122.撤退戦
東軍元本陣周辺にて。
そこで戦闘していた五人の化神官とその仲間たちは、突如裏切った味方とやむを得ず交戦していた。
最中、音国エホシャドチグパの化神官、リュートは頭を抱えて、
「うーん、マジホント気分悪い……」
災国カメセスコアの化神官、橙瀧は、さっき彼女が同士討ちに躊躇していたことを思い出して、彼女を叱責する。
「気持ちはわからなくもないがしっかりしろ! リスポーンした後に謝ればそれで済むだろうから!」
「それはもう気持ちの整理がついてますって!」
「じゃあ何故に気分が悪くなるのだ!?」
「さっきからずっと誰かが脳内に直接語りかけてるからだよ! 『私は……』ってずーっと繰り返してくるんだよ! そっから何も言わないでさぁ! もうホントウザいんですけどー!」
『リュートさんも聞こえてるんですか?』
と、機国イズセラの化神官、チョルヒは愛機【ヴァンガード】を操縦しながら問いかける。
「マジ、チョルヒちゃんも聞こえてるのこれ?」
『はい、とぎれとぎれで何を言いたいのかまるでわかりませんが聞こえてきます』
橙瀧は自分もそうではないかと意識を集中させる。
(『とにかく……に……』)
するとそれと思しき声が聞こえた。
「これか!? ……だが何が言いたいんだコイツは……?」
この時、五人の化神官……いや、東西両軍の全プレイヤーに、二人の総大将からチャットがかかる。
『お取り込み中のところ申し訳ありません。東軍総大将、ヴァイスと』
『西軍総大将、ネロアです。結論から言わせていただきますと、ロジスティクス神戦は終戦いたします。理由はそれが続行不能だからです』
『先程現れた謎のプレイヤーによる人智を超えた技によって、両軍のプレイヤーが多数怪死してしまっているこの現状では、とても争ってはいられない。
と、私たち二人は判断し、双意合致の上でこの決断に至りました。よって皆様、これより自軍は勿論、敵軍との戦闘を直ちに中断してください』
『そして皆さんはただいまより、南へ――『自由区』の中心へとお逃げください!』
『これより我々両軍は『あの乱入者への対処』を最優先します。その第一段階として体勢の立て直しを図ります。なので、とにかく撤退してください!』
こうして現在意識のあるプレイヤー全員は南へ、大陸の中心にある【自由区】の中心都市へと駆け出した。
何千何万ものプレイヤーが同時に一方向に進むこの大規模な撤退。当然ジェネレクスたちはこれを見逃しはしなかった。
「程度を知って背を向けたか。良い判断だ、それでこそ時代に遅れた愚民どもだ……誰かミラや王耀に続きたいのなら、遠慮なく行っていいぞ?」
「ボクはいかないよー。だって今行ってもなんともならないからねー」
「待機ーし。あの二人と共闘とか超絶禁忌だし」
「私もここは見守らせていただきます」
「わかった。それじゃあミラ、王耀、頑張れよ」
*
ミラと王耀の追撃は登場時と同様、筆舌に尽くしがたい壮絶さだった。
「さぁじゃんじゃん吐けアポォッッッ! 地上の虫ケラどもを擦り潰せッッッ!」
【アポカリプスドラゴン】の蒼炎ブレスは、プレイヤー達を主ミラの言う通りに虫ケラ同然に屠った。
「脆い……皆脆い」
王耀の洗練され尽くされた太刀捌きはいかなる強者をも紙切れ同然に斬り結んだ。
「皆、もっと間隔を空けて逃げてくれ!」
「少しでも遅れると目立って上から焼かれるよー!」
シュラやリュート達化神官は、一国の主として、プレイヤーに指示を出し一人でも生存者を残せるように務めている。
だがそれでもプレイヤーたちの人数は溶けるように減っている。
このままむざむざと殺されたくない――撤退するプレイヤーの一部は反骨心が芽生え始めた。
「……ウェンリー、カメセスコアのプレイヤーたちの統率はお前に任せるから俺様は……」
「ダメですよ橙瀧様。ここはネロアさんに従って逃げることに専念しましょう。下手に刺激すると控えの六人まで出てくるかもしれませんし」
ロジスティクス・サーガ屈指の戦闘狂である橙瀧は彼らしくなく妥協して、仲間を守りつつ、近寄る裏切り者を撃破しつつ、撤退に専念する。
ウェンリーは無駄な戦いによるこれ以上の戦況の悪化を避けられ、胸をなでおろした。
この一方で、ウェンリーのように諌める者がいない、情に厚いプレイヤーたちはミラと王耀に襲いかかった。そしてあっさりと返り討ちにあった。
「余計なことをすんなってのアイツら……」
と、三学級長らイペファワエゼの面々と行動を共にし逃げるエロイースはぼやいた。
そんな彼女たちの背から、王耀の太刀が輝いた。
「生徒会長! 王耀が私たちの後ろ……おおよそ百メートル後ろに!」
「うそっ!? さっき見たときはそんな近くにいなかったはずなのに!?」
カイナフィの報告が間違っていることを願いながら、エロイースたちはちらと振り向く。
王耀はありったけの速度バフを自分にかけたイペファワエゼが組んだ騎馬に仁王立ちし、迫る獲物を見下している。
「よりによってアイツらをあんなふうに使うなんて、とんだ侮辱行為ね!」
「どうします、会長? ただ逃げてるだけじゃあゼッテー全滅するぞこれ」
「ええ、もちろんただ逃げはしないわ! 【術神の極致】!」
エロイースは魔力塊を撃ち、複雑怪奇な軌道を目にも留まらぬ速さで通らせ、王耀の後頭部を狙う。
「……【瞬】」
王耀は後頭部に当たる寸前で太刀を一閃。刹那、魔力塊は両断され消失する。
さらに【副学級長】ノーツを含む【暴風の学級】の生徒五十人が地に伏せる――彼らの位置は王耀から特別近いわけではないのにも関わらず。
神速の技で五十人斬りを成した後、王耀は目を瞑り、構えず棒立ちする。【瞬】発動後のクールタイムだ。
その王耀へ、仲間を殺られ怒髪天を突くヒドゥニルンは歩を進める。
「テメェ……ワザと狙いやがったなァッ!」
ヒドゥニルンの足元を狙い、エロイースは【アース・バレット】を撃ち、
「乗せられちゃダメよヒドゥニルン。それがアイツが目論む面倒事なんだから……」
エロイースの忠告を受けてもなおヒドゥニルンは歩みを止めない。だがその表情は怒りではなく笑みに変わっていた。
「かつての内紛ではブッチギリーストにまんまと踊らされ、今回の神戦でもろくな手柄を挙げていない……オレ様としちゃあ、そんな『お荷物』と一緒に逃げることこそ真の面倒事だと思うんですけど、違いますか?」
「……違わないとは言い切れないけども、かといってそれは絶対正解じゃあないわ」
「……ま、正解不正解どうこう関係なく、オレ様はメンツのために『やる』つもりですけどねぇッ! 野郎共、位置につけッ!」
暴風の学級生達は王耀を取り囲み、彼一点に風魔法を放つ。ヒドゥニルンはそのいずれかに【シルフ・インビンシブル】で溶け込み、彼に奇襲を仕掛ける。
「軟い」
王耀はこれを見切り、ヒドゥニルンへ一太刀を浴びせた。
「なん……で……!?」
「現代に還りてみても小生の剣あれば全て塵芥か……またしてもつまらん」
と、王耀は嘆くや否、俊敏かつ絶妙な足捌きと太刀捌きにより、暴風の学級生達を斬り結び、彼らの命運に『結』の字を与えた。
この時、エロイース達は王耀から大分距離を離していた。
(アンタが言うこと聞かなかったのが悪かったんだからね……)
臥薪嘗胆の意で、ヒドゥニルンを置いて逃げていたのだ。
「……ただ、捨て石には成り得たか。されば、再び追い、引導を渡すまで!」
*
撤退開始から十分後。
ようやくというにはあまりにも遅過ぎたが、ミラや王耀相手に一矢報いようとする蛮勇の発揮者は誰一人として現れなくなった。
そして僅かになりつつある逃亡者達は皆一丸となって南へ駆けていた。
その逃亡者の大軍勢を、ミラは後ろからじわりじわりと焼き尽くす。
彼らが振り向けばすぐ、地獄めいた残土以外何もない地平線が見えるように。
「おまたせしました、皆様」
「ご心配をおかけしてすみません!」
そんな焦土を命からがら渡り切り、ネロアとヴァイスたちは、他の五人の化神官達と合流した。
『ご無事で何よりです、ネロアさん。それにヴァイスさんも』
「流石だネロア! よくぞミラの猛攻をかいくぐってここまでこれたな!」
「ありがとうございます、チョルヒさん、橙瀧さん。では、早くいきましょう」
「そうだねネロア君。もはやボクたちに余裕はない。あるとすれば……」
「あと約五キロメートルの自由区への道」
ジェネレクスたちの襲来による混乱時よりはだいぶ間近に迫った自由区の町を見て、数少ない逃走者たちは安堵する。
「そうそう、それも『茨の道』だよ……」
シュラは振り向き様にレイピアを振るい、飛びかかったプレイヤーを逆に倒す。
この敵の後には、正気を失ったプレイヤーの大軍がいた。さらに後には王耀が。さらに彼らの頭上にはミラと黒龍が……
「皆様、あと少しです。全身全霊で走ってください!」
と、ヴァイスが生存者を激励した直後、偶然か意図したことか、彼ら全員に空気の圧力が襲いかかる。
「これで全匹絶滅だァァァァッッッ! アポ、全身全霊で息吹けェェェッッッ!」
黒龍【アポカリプスドラゴン】が嵐のような轟音を立てて息を吸い始めた。
「過去最高に息を吸ってる……あれは面倒どころじゃないわね。イペファワエゼ全校生徒、奴の口へ個々人最高火力の魔法をぶち込みなさい!」
『イズセラ全機! とにかく攻撃して、あの龍の動きを抑えてください!』
イペファワエゼ・プレイヤーの魔法の束が、イズセラ・プレイヤーの機体の総攻撃が――大気圧に押し勝った大勢のプレイヤーの技が、黒龍一点に注がれる。
いくら『歴代最凶のクソボス』と囁かれた高耐久性持ちの【アポカリプスドラゴン】でも、これだけの攻撃を喰らえば流石に身が持たない。黒龍はブレスの予備動作を中断し、泣き声のような咆哮を放った。
刹那、黒龍はさらに大きな泣き声を放つ。
「泣くな、吐け。そしてあの羽虫どもを鏖せ。たったそれくらいもできないのかテメェ?」
と、ミラは左手に持つ大剣を黒龍の首にめり込ませながら言う。この時、彼女の右側面に【ヴァンガード】三機が飛んでいた。
『マリック、グレゴリー! 奴の動きが止まった今がチャンスだ! 俺たち三人と三機の力で撃墜してやるぞ!』
『おう、それが道理って訳だ!』
『よーし、いっくよー!』
ギビー、マリック、グレゴリー、【チーム・モブ】のトリオは機体を一列にして、
『『『食らえ!!! 【GMGストリー……』』』
「【希望絶ちし禍斬り】」
ミラの右手に握られた剣で、まとめて両断された。
「こうするんだよお前も。今火と煙とネジ撒き散らして死んだ虫ケラみたいに、下の蝿を同じようにしてやれ! 怯えずになッ!」
黒龍は再び轟音を立てて息を吸う。再び生存者達の一斉攻撃が浴びせられる。だがもう黒龍は止まらない。生存者全員を焼き尽くす勢力を誇る蒼炎の大ブレスが、彼らへと放たれる。
「皆さん、ここから離れてください!」
「とにかくここは自分の身の安全を優先してください!」
ネロアやヴァイスら化神官の指示により、生存者達は蒼炎の範囲外へ逃れようとした。だがもうブレスは間近に迫っている。
「【セイクリッド・フォートレス】」
カオンは、要塞めいた大規模かつ堅牢なバリアを展開し、彼女の仲間もこれの補強のためのバリアを張り、連携して蒼炎を受ける。
逃走最中だったヴァイスはその場に留まるカオンへ叫ぶ。
「カオンさん! あなたも逃げてください!」
カオンは背にいるヴァイスに向けて、首を回して、
「もう逃げてますわよ。イペファワエゼの謀反を止められなかった『責任』から……」
ヴァイスは至極歯がゆく思いながらも、カオンの意を汲み、彼女を置いて逃げた。
カオンたちのバリアは黒龍の蒼炎を逃走者から一時的に遮った。だがあくまで一時的。蒼炎はバリアを紙めいてじわりじわりと焼いていく。
「皆様、もっとバリアを展開してください! これだけでは皆様が逃げ切れませんわ!」
「ならば我々が支えよう、【ノーム・エーペックス】!」
オサラウドはバリアの後ろの地面に槍を叩きつけ、バリアの裏地を固めるように岩の壁を作り出す。
【大地の学級生】達もこれに続き、バリアを岩や土で補強。これにて蒼炎を完全にシャットアウトする。
「余計な延命しやがって虫ケラ風情が……」
ミラは舌を打った後、両手の剣を交差させ厄災のエネルギーを蓄積させる。
「あなたはイペファワエゼの……どうしてここに!?」
「仲間と……仲間のため。ただそれだけだ」
「……あなたの化神官からは許可をいただきましたの?」
「『クソ兄貴』と小声で言われたっきりだ」
「そうですか。ごめんなさいね、こんな時に愚問などしまして」
X文字に放たれた厄災の斬撃――【災神の終焉】がバリアと大岩の防火壁、それと製作者を塵芥に変えた時、残された生存者たちは随分と南へ進んでいた。
「さて、続いては小生が参るとしよう……」
王耀と彼の傀儡と化したプレイヤー達が、ミラが作った焼け野原を踏み越え生存者を追う。
大太刀の切先が次に向いたのはヴァイスだった。
オルディッツは王耀の殺気をいち早く察知し、
「ヴァイス様、王耀が貴方を狙っています」
「なんなら俺がやるっきゃないよなぁ!」
ノルガードが王耀へ立ち向かう。
「はっ、お待ち下さいノルガードさん!」
「貴様! 早まるんじゃない!」
「ノルガード! 私はカオンに続き貴方まで失いたくはない……」
オルディッツ、ゲイルリンド、ヴァイスら三人の忠告を無視し、ノルガードは愛刀『翠玉剣乗角』の身を日に晒して、
(あんたらだってわかってるだろ。もはや誰かしら切り捨てていかないと奴らから逃げ切れないってことぐらい。
奴には俺が適任だ。こちとらアイツに憧れて人斬りやってたんだから。多少は上手く時間を稼いでやれるんだぜ……)
「俺はミレアの【五造:被】ノルガード・K・レン! 王耀め、この俺が貴様の無双伝説をたたっ斬ってやらぁ!」
意気軒昂に王耀めがけ一太刀繰り出した。
「だからどうした……【瞬】」
そしてノルガードとその得物は、王耀の剣技で斬りにより刹那で微塵に斬られた。
硬直時間の中、脇目も振らずミレアのプレイヤーの背を眺め、王耀はぼやく。
「時が経てども世は下郎ばかりか。やはりつまらん。剣が拓く道はまことつまらん」
王耀は再び駆け出す。次の狙いもヴァイスただ一人。
「なんて執拗な男だ……こうもなれば私も」
踵を返しかけたゲイルリンドをヴァイスが制す。
「……いいや違う。三人でだ」
皆は先へ。そうヴァイスが自国のプレイヤーに告げた後、オルディッツとゲイルリンドと共に王耀と対峙する。
迫りくる驚異を目前に、オルディッツは自分を奮い立たせるように言う。
「これが一番合理的でしょう。先程ノルガード様が瞬殺されたのがいい例です。あのような豪傑を食い止めるには我々が団結していかないと……」
「僕的には、それはナンセンスかつバッドだと思いますけどねぇ!」
と、カイナフィは王耀と鍔ぜり合いしながら言った。
かつての学友にあるオルディッツが聞く。
「カイナフィ、何故貴方がここに?」
カイナフィは王耀の剣を受け流しながら、
「先に逝った二人に倣った礼儀ですよ。それをパーフェクトかつジャストにできる瞬間はここしかないと思いましてね。わざわざここまで来ましたよ、生徒会長には一言も言わずにね!
ヴァイスさん、それとオルディッツさん! どうぞ心置きなく逃げに専念してください……【流水の学級長】が保証しますよ」
「感謝します。カイナフィさん……行くぞ、オルディッツ、ゲイルリンド」
「はっ!」「……ええ」
ヒドゥニルンにもオサラウドにも、オルディッツにも、誰にも負けていない格好いいところを見せたかった――本音を言いそびれたカイナフィは、王耀の神速卓抜の剣技を【ウンディーネ・スペリオル】の予測効果で『かろうじて』いなし続ける。
(ヘビーでスピーディー、そしてハード。太刀筋は全部わかっているのに対処するのがベリーハードです……なら)
「これは余計に時間の稼ぎ合いがありますねぇ……」
カイナフィはあるだけの気力を振り絞り王耀の剣を止め続ける。
周りにはもう、彼の奮戦を見守る者も認める者もいない。だが彼は最期まで満足でいられた。
「……冗長なつまらなさであった」
【完】




