135.理外一致
数々の猛者達は偽ジュリクスとその分身七体を撃破し、八人の化神官は天空城へあと数分という所まで差し掛かっていた。
天空城の主、ジェネレクスは、その様子を投影魔法越しで見て、嘲笑う。
「どいつもこいつもこの程度で既に勝ち誇った面をしている。
結果に辿り着く前に満悦するのは絶対たる勝利者の特権……つまり、俺の特権であるのにな」
至高の技術力の粋を結集した城を包み込むバリア。
ありとあらゆる希望を圧し折る城内のトラップ。
先に五人の化神官を相手に互角の勝負を繰り広げたジェネレクス自身。
……等々、遅れ人たちへの障壁はまだまだある。
にもかかわらず勝利を目前にした気でいる遅れ人への啓蒙を下そうと、ジェネレクスは彼らを待ち続ける。
*
歴都市街地。八化神官の模倣体を退けたプレイヤーたちは、モンスターの征伐を活発化させていた。
その指揮を務めるのは、信頼と実績の厚いオルディッツとウェンリーの軍師コンビだ。
「耳にタコが出来てたら申し訳ないけど、一応。無理は禁物だからね、皆」
「南西方面に敵が集中しています。余裕のある方はそちらへ!」
空へ飛んだ八人の安心のため、その知略を惜しみなく振るう二人。
そんな彼らに一人のプレイヤーが忍び寄り、凶刃を振るう。
これをオルディッツは、察知能力を活かして楽々と防御した。
そして犯人へこう尋ねる。
「……急にどうしたのです、スベラゼルカさん?」
犯人――スベラゼルカは無言で切り返し、二撃目を繰り出した。
これもオルディッツは難なく止めて、
「だからどうしてここで裏切るのですか、スベラゼルカさん?」
「違いますって、オルディッツさん!」
と、オルディッツの背後にいるスベラゼルカは、スベラゼルカと向かい合って鍔迫り合う彼に訴える。
スベラゼルカが二人いる――この奇異な状況を前にし、ウェンリーは即、遠方で戦っているブッチギリーストにチャットを繋ぐ。
「もしもし、こちらウェンリー。今お時間は大丈夫かな?」
『大丈夫じゃない! 今ワシはもうこの大陸に不在はずの前化神官と戦ってるんでよ!』
そしてブッチギリーストはチャットを切る。血気盛んな彼らしい、とウェンリーは潔さを感じて、
「なるほど、今度は八人の化神官以外で反撃してきたのか」
一難去ってまた一難。八人の化神官の模倣体による混乱を乗り越えた歴都市街地のプレイヤーたちは、追加投入された『現化神官八人と、ジェネレクスを除く旧化神官七人以外の歴代化神官の模倣体』により、先程以上の混沌へ落ちていく……
*
ロジスティクス・サーガ内の何処かにある、神域的空間にて。
「目覚めたか、お前たち」
と、理神レソカーラ・シュクペバーは、円卓に集う、時神を除く七神へ問いかける。
七神は『そもそも自分たちは寝ていたのか?』と疑問に思いつつも、タイミングはまばらだが、全柱肯定する。
「そうか、それでいい。では手短に結論を話す。ア・ドネザスオグの不在により、世界の命運が危うい。奴の帰還を果たすべく、プレイヤーたちへの救済を求む」
命神キトァミァは尋ねる。
「それはつまり、我々八柱の越権行為を推奨するということですか?」
「ああ。これはこの世界の人々の運命を決める、一刻を争う事態だ。是非とも大陸の人たちに力を貸し与えて……」
主神の声をかき消すぐらいの声量で災神ジャグガバゼパは爆笑する。
「ハハハッ……あーお腹痛いのじゃ。まさか儂を規律でがんじがらめにするのが大好きでたまらないお主が、まさか『規則を破れ』と真剣に申すとは……たまには気の利いたこというのじゃな!」
ジャグガバゼパは椅子を背中で押し飛ばして立ち、
「いいじゃろう! 橙瀧を始め人間どもにはたんまり楽しませて貰ったのじゃ! その恩返し、するならきっと今! じゃろう、皆!?」
形は違えど、全柱は人間に対して思い入れがある――話の発端、レソカーラ・シュクペバーを除く五柱は即、ジャグガバゼパに同調した。
「決まったな……では行け、七柱よ!」
ここで文神ユールコアが指摘する。
「レソカーラ・シュクペバー様。重箱を突くようで失礼しますが、もう既にトドッバ・マ様が行かれていますので、『六柱』です」
*
歴都は、元化神官たちが席巻していた。
模倣体であろうともそう乱造はできないのか、ジェネレクスら旧化神官八人と比較すれば、この元化神官たちの実力はさほど強くはなかった。
だが、それらが束となれば、純粋に猛威となった。
「いくらなんでも、元化神官が多過ぎますって……!」
そして今、軍師コンビとスベラゼルカは元化神官たちに包囲されていた。
「ご丁寧に幾重に包囲されましたか。目立ち過ぎましたね」
「そうかい。これを突破するのが知恵物の務めだけど、今回はだいぶ分が悪いなぁ」
もはやお手上げとなった三人へ、元化神官らは一斉に襲いかかる。
その時、奇跡が訪れる――三人の周囲に、ミレアとカメセスコアのプレイヤーがどこからともなく現れ、元化神官たちを押さえつける。
「おいおい、諦めるなんてオルディッツらしくないねぇ」
「ウェンリーさんもですよ。あの時、烈火の学級長と共に私に煮え湯を飲ませたのはまぐれだったのですか?」
軍師コンビは自分の目を疑った――このノルガードとカオンら含む増援は、あの撤退戦で戦死したプレイヤーなのだ。
「カオンさん、ノルガードさん……どうしてここに!?」
「キトァミァ神のお計らいですわ」
「そっそ、急にあの女神様に『歴都の皆様を救いなさい』って言われて、即ここにポーンって感じ」
ここからプレイヤーたちの反撃が始まった。
命神キトァミァが死亡した全プレイヤーを復活させ、元化神官達との数的劣勢を覆したのだ。
さらに、質的劣勢も覆される。
「儂からの贈り物じゃ! 圧巻たる災の力、しばしの間楽しむがよいのじゃ!」
災神ジャグガバゼパの手により、歴都中にプレイヤーの数と同じ流星が降り注ぎ、個々人に適した【十二星竜】の【竜眼】が貸し与えられたのだ。
「では私は……この戦いの戦慄をより熱狂に染め上げよう!」
音神マダキウポオーベーは歴都中に敵モンスター全てのテンションを異常化させる音楽を響かせ、旧化神官たちを襲うようにした。
なお、この効果は副産物。本来の目的は音楽を司る女神らしく『プレイヤーたちの士気上昇』である。
「うわすっご! 神様が直接手助けしてるみたい!」
共に天空城へ移動中のリュートは、妨害するモンスターが無力化したことも手伝って、ウキウキとして『見て見て』と言わんばかりに下を指差す。
しかし他七人は、上を見ていた。
「な、何よあのデカブツは……!?」
『あれは……どうしてここに!?』
歴都と天空城の上空に全高約五千メートルの紅蓮のレーザーウィングを生やしたロボットが飛来する。
「何かご存知なのですか、チョルヒさん!?」
『ネロアさん、あれはイズセランダム。私たちの国にいた旧化神官さんが乗っていたロボットです。それがどうしてここに!?』
『僕が乗ってきたんだよ!』
イズセランダムの現在の搭乗者、機神トドッバ・マは語る。
『これは僕専用の最高に情熱的な機体だ!
……チッ、よくも二度も勝手に引っ張り出したなあのクズガキ。
コホン、とにかく、僕はこれを使って君たちを助けてやる! ひとまず、離れてくれ!』
イズセランダムは両手でレーザーブレードを握りしめ、天空城へ力いっぱい振り落とす。
バリアは卵の殻のように粉砕され、天空城はランニバーニの荒野に打ち落とされた。
『このままミサイルの百万発でもくれてやりたいが、あんまりやりすぎると主神様に怒られるから……僕はここまでだ!』
「次はアタシ」
術神イイキュフォアグは墜落した天空城を解析し、トラップなどを全て解除する。
おまけに、化神官八人を城内へとワープさせてあげた。
「どうせ助けてくれるならもっと早くしてくれれば面倒くさくならなかったのに……ってツッコミたいところだけど、ありがとうございます、神様の皆さん」
そして八人は、城内へ突入する。
「よくも、よくもこんな酷い仕打ちをしてくれたな……!」
八人はなんの妨害も受けず、一直線に玉座の間にたどり着いた時、ジェネレクスの様相はまさに烈火の如く染まっていた。
「その台詞、何千何万もの人間を侮辱した分際でよく言えますね」
「そうそう。あ、もしかしてそれ、神様から支援されたボクたちに対する嫉妬かい?」
「……勝手に俺を小物に貶めるな」
「ただ遊んでいるだけの大勢の人たちを我儘で蹂躙する……小物大物、強者弱者はさておいて。少なくとも、貴様は決して正しいことはしていないと俺様は思うが?」
「……俺は我儘じゃない。正義だ。人々の未来を明るくするための、大義だ」
『大義……? 一体何が……?』
「このロジスティクス・サーガの世界を利用し、貴様らが『現実』と呼ぶ退廃した世界を変革する――それが俺の大義だ」
「現実を……」
「変革する……?」
「二千年以上の時を経て人類は幾多の理を創り、食物連鎖の頂点に君臨し、己が文明を進歩させてきた。
だが人権侵害、貧富格差、政治不信、戦争災害……これらの愚行はいつになっても改善されていない。
これは全て『歪』のせいだ。世界の理が二千年以上の時が錆びついた結果、手を差し伸べれば簡単に助けられる人も助けられない世の中になったんだ。
あちらにいた俺の元の人格もそうだった。学校に行けばいじめられた。両親は手を貸してくれなかった。助けてくれる他人は誰一人もいなかった。とにかく毎日が苦痛でしかなかった。
そんな俺の居場所は『ロジスティクス・サーガ』だった。
皆俺に優しくしてくれて、俺が強いモンスターを倒せば褒めてくれて、助けてあげれば『ありがとう』と言ってくれて……『もうこっちが現実であってくれ』と思ったんだ。
――だから今の俺は、このロジスティクス・サーガを現実にする。
俺と同時に呼び出された他七人は、各々の元の人格に忠実になりすぎたあまり、まるで俺に味方してくれず、結果無駄な時間が生まれた……だが、それはもうどうでもいい。
とにかく俺は、この世界にいる旧い時代の理の言いなりになった『遅れ人』を鏖殺し、ロジスティクス・サーガ世界と現実世界をアクセスし、俺が選りすぐったロジスティクス・サーガ内の強者で構成した大軍勢で現実世界を侵略する。
そして現実世界に、ロジスティクス・サーガの道徳、信条、鉄則、真理を徹底的に敷き、紛うこと無き幸せを提供する――それが俺の大義だ!」
エロイースは尋ねた。
「アンタ、どんだけ無茶苦茶なこと言ってるのかわかってるの?」
さらに続けてリュートが言う。
「そうだよ! 大体ゲームの概念を現実に持ち込むなんて出来るわけ無いじゃん!」
「……お前ら、これがゲームだと思っているのか? ああそうか、遅れ人という呼称を使いすぎて忘れていた。お前らは自分たちを『プレイヤー』と呼んでいたな。ならわかるはずがない。
今の俺は純粋なこの世界の出身であり、最も神に近しい人間だからわかるんだ。
――この世界はゲームではない。地球における月のように、『現実』と呼ばれる世界に付随する『小さなもう一つの世界』だ」
「もう一つの、世界……」
このジェネレクスの言葉に、ネロアを始めとする化神官八人は驚愕する。
「そうだ。お前らは今まで、儲けばかり考えている運営の『言いなり』になっていたんだよ。
わかるか? これが『言いなり』になることの恐ろしさだ。
だから世界を変革すべきだ。こうして都合の悪い事実を覆い隠し尽くした、歪みきった現実を、糺さないといけな……」
ジェネレクスは反射的に首を曲げる。
銃を構えたジュリクスは、不意打ちが失敗したことに軽く舌を打ち、
「貴方の言う通り、今の現実世界は歪んでいるかもしれない。大きく変革すべきかもしれない。
ですが、貴方のしていることは明らかに度を過ぎている」
「それは、俺たちを個人的な身勝手で生み出したお前が言える台詞か?」
「そうだから警告するのです。常識を逸脱し過ぎた行為は、相応の不利益を生むのですから。
確かに貴方が味わった現実はあまりにも厳しかったのでしょう。しかし、皆にとっては、厳しいだけが現実ではないのです……」
各々の思うことを言ってくれ――そう求められるまでもなく、化神官たちはジェネレクスに訴える。
「ボクはまだまだ出版したいネタが沢山ある。それを待ち望んでる読者がもっと沢山待っているんだ」
「アタシはまだまだ録りたい曲がいっぱいある! それを待ってるファンの皆もいっぱいいる! ……あ、やば、シュラちゃんとダブっちゃった」
「俺様には面倒を見なきゃいけない格闘技業界と家族がいるんだ。特に日本の大学にいる息子と、そいつの彼女は力を入れてやりたいんだよ」
『私は……くだらないですが、まだ観てないロボットアニメが沢山あるんです! だかから現実がメチャクチャになるなんて絶対嫌です!』
「アタシは特にやりたいことはないけど、いきなり終わりは流石に、ね」
「そんなに現実が好きなのかお前たち……ふざけたこと言うんじゃない! お前たちだってきっといずれ嫌になる時がやってくる! それが来たらどうするつもりだ!?」
「「知りません」」
偶然にもネロアと口を揃えた後、ヴァイスは語る。
「未来とは闇雲に恐れて逃れるものではない、何が来ようとも乗り越え続けるものです。
例え父親を失おうとも、自分の正義を完膚なきまでに粉砕されようとも……はたまた、両親がいなくとも。
だから、貴方の絵空事に等しい理想に付き合う理由は何一つとてない!」
「確かに現実には人によっては耐えられないこともあります。
ですが、だからといって全ての人の現実と未来を、無断で奪うのはあまりにも極端で性急過ぎますよ! せめてもっと段階を踏んだ解決案を考えてみてはどうですか……!?」
「命令するな、指図するな、説教するな、改心を迫るな、説得を試みるな……
……運だけのカスばかりが甘い汁を啜り続け、その他大勢はそいつらの選り好みで淘汰か搾取され続ける世の中に飼い慣らされた遅れ人風情がァァッ!」
そしてジェネレクスは、虚空から神秘的な輝きを湛えた宝剣を引き抜く。
これが最終決戦の鏑矢であることは、言うまでもないだろう。
【完】




