20.ネロアの過去
「そ、そんな……ですが、もしこの国が滅んだら貴方は!」
『嬉しいことか悲しいことか……俺の存在は絶対に消えない。さもなくばこの国の死の概念があやふやになり、様々な不都合が起こるからな。
だからもう、どうでもいいんだよ、この土地に『ミレア領』や『属国』などの文字が頭につこうとも、トードイスムカという名前が大陸から消えても、な』
ホイプペメギリ神の深い深い絶望の思いを聞き終えて、ネロアは神に勇気づけるように、熱い思いをもって言った。
「ですが僕は諦めてはいませんよ! アビスさんの思い出がいっぱい詰まったこのトードイスムカを僕はそう安々と……」
『ならトドメをくれてやる。この話をするにあたって、アビス・オーディアンという化神官のことをはっきりと思い出してきた」
旧い時代の化神官であるということもあるかもしれないが、アビスは歴代の俺の右腕の中では群を抜いて優れた勇者だったと、神は思う。
武勇、知略、統率力の高さもさることながら、彼はある一点において神の記憶にいい意味で留まった。
――アビスは唯一、俺へ誠実に、化神官の辞任を申し出た者だった。自分勝手にいなくなったり、馬鹿な真似をして神に裁かれた馬鹿たちと違って。
「アビスさんが、化神官の辞任を申し出た……それに何か理由が」
『そうだ、それがこの話の肝だ』
ホイプペメギリ神はその申し出を受けるや否や、その理由を問い詰めた。
するとアビスは神に「神殿の中に誰か他にいないか」と尋ねるほど、過剰に周囲を警戒した後、「絶対に他人に言わないでほしい」と懇願してから――ネロアなら、他人で片付けられる仲ではないだろうから、今回はあえて禁を破る――ひどく、くたびれた様子でこう言った。
『「この国にいる連中は、もう救いようがない。できることなら全員二度と立ち直れなくなるほど殺してやりたい」と……一応言っておくが、これは紛れもない事実だ。決して貴様を完膚なきまでに叩きのめすための脚色などはしていない』
この時もまだ、強欲の化身は剣を散漫な動きで振っていて、ネロアも最低限の動きでそれを防いでいた。
しかし、アビスの過去の話を聞いた途端、ネロアはその最低限の守りすらも捨て、呆然と立ち尽くした。
強欲の化身も同じく、剣を振る手を止め、棒立ちする。
「おい、リュート、なんかネロアの様子がおかしいぞ!?」
「ぶっちゃけちょい前からおかしかったよ! モノマネキツネに向かってブツブツ語りかけてたし!」
「けど、今はすげーおかしいぞ! 死神モノマネ野郎を前にして何もしてないんだぜ!」
「けどけど、ニセ死神もなんか動きが止まってない? 多分、お互い休憩タイムに入ったじゃないの?」
「それこそ超絶おかしいだろ!? 今まで散々辛い目に合わせてんのによ! あーもういい、とにかくオレっちらでこの三体をネロアに近づけないようにしとくぞ!」
「そうだね! きっとネロアちゃんの特大奇策があるのかもしれないし!」
アンティルとリュートは健気にずっと頑張っている。しかし今のネロアはそれに応える余力はなかった。
すっかり放心状態のネロアに対し、ホイプペメギリ神は、彼女の頭の中から、今一度告げる。
『夢から醒めろ、ネロア。貴様はここに帰るべきではない。これ以上頑固を続けるのなら、この大陸の中で最も恐ろしく、最も穢れている死を遂げるだけだ』
「……そうですか、わかりました、では……」
そしてネロアは、眼前にいる強欲の化身の顔面を思い切り殴り、仰向けに寝かせた。
「おっ! 休憩タイムが終わった刹那に攻撃するなんて! さっすがネロアちゃん! 容赦ないねー!」
「それほど容赦ないのか? オレっちだったら余裕で武器ぶっ放すぞ……おーいネロア、今の、どういうつもりなの?」
「でしたらさっさとくださいよ! この大陸の中で最も恐ろしく、最も穢れている死を!」
強欲の化身は戸惑いながら、ゆっくりと立ち上がる。ホイプペメギリ神はネロアへ問いかける。
『……どういうつもりだ、ネロア!?』
「お返しにと言ってもなんですが、僕にもお話させてくれませんか」
と、前置きをしてから、ネロアも過去を語りだす。
*
僕が物心ついた頃、まず知ったのは、僕には父さんと母さんも、誰一人として血の繋がった人がいないことと、自分が他の子供たち住んでいる家は『孤児園』という名前で、新しい家族に出会う前の仮の家だということでした。
ちょっと世知辛いことですが、そうポンポンと僕たちを受け入れてくれる親はあまり来てくれない。運が悪い僕は、未だに他の子が良い涙を流してお別れしていくことを見送るばかりです。
他の残った子どもたちや、施設の方々とは仲良くやっています。だから、新しい家族に巡り会えなくても、嫌な気持ちは決してなかったです……とは言い切れません。
拙い表現かもしれませんけど、結局みんな、他人なんだ、付き合って『くれている』んだっていう感じがありました。
ああいう経歴を除いても僕はまわりからヘンテコな子どもと思われがちなのもあって、長い間、『本当に安心して居られる、自分の居場所がない』ことに悩んでいました。
あ、ご安心ください、イジメとかはなかったですよ。傷つかない程度にイジられるくらいでしたよ。
転機になったのは、八歳の誕生日の時でした。
よっぽど高いものじゃなければ、一つだけ好きなプレゼントを買ってもらえるのが家のルールでした。
僕は特に欲しいものがなくて、職員の方々におまかせしていたら、その頃流行っていたゲーム――ロジスティクス・サーガのVR端末をもらいました。
それから僕は、個人的に興味があった死国トードイスムカに行き、アビスさんの悲劇の演出団に所属し、ギルドの皆さんと凶悪なモンスターに挑み続けました。
それが僕は楽しくてしょうがなかったです。単純に高難易度の敵に打ち勝つのが好きだったというのもありました。けど、何よりも、僕はここに居ることが幸せでした。
温かいギルドメンバーに囲まれて、同じ目標に向かって団結できて、アビスさんという恩師に出会えて……僕は、ここでようやく本当の人の温もりを感じられて、嬉しかったんです。
しかしその後、僕自身の勝手な感情で、僕は悲劇の演出団から、死国トードイスムカからしばらく去ってしまったのでした……
*
「……それから数年経って今、僕がロジスティクス・サーガに帰ってきた時、悲劇の演出団は跡形もなくなってしまいました。
だから、僕は決めたんです。『この思い出の土地だけは守り抜こう』と。そのためなら、僕はどんな困難にでも立ち向かおうって……たとえ周りから変だと言われても、ミレアの大軍に何度も負けようとも、たった一人になろうとも、貴方から直々に死を賜わろうとも!」
そしてネロアはもう一度問いかける。
「さぁ、どうしますか、ホイプペメギリ様!?」
『あいわかった。では望み通り――処刑を再開してやろう!』
と、ホイプペメギリの叫びが頭の中でこだまするのと同時に、強欲の化身はネロアに斬り掛かった。
繰り出されたのは例の如く早く、重い太刀筋。しかし今日、数百に渡って剣をぶつけ合って、見慣れている。
ネロアはこの一撃を難なく受け止めた。
「なんだ、てっきり神様特有の神通力かなんかで即死させられるかと思いましたが……」
『さっき話した、ヨヤアサの化神官を俺自身が追い払えない理由と同じだ。みだりに神の権能を使うことは、俺たちの理に触れる。だからここにいる四体の手勢を介して事を執行する。
特に貴様の正面にいる魔物。こやつは本来、相手の動きを学習して反撃することを得意とするが、此度は人の限度に収まる程度の、俺の殺しの技の一部を学習させ、一流の処刑人に創り変えた……果たして貴様にこの死を乗り越えられるか?』
「なるほど……やはりお優しいですね、ホイプペメギリ様」
『こやつの能力くらい、とうに貴様は察しているだろうに。今更説明したところで遅いくらいだ……』
「いえ、僕が優しいと思ったのはそこじゃなくて、この戦闘が、非常に難しい内容ではありますが、攻略自体はできなくもない難易度に仕上がっていることについてです。
神様の法に触れないようにするとしても、もう少し理不尽なことができるんじゃないんですか? 追加の三体のモンスターがお互いの攻撃で傷つかないようにするとか、既に倒したモンスター三体までもが投入されるとか」
『……だから、何が言いたい』
ネロアは強欲の化身の剣を押し返してから、ニヤッと笑って言う。
「特にはないです。強いて言いますと、ホイプペメギリ様、やはり僕に化神官を与えるつもりが多少あったのでは? ってことでしょうか?
よくよく思い返してみると、リュートさんがいくら叩いても開けなかった神殿の扉を、僕が来た時はすんなり開けていたり……」
『それは、別の事情があるからだ。なにせあの小娘は音国の……いや、貴様、俺をからかう暇があるなら試練に集中しろ!』
強欲の化身は押し返されてすぐに、再びネロアへ突撃し、首筋めがけ剣先を向ける。
ネロアは剣を振り上げて刺突をいなし、間髪入れず振り下ろし、相手を袈裟に斬りつける。
そこからネロアはダメージを稼ぐべく、前のめりになって、強欲の化身を連続で斬りつけた。
その時、リュートが叫んだ。
「ね、ネロアちゃーん! ごめんアタシもうへとへとだから! 一瞬その牛さん頼むねー!」
リュートが引き付けていた牛――怠惰の招待が、ネロア(と強欲の化身)へと突進してくる。
アンティルは憤怒の讃歌と傲慢の紋章、二体が振りかざす爪をヒラヒラかわしつつ、
「あーあ、せっかくのラッシュの最中だったってのに、リュートの奴め、変なタイミングで手抜きやがって……おいネロア、ここいらで一発リュートに言ってやれ」
「わかりましたリュートさん! 上手いことやっておきます!」
「いやそこは軽くキレとくんだよ、そこは」
ネロアは連続攻撃の締めに、強欲の化身のみぞおちに膝を食らわせ、怯ませる。
迫りくる怠惰の招待めがけ、紐付き剣を投げ、奴の左角に引っ掛ける。
そして紐をしっかりと掴み、力いっぱい跳躍し、ネロアは怠惰の招待の背に着地した。
さらに強欲の化身もネロアの後を追い、彼女と同じ方法で怠惰の招待の背に行く。
突進の目標が無くなった怠惰の招待は、前足を突き出し急停止。そして背上で戦っているネロアを振り落とそうと、その場でジタバタ身体を揺らした。
「アンティルさん! 今です! ちょっと久しぶりにいきましょうか!」
「すげぇ、リュートの無茶振りを逆に利用しやがった……あいよ! 今連れて行くぞ!」
アンティルはボスモンスター二体の注目を集めたまま、怠惰の招待の方へと飛行する。
無論、憤怒の讃歌と傲慢の紋章はそれに引かれ、自ずと怠惰の招待に接近する。
そして二体は、今度こそアンティルを仕留めるべく、狙いを研ぎ澄まし、渾身の力を込め、各々の鋭利な爪を振りかざす。
「せっかくゲットできた新スキル、初使用がこんな形なんてちょっとカッコわりーけど、しゃあいよな……【チャージ・ギフト】!」
アンティルは獲物の銃に力を込め、巨大な光弾を放つ。その行き先はまさしく明後日の方向で、何にも当たらなかった。
しかし、そんなことはどうでもいい。アンティルにとってこのスキルを使用した目的は光弾の方ではなく、使用時の副作用の方にあるからだ。
アンティルは光弾を発射した際の反動で、後方へと急速に移動した。
数秒後、彼の眼前で二体のモンスターの爪が、空を切る。
そしてさらに数秒後、鼓膜を突き破るような鈍い悲鳴が、試練場に響き渡った。
二体が振りかざした爪が、怠惰の招待に思いきり突き刺さったのである。
怠惰の招待はこの激痛でのたうち回り、やがてこれまでの鬱憤を晴らそうとするかのように、明らかに傲慢の紋章を狙って突進した。
傲慢の紋章は自慢の膂力を用いて高く飛び上がり、突進を避ける。
そしてたてがみを帯電させ、怠惰の招待の背中へと急降下。
この絶大な衝撃と感電のダメージによって、怠惰の招待のHPはゼロとなり、その身体は塵となって消滅した。
これを見下ろしてアンティルは、申し訳なさそうに一言。
「狙ってやったことだけど……まさかこんな死に方するとは奴も思わなかっただろうなぁ……あれ、そういやアイツらは?」
アンティルは辺りを見渡しアイツら――ネロアと強欲の化身を探す。
後者は簡単に見つかった。試練場の端の方で倒れていた。怠惰の招待が激痛でのたうち回った際、ふっとばされていたのだろう。
ではネロアも同じようになっているのでは? アンティルは不安を抱き、血眼になってあちこちへ目を向ける。
「ここですよ! アンティルさん!」
声がしたのは後方上だった。アンティルが振り向くと、ネロアは下へ落ちて行った。
ネロアは怠惰の招待の暴走を生かして宙へ飛んだのだ。
落下の最中、ネロアは剣に闇のオーラを纏わせつつ、最上段で構える。
彼女の目線の先にあったのは、味方を倒して着地したばかりの傲慢の紋章だった。
「貴方もですよッ! 【堕落の衝】!」
ネロアは重力を味方にして、傲慢の紋章の脳天に剣を豪快に叩き付けた。
スキル【堕落の衝】は高いところから繰り出した分だけダメージが増加する。
傲慢の紋章は一気に残りHPを持っていかれ、怠惰の招待の後を追わされる羽目になった。
ネロアは両足と片手をついて着地してから、
「さて、後はあのオオカミと、貴方だけですね……」
剣を構え直し、体勢を立て直した強欲の化身へと向き合った。
頭の中からホイプペメギリ神の声がする。
『あれだけの苦境の中、二体の強大な魔物を倒すとは、旧き化神官に鍛えられた腕に嘘偽りはない、か……』
「貴方からようやくお褒めの言葉をいただけるとは、光栄です」
アンティルは高度を落とし、ネロアからだいたい十メートルほど離れた空中に留まる。
「あのーネロア、さっきからずっとオレっちでもリュートでもない誰かと話してないか? 一体どうしたんだよ」
「ホイプペメギリ様が脳内に直接語りかけてきてるだけですよ」
「どこが『だけ』なんだよ。さっきみたいにオレっちらにも聞けるようにしてくれたらいいのに……」
「さて、ホイプペメギリ様、この試練、先の連続撃破の勢いのまま、攻略させていただきますよ」
そう言った直後、ホイプペメギリ神はネロアの頭の中にこう尋ねる。
『ところでネロア。何故俺が貴様が化神官となるための試練に、そこの翼の少年のような部外者に助力させているか、覚えているか?』
「はい、覚えています。化神官は神に代わって国を統べる存在。ですから個の武勇ではなく、皆を導く力も必要なので、そこを測るためにも……」
『御名答。ではその実力も見せてもらうぞ……!』
と、ホイプペメギリ神が言葉を発した刹那、強欲の化身は左手のひらを前に突き出し、闇属性エネルギーでできた、人の背丈をあっさりと包み込めるほどの大きな球体を生成し、瞬時に発射した。
闇の球体はゴゴゴとおぞましい音を立てながら、凄まじい速さで飛んでいく。その射線の先にあるのはネロア……ではなく、アンティルだった。
「なっ、ネロアじゃなくてオレっちを……」
アンティルは痛恨の思い込みをしてしまった。
強欲の化身は先程からずっとネロアをマークしていたため、どうせ今回もネロアを狙うんだろうと高をくくっていたのだ。
闇の球体の大きさからして、もう回避は間に合わない。
「【クロス・ギフト】!」
十字を描く光弾を放ち、相殺を試みたものの、敵の攻撃の威力はまるで衰えてない。
そして二の矢をどうするかと考えているうちに、闇の球体はもう自分の手前に来ていた。
「すっ、すまねぇネロアァァァッ!」
闇の球体が炸裂する。
これにより、ネロアは大ダメージを負い、うつ伏せになって倒れた。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【傲慢の紋章】
分類:モンスター
ランク:ボス級
レベル:65
死神ホイプペメギリがネロアに用意した試練場にいる、七大ボスモンスターの内の一体。ライオン型のモンスター。
たてがみに電気を纏わせ、膂力を活かして突進や落下攻撃を繰り出し、勇敢な戦い方をする。




