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121.ジュリクスの切り札

 ロジスティクス・サーガのどこかにある神域的な空間にて。

 ほくそ笑む一柱の神が他七柱の神に一斉に睨まれていた。


 その一柱は、時神ア・ドネザスオグであった。


 機神トドッバ・マは詰め寄って尋ねる。

「どういうことだこれは! なんでアイツらがここにいる!?」


 ア・ドネザスオグは笑顔のまま白々しく、

「はて、知りませんねぇ。なんせ私のジュリクスの勝手ですから」


「自分の化神官を見守るのも私たち八神の務めでございましょう? ア・ドネザスオグさん、あなたは一体何をしているのですか?」


 命神キトァミァの問いをア・ドネザスオグは無視する。

 要領を得ないどころでは済まない彼の対応に、神たちはただただ困る。


 ここで死神ホイプペメギリが開口する。

「貴様、『歴史』を奴に漏らしたな」


 ご存知でしたか。というように驚いた様子をした後、ア・ドネザスオグはニンマリと笑って、

「ええそうですとも。ジュリクスのご健勝のために教えました。あくまで、教えただけですが」


 災神ジャグガバゼパは烈火の如く怒る。

「あれは『教えただけ』でも重罪じゃぞ! 儂ら神々の人間への過剰介入はイカンというルールを忘れたのかえ!?」


「【十二星竜】を生み出した貴方が言うな……と、言いたいところですがそれは置いといて。

 ええ、『わざと』忘れました。私の国、時国ランニバーニが勝つためだけに」


 このア・ドネザスオグの一言を境にトドッバ・マ、ジャグガバゼパ、ホイプペメギリら三柱は、

「さいてい」

 術神イイキュフォアグの独り言をかき消すほど、

「ボリュームを下げてくれ。私は神戦の変転を注視したいのだから!」

 音神マダキウポオーべ―の訴えが通らなくなるほど、彼を激しく轟々と非難した。


 そして文神ユールコアはことの成り行きをただ黙って見ていた。

 彼は争いごとは入るよりも見るほうが好きな類なのだ。


 このおかげで、彼は八神の中でいち早く気づいた――自分の身体が『薄くなっている』ことを。


「すみません皆様、お体に異変が……」


「うっさいのじゃユールコア!」


「うるさいのは君たちだ! 口論するならボリュームを下げるか会場外で行いたまえ……」


 と、マダキウポオーべーが叫んだ直後、この空間は静寂に包まれた。

 当然だった。騒音の元となっていた八神が、全柱消滅したのだから。


*


「あれってジュリクスちゃんかな?」


『何ていうのでしょうか……すごくドヤ顔ですね』


「全く、一体どの面提げて戻ってきたと思ってんだか」


「とりあえず七人連れて戻ってきてるね。エロイース君」


「あの爆発に続いて来るとは……どうもきな臭いな」


 ミラと【アポカリプスドラゴン】の参戦、【十二星竜】含むプレイヤーの大量死、そしてジュリクスの再来――これらの連続する事態にロジスティクス神戦の参戦者が戦いを忘れてざわめく。


 ジュリクスはマイクめいて声を大きくするアイテム、『拡声の魔石』を手に取り、参戦者へ語り出す。


『この激しい戦いの中生き残った皆様、お疲れさまです。

 さて、皆様は今の驚天動地の大活劇をご覧いただけたでしょうか?』


「……ウェンリー、お前の拡声の魔石を貸せ」


「はいどうぞ」


 橙瀧も拡声の魔石を手に取り、ジュリクスに問いかける。


『その言い回しからして、さっきの大爆破は貴様の仕業か! なら何故、東軍の癖によくもユーキナミトたちを……』


『ご覧いただけましたでしょうね』


 ジュリクスは雑音を無視して語りを続ける。


『ここからはよくお聞きください……というより、聞け。

 今のロジスティクス・サーガの覇権はどこにあるかと聞けば、貴様達は『智謀と雄才を持つヴァイスが統べし命国ミレア』か、『武勇と奇才を有するネロアが統べし死国トードイスムカ』のどちらかと答えるだろう。このロジスティクス神戦の双軍の総大将を、ネロアとヴァイスが務めているのだから、そう答えるのが自然と思うだろう。

 ――だがその安易な考えはもう時代遅れだ。これよりロジスティクス・サーガの覇権は、我ら時国ランニバーニに移る。

 先程の災国カメセスコアの旧化神官、ミラによる大殺戮は、その幕開けの合図にして、ランニバーニの覇権の礎なのだ!』


 ジュリクスはミラと、後ろの七竜に乗るローブを纏う騎手を示した後、

『もう一度言わせていただく。ロジスティクス・サーガの覇権はミレアでもトードイスムカでも、ましてやイズセラ、エホシャドチグパ、カメセスコア、イペファワエゼ、ヨヤアサのどこにも非ず。

 覇権は、八人の復活せし英雄譚を用い、ランニバーニが掌握する……』

 背後から剣で貫かれた。


 ジュリクスは背後を振り向き、ひらりと空を舞うローブと、剣の持ち手を視界に収めて、

「じ、事前に聞いてた話と違う……ジェネレクス、何故こんなことを……?」


「何故こんなことを……じゃない。この世は年功序列。なら従うべきなのは遅い時代に生きる貴様だ」


 ジェネレクス――と呼ばれた青年はジュリクスを蹴飛ばし剣を抜く。

 竜の背から落ち行くジュリクスを見て、お似合いだと嘲笑う。


 次には後ろ――一斉にローブを放る六人のいる方を向いて、

「ごくろうさま、皆。あんな小物の遅れ人に従うフリをしてくれて」


 六人の内の一人――絵画などに描かれた聖女そのもののような雰囲気の、白銀色の髪を持つ女性は言う。

「貴方が懺悔する必要はございません。悪いのは全てあの甘えた未熟者なのですから」


 続いて穎脱した仕立ての制服を壊滅的に着崩す少女が、

「ま、アイツに従った方が好都合(ラクチン)ってのもあるしね。おかげでこのドラゴンに乗って奴らの阿呆面を鑑賞(オガ)めて何よりだわこれ」


 サイバーチックな軍服を着た少年は竜の背であぐらをかいて、

「僕は早くイズセラに帰りたいなぁ。だってここつまんない物しかないんだからさぁ」


 ジェネレクスは少年の言葉にうんうんと頷き、

「さて、そろそろ遅れた後続の愚民を廃棄するとしよう……ミラよ、暴れ足りているか?」


「全然全ッ然だッッッ! ひょっとしたらこの砂場にいる蟻を全部潰しても足んないかもなッッッ! てなわけで行ってやらァ!」


 ミラはあり余る闘争本能を動力に【アポカリプスドラゴン】を南へ、より多くのプレイヤーが集う地へと駆る。


「……ジェネレクス殿。某も一太刀廻りしてもよろしいだろうか?」


「ああいいぞ、王耀……思う存分辻切ってくれ。掃除は早く終われば終わるほどいいからな」


 翠色の装束に身を包む【武士】のプレイヤーは納刀されたままの大太刀の先を、今自分が乗っている竜の頭にコツンと置く。

 すると竜は、まるで高層ビルのエレベーターのように早く、なめらかに下降する。


「な、なんだあのサムライは!?」

「俺は知ってるぞ! アイツは『翠玉剣(すいぎょくけん)王耀(おうよう)』、かつて文国ヨヤアサを中心に何千人もの強者を一刀に伏せたという剣聖だ!」

「王耀はもうロジスティクス・サーガを引退していたはずなのに……どうしてここにいるんだ!」


 地上から大分近くなったところで、己の存在にどよめくプレイヤーたちを喧しいと苛立ちつつ王耀は抜刀。全身を極限まで捻り、

「同志を殺せ、【文神の改竄】……!」

 己を軸に残光の円を描く。


 円が完成した刹那、この戦場にいるプレイヤー全員は『斬られた』と思い込む。


 これから先のプレイヤーたちの行動は、三対七で真っ二つに分かれた。


 三割は自分の身体とステータスを調べ、特に何も起こってないと確認する。


 そして七割のプレイヤーは、


「殺す殺す殺す殺す……」


「おい、急にどうしたおま……」


「殺す殺す殺す殺す……」


「どうしちまったんだお前!? 俺は仲……」


 無機質な挙動で、三割のプレイヤーを襲い始めた。

 襲撃対象は大抵は味方なら何だろうと襲った。友人、上司、はたまた国の主である化神官でさえもだ。


「【術神の極致】、十連!」

 エロイースはイペファワエゼの学徒に自分の奥義を与える。


 この味方に対する容赦の無さにリュートはドン引きする。ただでさえ味方を斬ることへの抵抗でおろそかな構えがますます無防備に近づく。

 彼女の背後に正気を失ったコンボ稼ぎ隊が迫ったのはちょうどこの時……


「気をつけろリュートッ!」


 そして彼らが橙瀧の回し蹴りでノックアウトしたのは、それからまもなくのことだった。


「何がなんだかわからないがせめて身は守れッ!」


「は、ごめんなさい橙瀧さん! じゃあ身を守るだけはします!」


 チョルヒはまだ正気を保っているイズセラの仲間と共に【ヴァンガード】を心を痛めながら撃墜する。

『……エドウィンさん、ウルフレットさん。皆様とチャットは繋がりましたか?』


『ダメだ、半分以上が着信無視している』


『俺の【チーム・トランス】のメンバーも応えてくれません。こっちは三人に一人くらいの確率で……』


 国ごとの結束、東西軍の対立、そしてロジスティクス神戦そのものは、もはや完全に崩壊してしまった。


 各地で我を失ったプレイヤーが仲間に刃を向け、平常なプレイヤーも空より降る破滅の蒼炎と終焉の厄災斬撃により一掃される。


 ――何がどうしてこうなったのかはわからないが、とにかく危機的状況から耐える。それ以外のことは考えられないのだ。


*


「大丈夫ですかネロアさん!」


「ヴァイス様! ご無事でしょうか!?」


 度重なる天地がひっくり返るほどの事変をどうにか飲み込もうと必死になっているネロアとヴァイスの元へ、アンティルとレイザック、ゲイルリンドが揃って傷だらけの状態でやってきた。


「アンティルさん、レイザックさん!? どうしてここに……」


「どうしたもこうしたもねぇよ! こんな滅茶苦茶な状態でゲイルリンドと戦ってられるほど俺っちらはお気楽じゃあないっての!」


「……ゲイルリンドが本気で止めるまで戦おうとしてた癖に、アンティルの奴め都合よく立ち回りやがって」


 ヴァイスから回復魔法を受けつつゲイルリンドは問う。

「オルディッツからの報告は受けていますか?」


「ええ、あちら側では一部のプレイヤーが突然と寝返り、その対処に追われていると。

 あのミラという災禍に手足を付けたようなプレイヤーが暴れているだけでも脅威というのに、さらに手がつけられない状態になるとは……」


「やはりヴァイス様もそう思いますか。では、そこで私より提案……というよりもはや懇願があるのですが、よろしいでしょうか?」


「……ええ、わかってます。」

 と、ゲイルリンドに短く返した後、ヴァイスはネロアと誠実な目をして向き合って、

「ネロアさん。おわかりでしょうが今の混乱ではもはやロジスティクス神戦をすることはできません。そこでネロアさん、どうかここは休戦してくれませんか?」


 ネロアは一瞬戸惑って言い返す。

 この戸惑いの訳は『あれだけ自分を目の敵にしていたヴァイスが自分の立場を謙譲したこと』でも、『そんなこともういちいち言わなくてもいいことを言われたから』でもない。


「ええ、勿論です。この凄惨な状況で過去のしがらみに囚われる訳にはいきませんから。 ところでヴァイスさん……というより皆さん、先ほどから『声』が聞こえませんか?」


「「「「「『声』?」」」」」


「はい。どういう訳かずっとどこからか声がしているんです。環境音とはまるで違う、調子の悪いラジオみたいにぶつ切りが多いですが、一音一音ははっきりとした声が。

 何故かミラさんが十文字を放った頃からずっと聞こえていまして……」


 アンティルとレイザック、ゲイルリンドとヴァイス、ついでにアルトリウスは耳を澄ましてネロアが言う『声』を聞こうとする。


「……聞こえねぇぞネロア」


「俺もです。まるで聞こえません」


「チッ、ただでさえふざけた野郎だってのにこんな状況でふざけるとは相変わらずのクズネロアだな!」


「すまないが俺も全く……」


 アンティル、レイザック、アルトリウス、ゲイルリンドは口々にこう言った。


 そしてヴァイスは、

「『……へ……に……ろ』……?」

 頭の中で響く言葉をそのまま言う。


「聞こえましたかヴァイスさん!? でしたらまもなく『じゆう……』というワードも聞こえてくるはずです!」


「『……へ……げ……』……『へにげろ……』……?」


 ネロアとヴァイス、それぞれが聞こえたワードを各々組み合わせ、奇遇にも同時に閃き開口する。


「「『自由区へ逃げろ』」」


【完】

ロジスティクス・サーガ・データベース


■キャラクター紹介

【時神ア・ドネザスオグ】

 分類:神

 管理国:時国ランニバーニ


 ロジスティクス大陸の、時の理を司る男神。

 八神の中で最も機微に聡い、才気ある神。だがそれに反比例するように傲慢で、強欲な神。

 大陸の人々がより多くの成果を出せるように、彼らに十倍の時間を与える偉大な務めを担っている。

 自分の化神官であるジュリクスに、何やら不穏な気配のする期待をしているようだが……

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