123.誰も望まなかった結末
ミラと黒龍、王耀と彼の傀儡らの猛然たる追撃から逃れ続け、生存者たちはついに、自由区を囲う高壁の大門へと到達した。
「とにかく急いで中に入ってください!」
ネロアたち各国の実力者は、消耗が激しいプレイヤーから続々と壁内へ送りつつ、壁外にて、
「あーあ、蟻どもが巣にドコドコ帰っていってやがる……じゃあ巣に流すしかないよな! 吐けアポッッッ!」
「吐かせるものかッッッ!」
『させません!』
これ以上の犠牲者を増やさないために、生存者たちはミラや王耀を全身全霊で押さえつける。
「ミラ、言うまでもないが自由区への攻撃は避けろ。新時代の幕開けにここが壊れたままなのは体裁が良くないからな。
……やれやれ、その場しのぎは達者なようだな。遅れた世代の者共らしい」
その様をジェネレクスら六人の乱入者が、【マグニフィセントドラゴン】の背に乗り、遥か上空より見下している。
蒼海色の髪を持つ女性はつぶやく。
「散る定めにある人が散る定めに立ち向かわんとする。ああ、何という素晴らしい響き……」
聖女のような女性は首を傾げて、
「私としましては、無意味に見えますけどね……」
赤髪の少年は竜の背に寝っ転がりながら、「もうつまんないー! さっさと全員くたばっちまえよー!」
とのように、ジェネレクスたちは都度都度口を開いて生存者の動向を鑑賞していた。
「……」
例外として、未だにローブを羽織り続ける謎のプレイヤーは沈黙を貫き通していた。
そして諸プレイヤーの活躍により、生存者の大半は自由区内に逃れられ、この撤退戦は大詰め――ネロアたち化神官とその他強者達が撤退するのみとなった。
ヴァイスは堂々と叫ぶ。
「皆! これが本当に本当に最後だ! 絶対に逃げ切ってくれ!」
直後、区外に残されたプレイヤー達は一斉に門へと駆けた。
その時、門の手前にジェネレクスが降り立つ。
「すまんなミラ、王耀。俺は別に『お前らがぬるい戦い方するから直々に仕留めにきた』とか、そういうつもりはないんだ……ただ、純粋にこいつらを殺したいと思ってな」
ジェネレクスは輝く石でできた蔦のような物を巻き付けた左腕を生存者に突き出して、
「【ブレイキング・サウンド】」
広範囲に音波を放ち、目前の生存者全員のHPを削ると共に、彼らを威圧する。
「こんな威力の音魔法、アタシんトコでもそうそう出せる奴はいない……本当に何者なのよアイツ!?」
「ここはあえて語彙力下げて『とにかくヤバいやつ』ってことでいいんじゃないかな、エロイース君?」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょシュラちゃん!?」
『早くあの人をなんとかしないと私たちはここで終わってしまいます!』
「その通りだチョルヒ! 早くあの高慢に手足を生やしたような奴をぶん殴ろうじゃないか!」
エロイース、シュラ、リュート、チョルヒ、橙瀧――五人の化神官がジェネレクスを押さえるべく攻撃する。
するとジェネレクスは、
「【ウンディーネ・スペリオル】」
周囲にミストを展開し、敵の動向を予測できるようにし、
「【ワイバーン・アロー】」
虚空から生成した矢でエロイースの魔力球を相殺し、
「【ファイア・バレット】、三十連」
火の弾丸でシュラが放ったカブトムシ全てを撃ち殺し、
「【セイクリッド・ガード】、五連」
リュートの接近を五枚重ねのバリアで妨げ、
「【タイム・フリージング】」
斧を振りかざしたチョルヒの【ヴァンガード】を時間停止し固定し、
「【竜腕殺到】ッ!」
「【竜腕殺到】」
橙瀧のラッシュをラッシュで受け止めた。
「貴様、どうして俺様の技を!?」
「お前のスキルじゃないだろ、カメセスコア・プレイヤーのジョブ【格闘家】が使えるスキルだろ。そこんところ謝れ、遅れ人が」
「それはわかってる。俺様が聞きたいのは『何故貴様が様々な国のプレイヤーの技を使えるのか』ということだ! さっさと答えろ!」
「遅れ人ならもっと丁寧に正しい言葉で質問してくれないか? ま、元来お前らに質問する権利は与えるつもりはないけど」
「そんな権利はいらん! それよりも貴様をぶちのめす権利を寄越せ!」
「余計にやらんぞそんな物」
「なんなら強引にもぎ取ってやるわ! 逃げ切る権利をね!」
化神官五人は再度ジェネレクスを攻撃する。ジェネレクスは八国のプレイヤーが使うスキルを的確に選んで使い、これを防ぐ。
「この状況ですと……今が切り上げるチャンスかと。行きましょう、ウェンリーさん」
「いやはや、本当に君はめざといね、オルディッツさん。僕もそろそろミラの猛攻をごまかすのに疲れてたんだよ」
『チョルヒが頑張っている今がチャンスだ。ずらかるぞウルフレット!』
『はい、エドウィンさん! どけ、王耀ッ!』
ジェネレクスが五人の相手をしている内に、今度こそ区外に残されたプレイヤーたちは、彼らの戦場の両脇を通って区内に逃げる。
「ちっ、待ちやがれ! さもなくばアタシの……」
「阿呆か貴様。先のジェネレクス殿のお達しの意味を解せ。今炎熱放てば小生とジェネレクス殿が焼け死ぬぞ」
ジェネレクスは五化神官の攻撃を余裕綽々にやり過ごしながら、
「王耀の言う通りだミラ。二人とも、もう何もしなくていい。ここは奴らに自分の死に様を選定する時間を与えてやるとしよう」
両脇――かつての東西総大将として、二手に分かれた生存者達の殿をそれぞれ務めているネロアとヴァイスを一瞥し、
「……いや、もう少し滅亡の先取りをさせてやろう。【イグニッション・ヒート】!」
足裏から火を噴出し勢い良く駆け、ヴァイスへ急接近。
「させな……」
「【パイロ・ジェイル】」
ゲイルリンドら邪魔な護衛は炎の牢獄に閉じ込め、
「せめて化神官二人くらい失ってもらわないとこちらも気分が良くないんだよ。だから死ね」
ヴァイスへ剣を振り下ろす……最中、ジェネレクスは踵を返して剣を斬り上げる。
「……いつもながら見事ですね」
「だが、またやりやがった」
背後から投げられた剣を弾くために。
「ヴァイスさん……いえ、ここ、門外にいる皆さん」
ネロアはジェネレクスの剣に巻き付けた、
自分の剣に繋がれているワイヤーを伝いジェネレクスに迫り、
「最後の足止めは僕が務めます! 早く中へいってください!」
ジェネレクスと剣戟を繰り広げる。
「ね、ネロア……ふざけるんじゃないわよアンタ! 一体誰に何を言っていると思ってるの!?」
「そうだよネロアちゃん! アタシたちはまだまだ戦えるよ!」
『私もです! 先程は醜態をお見せしましたが、次こそは……』
ネロアと縁の深いプレイヤーたちは我も我もと彼女の助太刀をしようとする。しかし……
「皆、御託はいいから逃げてくれよぉぉッ! 俺っちらのネロアが逃げろっつたら信じて逃げるのが筋だろうがよぉぉッ!」
彼らのそうした気持ちは、ここにいる中では最もネロアと縁のある男――アンティルの悲哀混じりの懇願により押さえられた。
「……いけますか、ゲイルリンド?」
ゲイルリンドは周囲に突風を放ち牢獄をかき消して、
「問題なく」
「わかりました。では、化神官の皆様も逃げましょう。さもなくばこれから何も始まりませんから」
そして、門外のプレイヤー達は門の中へと退いていく。
「……いつも無茶な君らしいね。けどそれは一周回って鮮烈極まりない! 死に急がないでくれよネロア君! せめてボクだけでも味方させてくれ!」
シュラはアンティルとレイザックにより無理矢理に門内へと引っ張られ、ネロアの様子を眺めさせられる。
趨勢は明らかにジェネレクスに分があった。
八国のプレイヤーから選りすぐったスキルを怒涛の如く連発するという、常識外の戦闘方法に、ネロアは耐えることで精一杯だった。
「ははは! ザマー見ろクズネロアッ! 俺の手で仕留められなかったのはつくづく残念だが、まぁ死ぬのは変わりないからこれはこれで満足してやるよ! ははは……」
区内で見物していたアルトリウスは、不謹慎な高笑いの最中に見てしまった。
「だから止めよと何度申せばよいのだ……」
「もはや誰がどう言おうと関係ねぇよォッッッ! やはり虫ケラは早死してもらうに限るッッッ!」
ミラは門の上辺りへ移り、そこで黒龍に息を吸わせていた。
区内に避難できて一安心してしまった生存者たちにとって、この事態はまさに全滅を覚悟せざるを得ないものだった。
「さぁ、鏖殺だッッッ!」
黒龍による無慈悲な蒼炎の息吹が生存者の頭上より落とされる。
しかし、蒼炎は生存者に届かない。
ミラは黒龍を大剣で叩き強制的に奮起させ、さらに火力を増幅させる。それでもまだ蒼炎は見えない壁に打ち消された。
「あ、また何か頭の中で聞こえてきた! しかも今度はハッキリクッキリしてる!」
『私の言うことを聞いてくれてありがとう。今この市街地は絶対突破不可能な障壁で覆われている。ひとまずは落ち着いてくれ』
この何者かのメッセージは自由区内にいた七人の化神官にのみ届き、彼らが拡散し、生存者たちにつかのまの安心をもたらした。
「……ならしゃあない。一匹だけで我慢しよう」
ミラは黒龍の首を門の外――ネロアへと向かせる。
「……どうやら奴には、礼儀も作法もないようだ」
「もういちいち指摘しなくていいぞ王耀。俺たちがなんとか防げばいいのだから」
「……は、早く避けろネロアァァッ!」
「【ディザスター・スラッシュ】」
ジェネレクスは黒雷を帯びた強烈な上段斬りを繰り出す。
「【万死の薙】ッ!」
ネロアは闇属性を帯びた一刀でこれを受け止める。
よくぞ止めてくれた。と言わんばかりにジェネレクスは笑み、即刻後ろ――王耀が待つ場所へ跳ぶ。
そして、使える限りの防御スキル全てを使い、自分と王耀を守る防火シェルターを形成した。
「あばよ。女王蟻さん」
黒龍がネロアめがけ蒼炎を吹きかけたのは、その直後だった。
ミラ、王耀、そしてジェネレクスが生み出した別次元の撤退戦の結末は、その残酷さのあまり、残された生存者たちに口をつぐむことを強制させた。
負の感情は心の中で吐露するしかなかった。
もっと実力があれば死ななくていい人間を救えた。
もっと考えて動ければ余計に苦しむことはなかった。
そもそも、奴らさえ来なければ神戦という楽しい祭りだけで終われた。
だが、皆わかっていた。そんなことをしてももう、訪れた終わりは、どんな形であれど、受け入れるしかない。と。
「【ライフ・コール5】!」
否、一人例外がいた。この悲運を目前にしても戦い続ける者がいた。
「ヴァイス様、これは一体……」
ヴァイスは今までオルディッツに見せたことがないような、凄絶な剣幕をして、
「見ての通り回復魔法ですよ!」
炎を浴びるのと同時に回復魔法を与え続けてHPの減りを遅らせ、一命を繋ぐ。
ヴァイスはこの手に賭け、ひたすら【ライフ・コール5】と詠唱し続けた。
(頼む、どうか生きていてくれ……貴方がいないと私は……!)
そして蒼炎は止む。ネロアの安否はまだわからない。焼土から立ち込める黒煙が視界を遮っているからだ。
『今助けに行きますよネロアさん!』
だから間近で確認するしか他に方法はない――チョルヒは一目散に【ヴァンガード】を三倍速で駆る。
焼土から燻る火種が潰え、西風が吹き、黒煙が晴れる。そして生存者は真っ先にチョルヒが帰ってくるのを見る。
彼女の機体の腕には、気を失いながらも微かに息が残っているネロアがいた。
「「「や、やったぞぉぉぉぉ!!!」」」
「いや、まだだ!」
続いて生存者たちは、黒龍から飛び降りたミラと、王耀とジェネレクスが追い回すのを見た。
「このままハッピーエンドで終わると思うな。
何度でも言ってやる。せめて化神官二人くらい失ってもらわないとこちらも気分が良くないんだよ。だから死ねぇッ!」
ジェネレクスはチョルヒへ向けて魔法の発射体勢を取る。その時、彼とミラ、王耀の前にジュリクスが現れる。
「貴様、生きていたのか!?」
「いいや死んだ。だがその寸前に分身と入れ替わった」
「つまらぬ茶々を入れるな」
「空気読めよ蝿ごときめッッッ!」
ジェネレクスたち三人はそれぞれジュリクスを素早く撃破した。
だが時既に遅し、生存者と化神官八人は障壁の中にいた。
「おんのれぇぇぇッッッ! おい上の連中も降りてこい! こうなりゃアタシたち八人であの障壁をぶち破ってやろうぜ! 勿論お前も頑張れよ、アポ!」
「駄目だ、ミラ。今は奴らを殺せない」
「は!? 何抜かしやがるんだお前! 急にクソみたいな心変わりしたのか!?」
「ミラ、『今』と付けたのは聞こえたか? あくまで『今』は殺せないんだ。
ここ一旦ランニバーニに戻り、その理由も含めて話をしようじゃないか。奴らを終わらせるための話をな……上の皆も含めてそれでいいな」
「いいよー。やったー、やっと帰れる!」
「いいですわ」
「よかろう」
「承諾」
「……」
「御意」
「……わかったわかった。もういいよ。後々潰せるならもうそれでいいよ」
「よし決まりだ。では遅れ人ども。暫しの時間、怯え震え慄きながら待っていろ」
こうしてジェネレクスら八人は去り、ロジスティクス神戦に割り込んで始まった撤退戦は終幕した。
八国合計しての生存者数、約五万人。
ロジスティクス神戦が始まった時の約七千万人は神戦によって死んだのか。あるいは撤退戦によって死んだのか。そしてどちらの理由の戦死者が多いのかは、もはや誰にも数えられない。
【完】




