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120.目前の終焉

 東軍新本陣にいるヴァイスへの道を己が身で閉ざす男【五造:尋】ゲイルリンド・A・ハングと対峙したネロアは追憶する。


 ロジスティクス・サーガへの復帰。死国トードイスムカへの帰郷。アンティルとレイザックとの激戦。国の悲惨な現状の理解、化神官となるための試練。シュラを相手取った化神官としての初陣……そしてミレアのトードイスムカ侵攻の要『調和の砦』でのゲイルリンドの戦い、自由区でのヴァイスとの決戦。


 ゲイルリンドとの対面をトリガーとして、ネロアの胸の内からは懐かしさが込み上げていた。

 そしてネロアは脇にいるかつての上司に向かって臨戦態勢を示すアンティルとレイザックをチラっと見て、嬉しくなった。


(僕はここまで来れたんだ)と。


 ゲイルリンドは己の【Dt-Do】を口に含み、深く、力強く、堂々と息を吸って吐く。そして己の身が強風に包まれる。


「もはや何度も会った間柄、これから俺と貴様らがどうすべきかは……説明不要だろう?」


 もちろん。と、ネロアが肯定を述べる前に、


「ああ、わかってら! オレっちとレイザックとで、お前をぶっ飛ばす! ヴァイスのクソ野郎も間もなく同じようにしてやるッ!」


「当然ゲイルリンドさんを倒します。根拠はあります。俺はもうミレア時代のような薄っぺら人間ではなく、いくつも苦難を乗り越えてそれ以上に成長したという根拠が」


 アンティルとレイザックが勇ましくゲイルリンドに返してくれた。

 二人が勇気を出したご褒美代わりに、ネロアは主君として命令する。


「アンティルさん、レイザックさん……二人はゲイルリンドさんと戦えますか?」


 二人は息ぴったりに答え、

「「はい、もちろん!!」」

 互いに息が合ったことを不快に思い、睨み合った。


 ネロアはこれで二重の意図で微笑み、

「わかりました……では、行きますッ!」

 ゲイルリンドへ突撃する。


「【禍根の楔】ッ!」

 最中、ネロアはゲイルリンドめがけ闇属性エネルギーを帯びた剣を猛烈に投擲する。

 

 ゲイルリンドはサイドステップで簡単にかわす。剣はゲイルリンドの背後の地面に突き刺さる。


「俺にとって貴様の剣投げはもはや見慣れつつもある。かわすのは容易い」


「そうですか、ありがとうございます……道を開けてくださって!」


 ネロアは剣に結んだワイヤーを引き、素早く剣が刺さった地面へとスライディング――ゲイルリンドの横を通り過ぎようとする。


「【刈導の脚】」

 ゲイルリンドはネロアを疾風を帯びた蹴りで迎え討つ。が、その足に銃弾と魔法が正確かつ強烈に命中し、中断を余儀なくされる。


「申し訳ありませんゲイルリンドさん。お望みはまたの機会に」


 ゲイルリンドの背後に滑り込めたネロアは、彼と背合わせのままひた走り、ヴァイスの元へと駆けていく。


 当然ゲイルリンドは彼女を追おうとした、


「【パイロ・ジェイル】!」

 だがレイザックが自分を炎の牢獄に閉じ込め、


「【砲導の拳】、二連!」

 竜巻を両手より放ち、炎牢に穴を空けるも、


「【ブレイジング・バレット】、アーンド【イグニッション・ヒート】!」

 炎の翼で急加速する灼熱の弾丸と化したアンティルが突撃を仕掛け、防御を強いた。


「残念ながら貴方の相手はネロアさんじゃありません、俺たちです」


「捨て駒だと思うなよ! オレっちらはもうお前らやネロアにヘコヘコ頭下げてテクテクついてくるだけの奴じゃない、立派なトードイスムカのプレイヤーなんだからよ!」


「「さぁ、勝負だゲイルリンド!!」」


 強風でコーティングした両腕でアンティルを必死に押さえつけるゲイルリンドの背に、炎牢獄から現れたレイスの火魔法が与えられる。

 ジリジリと減っていくHPを見ながら、ゲイルリンドは二人に言い放つ。


「応! 気兼ねなくかかってこい!」


*


 そこは聖域のように平穏と静寂があった。


 余計な者は誰一人おらず、整然と展開された陣幕が空間を作り、三国の国旗が威厳を醸し出しはためく。


 そこでヴァイスとネロアは、互いに目を合わせていた。


「量、質、風格……私達東軍は全てにおいて勝っていたと思っていたのですが、やはり驕りは信用ならないのですね。

 ――遠路遥々ご苦労さまです、ネロアさん」


「本当に長い長い道のりでしたよ。見事でした、ヴァイスさん」


「……本題に入る前に質問があります。あなたは私が創ったこのロジスティクス神戦をどう思いますか? やはり『余計なことをしてくれたな』といった恨みでしょうか?」


「……これは客観的に答えるべきですか? それとも僕個人として実直に答えるべきですか?」


「後の方でお願いします」


「それでしたら『足し引きした結果、総合的に少し嬉しかった』です。

 二週間前の八神会議、あなたが『かつての暴挙の贖罪としてロジスティクス神戦を起こす』と言った時は、現在復興中のトードイスムカをまたしても踏みにじるのかと腹が立ちました。

 ですがこの神戦を引き起こしたこと自体は良かったです。なんせヴァイスさんが非道徳な政策や陰謀に頼らず、この『ロジスティクス・サーガ』というゲームの本質に則って勝負を仕掛けたのですから。

 ……あくまで僕個人の感想です。この神戦に付き合っている方々がどう思っているかはわかりませんから」


 ヴァイスはほんの少し表情を和らげて、

「……手段が正しく、目的が悪いことだったとしても、あなたは私を褒められますか?」


「褒めます。なんてったって僕はあなたが考えてるかもしれない『悪いこと』をなかったことにして、皆を困らせないためにここにいるんですから。トードイスムカの化神官として」


 才ある人物が相当たる地位に立つべきというヴァイスなりの『正義』。

 これをロジスティクス・サーガで実験する過程の中で、大きく立ちはだかる壁が、このような純粋極まった人物とは……そう考えた、ヴァイスは自然と笑いをこぼして、

「完璧な答え、ありがとうございます……これで確信できました。私はあなたという大器に復讐していいと」


 ヴァイスは杖を握り構える。ネロアも同時に剣先を相手に向ける。


「では、始めましょうか。ロジスティクス・サーガ史に残る一大決戦を!」


「望むところです!」


 死神ホイプペメギリの化神官、ネロアと命神キトァミァの化神官、ヴァイス――東西両軍の総大将が、ロジスティクス神戦の縮図を描くように激突する。


 ――最中、思いもよらぬ乱入者が迫る。


「クソネロア、クソネロア、クソネロアァァァッッッ!」

 

 二人が一歩踏み出した途端、一人の黒鎧のプレイヤーが割り込む。


 ヴァイスは首を傾げて、

「貴方は誰ですか?」


 一方ネロアはため息をついて、

「……いい加減しつこいですよ。アルトリウスさん」


 アルトリウスは息を切らしつつ、焦点の合わない狂気溢れる目をネロアに見せて、

「俺は最初っからお前をブチ殺すつもりでいたんだが、なかなか見つからなくってなぁ……

 で、成り行きでなんか変な電気剣の使い手と戦っている最中、お前の世界最強の悪臭が鼻にブッスリ入ってなぁ……てなわけで、俺にしては珍しく敵に背を向けて、ここまで急いで来てやったぜぇへへへへッ!

 さぁ、観念して俺に殺されて地球ぐらい重い罪を清算しやがれェェッツ!」

 剣を思い切り振りかざす。


 最中、ふと北方から異様な気配を察したヴァイスが、

「!? 二人とも静かにしてください」

 結果アルトリウスの醜い八つ当たりを止めようとする。


「何だよヴァイス。俺の次くらいにネロアから酷い仕打ちをうけたお前が、ネロアへの復讐を邪魔するとはどういう風の吹き回しだ?」


 若干遅れてネロアも同じ気配を感じ取り、

「とりあえず見てくださいよアルトリウスさん……あのまるで別次元から来たような存在を」

 アルトリウスの注意をそらすため、気配の根源を指さした。


 ロジスティクス神戦の空の大部分は今、橙瀧のスキル【災神の始動】の副作用により橙と黒が混じった禍々しい雲で覆われている。

 

 その雲を突っ切るように、十三枚の歪な羽根らしきものを生やした漆黒の龍が飛んでいた。


「あのモンスターは一体何だ……?」


「あのようなモンスターを呼べる方は西軍にいなかったはず……」


 ネロアもヴァイスも黒龍を『隅に置けない』のは確かだと思いつつも、それが何なのかわからず頭を抱えた。


 ――一方、アルトリウスは単純にすくみ上がっていた。ネロアへの恨み以外の感情があるのかすらわからないようなあの怪人アルトリウスが。


 ネロアはアルトリウスの異常に気づき、声をかける。

「どうしたんですかアルトリウスさん。あの竜と何かご関係が……」


「……ああ、そうか。お前は奴が現れる前にロジスティクス・サーガから離れやがったんだから知るはずもないか。そりゃそんな間抜けな質問をする訳だ……

 冥土の土産に教えてやるよ。あれは【アポカリプスドラゴン】。PvEメインだった頃のロジスティクス・サーガに登場したレイドボスで、繰り出す技とステータスの極悪さから、歴戦のプレイヤーですら匙を投げまくり、運営側が謝罪文を出さざるを得なくなるほどの『歴代最凶のクソボス』だ」


「なるほど、だからアルトリウスさんは震えていたのです……」


「勝手に俺の気持ちを解釈するなクソネロアッ! 俺が恐れてい……驚いているのは【アポカリプスドラゴン】のせいだけじゃない! もっとヤツをよく見やがれクソネロアッ!」


 ネロアとヴァイスはアルトリウスの言う通り、【アポカリプスドラゴン】を凝視する。と、その背に人が乗っているのがわかる。


 己の身の丈程ある大剣を両手それぞれに持ち、これまで狩ってきただろうボスモンスターの成れの果ての装備を幾重にも着る【竜騎士】の女性だ。

 ――ミラ・ティラヌガーネット。【アポカリプスドラゴン】を三日三晩の激闘の末、『たった一人』で討伐した超越的実力者。

 通称、ロジスティクス・サーガ最厄のプレイヤー。


「私は見ました。ネロアさんはどうです?」


「僕も見ました。あの方が絶対ただ者ではないと……」


「ただ者じゃないのはガキンチョでもわかる。奴はもうロジスティクス・サーガに居ない。【アポカリプスドラゴン】を倒した途端に引退したプレイヤーだってのに……」


 ネロアたち三人がいる地点から北西の遥か遠くの地点より、遠方からでもわかるほどおびただしい数の矢が、空を征く黒龍へと射られる。


「東軍なのか西軍なのか、味方なのか敵なのか……わからないことだらけだが、とにかく奴からは不吉な予感がする! だから容赦なく撃てー!」

 

 ロジスティクス・サーガ最強のスナイパーこと、災国カメセスコアの【射手星竜】ユーキナミトは、自分の取り巻きたちと共に、弾切れ覚悟で何千何万もの矢を撃ちまくる。


 だが黒龍の鱗はこれら全てを弾き返す――これがかつて『クソボス』呼ばわりされた理由の一つ、こいつはただ愚直に硬いのだ。


「ユーキナミトさん、やっぱダメっス! アイツ硬すぎます!」


「ならこのロジスティクス・サーガ最強のスナイパーが手本を見せてやる! 【ワイバーン・アロー】、五十連!」

 ユーキナミトは飛竜の如き凄まじい威力を持った矢を五十本同時に放つ。

 五十本の矢の内の一本が黒龍の硬鱗に多少突き刺さり、すぐに抜ける。

 その箇所には、非常に浅い傷しか残っていなかった。


 これでユーキナミトの存在にようやく気づいた黒龍は、彼らの方を見下し、嘲笑めいた短い息をフッと吐く。

 刹那、ユーキナミトとその取り巻き、おまけに周りで戦っていた無関係なプレイヤー総勢一万人が蒼炎の海に沈む。

 断末魔が上がることはなく蒼炎は広範囲を焼き尽くす。そして数秒後、これが消えた跡には、何も残らなかった。


 あのユーキナミトが、一万人の軍勢が、あっという間に無に帰す――このあまりにも淡白すぎる惨劇により、さっきまでひたすらに熱狂的喧騒に満たされていた戦場が、ほとんど静まり返ってしまった。


 この静寂を破ったのは、ユーキナミトと同じ災国カメセスコアの【十二星竜】の一人、【双子星竜】ノーヴァだった。


「私はユーキナミトと格別親しいわけでもないが、同郷の者をかように雑に倒されても黙っていられるものか!」


 彼は自身のスキル【双子星の竜眼】で創造した【ファイア・サンダー・ドラゴン】を義憤に任せて操り、【アポカリプスドラゴン】の上――騎乗者、ミラの上を取る。


 ミラは血相を変えて憤るノーヴァの顔色を一瞥だけして、さっさとここを去ろうする。 だが彼女と黒龍の周りには幾多の隕石が降り注いでいた。


「助力させていただきますよ、ノーヴァさん。もっとも私らしく過激な手段になりますが。そこはご容赦を」


 ノーヴァの援護のため、【山羊星竜】ジョージが自身のスキル【山羊星の竜眼】で隕石を呼んでいたのだ。


「感謝するぞジョージよ!」

 隕石の雨により迂闊に動けなくなったミラと黒龍へ、ノーヴァは愛竜に炎雷のブレスを吐かせるよう指示する。


「【蛇使星の竜眼】」

 だがノーヴァの愛竜はブレスを吐かなかった。突然ミラの周囲に発生した規格外の勢力を誇る下降気流により、主もろとも地面に叩きつけられたのだ。


「おうそこそこ。アンタらごとき低層な連中はそこが定位置だ。

 ……いーや、まだ足んねーな。だってアタシは天の上の上、お前らは地の底の底だもんなぁッッッ!」


 やれ。この一言でアポカリプスドラゴンはノーヴァとジョージが這いつくばる地面を見下し、一呼吸する。

 言うまでもなく、この一呼吸は破滅を齎す蒼炎のブレスだ。


「すみません、ノーヴァさん……私が不甲斐ないばかりに……」


「諦めるなジョージ。まだ私には、こいつがいる……頼む、我が愛竜よ」


 ファイア・サンダー・ドラゴンは主の思いに応え、重たくなった頭を必死に持ち上げ、迫りくる蒼炎のブレスに対抗して、炎雷のブレスを吹く。

 ブレスとブレスは正面衝突し、やがて蒼炎が炎雷をジリジリと押す。

 自分を創ってくれた主を悲しませるわけにはいかない――ファイア・サンダー・ドラゴンは、この一瞬で全生命力を使い切る覚悟でブレスの勢いを強め、アポカリプスドラゴンのブレスをかき消した。


 この時、黒龍に跨るミラは、業火轟雷瓢風極氷――ありとあらゆる厄災のエネルギーを圧縮して纏った一対の大剣を掲げていた……


「弱いという言葉すら生ぬるい弱者ども、絶えて滅して絶滅しやがれ……【災神の終焉】ッ!」


 ブレスを相殺し安堵していたノーヴァとジョージめがけ双大剣をX字に振るう。

 刹那、戦場北部の大地で厄災が大爆発し、ノーヴァとジョージ、それと近辺の十万のプレイヤーが消失した。


 本日二度目の絶句を経て、アルトリウスはネロアとヴァイスに、

「……な、ロジスティクス・サーガ最厄のプレイヤーだろ?」


 時折、ロジスティクス・サーガ最凶のプレイヤーとも呼ばれるほどの恐れ知らずであるネロアは珍しく足を震わせて、

「そんなの、見ただけで十分わかってますよ……」


 一方のヴァイスは数多の被害者への哀悼や、ミラと黒龍への畏怖でもなく、『思考』に明け暮れていた。

(あの方は今、【災神の終焉】とスキル名を詠唱した……【災神の〇〇】というスキルは災国カメセスコアの化神官ただ一人のみが使えるはず。

 何故、災国の化神官は橙瀧が就任済みなのに、あの方はそれが使えたんだ……)


「ヴァイスさん、ヴァイスさん!?」

 ネロアは思案に集中するヴァイスを現実に引き戻し、


「見てください、またしても竜が来ています。しかもその竜は……」

 北から飛来する、真珠めいて煌めく紫竜八体を指す。


 この紫竜は既知の竜。しかも、つい先程見た、記憶に新しい竜だった。


 【マグニフィセントドラゴン】八体は、先導の一体に七体が追随する形で飛んでいる。


 後続七匹の竜の騎手は全員ローブを纏い正体がわからない。だが先導竜の騎手ははっきりとわかった。


 【マグニフィセントドラゴン】の召喚者、時国ランニバーニの化神官……


「ジュリクス・ヴィオレックス……なんてタイミングで来るんですか」


 ネロアとヴァイスははっきりと見た。

 今のジュリクスは、まるで既にこの神戦の勝利をもぎ取ったかのように、自信に満ち溢れた顔をしているのを。


【完】

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