19.死神のターゲット
ネロアは、強欲の化身との剣戟を続けた。その顔には焦りが見えていた。
なんせ、彼女の上空には、稲妻を帯びて回転を加えつつ落下する、傲慢の紋章がいるのだから。
傲慢の紋章の巨体からして、この場に留まれば危ういのは強欲の化身も同じ。それでも奴は一心不乱に眼前の敵を倒すために剣を振り続けた。まるで、自分もろともネロアを潰すつもりであるように。
「アンティル、アンティル! ネロアちゃんがまずいよ! あのままじゃあ稲妻ライオンに潰されちゃう!」
「そんなの見ればわかるっつーの、リュート! けど……こっから先に言うことはどうせお互い様だから、以下略!」
「うう、それなー……この狼め! そろそろ休憩時間にでも行ったらどうですかー!」
アンティルは怠惰の招待に、リュートは憤怒の讃歌への対処に手一杯で、到底自分の助けに回れる余裕はない。
かくなれば、自分の活路はこれしかない。ネロアはアビスに教わった言葉をつぶやいて、腹をくくった。
「……死ななきゃ安い!」
ネロアは一瞬、剣を振る手を止め、自ら隙を出した。そこに強欲の化身は容赦なくネロアの腹部めがけ刺突を放つ。
ここで一つ解説を入れるとしよう。
このロジスティクス・サーガは運営からのありがたい方針で、残虐またはグロテクスな描写は極力抑えられている。
例えば、現実世界で明らかに四肢切断に至るような攻撃を受けようとも、まるで刃物が幽体化したように通り過ぎ、ダメージと該当部位の動きがしばし鈍くなるだけですむ。
さらに言うと、プレイヤーが感じる痛みについても、どのような攻撃を受けても、タンスの角に小指をぶつけたとき以上の痛みは絶対に発生しないようになっている。
閑話休題。今、刺突を直撃したネロアは腹部から、タンスの角に小指をぶつけたのと同格の痛みを感じつつ、後方二十メートルほどまで吹っ飛んだ。
その先で片膝で立ち直しつつ、ネロアは反射的に刺突を受けた箇所をさわる。
その箇所はダメージが発生したことをわかりやすくするビビットカラーのエフェクトは発生しているが、傷跡や出血はまったくなかった。
が、長らくこのゲームをプレイしていたネロアにとってはそういう仕様はどうでもいい。
傲慢の紋章は顔面から試練場の床に落下し、蓄積した電気を放った。だがその範囲には宿敵の姿はない。
ネロアはノックバックを利用した捨て身の回避によって、無事を得たのだ。
ネロアは回復アイテムを使う暇さえ惜しまず、剣を構え直し、周囲への警戒をする。
それは傲慢の紋章に対するためのものでは決して無い。自分と同じく奴に潰されかけた強欲の化身のためだ。
ネロアは決して淡い希望を抱かなかった。そしてそれは正解だった。
自分の頭上から、強欲の化身が剣を下向きにして急降下してきたのだ。
直線的な攻撃で助かった。ネロアは横にローリング回避を繰り返し、強欲の化身の落下を危うげなく回避。そして双方は十メートルほどの間合いを保って、再度睨み合った。
その側で、傲慢の紋章は自分で作ったクレーターの上で立ち上がり、またしてもネロアへ襲いかかろうとした。
しかし、
「いい加減にしやがれこのクソライオン!」
「ネロアちゃん! 一旦コイツも受け持つから安心して!」
アンティルに誘導された怠惰の招待の頭突きと、リュートに誘導された憤怒の讃歌の蹴りを両サイドから食らい、体勢を大きく崩して倒れた。
「ありがとうございます」
二人へ短く感謝の言葉を述べた後、ネロアは強欲の化身の斬撃を受け止める。
そこから例のごとく剣戟が始まった。最中、ネロアは考える。
(この試練、徐々に様相が変わっています。三体のモンスターが追加投入されたのもそうですが、何よりも、この強欲の化身がおかしい。
先程の『無節操な人の技の模倣メイン』から『無駄の少ない正統派の攻撃メイン』のスタイルに一気に切り替えて、僕を討つことのみを優先して行動している。特にさっきの傲慢の紋章の奥義の時は殺意の塊でしかなかった。
流石はホイプペメギリ様、今度ばかりは厳正な選定を行っているようです。ですが、これさえ越えられれば後はもう怖いものはありま……)
『いい加減、夢から醒めたらどうだ、貴様』
「!? この声は、ホイプペメギリ様!?」
強欲の化身との攻防の最中、ネロアは一瞬、辺りを見渡した。アンティルとリュートが必死に三体の大型モンスターを引き付けている様子が見てとれた。
さっきのは確実に空耳でも、幻聴でもなかった。
ホイプペメギリ神は、ネロアただ一人に向かって、彼女の頭の中に声をかけたのだ。
『もう一度言う。いい加減、夢から醒めたらどうだ』
「ホイプペメギリ様、こんな半端なときに突然どうしたのですか? 夢から醒めろとはどういうことですか?」
今のネロアにはホイプペメギリ神の姿は見えない。けれどもこの時は、頭を抱えている様がはっきりと思い浮ぶように、神は言った。
『……わかった、より直接的に述べる。直ちにこの試練を降りろ、ネロア。お互い時間の無駄だ』
「何故ですか!? ホイプペメギリ様! この試練中、僕が貴方の不興を買うような真似をしていたからですか!?
……まさか、試練場の外でとうとう冥都が完全に制圧されたとか……」
『……ネロア・ルォーナピアナ。貴様は神である俺ですら奇跡の産物に思える逸材だな。
この普通なら、絶望以外の何でもない状況を死ぬほど味わってもなお、俺が言いたいことがわからないのか?』
「この絶望的な状況を、死ぬほど味わってもなお……」
ネロアは、強欲の化身と剣をぶつけ合いながら、冷静に考える。
この強欲の化身の能力の攻略法を見つけた途端、三体のボスモンスターが放たれた。
それに怖気づかず、三体のボスモンスターのいなし方を構築すれば、今度は強欲の化身がスタイルを変えて自分を苦しめた。
そもそもの話、圧倒的なレベル差のあるモンスターを七体倒せという難題を押し付けられていた。
この試練の始まりから現在に至るまで、ホイプペメギリ神に与えられたのは、普通なら、『絶対に無理』と思うしかない場面だった。
ネロアは、ホイプペメギリ神の思いに気づいてしまった。
ネロアは、口を開くことを躊躇った。自分が導き出した答えが当たっていることをひどく恐れた。
目の前にいる、神の姿を模した強欲の化身が、急に剣技のキレを高めてきた。
あたかもホイプペメギリ神が『真実から逃げるな』と訴えているように思えた。
ネロアは、観念して、ホイプペメギリ神へ答えた。
「ホイプペメギリ様、貴方は、僕を化神官にするつもりはないのですか」
ホイプペメギリ神は言った。
『そうだ。俺は何があろうとも、もう化神官の座を渡すつもりはない』
このはっきりとした神からの言葉に、流石のネロアも戸惑いを隠せなかった。目から熱いものが溢れ出すような気もした。
ネロアは、すがる思いでホイプペメギリ神に尋ねた。
「ですが、このままでは貴方の聖域が、死国トードイスムカが他国の手中に落ちてしまうんですよ……『緊急事態だから無条件で』とは決して言いません。せめて、この試練を終えた暁には僕に……」
『この国が落ちる――それこそが俺の願いだ』
と、ホイプペメギリ神が言った直後、強欲の化身の攻撃の手が急に緩み始めた。
『ネロア、ここまで俺の無理難題に耐えた褒美だ。冥土の土産に聞かせてやる……貴様がこの死んだ国への未練を捨てられるようにな』
*
死神ホイプペメギリは、呼び名の通り死を司る神。
このロジスティクス・サーガ内で死亡した者の魂を、相応の労いを経て現世に送り返すことが務めである。
ちなみに、この務めをゲーム的に言うと、ピープルなどのNPCは大陸全体で足りなくなった分だけ再配置し、プレイヤーは死亡時の状況にそったデスペナルティを与えた後、復活させることを指す。
その関係上、ホイプペメギリ神は自分の下に来た者たちの死に至る経緯を都度拝見している。
中でも、神は自分の領土であるトードイスムカのプレイヤーに関しては特に注意してその内容を見た。
そうしてホイプペメギリ神は、覇権国と化したミレアがトードイスムカへの侵攻を本格化させた時から、ある傾向に気づいた。
自国のプレイヤーが死んだ理由は大まかに分けて三つだった。
一つ目は、自国のプレイヤーとの決闘に負けたから。これは日常茶飯事なので気に留めなかった。
二つ目は、ミレア・プレイヤーに襲われて負けたから。
三つ目は、ミレア・プレイヤーの侵略に抗って負けたから。
――この三つの死に方がそれぞれ、二・七・一の比率であった。
他の七国と比べて最も少ない国民のたった一割しか国を守る気が無い。国の頂点に立つ存在として、その現実が神の心を悲哀で満たすのには十分すぎた。
それからも、覇権国ミレアの大侵略は続いた。純粋な支配域が減るのに比例して、国のために戦う有志は減っていった。
ついでに、野心ばかりは一丁前で才気が伴わない化神官の就任と解任が相次いだ。
これらの悲惨な出来事から、ホイプペメギリ神の悲しみは徐々に、諦めに変わっていった。
死国トードイスムカが死ぬ。それが今のホイプペメギリ神が期待しているこの国のあり方である。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【怠惰の招待】
分類:モンスター
ランク:ボス級
レベル:64
死神ホイプペメギリがネロアに用意した試練場にいる、七大ボスモンスターの内の一体。ウシ型のモンスター。
純粋に強靭な肉体を持つ、角を突き出しての強烈な突進を得意とする、などなど、無骨に強力。




