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14.文神ユールコアの化神官、シュラ

 エンチャント・エミット。レイザックは自分の戦法の要となるスキルを発動すべく、何度もそのスキル名を唱えた。

 しかし、何度その名前を言っても、レイザックが望む結果は何一つ起こらない。


「おかしい!? 何故エンチャント・エミットが発動できない!? 何のバグだコレは!?」


 とにかく原因をさぐるべく、レイザックは自分のステータスを調べる。

 やがて、所持スキル一覧ウィンドウを開いた。原因はここにあった。その一覧の中に【エンチャント・エミット】の表示がなかったのだ。


「馬鹿な、俺の技が……消えているだと!?」


「戦闘中にステータス画面なんて悠長に見るもんじゃないよ。【文神の執筆】」

 自分のスキルに起こった不可思議な現象に混乱するレイザック。そんな彼にシュラは容赦なく、二つ目の斬撃波を叩き込んだ。


 ダメージ量はほんの僅か。だが、先ほどと同じくそれ以外の効果が絶大だった。

 レイザックは焦りながら状態を確認する。今回の変化はすぐにわかった。ステータスの中でに明らかに浮いた記述が――『魔法防御力:1』という表記があったのだから。


「おわかりいただけただろうか。これがボクの【化神官】としての権能【文神の執筆】。その効果は非常にシンプル、ボクがステータスやスキルなどを『なかったこと』にすることさ。

 あ、ちなみに魔法防御力を消したのはデモンストレーションだからね。本来ならボクの狙い通りの概念をなかったことにできるからね。

 だから二個、感謝しなよ、わざわざ能力の説明をしてくれたことと、全行動に必要な素早さを下げなかったことをさ」


 自分の得意技にして、頼みの綱である【エンチャント・エミット】を失った。その現実をレイザックはようやく受け入れ、冷静さを取り戻す。

「な、ならば違う技だ……! 【グローリー・アサルト】!」

 レイザックは盾を突き出し、シュラに突進する。そしてシュラにあっさりとかわされ、壁にめり込んだ。


「ねえ、そのスキル、しばらく使ってなかったよね? 動きが全部散漫だったよ」


「やかましい……! 【正義の一振り】!」

 レイザックは振り向き直ると同時に、剣を、眼前に弧を描くように振る。

 このスキルも使い慣れていなかった。間合いが合っておらず、シュラが特に何もしていないにも関わらず無効に終わった。


「ねぇ、君。もう少しまともな攻撃出来ないの? レベル25の割には、まるで初心者のような立ち振る舞いしかしてないけど」


「う、うるさい……黙れ!」


 レイザックは逆上し、予備動作の無駄さなどを一切考えていない、力任せの大上段を振り落とす。

 

「【文神の執筆】」

 その前に、シュラに物理攻撃力を1にされた。

 シュラは、ポカンと剣が脳天に当たると同時に出た『0ダメージ』の表示を横目で見ながら、レイザックに語る。


「ところでさ、どうしてボクはあそこで野宿しているゲイルリンドさんに、君のことをチクらずに、相手をしているかわかるかい?」


「……知るかッ!」


「だろうねぇ……じゃあ冥土の土産に、試し読み分くらいの答えを教えてあげるよ。

 ご存じの通り、ボクは小説家として様々な作品を世に送り出して、ありがたいことに世界中のファンにお金を払ってもらったり、映画やドラマなどの二次作品をいっぱい作ってもらっているんだ。

 その秘訣はなんだかわかるかい? 『鮮烈さ』だよ。

 意外でも未知でもない。現実ではありえないが、空想としてはおとなしい『鮮烈さ』。これがボクの作品の魂なのさ。

 でもって、こういう鮮烈さの素材を調達するには、そういう風な体験をしていかなければならない。だからボクはこのゲームに目をつけたのさ。

 現実であり、空想でもあるが、どちらとも言い切れない世界――それがこの『ロジスティクス・サーガ』だからね」


「つまり、俺とこうして遊んでやっているのは……小説のネタ集めのためってことか!」


「はぁ、【文神の執筆】ぅー」

 シュラは雑にレイピアを振り、四発目の斬撃波をレイザックに食らわす。今度こそ素早さを1に下げた。


「確かにそれはそうだけどさ、勝手に要約しないでくれよ。ボクそういうファスト映画みたいな、作品を自己都合で圧縮する奴が嫌いなんだよ。

 いや、今回ばかりはありがたいかな……その一言でようやく君の性格が概ね理解できたからね」


「……何が?」


「潔いまでの結果主義なところ。自分が成し遂げたいことで頭がいっぱいで、そこに至るまでの過程が薄っぺらいんだ。

 だからこんな雑な襲撃をするし、スキル一つくらい封じられたくらいでまともに戦えなくなるし、いやそもそも、あそこで揉めてたんじゃないかな」


「聞いていたのか、あれを……」


「いや、内容はさっぱりわからない。けど多分そういう君の良くないところが起因してるのは確かじゃないかな。

 ああそうそう、これが言いたくてこの話をしたんだけど、実のところボクの【文神の執筆】は、誰にでも効くわけじゃないし、何でもかんでも消せる訳じゃないんだ。

 あくまでボクがあれこれ試しての考察ではあるけれど、そこに至るまでの経験が複雑・過酷であれば、それだけ消すのも困難らしい。

 だから、君にはサクサク【文神の執筆】が通用するのだろう。

 あのゲイルリンド君とか、ミレアの偉い方に媚売って、やれと言われたことを考えなしにやって、もし失敗すれば適当にごまかして、そしてとんとん上へ上へとやって来た……みたいな薄い経験をしてきた、みたいな具合で」


「オレの経験が、薄っぺらい……!」


「あ、ごめんね。別に悪く言ったつもりはないからね。すごい堅実とも思ったから」 

 と、シュラはフォローを入れる。


 だが、それはもう何にもならない。レイザックは尊厳の支柱を全てへし折られたようになっていた。

 二等国民に成り上がるまでの道のりは、シュラの言う通り堅実とも言える。

 だが、二等国民の輝かしい称号を得ているにもかかわらず、こうして味方と敵から追い詰められているのは、外側だけで、中身がないから。人よりは頭がいくらか回るレイザックは、そう素直に結論付けた。


 しかし……

「ふざけるな……俺は、俺はここまでのし上がったんだ! それを貴様に、ペラペラだのスカスカだの、好き放題言われるつもりはない!」

 この苦境を生んだプライドの弱点そのものは、どう考えても制御できなかった。


 レイザックは体に滾る光属性エネルギー全てを、宝玉の盾に注ぎ、

「このキザな小説家め……俺のこれまでの成果を思い知らせてやる!」

 その盾を床に思い切り叩きつける。宝玉にヒビが入り、光エネルギーが一気に弾ける。


 この強引な疑似【エンチャント・エミット】によって、シュラの屋敷が光に包まれ、その中でログハウスを構成する木材がまとめて粉々に砕け散った。


「うわっ、まぶしっ」

「何だよ今の閃光は……」

「おい、見ろよ! シュラの屋敷が……」


 この威力と破壊力に、外で野宿していたゲイルリンドの部下はテントから顔を出し、驚愕する他なかった。


 正常な夜の闇が森の中に戻り、別荘があった地点には土台が幾分か残っていた。

 その間で、レイザックは剣を杖にして立っていた。元より【エンチャント・エミット】の暴発対策として、光属性に耐性のある装備を付けていたからだ。

 そんな彼を、シュラは折れた柱の一本に立ち、何事もなかったような体裁でレイザックを見下した。


「後出しでごめんね。ボク、というより、【文神の執筆】はそういう単純な技も撃ち消せるんだよね」


 レイザックが光属性の炸裂を狙うと読むや否や、シュラは自分の正面に【文神の執筆】を放ち、生き延びたのである。


「さて、そろそろ、化神官として、無礼者に『制裁』を食らわせてやろうかな?」


 レイザックは、もう何も言わなかった。

 何一つとして、自分の思い通りにならなかった。その絶望感を受け止めるのに精一杯だった。


 シュラはレイピアを二振りする。

 一振りは【文神の執筆】のため、もう一振りはレベルを1まで落としたレイザックの介錯のためにだ。


 ゲイルリンドは、自分専用のテントの出入口に隙間を開けて、レイザックの死に様を覗いていた。

 それを見終えるとすぐに、チャット機能――連絡先を交換したプレイヤーと会話する、平たく言うと『電話』のような機能――を用い、通話をしていた。


「ただいま、例の二等国民がシュラ氏のスキルを受け、死にました」


『ご苦労。しかし聞いていて情けない戦いでした。相手が化神官とは言え、まともな勝負が出来ない者が二等の座にいるとは。

 その二等国民を、散々に愚弄した下級国民といい、階級制度のたるみが見えますね。後で是正を行わねばなりませんね』


「はい。その通りかと存じます。さて、この後の処理はどういたしましょうか」


『ここはすみやかにヨヤアサから撤退しましょう。交渉こそは失敗しましたが、「自国民を一方的に殺された大義名分」というカードは拾えたので、あとは十分です』


「かしこまりました。他に指定はございますか」


『ゲイルリンドさん、あなたのご自由にどうぞ。とにかくあなたというミレアの数少ない良心さえ帰ってくれれば、それ以上のことは望みません』


「はっ、かしこまりました。ヴァイス様」


 そう言ってゲイルリンドがチャットを切った丁度その時、ノック代わりの出入り口の布の揺れがあった。

「ゲイルリンド様! お気づきかと思われますが、あのレイザックの件で、シュラが貴方のことを呼んでいます! 早く出てきてください!」


「……わかった、すぐに出る」


 ゲイルリンドがテントの外へ出た時、彼の親衛隊はオロオロしていて、シュラは別荘の一部だった丸太を椅子代わりにして腰掛け、レイピアを構えて自分のことを待っていた。


「ようやく出てきたね、ゲイルリンド君。ねぇ、どうしてくれるのかな? ボクが書き物している最中に、君の部下が暗殺を仕掛けにきたんだけど」


 ゲイルリンドは親衛隊たちの前に立ち、シュラを睨んだまま黙り続ける。


「ど、どうしましょうかゲイルリンドさん! なんか返事したほうがいいんじゃないんですか!」

「早いところ逃げましょうよ! もうこんなところにいたって何にもならないし!」

「いや、もういっそ今ここでムカつくアイツをぶん殴ってください! ゲイルリンドさんの実力ならワンチャンなんとかなりますって!」

 化神官の恐ろしさを目の当たりにした親衛隊は狼狽し、ゲイルリンドへ各々、自分たちの頼みを言い始めた。


 餌をねだる小鳥の群れに囲まれたようになったゲイルリンドは、眉間にシワを寄せて、腰の脇においてあった右手を開き、手のひらを自分の足元に向けた。

 ゲイルリンドの周囲で、空気が揺れ動く。それはやがてそよ風の段階に達し、そこからさらに勢力を強めていく。


「な、何だ、この風は!?」

「あ、足元がふらつく……浮きそうになってる」

「まさか、この風は……」


 最終的に、ゲイルリンドの周囲で起こった風は、竜巻となり、彼の周りでさえずっていた親衛隊たちを宙に舞い上げる。


 ゲイルリンドは右手のひらを真上へ向ける。同時に、親衛隊たちはより勢いが強まった竜巻によって天高く押し上げられる。

 ゲイルリンドは、シュラを見据えたまま、右肘を曲げた。そして、宙に舞い上げられた親衛隊たちは、ヨヤアサの森の何処かに思い切り叩きつけられた。


 シュラは竜巻のためにとった防御態勢を解き、ゲイルリンドへ問いかける。

「てっきりボクは、あの竜巻を自分に向けてどうにかするのではと思ってたんだけど、まさか自分の味方を消すためとは意外だね。さてはこれ、さっき長電話してたあの人からの入れ知恵かな?」


「確かに俺は、お前の思っているお方から指示は仰いだ。だがな、俺はあのお方から信頼されているのでな……」

 ゲイルリンドは左足に力を込め、一気に踏み出し、風を帯びてシュラとの間合いを縮める。

 それと同時に、頭の横まで引いて力をためたパンチを、シュラめがけ繰り出した。

 

 シュラは直撃の寸前でレイピアの刀身を拳の前に出し、受け止める。

 大ダメージこそは免れたものの、相手とのパワーの差から、シュラは一気に背後へ押し飛ばされた。


「何してくれるんだよ。こんな急展開……じゃなくて鈍展開を広げるなんて。まさかここでさっきボクが散々馬鹿にして交渉を蹴った相手と戦うなんて」


「一応言っておくが、俺は思い通りの展開にならなかったと言って暴力を振るうほど短気ではない」


「ああ、そういうことじゃないのか。じゃあ何かな、あのレイザックとかいう部下の弔い合戦?」


「あんな奴の弔い合戦なんざ、奴の友達でもしない」


「じゃあ何、自分の国の誇りが許さない、とか?」


「……貴方の執着心の強さを考えると、否定か黙秘ではやり過ごせないだろうな」


「そうだよ、そうしたらできる限りの遅延行為をするつもりだったさ。それが嫌なら、話したまえよ。宣伝用の小冊子くらい内容量でいいからさ」


「わかった……俺にはな、ミレアに栄光を齎すことよりも――これも重要ではあると思っているが――本当に成し遂げたい目的があるんだ」


「ほう、で、その目的は一体……」


「宣伝用の小冊子に、物語の根幹が書かれていないように、ここではその目的は話すつもりはない。だが、そこに至るまで必要な目標は、ここで答える――シュライベン=ブラット=グリュム、貴方がた化神官に正々堂々勝つことだ」


「なるほど、だからあそこであの連れのお邪魔虫をお掃除したわけだ。文字通り邪魔だから」


「そうだ。尤も、最初のお邪魔虫のお陰で、比較的道理に沿って貴方と戦えるようになったがな」


「……ああそうかい。で、やっぱりこのまま戦うつもりかな? 現実的に一番しなきゃいけない目的を忘れて」


 ゲイルリンドは拳を構え、返事をする。

「勿論だ。安心しろ、俺はヴァイス様に認められているのでな」


 シュラは取材のため、一時期格闘技のレッスンを受けたことがある。

 だから彼は、最低限はわかる。ゲイルリンドの構えが、ジョブ【格闘家】のプレイヤーが一定の経験を積んでもやりがちな、見栄えメインの構えではなく、実践的な、隙のないそれをやっていることを。


(ああ、認められているってそういう意味もあるのか……まあいいや、だったらこっちは……)


 シュラも合わせてレイピアを構える。

 そしてそれを目前の空間に突き出す。レイピアを、元のペンに戻して。


「……どういうことだ、それは?」


「詳細は聞けていないけど、君の目指す目的は、さぞかし鮮烈であるとはわかった。けど、ボクじゃあ貴方の経験にそぐわない化神官だと思ってさ……」


 ゲイルリンドはまだ構えを解かないまま、尋ねた。

「まさか、ヨヤアサの化神官が降参ということか」


「流石にないよ。ボクにだって化神官として、誰かに降参したくないというプライドはある。

 ボクが言いたいのはさ、今朝の同盟の話を、もう一度やり直さないか。という話さ」


【完】

ロジスティクス・サーガ・データベース


■キャラクター紹介

【シュライベン=ブラット=グリュム】

 分類:プレイヤー

 所属:文国ヨヤアサ

 レベル:64

 ジョブ:【詩人】/【化神官】


 文神ユールコアの化神官。キザで飄々とした青年。

 現実世界では品位ある賞にはあまり好かれていないが、高いメディアミックス率を誇る人気作家。

 意外でも未知でもない。現実ではありえないが、空想としてはおとなしい『鮮烈さ』を求めて、取材のためにロジスティクス・サーガをプレイしている。


 ヨヤアサの【詩人】は攻撃性の高い虫型モンスターを大量展開して、相手を圧殺することを得意とする。

 さらに彼は、文神ユールコアから渡されたスキル【文神の執筆】により、相手のスキル、ステータスなどを『なかったこと』にして、相手の行動の幅を狭めるいやらしい戦法を使ってくる。


 シュライベンはドイツ語で『書く』、ブラットもドイツ語で『(書物などの)紙』という意味。

 グリュムは、童話でお馴染みの『グリム兄弟』と、またまたドイツ語で『緑』を意味するグリューンを混ぜたもの。

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