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133/136

133.師弟―死の激闘―

 死国トードイスムカ、首都【冥都】にて。


 現化神官ネロアと、旧化神官アビスが対峙する。

 嬉しさと懐かしさ、そして悲しさと憎らしさが入り混じった神妙な面持ちをして。


 その時、他所で戦っていたエマヌエスら十殺(ディエチキーラ)の上位五人が駆けつけてくる。


 そしてすぐ、エマヌエスは、アンティルとレイザックに尋ねる。

「おい、あの男は紛れもなく旧化神官だよな……で、なんでネロアはそいつをじっと見たまま突っ立ってるんだ?」


 レイザックは答える。

「あの旧化神官は、『アビス・オーディアン』という方です。トードイスムカの化神官。伝説のギルド『悲劇の演出団』マスター。そしてネロアさんの師匠……だったよな、アンティル」


「ああ、あいつの風貌と異様な殺気、ネロアの昔話に出てきた奴とそっくりだ。

 いつだかのタイミングで、アルトリウスの幻覚とかで出てきたことはあるが、とうとう本物が出てくるとは」


 そうアンティルが補足した後、エマヌエスは『へぇ』とうなって、

「なるほど……NPCだから正確には本物じゃないが、これはネロアにとってはどのみち厄介な相手になるだろうな……」

 愛刀の雷の剣をゆっくりと構える。


 しかしその時、ネロアが急にエマヌエスの方へ顔を回した。


 直後、エマヌエスは顔を引きつらせつつ、武器を納めた。

 エマヌエスと同じように戦闘態勢を取ろうとした十殺の他の四人も、彼と同質の気持ちをキッパリと断った。


 ネロアは、次にするのは何年後になるのかわからないほど、彼女らしからぬ怖い顔を解きつつ、アビスの方へ向き直す。


 アビスはネロアの目を見つめて、フッと一瞬笑った後、ゆっくりと剣を構えて、

「トードイスムカのプレイヤーが相対したら何をするか、今はここの化神官なんだから、当然わかるよな?」


 ネロアは後ろのアンティルとレイザックへ一瞥した後、構えを取り、答える。

「はい、わかっていますよ」


「上出来だ。【禍根の楔】ィッ!」

 アビスは闇属性を帯びた剣の先を向け、ネロアへ突進する。


「【万死の薙】ッ!」

 ネロアは闇属性を帯びた剣を振り、アビスの刺突の勢いを殺す。


 刹那、アビスは剣の柄を両手で握り、

「【死神の滅さ……」

 

「【禍根の楔】ッ!」


「ま、そりゃそうするか」

 目論見を中断し、ネロアの突きを剣で叩いていなす。


 それから二人は至近の間合いの中、剣戟を――両者共に全ての一撃に無駄がなく、全ての一太刀にただならぬ覚悟と気概が込められた、高次元の剣戟を繰り広げる。

 

 剣と剣がかき鳴らす金属音が冥都中に響き、辺りには面妖な緊張感が漂う。


「……本当に、オレっちらは何もしなくていいのか?」


「そもそも、こんな状態じゃあできないだろ」


 この緊張感と、『トードイスムカのプレイヤーとしての決闘を妨げるな』というネロアの無言のメッセージを受け、アンティルとレイザックら、周りのトードイスムカ・プレイヤーたちは大人しく二人の戦いを見守った。


 先に均衡を破ったのはネロアだった。

 アビスの太刀筋を読み、ごく僅かな一瞬を使い、

「【蒙昧罪の断】」

 剣を渾身の力を込めて、アビスめがけ一文字に振る。


 流石にこれは剣では足りないと見たか。アビスは左手の盾を構えて防御する。


「そこです」

 ネロアは剣を振った際の勢いを利用し、アビスへ回し蹴りを繰り出す。


「そこだ」

 アビスは盾の裏に隠してたショットガンの銃口を見せ、引き金を引く。

 

 ネロアは盾を軽く蹴ると同時に倒れ、地を転がる。ショットガンはネロアのいる地点から数ミリ離れたところへ銃口を向け、火を吹いた。


「これはお前がギルドを去った後にこしらえた物だ……よくギリギリで見切れたな」


「その後、アビスさんが何がしたいかが見えていましたからね……【禍根の楔】ッ!」

 ネロアはアビスへ闇属性を帯びた剣を、猛烈に勢いづけて投擲する。


「お前の剣投げはいつ見ても急で恐ろしい……だが、もう見慣れているぞ」

 アビスは左袖口から野球ボール大の球を出し、盾を備えた腕で投げる。

 球はネロアの剣先へ真正面から激突。即、炸裂し、二人を覆い尽くす量の白煙を噴出する。


「どうやらお前の戦術には先駆者がいたようだな。オーテル」


「煙での撹乱くらい、誰だって一度は思いつくだろうが、エマヌエス。だがこの煙、あの旧化神官なら俺以上に恐ろしい使い方をするだろうな……」


 白煙の中、ネロアは剣に備わったワイヤーを活用し、ヨーヨーのトリックめいて全方位に剣を振り回す。四方八方から飛んでくるナイフを防御し続ける。


 白煙が消えた時、ネロアはアビスの剣閃を、己の剣身で受け止めていた。


「流石だ。よく防いだ」


 ネロアは地面に刺さる、刃に麻痺薬が滴るナイフを一瞥して、

「全部防ぎますとも。さもなくば一撃死ですから」


 再びアビスとネロアは熾烈な剣戟を繰り広げる。

 今回はアビスが若干優勢だった。

 彼は白煙発生中、麻痺投げナイフを投げるがてら、辺り一面にマキビシを撒いていた。

 ネロアはこれへの警戒を迫られ、アビスへの対処に全力を注げなくなっていた。


 二人の戦いを見ている最中、レイザックは首を傾げる。

「ショットガンはまだわかる。けど、煙玉、投げナイフ、マキビシって……あの化神官、やることがみみっちくないか?

 とても俺に『装備に頼るな』と教えたネロアさんの尊敬対象とは思えないぞ」


「本人はどう思ってるかわからないが、オレっちはそう思わない。

 あの人はどんなに変でも、みっともなくても、やるべきことをやっているんだ。

 それにネロアも言ってただろ、アビスさんが『相手が何をしようとも馬鹿にするな』って教えてくれたって」


「そうか、そうだったな……なるほど、つまりこの道具の多用もまた、ネロアさんの師匠たる所以なのか」


 足元のマキビシ、剣撃、まだ見ぬ暗器……ネロアはこれらへの警戒を強いられ、アビスにより防戦へと押し込まれる。


 もちろん彼女は勝つ気であり続けている。反撃の糸口も脳裏にある。


 ――【モンスターコール:スケルトン5】で呼び出した【ダムドスケルトン】を種に、【死神の凶器】でアビスを状態異常に陥れる。という、彼女の鉄板の必殺戦法が。


 しかし彼女はこれを使えない。

 【モンスターコール:スケルトン5】と【死神の凶器】発動中、アビスが暗器一つを使用できる隙が生じ、【死神の滅殺】に繋がってしまう可能性が高いからだ。


 いつ作戦決行しようか――それを常に頭の片隅に置きながら、アビスの剣を剣で受け続ける。

 その最中、ネロアは数年前に聞いたアビスの教えを思い出す。


『せっかくだから、ここで二人にもう一つ『心構え』を教えてやる。『毎秒毎秒努力するつもりでいる』。特にどうともなってないときも、うまく行っているときも、失敗したときも、そして結果を出したときも、全部いつかのための努力をしていると考えるんだ』


 追憶を経て、防戦一方のネロアの目に、火が灯る。


「そうだ、その懐かしい目を待っていた……【堕落の衝】!」

 アビスは闇属性を帯びた大上段斬りをネロアへ繰り出す。


 ネロアはそれをローリングで紙一重で回避する。

 体中に刺さったマキビシによる痛みに耐えながら、再びアビスとの剣戟を行う。

 今度のネロアの剣技の間隔や的確さは、ローリングの前よりも格段に優れていた。


「……『毎秒毎秒努力をするつもりでいる』……今のお前の成長は、俺が張った罠で致命傷を負うことを受け入れた努力によるものだな」


「……流石アビスさんですね。こんな細かいところにまで気づいてくださるなんて!」


「当たり前だ。それくらい出来なきゃ、俺はこうしてお前と戦う資格はない!」


 それから二人は数十回剣を打ち合った後、ネロアの一瞬の強撃により、アビスの体勢がわずかに崩れる。

 そこですかさずネロアは、アビスの側面を取り、詠唱する。


「【モンスターコール:スケルトン5】!」


 それを待っていたと言わんばかりに、アビスは懐に隠した投げナイフの刃を輝かせた。

 対するネロアも詠唱の最中、ローリングの最中に拾った投げナイフの刃を輝かせた。


 アビスは自分がナイフを投げると同時に、ネロアがナイフを投げる光景を予想した。

 故にアビスはナイフをしまい、剣を構え直す。


 その隙に、ネロアは両脇に【ダムドスケルトン】を五体ずつ召喚した。


(あのナイフのブラフで召喚中の妨害を牽制したのか。上出来だ。なら次は、直接攻撃でいかせてもらうぞ!)


 ネロアは剣に赤黒の邪悪なオーラを纏わせ、【死神の凶器】の予備体勢へ移る。

 その時、アビスはネロアの得意な間合いへと、堂々踏み込む。


「【死神の凶器】ッ!」

 ネロアはワイヤー付き剣で辺り一帯を薙ぐ。スケルトンは総員一撃死し、アビスは少量のダメージを受けて、


「【死神の滅殺】」

 両手で柄を握り、刃に黒蒼の闇を纏わせ、【死神の凶器】発動直後の、剣を放ったままのネロアを突く。


「……今だ!」

 ネロアはナイフをアビスへ投げる。アビスは臆せず【死神の滅殺】を続行する。黒蒼の闇の剣は迫り続ける。


 ネロアは素早く足を上げ、踵を投げたナイフへ落とす。そして、ナイフを介してアビスの剣閃が刺さる位置を、自分の胴から、つま先から数センチ空けた地面にへし曲げた。


「ふ、防いだ! ネロアさんがアビスの必殺技を防いだ!」


「や、やった。後はアビスにアレが当たる!」


 先程一撃死したスケルトン十体の内、三体から三色の剣型の霊魂【憤怒の遺言】、【嫉妬の遺言】、【怠惰の遺言】がドロップ。

 三つの【遺言】はアビスへ自動的に命中。彼の身は火炎と氷塊と電撃にまみれてしまう。


「チェックメイト、だよな、レイザック?」


「俺に聞かれても困るんだが、多分、普通ならそうだろう」


 普通なら、【遺言】により与えられた状態異常を超えた状態異常の下では、満足に動くことは出来ない。


「よくぞ、俺の最大奥義【死神の滅殺】に臆さず反撃できたな。それでこそ、トードイスムカの最新の化神官だ」


「冗談を……あなたもトードイスムカの化神官ですのに」


「けど昔のだ。だからこそより一層、先達として、務めを果たさねばならんな……ッ!」

 アビスは盾と鎧を着脱して身軽になり、三種の状態異常による苦痛に耐えながら、構えを取る。


「いいんですか、アビスさん? 折角の装備を外してしまって」


 アビスは、得物の刀身が混沌めいてうねる剣を煌めかせて、

「『最後の最後でも相手を殺す手段を持ち続けろ』……俺もこの教えを忘れちゃいないぞ」


「そうでしたね。疑ってすみません、アビスさん」


「いいってことよ……じゃあ、終わりまで狂奔する覚悟はできているな……ネロアッ!」


「ええ、できていますとも!」


 そしてまたしても、トードイスムカ最凶の師弟による剣戟が始まった。


 アビスは自分の死期を悟っていた。しかし諦めはしなかった。

 これは好機だ。死を傍に置き、自分をさらなる集中領域に追い込むための好機だ。と、アビスは自己解釈した。

 だから防御力やステータス補正を鎧と盾と共に殴り捨て、危険性と素早さを得た。

 ――残された命を、ネロアとの死闘へ、最高の形で捧げるために。


 死地に追い込まれたアビスの純粋で苛烈な剣技がネロアに繰り出される。

 同時に、アビスはネロアの猛烈な剣技を絶えず受ける。


 ネロアは高揚した。歓喜した。恍惚とした。憧れの人が全身全霊で自分の相手をしてくれることに。

 ならばその気持ちに応えたい――その一心により、彼女の武勇も自然と冴えるのだ。


 アンティルとレイザックは息を呑んで二人の死闘を眺める。

 まるで現世の景勝地全ての長所全てを詰め合わせたような絶景を見るかのように。

 ――そして願う、ネロアの勝利を。


『なぁお嬢ちゃん。本当に、俺らみたいな危険人物の集まりに混ざりたいのか?』


『はい! 皆さんの仲間にさせてください!』


「「【禍根の楔】ッ!!」」


『まーた無茶して剣投げやがったな、ネロア。おかげであのデカブツの目くらましが出来たが、危なっかしいったらありゃしないぞ』


『大丈夫です! 絶対目に当てると決めてましたから!』


「「【万死の薙】ッ!!」」


『これは……紐ですか?』


『ああ、お前へのプレゼントだ。これがあればネロア流剣術がもっと強くなるだろ?』


「「【堕落の衝】ッ!」」


『あれから見違えるほど強くなったな……もはや『悲劇の演出団』の看板だな』


『まだまだですよ! 変なお世辞はやめてくださいアビスさん!』


「「【黒狼煙の牙】ッ!!」」


『なぁ、ネロア。今でもトードイスムカに来て、このギルドに入れて良かったと思っているか?』


『はい!』


『俺も、お前に会えて本当によかったよ。化神官になるまでの道筋、本当に楽しかった……』


「「【蒙昧罪の断】ッ!!」」


 スリップダメージによりHPが二桁となった時、アビスは剣先を後ろへ向け、腰を落とし、全身に力を、刀身に闇属性エネルギーを凝縮する。


 師の願いを叶えるべく、ネロアも同様の体勢になる。


「「これが最後だ!! 【絶亡郷の業】!!」」


 二人は同時に地を踏みしめて間合いを詰め合い、闇を纏う剣を、個々の極限の力を込めて振るう。

 そして斬られたのは……ネロアだった。


「こうなったか……ネロア」

 と、言った直後、アビスは倒れた。彼の胸にはネロアの剣が刺さっていた。


 ネロアはアビスに付けられた浅い切り傷を押さえて、

「振っている途中で剣を投げる……これがあなたから先手を取る唯一の手段であり、僕の特技であり、あなたへの餞に最も相応しいと思いましたから」


「や、やったああああ!」

「ネロアさんが勝ったぞぉ!」

「流石は俺たちの化神官様だぜェェェ!」


 周りの観衆たちが大喜びしている中、ネロアはアビスに刺さった剣の柄を握りつつ、倒れる彼の側に立つ。


「おめでとう、ネロア」


「アビスさん。この際ですが、一つだけ言わせてください」


「何だ」


「あの時、何も言わずにいなくなってしまい、本当にすみませんでした……」


「……そうか、それがずっと……言いたかったんだ……な……ら……すまな……こんなこ……しようとし……」


 そして、アビスのHPはゼロになった。


 ネロアは、アビスから奪い取ったショットガンを構えていた。

 引き金に指をかけ、アビスの消滅エフェクトの発生源へ銃口を向けたまま、告げる。


「……ありがとうございます、アビスさん。『最後の最後まで』僕の憧れでいてくれて」


 そしてネロアは、耳から徐々に消えていく散弾の炸裂音を噛み締めながら、静かに涙した。


【完】

ロジスティクス・サーガ・データベース


■キャラクター紹介

【アビス・オーディアン】

 分類:ピープル(旧化神官)

 所属:死国トードイスムカ

 レベル:100

 ジョブ:【騎士】/【化神官】


 死国トードイスムカの旧化神官。かつて死国に存在したギルド【悲劇の演出団】のマスター。そして、ネロアとアルトリウスの師匠的存在。

 ネロアが度々暗唱していた心得から読み取れるように、プレイヤーとして堅い矜持を持つ気高き男。

 今回、死国を襲撃したのは言うまでもなく、元データのプレイヤーの意思を引き継ぎ、愛弟子を試すため。

 

 トードイスムカの【騎士】は、一般的なイメージの騎士とは少々異なり、最低限の武装で身を硬め、ガードよりも回避を重んじるプレイスタイルを取る。

 死神ホイプペメギリから賜ったスキルは【死神の滅殺】。これによる刺突を食らったものは必ず死ぬ。ただそれだけの効果。

 牽制用のショットガン、麻痺薬を塗った投げナイフ、煙玉などで、直接的に一撃必殺を狙ってくることもあるが、最大の武器は積み重ねてきたプレイングスキル。

 彼の経験値以上の技量を最大限に、油断せず、不屈の精神で発揮しなければ、勝利をもぎ取るのは至難だろう。


 名前の由来はオブシディアン(黒曜石)。

 彼の象徴である【死神の滅殺】は、ソウルライクゲームにほぼ存在する、相手の攻撃をパリィした時に使える大ダメージを与えるアクションを、文字通り致命にしたものです。

 他の旧化神官のように広範囲に影響を及ばす法外なものではありませんが、ネロアにとっての実質的なラスボスとして、このような大胆ながら堅実な能力を持たせてみました。

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