13.焦る栄光
腹部を中心に殴打の衝撃が、全身に広がっていく。
だがその苦痛よりも、今のレイザックの頭の中を占めているのは『戸惑い』だった。
レイザックは失礼のないように、苦痛に歪む顔を、より一層歪んだようにも見える人為的で不自然な笑顔に変えて、ゲイルリンドに問いかける。
「お待ちください、ゲイルリンド様。俺の今の行いは、コイツがミレア国民としての大前提である上級国民への敬愛を蔑ろにしていたことへの罰です。これはミレア国民にとって大切なことであると俺は信じています。なのに、何故俺はこんな制裁を受けなければならないのですか」
「その言葉を聞けば、確かに貴様の動機については、ミレアにとって正しいことである」
この時一瞬、レイザックは人工の笑みから自然な笑みを浮かべる。直後、彼はこの油断をひどく後悔した。
「しかしそれは、貴様が罰される理由にもなる。
失敗に終わったと言えど、他国がからむ重要な任務の最中に仲間内で私闘をする。これは貴様たちを連れてきた私の顔に泥を塗る行為――言葉を借りると、上級国民への敬愛を蔑ろにする行為ではないか」
「……ち、違います!? 私は決してそのようなつもりで……!」
「事の顛末は、きちんと本国に伝えておく。調和の砦に帰り次第、『支度』を済ませておくように」
ミレアの大幹部である【五造】の称号を冠し、数々のプレイヤーの進退を決めてきた。
こうした宣告をすれば、レイザックのような類の人間がウダウダとやることは見飽きている。だからゲイルリンドは踵を返し、ここを去ろうとする。
レイザックはゲイルリンドの左足にしがみつき、先程までかろうじてあった礼儀を全く取り繕わず、叫ぶ。
「お願いします! 降格だけはやめてください! ここまでミレア国民の理想を体現するため、必死に頑張ってきたのにあんまりじゃないですか! なんで俺だけにこんなひどいことするんですか!」
「ミレア国民としての自覚があるなら。本当にすべきことをしろ」
ゲイルリンドは左足を前に振り上げ、レイザックを道端の小石のように蹴飛ばす。それから彼はレイザックの行方すらも見ずに、速やかに自分専用のテントへ戻った。
レイザックは起き上がらず地面にうつ伏せにへばりついた。ゲイルリンドはあれっきり自分のテントに籠もった。同胞は、誰一人としてレイザックの現在に興味を持たなかった。
自分の涙で出来た泥水を啜りながら、レイザックは思った。
何故、あの町攻めの際、あの少女に出くわしたのか。
何故、失踪したアンティルとは違い、正々堂々処罰を求めた自分まで、このような仕打ちを受けるのか。
何故、町攻め一つを失敗しただけで、下等の連中に蔑まれなければならないのか。
何故、無礼な下等プレイヤーを正しただけで今の地位を落とされなければならないのか。
何故、満足に交渉の出来ない無能上司にここまでこき扱われなければならないのか……!
ミレアに所属して一年、ミレアの階級制度に従い、不平不満を言わず堅実に功を重ね、ここまで貢献して来たはずなのに……!
そして、レイザックは気づく。
どれだけ頭の中で自分の不運を数えても、誰も助けてくれはしない。と。
泥水の苦味にも辟易した頃に、彼は顔を上げた。その先にあるのは、シュラの別荘のログハウスだけ。やはり誰も手を差し伸べてくれる人はいない。
けれども、それで十分だった。レイザックにとって、このログハウスは彼にとって唯一無二の希望の道筋なのだから。
(ゲイルリンド……今に見ていろ。俺は、貴様には出来ないことをしてやる……!)
*
今、空には宵闇と月光があった。その下では今日も、大陸の各地で様々な人が、各々にとって必要な行動をしている。
「アンティルさん、もっと正確に撃ってください!」
「わかってる、わかってる! けどアイツやたらと早いんだから、少しは多めに見てくれよな!」
ある者は、神による試練場で、強敵との戦闘に明け暮れる。
ある者は別荘のログハウスにある書斎で、書き物に勤しんでいた。
シュライベン=ブラット=グリュム、通称『シュラ』、ヨヤアサの化神官である。
「『風は時に従いて吹く』と書こうかなここ……いや、これでいい。あまりに比喩を増やせば詩になってしまうからね。最近の若い人は詩的な表現をただ『難しそうな事言ってて凄い』と雑に褒めるか『難しい表現はわかりづらい』と怒るから。そもそも、こういうことはボクの管轄じゃない」
シュラはリラックスの一環として、両手を後ろに――右手にはペンを握ったまま――伸ばす。
「今のは中々怖かったよ。ひょっとしたら夜襲……どころか突然人に襲われることなんて生まれて初めてかもしれないね」
右手に握られたペンは、光属性を帯びた剣を受け止めた。
「今朝ぶりだね。えっと、ゲイルリンド君に立たされっぱなしにされてた……」
「ああ、俺の名前はレ」
「レイザック君だね」
(何故、俺が名乗る前に名前を知っている……!?)
先にシュラに名前を呼ばれて、内心微かに驚くレイザック。
シュラはこの一瞬の油断を突き、ペンを回して剣を明後日の方向にいなす。
ゆっくり立ち上がり、椅子を机に押し戻して余裕を見せつけつつ、レイザックと向き合う。
「何故俺の名を……」
「『ユールコアの領と、神の書斎ヨヤアサはロジスティクス大陸の北西にある。
神は無数の言を覚え、無限の語を話し、そしてそれらの意味を司る。
それ即ち、神は森羅万象の意を知るには事足りる』
――ロジスティクス神話全集より引用。
ま、つまり、ボクは『相手のステータスを覗ける』スキルを平然と持っているってことだね。
えと、君はレベル25……怖いもの知らずだね、ボクのレベルは64だというのに」
「レベル云々で、勝った気になるな! 俺は十ものレベル差があっても、なお勝った事例を知っている!」
レイザックはシュラへ、例の如く光属性を帯びた剣を振り下ろす。
シュラは唯一手に持っている道具であるペンで、その剣を受け止める。無論、そのペンを握る手は両手である。
(なかなかに重いな、光属性は、光が弱点のモンスターに追加ダメージを付与するだけでなく、クリティカル率を高める効果もある。今ボクが食らっているのはその効果だろう。
しかしこの光属性エンチャント、単なる攻撃力増強目当てにしてはかなり多くつけすぎているような気が……)
「【エンチャント・エミット】!」
レイザックの剣が炸裂するように光る――その剣にエンチャントされていた光属性を爆発させたのだ。
突然の猛襲に、シュラはペン一本では耐えられず。134ダメージ――HPを一割程持っていく大ダメージを受けている。
「今のは効いている……化神官相手に俺の攻撃が……」
「まぁ、【化神官】である前に【詩人】だからさ」
ここで一つ少々ややこしい解説をするとしよう。
ジョブ【化神官】は、【騎士】、【魔術師】という通常ジョブ業とは異なり、言葉を噛み砕いていうと『二つのジョブを掛け持つ』ような形になる。
通常の職業をベースに、八国の化神官特有のステータス補正とスキルが追加されるのだ。
例を挙げると、シュラの職業は『【詩人】/【化神官】』という表記になっている――文国ヨヤアサの【詩人】の能力をベースに、化神官の特性が付与されている。
そして、【詩人】というジョブは相手のステータスを異常化する、モンスターを手懐ける事に特化したジョブ、ヨヤアサの成長傾向はアイテムの有効活用を補助する物――つまり防御力に関しては、特に言うことはない。
つまり、この大ダメージは、シュラの、【詩人】の防御力に【化神官】の補正が若干入っただけの軟弱装甲によるものなのだ。
「しかし効くねぇ、これ。けど【エンチャント・エミット】は、武装に折角エンチャントした属性を全て発散して攻撃する技。これをいきなり使うというのだから……」
レイザックはシュラに休ませる暇を与えず、体から湧き出る光属性を剣に流しつつ、突きを繰り出し、
「【エンチャント・エミット】!」
剣閃の切先から光属性のレーザーを放った。
シュラはその剣閃を上半身を横に少しだけ傾けて、軽々とかわす。
「やっぱり、【Dt−Do】とかいう訳のわからない状態異常にカラクリがあるんだね」
シュラはレイザックの奇襲に気づいてから、戦闘の片手間、当人のステータスを閲覧していた。だから今の彼がわかっているのはレベル差や光属性の発生源だけではない。ジョブも使用スキルも、装備の内容も全て、わかる。
「レイザック君、君はもう終わりだ。なぜならボクは君が何が出来るか全てわかってるからね。だから……ああ、ちょっと先にこれ使わせてくれ。ええと、久々だな、戦闘用のスキル使うの……【ペンは剣よりも強し】」
シュラはペンをレイピアに作り変え、レイザックへ堂々言い放つ。
「気を取り直して――だから、せいぜい楽しみなよ、文神ユールコアの化神官の妙技をね」
「ああ、いいとも。じっくりと観察して、俺の踏み台にしてやる!」
レイザックは左手に宝玉が付いた盾を装備。そちらに光属性を流し込み、
「【エンチャント・エミット】」
盾を掲げ、宝玉から、無数のレーザーを部屋内に拡散放射する。
シュラは軽やかに部屋を駆け回り、レーザーを避け続ける。
その途中、レーザーの網を張り巡らせることに夢中となっているレイザックに向けて、
「見せてあげようか、文神ユールコアの神業を、ね……【文神の執筆】」
レイピアを振るい、黒と白が濁り混ざったようなオーラの斬撃波を浴びせる。
「ぐっ!?」
レイザックはこの未知の攻撃を食らったことで怯み、レーザー拡散を止めた。
だが落ち着いて自分の状態を確認すると、ダメージはなく、何らかのデバフがかかったわけでもなかった。
化神官の神業とはこんなものか。と、シュラの啖呵を嘲笑いながら、改めて剣に光属性を流し込み、
「今度こそ、一点集中で貫いてくれる……エンチャント・エミット!」
シュラに煌めく剣先を向け……それ以下もそれ以上もない。
レイザックの【エンチャント・エミット】は、発動しなかった。
「……効いてるね、ボクの【文神の執筆】が。これならもうすぐ、エンドマークが来るか」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【レイザック】
分類:プレイヤー
所属:命国ミレア
レベル:25
ジョブ:【騎士】
命国ミレアによるトードイスムカ侵略を担っていた隊長格のプレイヤー。国民等級は『二等』。
堅実な性格であり、それを活かして二等国民にまで上り詰めたが、それのせいで余計なプライドが身についてしまっている。
ネロアに敗北した以降、その地位を周りから疑問視されており、功に焦っていた。
ミレアの【騎士】は剣と盾をメイン武器とし、簡単なバリアの展開など、いざという時に仲間を助けられるようなスキルを持つことが多い。
彼の【Dt-Do】は、飲むと身体から大量の光属性エネルギーを生み出し、随時武器に流してエンチャントできる。
これを活かし、武器にエンチャントしたエネルギーを炸裂させる大技スキル【エンチャント・エミット】を連発して戦う。
名前の由来は『レーザー』をひねったものです。




