか?」


「文字通り、『無理』と予測。所詮、自分はあなたに及ばないのが真実だと思いました」


「つくづく謙虚だな」


「謙虚なのはあなたも同様。あの少女がいなければ、あなたの命運は尽きたも同然。されど、あなたは保身のためにあの少女へ化神官の座を渡す事を拒否していた。それはまさに『自滅』の願望でしょうか?」


「そうだった。小汚い土地の神で、それも死の権化ともなりゃ、外からの嫌悪は凄まじかったし、崇めるやつも建前ばかりの愚者ばかりだったからな。

 だがある日、考えを改めるきっかけがあってだな……」


 先日、ホイプペメギリ神が普段通り、死んだプレイヤーやピープルの魂の整理を行っているときだった。

 その時、彼はあるスケルトンのピープルの精査をしていた。


「死因は『プレイヤーを逃がすためにかばった際、光属性を帯びた靴で踏まれたことによるもの』……か。珍しいな。そんな義理のあるヤツが今の死国にいるとは」


 精査を完了した後、ホイプペメギリ神は「どうせ忘れることだが」と前置きしてから、来世についての説明をした。次はもう少し穏やかな場所で一生を終えられるようにしてやる。と。


 そして最後に、ホイプペメギリ神は、そのスケルトンのピープルに事務的な質問を投げかけた。

「最期の最期に、何か質問はあるか?」


 ピープルの場合、大抵は「特にない」というか往生際悪くよりよい処遇を求めるかのどちらかだった。

 しかしこのスケルトンは、さらに自分が変わったピープルであることを示した。

「ネロア・ルォーナピアナという、少女のプレイヤーがいずれお前の神殿に来る。無条件とは言わないが、その時はどうか彼女を化神官にしてやってくれ」


「……何のつもりだその願いは」


「アイツはそこらのプレイヤーとは明らかに違う、この国を救うにふさわしい逸材だ。せめて、名前くらいは覚えてくれ」


「……善処する」

 と、言った後、スケルトンのピープルの魂は、大陸に新たなピープルとして還元されていった。


「そして本当に彼女と対面し、ついに考えを改めたということでしょうか」


「そうだ、俺は考え直した。俺は何がどうだろうと、トードイスムカの神として、死なぬ。一人でも、トードイスムカにいる事を誇りに思う人間がいる限り」


「考えてみれば滑稽。死を司る神、【ホイプペメギリ】が死んでは困りますもの」


「だろうな、文神【ユールコア】。ともあれ、当面はあの二人に沿って、友好的にやっていこうか」


「合点です」

 

 同時刻、冥都内、ホイプペメギリ神殿の一室にて。

 ネロアとシュラは互いに署名を記していた。いわゆる、停戦締結である。


「ありがとうね、ネロア君。ボクの降参を快く認めてくれて」


「当然ですよ。僕は、負けを認めた相手をさらに負かすほど悪魔じゃありません」


「見ての通り、優しい子だねぇ……」


「そうですか、ありがとうございます」


「あ、ごめん、これは悪い意味でなんだよね」


「?」


 シュラは、化神官の先輩として、彼女へこうご指導した。

「君のような健気な女の子がさ、この殺伐した国の長と言われても、ものすごく説得力がないんだよ。

 国内の人たちに布告を出すときとか、これから【八神会議】っていう八つの国の代表者が集まってする会議とか他国ともやり取りすることもある。

 そういったときにある程度の威厳がないと、舐められちゃうかもしれないよ」


「確かに、それは困りますね。ではどうすればいいでしょうか?」


「んーっとねー、ボクの柄が入ったアドバイスだけど、シンプルに一言一言を『かっこよくする』なんてどうかな?」


「かっこよくする……どういう風にすればいいですか?」


「まず、自分が思うようにやってみたらどうだい? とりあえず、軽い自己紹介で試してみて」


 ネロアはしばし言葉選びし、こう言ってみる。

「僕(やつがれ)の名は『ネロア・ルォーナピアナ』! 死の神ホイプペメギリの化神官として、死国トードイスムカの守護という使命を、己の剣と共とする!」


 するとシュラは両手で口を抑えて、目を過剰に開きながら言った

「おお、こ、れ、は……そうそうそう、こういう風に言っていけばいいと思う、よ……!」


「それが真理か? それとも戯言か? 答えてくれ、シュラ殿」


 シュラは今度は机に勢いよく突っ伏し、やけに細かい息をしながら言った。

「もう普通に戻っていい、ボクみたいな身内には普通にしてくれていいから。でないと大変だよ……」


「ふぅ、そうですか……何となく、昔見たアニメとか漫画とかラノベとか思い浮かべながら喋ってましたけど、かなり楽しいです」


「それはよかったね。じゃあ、ボクはそろそろ失礼するよ、君は他にも、やるべきことがあるんだろう?」


「はい、今後のトードイスムカの為に」


 二人は立ち上がり、会合部屋を後にする……と思いきや、ネロアは途中で立ち止まる。


「どうしたんだいネロア? もしかして、やっぱり、怒った……?」


 ネロアは少し上を向きながら言った。

「心配させてごめんなさい、急に思いふけっちゃって。この先、本当にこの国を救えるくらい立派な化神官になれるのかなって……」


 するとシュラは、ネロアと同じように意味もなく天井を見ながらいった。

「大丈夫だよ。君はやるべきことがはっきりしていて、それに必要な実力が、今回の就任で揃ったんだ。あとは、ひたむきに頑張っていけばなんとかなるよ」


「先輩として、アドバイスしてくれてありがとうございます。これからシュラさんにも負けないくらい頑張ります。期待していてください!」

 と、言ってシュラに一礼した後、ネロアは会合部屋から去っていった。


 それからやや間を置いて、シュラはつぶやいた。

「別にボクは、化神官として大したことやってないんだけどね。お役所的な手続きをするか、八神会議に出席するかとかしかさぁ……」


*


 シュラとの会合を終えた翌日。

 ネロアは、簡易的な化神官の就任式を行うことにした。

 アンティルやリュートに協力してもらい、ホイプペメギリ神殿前に舞台を特設し、冥都内でその広告を行い、集められるだけの人々を集めた。


 就任式のメインとなる演説の数分前、特設した舞台裏で、ネロアは椅子に黙って腰掛け、心の準備をしていた。

 

 そこへアンティルがやってきて、ネロアに気さくに尋ねた。

「どうだ、今の気持ちは?」


「最高です。けど直に迫ると緊張で震えてきますね……周りが、僕を認めてくれるか、あるいは、僕に対してどう仕掛けてくれるかと……」


「やっぱり怖いか、お前も。久々に現れた化神官だし、周りの注目は凄いだろうしな」


「けど、ここも、試練受ける時みたいな熱意を持っていきたいと思います! それにアビスさんは『毎秒毎秒努力しているつもりでいろ』と言っていました、だから、舞台に上がったら誰かしらと訓練するつもりでいれば平気ですよ!」


「その度胸も相変わらず怖いな、おい」


 ステータスウィンドウに付随する時計が、演説の時間数秒前を示していた。ネロアは完全に覚悟を固め、

「それでは、行ってきます」


「おう、ここから応援してるぜ」

 舞台裏より、ネロアは姿を現した。


「あれが新しい化神官か」

「見た感じ、装備は立派なだけの女の子だが……」


 歓喜、困惑、疑念……それらが入り混じった騒々しさを、集まったトードイスムカ人が奏でる中、ネロアは火を灯したような目をして、雄弁に語る。


「諸君、僕こそが死神ホイプペメギリよりトードイスムカの君たる証を賜りし化神官……『ネロア・ルォーナピアナ』だ。

 諸君に告げるべき事はただ三つ。一つ。死闘に取り憑く、鮮血に酔いどれ、狂乱にのまれるが誇りたる皆の衆を、僕は頭に『断固』とつけ、賛成する。

 二つ。僕はこのトードイスムカの化身として、ホイプペメギリの化神として、いかなる不条理をも殺す。

 そして三つ。愛しいだろう、この故郷が。故に痛ましいだろう、この故郷が、ミレアに蹂躙殲滅を願い、実にしようと日夜各所へ攻撃をするのが。だから僕は誓約する、先日シュラ殿の猛撃を挫いたように、トードイスムカを攻めるミレアの外道の手から、ここの全てを守ると!」 


 未来を切り開く者の名言か、調子にのった者の戯言か――ネロアの演説が、聴衆にとって、どう聞こえたかは定かではない、だがしかし、これだけはわかる。ホイプペメギリ神殿近辺に、新たな化神官の誕生を祝う、トードイスムカの人々の歓声が轟いた。


 しかし突然、歓声は止まった。突然、舞台上に立つネロアの顔面に紙が叩きつけられたのである。


 アンティルは裏からそれを覗いて、目を点にした。

「な、なんだ、さてはミレアの暗殺部隊か?」

 

 ここから起こったのは、アンティルの予想を遥かに超えていた。


 演説の聴衆をかき分け、一人の男が堂々と舞台上に上がった。サングラスをかけたイカツいナイスガイだ。


「貴様、何者だ!」


「俺はこの死国内でナンバーワンの実力を自負するギルド、『サンダーロード・アソシエーション』のギルドマスターにして、ナンバーワンの強さを誇る剣士、エマヌエス・サンダーロードだ!」


「ほう……己を最強と堂々自負するか。さては、僕が化神官の座を戴くことに不服があるのか?」


「別に俺ゃ化神官の座には興味はねぇ。国を治めることなんざ性に合わねぇからな!

 俺が気に食わねェのは、今のように化神官になれたくらいでさも自分が死国ナンバーワンのプレイヤーであるかのように振る舞っているその態度だ!

 だからよ、まず今叩きつけたモンを見やがれ!」


 ネロアは舞台上に落ちていた紙を拾う。真っ白な封筒に、デカデカと『果死状(はたシじょう)』と書いてあった。しかも丁寧なことに、『死』の文字だけ赤字だ。

 開けて中の手紙を見てみると、そこにはこうシンプルに一言書かれていた。

 ――ようこそ化神官様、俺たちの殺し合いへ。と。


 ネロアは微笑みながらそれを丁寧に懐にしまった後、腰に提げた剣を引き抜いて、高らかに言い放つ。

「それでこそ死国トードイスムカの民だ! 僕は貴公の意気を褒め称え、今宵この舞台で剣の錆にして賜おう!」


 対する男も腰から、刀身が電光で構成されている刀を引き抜いた。

「物わかりがいいじゃねぇか! ネロアさんよぉ! だが肝心な殺しの腕はどうだろうなぁ!」


 そして二人は構えを取り、お互いの出方を待った。

 その最中、舞台上に次々と紙が投げ込まれた。全て、走り書きで『果死状』と書かれているものだった。


「おいこら化神官! 俺にも戦わせろ!」

「次はアタシの番だ! さっさと代わっちまえそこのグラサン!」

「こっちに来て殺させろ! いや、スカッと殺してくれこのガキ!」


 演説に集った聴衆たちは、堰を切ったようにネロアへ一騎打ちを申し出始めた。その叫びは、先程の演説終了後の歓声よりも大きかった。


 これを舞台裏から覗いていたアンティルは、やがてうずくまり、頭を抱えた。

「そういやネロアのやつ、演説に出る前に、なんか誰かと戦うような感じのこと言ってたな……どうかしてんだろ、トードイスムカの野郎ども」


 かくして、ネロアの化神官就任式は非常に奇妙な形になった。

 しかしこれは、トードイスムカによる、ミレアへの反抗の先触れであることに変わりはない。


【完】

ロジスティクス・サーガ・データベース


■キャラクター紹介

【死神ホイプペメギリ】

 分類:神

 管理国:死国トードイスムカ


 ロジスティクス大陸の、死の理を司る男神。

 権能のイメージらしく冷徹ではあるが、ろくな理由もなく人を傷つけるようなことはしない。

 死んだものの沙汰を厳格な判断のもと決め、相応の処置を行ってから再び大陸に還す務めを持つ。

 過去に、多数の化神官が、自分の期待を平気で裏切ったことから、自分の存在意義に疑問を感じ、新たな化神官を取らず、命国ミレアの侵攻を受け入れようとしていた。

 しかし望んだはずの窮地の中、究極の死にたがりに出会い、死国の主としての気概を蘇らせた。

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