15.冥都の襲撃者
ネロア、アンティル、リュートの三人はまだ、死神ホイプペメギリの試練場にいた。
「また丸飲み攻撃が来ますよ!」
七体いる試練の撃破対象の内、ネロアたちが選んだ二体目のターゲットは、ワニ型のボスモンスター、【暴食の模範】。
それは重力を完全無視して、専用の戦闘フィールドの空間を縦横無尽に動き回り、目に入った三人のいずれかを食らおうとしていた。
ただいまの奴の標的はアンティルだった。びっしりと歯の並んだ大口を広げたまま、斜め上方向に進んでいく。
初見ならば絶対に死を覚悟するしかない場面。
だが、三人はこの試練のシステムを利用し、リトライを繰り返して敵の行動パターンを把握している。
その経験をもって、アンティルと暴食の模範の動きを横から見ていたネロアは、叫んだ。
「アンティルさん、これはチャンスです! 奴の口内に銃を!」
「お、おう……!」
アンティルは暴食の模範を確実に急所を狙撃できる距離まで引き付け、構えた銃で狙いを定める。
「うらぁ!」
そして、意を決して放った銃弾は、口内というよりは、どちらかというと頬に被弾した。
「あらー……リュートさん、アレを!」
「ほいほい! 【アタック・コール】!」
これまでの散々な戦歴を加味して、バッファーとしての役割を押し付けられたリュートは、ネロアに物理攻撃力のバフをかける。
ネロアは暴食の模範の脇から剣を投げ、喉に突き刺す。それだけでなく、ネロアは剣の紐を引き、自ら口内へ飛び、蹴りを食らわす。
この二連続の急所への攻撃が致命傷となり、暴食の規範は力尽きて消滅した。
「……ふぅ、危ない場面でした」
一段落した所で、アンティルは真っ先に謝った。
「すまん、ネロア! 俺がキッチリ狙って撃てばあんな無茶しなくてもよかったのに!」
「大丈夫ですよ。あの程度は全然無茶ではありませんから。さ、気を取り直して、とっとと次へ行きましょう」
次のボスに備え、三人は暴食の模範の部屋を出て、祠で休息する。
最中、リュートはネロアに質問する。
「ほんっとネロアちゃんって度胸あるよねー、この前もアタシたちに『死んでこい!』的なこと言ってたし」
「正確には『ボスモンスターを調べて来てほしい』ですけどね。けど度胸は、確かにある……んでしょうかね? ほぼ死にかけのこの国を救いたいといって、特に考え無しでホイプペメギリ様の元に行きまして、このような試練場を用意してくださったのですから」
「ま、そういう所がきっと、あの死神が気に入った所なんだろうな」
「さ、では休憩はここまでにして、次行きましょう。あとたったの五体ですから」
「五体『も』じゃねえのか……?」
*
三人が次のボスと戦おうとしている間、冥都では、いつもどおりプレイヤーたちが戦闘に明け暮れていた。
冥都を歩き回り、自分と同じく闘争を求めてやまないプレイヤーと戦い、騒ぎを聞きつけたプレイヤーとも戦う……その混戦に明け暮れるのがトードイスムカの大半のプレイヤーの日課である。
なので、今現在、トードイスムカのプレイヤーの大半は、ここ冥都に集結していると言っても過言ではない。
だから、ある男が越境し、トードイスムカへの侵攻を開始したことが、ここのプレイヤーの中で知れ渡ったのは、彼が冥都に来た時だった。
「キェェェ……何だ、あのキラキラした蝶の群れは!?」
そのモンスターの名前は【ロイヤルバタフライ】、ヨヤアサの高レベルな【詩人】が召喚できるモンスターである。
「さぁ、行って、そして好き放題滅ぼしてくれ、ボクのモンスターよ」
このモンスターの召喚主はそう、ゲイルリンドの『トードイスムカ侵攻計画』を飲んだ、ヨヤアサの化神官、シュラだ。
彼は【ロイヤルバタフライ】などの、自分が呼び出せるモンスターをありったけ召喚し、それらと共に冥都を襲撃した。
「見たこともねぇモンスターだ!」
「ガハハ! こりゃあ楽しい楽しい死闘が出来そうだ!」
これに死闘大好きトードイスムカ人は狂喜乱舞し、モンスター達と交戦を開始した――自然に防衛戦の構図が出来上がった。
化神官が呼ぶ選りすぐりのモンスターと、数々の死闘により鍛えられたトードイスムカのプレイヤー。総合的な実力はほぼ互角、彼らは冥都各所で一進一退の攻防を繰り広げた。
「【文神の執筆】……かーらーの、止めっと」
「ぐはぁ!? いつの間に防御力がこんなに……」
だが、その混沌とした戦場の中で、連勝と前進を悠々と維持できる人間が一人……やはりシュラだ。
自分の護衛には選りすぐりのモンスターの、さらに特選した、ボス級のモンスターを呼び、仮にそれをくぐり抜けた者がいたとすれば、化神官の特権を惜しみなく使い、稲穂を刈るようにプレイヤーを倒す。
シュラは台風の目のように、自分に近寄る敵勢をなぎ倒し、ジリジリと都内に食い込んでいった。
「思いの外真面目にやってるなー、シュラの奴め」
冥都から真東五キロメートルに敷かれたミレア軍の陣地にて。
ミレアより派遣されたトードイスムカの征伐軍の二大看板、ゲイルリンドとノルガードは、そのシュラの快進撃を見て、感心していた。
「どこぞの怠惰な指揮官よりは遥かに働いているようだ」
「おっと、自分勝手に他国の化神官と戦おうとした奴とは一緒にしないでくんないかなぁ? 僕はきちんと指揮官としての威厳を考えて動いているのになぁ」
「流石にそれは反省している。いくらヴァイス様に『自由にしていい』と言われたとは言えど、化神官に挑もうとしたのは、冷静に考えれば異常だろうな。幸い、ヴァイス様は寛大に受け止めてくれたが」
「その後の結果を考えると、マジで細かい話だからね。シュラひとりをこちらに引き入れたんだからさ。
ま、僕はあんまり嬉しくないけど。だって十数枚ぐらい無礼者の降格処分の始末書を書かなきゃいけなくなったんだからさぁ。そこんとこ、忘れないでよゲイルリンド君」
「それは面倒臭がるな。だから俺はさっき怠惰な指揮官と言ったんだ」
ノルガードはゲイルリンドの文句をかき消すがてら、陣地に控える自軍へ指示を飛ばす。
「あー、皆、僕たちミレア軍はまだ様子見ねー、シュラが九割ぐらい片付けてからね」
その間も冥都におけるシュラの快進撃は全く止まっていなかった。
その進行度に比例して、トードイスムカのプレイヤーはみるみる減っていく。モンスターもより一層暴れ回った。中には、ホイプペメギリ神の神殿に攻撃を加える奴もチラホラと現れるくらいにだ。
「って、おいこら。ここの神様にはまだ攻撃するんじゃない。こちらは死神とは勝負したくないんだからさ……」
*
一方その頃。試練場の三人は、三体目のボス――トンボ型モンスター【嫉妬の実像】と戦っている。
「くらいやがれ、オレっちの新技、【クロス・ギフト】!」
「【万死の薙】!」
「あ、【アタック・コール】……」
いや、戦ってい『た』。今丁度、十文字の光属性の弾丸と、禍々しい闇属性の斬撃と、申し訳程度のバフ……三人の合わせ技を受け、嫉妬の実像は砕け散ったのだ。
「……ふぅ、こいつも手強かったなぁ。とんでもないスピードで接近して、攻撃される前に攻撃してくるとか卑怯だろ……」
「ぜぇ、ぜぇ、『スキルを発動しようとしたプレイヤーを優先的に攻撃する』という仕様に気づいて、同時にスキルを発動してヘイトを操作する作戦を思いついたのが幸いでしたね。リュートさん、今回は本当にありがとうございます、無駄に気張って意味不明なタイミングでスキルを発動してくれまして」
「……ごめん、アタシ今すごい疲れてる……はぁ、そろそろアタシももっと目立つ活躍したかったなー」
「さ、次が折り返し地点です。まだまだ頑張りましょう」
呼吸を整え、三人は【嫉妬の実像】のボス部屋を後にし、祠のある試練の中継場所へ戻った。
「ぐわっ」
「きゃっ」
「何っ!?」
その瞬間、この空間が、側面から瞬間的に衝撃が加えられたように強く揺れた。
「わー、もう、びっくりしたー!」
「何でしょうこれは、さては次のボスの攻撃……」
「んなわけないっしょ、他の部屋にも干渉してくることなんて今までなかったのによ?」
「ここに来て新ルールでしょうか……」
ネロアは祠に駆け、
「すみません、ホイプペメギリ様。今の揺れは何事でしょうか?」
と、ホイプペメギリ神に直接問いただしてみる。
『驚かせてすまない。神殿が外部から攻撃を受けたのだ』
「攻撃……? 誰からでしょうか?」
『文国ヨヤアサの化神官ー』
「えー、シュラちゃんが、ホイプペメギリに来てるの!?」
と、リュートは、ホイプペメギリ神が話しているのもお構いなしに、驚きの声をあげる。
「シュラちゃん? 誰だよそいつ」
「文国ヨヤアサの化神官だよ! 確か本名は……えっと」
『……シュライベン=ブラット=グリュム』
「そうそう、そんな気がしてた! 本人が「シュラって気軽に呼んでくれ」って言って、ずっとそう呼んでたから忘れてたけど!」
「ヨヤアサ……あのスローライフが大好きな人たちの国ですか。そこの化神官が何故ここに?」
『それは知らない。文神ユールコアの申し子のことなど俺が知るよしもなかろう』
ですよね。と、アンティルは相槌を打ってから、自分なりにネロアを助けてみる。
「多分だけど、ミレアとトードイスムカの戦争から、漁夫の利を得ようとしてるか、ミレアがそそのかしたかのどっちかだろ、どうせ。あの平和ボケのヨヤアサが真面目に戦争するなんてありえない……」
「……いずれにせよ。神殿にまで攻撃が及んでるというのは、かなり危機的状況ではありませんかね。ホイプペメギリ様、外の状況がどうなっているかは、教えられないでしょうか?」
『……わかった』
ホイプペメギリ神は、一瞬謎の間を空けてから、祠の上に、神殿付近の様子を投影した。
冥都の中心部付近で、シュラが押し寄せるプレイヤーを、連れのモンスターに襲わせるか、自らが斬り伏せている場面がそこに映った。
『今こちらに攻撃が及んでないから、先程の攻撃は恐らく流れ弾だろう。だがシュラは俺を狙っている。事実、奴はこちらへと向かっている。化神官どころか纏め役のいない今、トードイスムカの大将といえばこの俺だ……』
「え、けどあんた神だろう? ならシュラなんかに負けずに、サクッと殺せるんじゃねえの?」
『確かに俺は神故に負けない、だが同時に、神故にシュラを倒せない。俺――というより、俺たちロジスティクスの神は、たとえ国を奪われる寸前であろうとも、ごく一部の例外を除き、人間に直接手を出せない絶対の掟がある。その例外の内の一つは、シュラが冥都を制圧したことを認めることだ』
「そんな……でしたら、決まりましたね」
ネロアは祠の前で、念じた。
リュートは一瞬忘れかけた、この試練のルールを思い出し、「ええっ!?」と過剰に大きな声を出して驚いた。
この試練を止めたければ祠の前で念じろ――今まさにそれをネロアが実行していた。
『貴様、この試練場を出る気か?』
「ええ、そのつもりです。そしてシュラさんを、止めます」
「おい、いいのかよ!? 確かあの神様、『出たらどうなっても知らないぞ』とか言ってなかったか?」
「ですが、仮にきっちりと試練を終わらせて戻ったとしても、そもそもこの国がどうなってるかわかりませんから。それに、僕はこのトードイスムカが一瞬たりとも他の国の誰かのものにされるなんて、絶対嫌なんです!」
『……それは、正真正銘の本音か?』
「はい、トードイスムカは、アビスさんの大好きだったこの地は、絶対に踏みにじらせはしません」
『……わかった』
ホイプペメギリはただそう言って扉を開いた。
「えっ、そっち!? ネ、ネロアちゃん、後ろ後ろ!」
リュートが慌てて指さした先は、あるボス部屋の扉だった。
すかさずネロアとアンティルは、祠に背を向け、扉の方を見る。
そこから、毛皮の一部のように炎を帯びたキツネ型のモンスター【強欲の化身】が現れる。
「あれは、他のモンスターに化けまくるやりたい放題の奴!? とうとうそのやりたい放題が極まって、勝手にボス部屋から出てきたのか!?」
『……先の通り、俺たち神は直接人間に手を出せない。故に、此度は奴を介する』
強欲の化身は、甲高い声で吠えると共に、己を群青色の炎で包んだ。それが消えた時、キツネ型の巨体は既になかった。
代わりにあるのは、黒衣を纏い、青と白が入り交じる双眸を輝かせる、大まかに言ってネロアたちと同じサイズ感の、記憶に新しい人の姿があった。
「あの狐が、ホイプペメギリ様……に化けた!?」
『その通り。では、後はこれまでと同様、死線を味わうがいい』
「「待って、話が違う!?」」
二人は全く同じタイミングで、ホイプペメギリ神の声がする祠へ詰め寄った。だが、返事は全く無かった。どれだけ叩いても、呼びかけても、祠からは一切の反応はない。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【色欲の一点】
分類:モンスター
ランク:ボス級
レベル:56
死神ホイプペメギリがネロアに用意した試練場にいる、七大ボスモンスターの内の一体。ヤギ型のモンスター。
攻撃が単調など、このモンスター自体はあまり強くはないが、雑魚モンスター【色欲の心酔】を大量に呼び出し、数の暴力で敵を苦しめる。
この性質をネロアたちにレベリングに悪用され、できる限り鍛えきったところで倒された。




