21.死練終了
アンティルは、すっかり強欲の化身の大技を食らったつもりになって叫んだ。
「……ァァァアれぇ、オレっちまだ生きてる……!? いや」
アンティルは直ちにネロアの側に着陸し、彼女の様子を見た。
「おい、ネロア! 今度ばかりはマジですまねぇッ!」
ネロアは意識が朦朧としつつもステータスウィンドウを開き、自分のHPが全体の三パーセントほど残ってるのを確認して、
「ぎ、ギリギリなんとかなりました……かばうのも、HPの方も」
強欲の化身は突き出した左手をひっこめ、ため息をつくようなモーションをする。
同時に、ホイプペメギリ神の声が、今度は試練場全体に響く。
『確かにギリギリなんとかしてくれたな。奴はネロアと翼の少年、どちらも殺せる見込みの威力であの技を放つように命じた。
しかし翼の少年の十字弾と、ネロアのジャンプと同時に繰り出した斬り上げでごく僅かに威力が削がれ、まんまと生き長らえたといったところだろう……余計なことをしてくれたな』
アンティルは持っていた回復ポーションを、ネロアの頭に浴びせつつ言った。
「神様の言うとおりだってのネロア! 本当に余計なことしやがって! そりゃあ化神官的には自分の仲間を見捨てないほうが好感度あるかもしれないけどさぁ!
優先順位ってものがあるだろ優先順位ってのが! ここはオレっちの命なんて無視して、自分の身を大切にしろって!」
「……最後まで相手を倒す手段を無くすな」
「はい?」
ポーションのお陰でHPが全体の七パーセントまで回復した。ついでに全身の痛みも引いてきたネロアはようやく立ち上がる。
「……アビスさんが最初に教えてくれた『心構え』ですよ。確かに僕が死んだら元も子もなくなります。けど、アンティルさんを失った時点でこの試練は完全に攻略できないんです。
アンティルさんたちが一緒に来てる以上、この試練でいう『相手を倒す』というのは、『僕たち全員の力を合わせて見せつける』ことが完璧な形であるはずなんですから。
統率力を試されていることに応えたいとか、好感度とかなんて、僕は気になんかしていませんよ……ゼロではないですけどね。ええ」
そしてネロアはアンティルの肩に手をおいて、微笑む。
「だから、引き続き一緒に戦いましょう、アンティルさん」
するとアンティルは、まるでネロアが肩にすごい力を加えたのかと錯覚するほど、凄まじい早さで土下座した。
「この度は本当にすみませんでした、ネロアッ! オレっちが色々未熟なばっかりに、あんなヘマするわ、自分の命を雑に扱うわ……もうとにかく色々すみませんでした!」
するとネロアは、今度は本当に力を込めてアンティルの装備の襟を引っ張り、彼を無理やり立たせて、
「僕からもごめんなさい、皆さんがヘイト稼ぎに専念している中、ずっとブツブツ神様と喋ってたんですから……」
アンティルに向かって首だけ下げた。それ以上深い礼をすればまた倒れてしまいそうだから、やむを得なかった。
「そっか、じゃあお互い様、だな」
「ええ、そうですね」
そして二人は、お互いにクスクスと笑い合い、
「うっし、じゃあ本題戻ろうか」
「ですね、強欲の化身が待ってくれていますし」
「てか、何で待ってんだアイツ?」
『そういう不意打ちで殺して、貴様らに不平を言われないようにだ。もし自分の意思で死を与える時があれば、正々堂々するのが俺の矜持だ。
それに、ネロア、一つ確認しておきたいことがある』
「はい、何でしょうか?」
『貴様は今、誰といるのかわかっているのか? その翼の少年は、貴様の思い出の地を瀕死に追いやっている人間の一人だぞ』
アンティルは「ぐっ」と口から変な息を漏らし、やけに背筋をピンとさせる。
その隣りにいるネロアは、そんなアンティルの様子を一瞥してから、
「この人は心配しなくていいです。ミレアに属してはいますが、ミレアの悪い部分を肯定していませんから。
もし、ミレアに属していることそのものが悪いことと仰るのでしたら、強めに申し上げます。彼は特別な僕の仲間ですので」
『そうか、全く、今更ながら、見ていて疲れる試練だな……』
と、ホイプペメギリ神は嘆息がてら言った後、
『……ユールコアの申し子の到着が近い。お互い、後はすみやかに終わらせるとしようか』
「ええ、望むところですよ。全身全霊を込めて、止めを刺してみせます!」
強欲の化身が動き出した。まず繰り出したのは例の闇の球体だ。
アンティルは翼を羽ばたかせ急上昇し、ネロアは得意の紐伝い回避を全力で行い、闇の球体を完全に避ける。
「【禍根の楔】!」
ネロアが投げつけた闇属性を帯びる剣を、強欲の化身は容易く弾く。
その弾いた僅かな時間に、ネロアは紐を引いて剣を回収しつつ、強欲の化身との間合いを詰め、熾烈な剣戟が始まった。
アンティルは二人の周りを飛び回り、四方八方から強欲の化身に弾丸を放つ。
強欲の化身はホイプペメギリ神から僅かに授かった戦闘技術を活かし、剣戟の合間でも弾丸を防御した。しかし、全てではなかった。
幾度と競り合ったネロアが徐々に勘を取り戻したのか、アンティルが一皮剥け始めたのか……いや、両方によって、強欲の化身の実力差が狭まり始めたのだ。
「よし、このままオレっちがコンスタントに撃ち続ければ、ネロアのためのチャンスをプレゼントできる……」
と、ここでアンティルは、先程の反省から、このトントン拍子を疑い、周囲を警戒する。
するとネロアめがけ駆けるオオカミ――憤怒の讃歌の姿があった。
「ほらやっぱり! コイツもコイツで大人しくしてたなーっと思ってたらよ!」
アンティルは銃口を強欲の化身から、憤怒の讃歌へと向け、足のいずれかに向けて引き金を引く。しかし憤怒の讃歌は強靭であり、弾丸数発では止まる気配がなかった。
「アンティルさん、こういう時こそ例のパターンを使いましょう」
「それか! なんかネロアもネロアで落ち着き払ってたなーっと思ってたらそういうことだったのか!」
「いや、アイツはアタシが片付けちゃうよ!」
突然、憤怒の讃歌が首を右に曲げ、後ずさった。
そして憤怒の讃歌がいた場所に、リュートが青く輝くペンライトめいた刀二本を携え、堂々と立っていた。
「リュートさん、大丈夫ですか?」
「うん! 二重の意味で大丈夫だよ! しっかり休ませて貰いましたし、自力でどうにかできる限り自分にバフかけまくったからね!」
アンティルは懐疑的な目をして言う。
「マジかよリュート、今までまともに戦闘こなせてないやつが急に活躍できるわけないだろ。舐めてたヤツが実は最強だった的な展開に通じる、オドロキの伏線みたいなのもまるでなかったじゃんか」
「そんなことないから! だったら見ててよアンティル、今アイツを一撃でぶっ潰すから! あ、ネロアちゃんは引き続きキツネをお願いね」
「はい、任せてください!」
「任されるなネロア、一言くらい文句を言え」
アンティルはリュートと憤怒の讃歌の動向に警戒する。
憤怒の讃歌は低い唸り声を出しながら、閉じた歯をガタガタ言わせる。その隙間からは、明らかに炎熱由来の赤い輝きが漏れていた。
対するリュートは、体勢を低くし、正面と背後に剣を向ける構えを取って、
「さぁ、やってみてよ、オオカミさん!」
望むところだ。と、言わんばかりに、憤怒の讃歌は口を目一杯開き、火炎の息吹を放った。
「この国だとどれくらい威力出るかわかんないけど……いくよ! 【ワールプール・ダンス】!」
リュートは刀を外側に伸ばし、渦潮の如く高速回転しながら憤怒の讃歌へ突っ込む。
無論、正面から息吹を浴びせられた。だが、リュートの凄まじい回転により、炎を完全にかき消した。
そしてそのままの勢いのまま、憤怒の讃歌との間合いを詰め、頭を連続で斬りつける。憤怒の讃歌のHPは溶けるように減り、そして奴は消滅した。
「どうだ! これが音国エホシャドチグパの……リュートの力だ!」
「……バフ積んで準備してたからってのもあるし、すげーひねりのないコメントだけど、最初からやれよ」
「それだと、ネロアちゃんの試練が台無しになっちゃうじゃん。アタシが最初っから本気出したら誰の試練だってなっちゃうじゃん」
「誰目線の話だよ、それ……ああもういちいちツッコむのめんどくさい! とにかく後は……」
アンティルとリュートは、憤怒の讃歌の消滅エフェクトから目線を変える。
「【万死の薙】!」
丁度、ネロアが闇を纏った剣を地面と水平に振り、強欲の化身をふっとばしたところだった。
二人はすぐに彼女の元に集まり、体勢を立て直す強欲の化身を睨む。
久々に、試練場の中でホイプペメギリ神の声が響いた。
『とうとう残ったのはこいつだけとなったか……翼の少年、音神の申し子、そしてネロア・ルォーナピアナ』
「見てくれましたか? 皆さんの力と、僕の貴方と死国にかける思いを……」
『ああ、見たとも……だが、認めてはいないぞ。生憎、俺は用心深いんでな。この程度ではまだまだ足りないぞ、ネロア』
「わかりました、では今からすぐに、もっとすごいことを見せてあげますよ……僕が、死国トードイスムカの復権を成し遂げる様を!」
ネロアは剣を構え、強欲の化身へ迫った。強欲の化身も鏡写しにネロアへ突撃する。
そして二人の剣が、激しく金属音を鳴らしてぶつかり合った。
*
「お邪魔しますよ」
彼はホイプペメギリ神殿の扉の片方を開け、すぐに礼儀正しく閉じてから、その奥へと進む。
足音すら優雅な雰囲気が感じられるような足取りで、暗い神殿の中を進み、そして『目的』を前にしたところで、ゆったりと片膝をついてひざまづく。
「こんにちは、ホイプペメギリ様。文国ヨヤアサの化神官、シュライベン=ブラット=グリュムです」
シュラの前に立つ、ただならぬ邪気を放つ黒衣の男――死神ホイプペメギリは言う。
「まさかミレアの者ではなく、ユールコアの申し子が、ここまで踏み入るか……」
「いやはや、話には聞いていましたが、まさか今のトードイスムカはボク一人で危機に瀕する程、死に体だとは思いませんでしたよ」
シュラはすぐに本題へ切り出した。
「して、他国の人間がここまで来たんですから、相応の報酬はくれますよ、ねぇ?」
ホイプペメギリは即座に返す。
「これで終わりのつもりか?」
「ええ、そうですとも。言い換えますと、勝利宣言ってとこですかね」
「そうか……それは残念だ」
ホイプペメギリはシュラを憐れむように言った。
「貴様が今まで戦っていたのは『死国』ではない。たまたま死国に残留していた有象無象だ。
にもかかわらず貴様はそれに勝っただけで『死国に打ち勝った』と語るのは、違う。言葉選びが間違っているぞ」
「ああなるほど、『語る』じゃなくて、そっちの『騙る』になっちゃってるのか今のボクは。これは失礼」
「別に失礼というわけではない。俺は、貴様が可哀想だと思ったのだ。せっかく死国に来たというのに、この国の象徴にして最大の名物にあたる『死』を、微塵にも味わえていないのだからな。故に……」
ホイプペメギリ神は右人差し指で、真横の虚空を下から上になぞる。
神の真横の床に、黒い穴が開く。
「……まだこの旅程を終わらせるんじゃない。そういう戯言は、コイツに勝ってから口にしろ」
まもなく、黒い穴が役目を終えて閉じた。
そして、試練場にいたモンスターの意匠を散らしたような装備によって装いを改めたネロアは、死神ホイプペメギリの真横に、化神官として堂々と立つ。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【憤怒の讃歌】
分類:モンスター
ランク:ボス級
レベル:66
死神ホイプペメギリがネロアに用意した試練場にいる、七大ボスモンスターの内の一体。オオカミ型のモンスター。
俊敏な動きと火炎放射が非常に厄介なモンスター。
怠惰の招待、傲慢の紋章とともに、強欲の化身に呼び出されて戦ったが、ネロアたちに誘導されお互いに潰し合わされたりと、散々な目にあって敗北した。




