119.最強の頂点
ロジスティクス神戦戦場、東軍偽第二本陣にて。
エドウィンの機体頭部に座り宙に佇む術国イペファワエゼの化神官、エロイースと、亀裂走る地面にて構える災国カメセスコアの化神官、橙瀧が視線を交える。
化神官同士の対峙という類稀で緊張迸るこの状況。
オルディッツ、カオン、ノルガード、ウェンリー、カイナフィ、オサラウド、ヒドゥニルン、エドウィンなどの周囲の者たちは身動きが取れなくなった。
橙瀧は口を開く。
「おい貴様、今俺様のことを『自称最強』と言ったな?」
エロイースは空中で橙瀧を見下したまま、
「ええ言ったわ。それが何の問題で?」
尋ね返された橙瀧は即座に答える。
「俺様は貴様の発言を問題とは思っていない。むしろ俺様は感謝したい。
エロイース! 今の言葉は紛れもなく『宣戦布告』だ! これに応じれば貴様をためらいなくぶん殴れるのだからなぁッッッ!」
「わー、噂に聞いた通りのバトルジャンキーだ。こっちは軽い冗談で言ったつもりなのに、受け方の本気度高すぎて面倒くさ……」
と、エロイースは小声で陰口をぼやく。位置的に聞いてしまったエドウィンは無言でウンウンうなずく。
「さぁ、試合おうか……エロイースッッッ!」
「はいはい上等上等。アンタみたいな誰でも彼でもぶちのめそうとする奴を野放しにすると色々めんどくさいからね……橙瀧さん」
橙瀧は足元の亀裂を更に複雑にするほど地面を強く蹴り跳び、
「【竜腕参上】ッッッ!」
怒涛の水を帯びた右拳をエロイースに向ける。
『あのー、エロイースさん。自分はこのまま貴方を乗せてここにいなければいけませんか?』
「ちょい待って。そしたら逃げていい……【術神の極致】」
迫りくるロジスティクス・サーガ最強のプレイヤーの拳を前に、エロイースは冷静を保ったまま、魔力の塊の球を撃つ。
魔力球は複雑怪奇な軌道を驚異的な速度で通り、防御がままならない橙瀧の懐に命中。最大HP二割ほどのダメージを受ける。
橙瀧は攻撃を中断。再度着陸し戦況整理を始める。
「ありがとエドウィンさん。ここからはアタシだけでやる」
エロイースはエドウィン機から降りて着陸し、約二十メートル離れた場所で体勢を立て直そうとする橙瀧を見て、すました顔になる。
ロジスティクス・サーガ最強のプレイヤーもこうなるんだ。とでも言いたそうに。
この時、周囲にいた東西軍のプレイヤーはざわついていた。
「橙瀧様の勢いを真っ向から挫く……」
「あんな力をずっと隠していたのかよ『生徒会長』」
「いいぞ『生徒会長』! そのまま調子乗ってる橙瀧をぶっ潰せ!」
『最強』と呼び声高い橙瀧が魔法一発で迎撃されたことは衝撃的だったのだ。
……が、これは比較的程度の低いプレイヤーに限定される。【五造】や【生徒会長】などの上級者は、驚きはしたが声は出さなかった。
強者故に理屈がわかっていたからだ。特に双方に近しい人物であるウェンリーとオサラウドはよくわかっていた。
(橙瀧様のジョブ【格闘家】は物理攻撃には強いが魔法攻撃には弱い。さらにカメセスコア属の【格闘家】はその『落差』がより極端になっている。
けど橙瀧様は持ち前のタフネスと、【災神の始動】の効果で風バリアなどを駆使してこの弱点をカバーできた。けれども……)
(エロイースの【術神の極致】はいかなる魔法の追随を許さない究極の魔法。ジョブにより魔法攻撃に弱い橙瀧なら、流石の橙瀧でもさぞ痛かろうな)
「【術神の極致】」
再びエロイースは魔力球を射出する。
この魔力球は高純度の魔力により構成されたもの故に、エロイースは自分の手指を操るように軌道を操作できる。
「ちっ、気持ち悪い動きをしやがるなッ!」
魔力球はあまりにも変則的な動きをして橙瀧へ迫る。
現実世界でも一流の格闘家であったため、反射神経にただならぬ自信があった橙瀧。
だがそんなそんな彼ですらこれを目で追いきれず、無防備な背後に食らってしまう。HPが三割削れる。
「うっし、橙瀧はHP自動回復能力も持ってて、今のHPは六割ぐらいだから……あと四発ぐらいで死ぬか。一発ずつ緻密にやりましょう」
七種の状態異常を喰らいながらも立ってのけた――と、ネロアから橙瀧の無際限な底力とエロイースは聞いている。
だからエロイースは、やろうと思えば十発同時に撃てる【術神の極致】を、精密性重視で一発ずつ撃つ。
相変わらずの予測し難い軌道を進む魔力球。
もはや目で追うのはかなわない。と、悟った橙瀧は『自分ならこうするだろう』と予想した箇所めがけて、
「【竜尾凱旋】ッ!」
稲妻を帯びた回し蹴りを繰り出す。
勘は的中した――魔力球が自分の右足に当たっていた。
しかし威力は殺しきれない。直後、橙瀧は右足を引き戻した。HPは二割削られた。
「【術神の極致】」
エロイースは間髪入れず魔力球を撃つ。
右足を痛めた橙瀧にとってこれは泣きっ面に蜂だろう。と、エロイースは期待した。
だが、この期待はすぐに失せた。橙瀧が右足をさすりながら笑っているのだ。
「掴みかけたぞ貴様の弱点をッッッ!」
橙瀧はスキルを使わない、ごく普通の回し蹴りを放つ。予想の甲斐あり魔力球を再び右足で捉えられ、そして魔力球は粉砕された。
「……そして今、完全に掴んだ」
これまで無敵を誇った【術神の極致】が防がれた――再び周囲が驚喜で騒然とした。
しかしこれは中級以下のプレイヤーのみ……ではなく、今回は上級プレイヤーも驚いた。
厳密には、一名驚きが薄かった。オサラウドだ。
(【術神の極致】がどんな魔法にも競り勝てるのは、高純度の魔力の塊である故。
属性付与や形状形成で余分な魔力を消費してしまう従来の魔法とは違い、無駄がないシンプルな魔法だからだ。
しかしシンプルすぎる故、これは魔法よりも『物質』に近い。だから殴る、叩くなどの物理的衝撃を与えれば対処できる。
理論はかつてブッチギリーストが立証してみせた。奴の最強魔法【サラマンドラ・マグナ】では歯が立たなかったこれを、何の魔力も込めてない全力の拳で反らせていたんだ。
奴以上の物理攻撃力を持つ【格闘家】の橙瀧が同様に叩けば、壊れるのは当然だ……)
オサラウドは橙瀧とエロイースをそれぞれ一瞥する。
橙瀧は誇らしげに笑み、エロイースは無表情を作っていた。
さっきまでのウェンリーと戦っていた自分とエロイースを重ねて、オサラウドは妹に同情した。
自分の長所が潰されるのは至極辛いだろう。と。
「【術神の極致】、十連」
エロイースは魔力球を十発同時に発射する。
(今の橙瀧に丁寧に放っても弾かれるのは明白。てなわけで今度は精密性より物量を重視するのが最適解になる……)
あれだけの超性能な魔法を十発同時に放ったことに橙瀧は感心する。だが驚きはしない。
なぜなら魔力球そのものの対処方法はまるっきり同じだからだ。橙瀧は一発一発を見切って殴打し全て破壊。
もっともこの結果はエロイースもなんとなくわかっていた。橙瀧の対応能力なら、どうにかしやがるだろうと思っていた。
「【術神の極致】、十連」
だからエロイースはすぐに魔力球十個を送った。連続して対応させ疲弊を狙う作戦だ。
橙瀧は無駄な動きのない蹴りと拳のコンビネーションで魔力球十個を破壊。
今回はそれだけではとどまらず、エロイースとの距離を五メートルほど詰めていた。
エロイースのジョブである【魔術師】は魔法にこそ耐性はあるが、物理攻撃にはとことん弱い。
二人の激闘を観戦する西軍のプレイヤーはこのロジスティクス・サーガの常識を思い出し、近くに訪れるだろう危機に震える。
肝心のエロイースは得物の本を構えて橙瀧の動向に警戒している。相変わらず無表情を作っている。
「エロイース……貴様は強かった。高威力かつ高速ながらも精密動作可能な魔法【術神の極致】は久々に俺様に冷や汗をかかせた。
だからこれの弱点に気づいた時は『危なかった』と思ったのと同時に『もったいない』とも思った」
「……何その最後の総括みたいな台詞?」
「みたいなじゃない。本気の総括だ。もう俺様には【術神の極致】は通らない。つまり貴様にはもう勝ち目はないんだぜ?」
すっかり勝利を確信している橙瀧へ、エロイースは本心のままに、彼を嘲るようにニカっと笑う。
「勝ち目なんか最初っから持ってるつもりなんかないわよーだ。アタシが本来したかったのは……ただの『時間稼ぎ』よ」
橙瀧が首を傾げたこの時既に、エロイースの策の一部は成立していた。
どこかしらにビビットブルーを身に着けた一万人のプレイヤーがいつのまにかイペファワエゼの観戦者達の後ろに集結していたのだ。
ビビットブルーの集団は合図無く武器をカンカンかち合わせる。そして、そこから一人の少女が猛スピードで飛び出し、一対の刀を橙瀧の脇から振りかざす。
ギリギリのところで橙瀧は両腕を突き出し二本の刀をガードする。
この斬撃、速さもさることながら重さも凄まじい。橙瀧十メートルほどガード体勢のまま後ずさりを強いられた。
「久しいなぁリュート。いずれはここで会えると解ってたぞ」
と、災国カメセスコアの隣の音国エホシャドチグパの化神官、リュートに、橙瀧は余裕げに挨拶する。
対するリュートはロジスティクス・サーガ最強のプレイヤーを必要以上に刺激しないことに注意し、
「あ、こちらこそおひさしぶりです橙瀧さん……」
引きつった顔で、彼女が普通なら絶対にしないだろう、丁寧な挨拶をした。
社交辞令はここまでにして、リュートはビビットブルーの集団――コンボ稼ぎ隊の応援を受けながら、橙瀧に息をつかせぬほど斬りかかりまくる。
さっきは奇襲に近かったが、今の攻撃は真正面からのもの――橙瀧は持ち前の対応能力でかろうじてリュートの連撃にガードを追いつかせる。
戦闘時間が長引くとともに、橙瀧はリュートの攻撃に慣れ、より精密な対応ができるようになっていく。
同時にリュートのパワーとスピード――というより全ステータスは橙瀧の慣れよりも早く上昇する。
「「「「頑張れー! 頑張れー! リーューゥートーォッ!!!」」」」
スキル【音神の合奏】と【エモーショナル・ビルド】、そして背後で頑張るコンボ稼ぎ隊のコンボ数稼ぎによって。
歯止めが効かない神速超撃の攻防を繰り広げる中、橙瀧はリュートに謝罪する。
「すまないな、リュート」
「「「ファイト、リュート!!!」」」
「どうしたんですか橙瀧さん?」
「俺様は今までお前を……」
「「「頑張れー、リュート!!!」」」
「……『歌が上手いが戦闘能力は俺様に及ばない』としか思ってなかった。だが今は……」
「「「いけいけー、リュート!!!」」」
「……と認めよう」
「え? 間になんて言いました?」
「俺はお前をき……」
「「「はっ倒せー、リュート!!!」」」
「やかましいにもほどがあるぞ貴様らァッッッ!」
自分の台詞を散々阻んだコンボ稼ぎ隊により橙瀧は大激怒。
【災神の始動】の効果の一つを用い、ここ一帯に隕石の雨を呼ぶ。
「これは……カイナフィ、オサラウド、ヒドゥニルン、その他全員、あれを撃ち落としなさい! さもないとえげつない被害が出るわ!」
「東軍のみなさんも迎撃準備をしたほうがいいです。こういう技を橙瀧様が使うと、ただただ危険なだけなので」
これらの隕石の着弾点は完全にランダム。故に東西両軍は個々人のスキルで破壊を試みる。
しかし残念ながら全ては破壊できず、何人かが下敷きになってしまう。
この犠牲者の中にはコンボ稼ぎ隊も含まれていた。奇跡的に生きながらえた者たちも橙瀧の超越した力の片鱗を見せつけられ、恐怖のあまり錯乱する。
当然、武器をかち合わせてコンボを稼ぐ余裕など無い。なのでリュートに捧げるコンボ数はここで途切れ、彼女のステータス強化状態が終了してしまう。
リュートはメチャクチャに混乱しているコンボ稼ぎ隊の方へ振り向いて、
「え、ちょっ、おいアブソ! はよコンボ稼ぎ隊まとめて!」
コンボ稼ぎ隊のまとめ役にしてリュートのマネージャー的存在、アブソは至極困り果てた様子で、
「わかってますよリュートさん! ですが今の状況ではしようにもどうとも……」
「マジでガチでどうにかしてー! さもないとアタシ……」
「【竜腕参上】」
あせるリュートの背中を、橙瀧は激流を帯びた拳で殴り、勢いよく吹っ飛ばす。
「【クレイ・シールド】」
リュートが飛ぶであろう地点に先回りしたエロイースは粘土の防壁を展開。彼女を柔らかくキャッチし、何かしらへの激突による被害を未然に防いだ。
「せめて背後には気をつけなさいよあなた」
「は、はい……すいませーん。アブソ、アタシの回復も追加でお願い」
リュートの介抱が始まるのとほぼ同時に、橙瀧は苛つきながら勝手に喋り出す。
「仲間から力を受けることで全てを超越しうる強さ……リュート、貴様は強かった。だがそれは前提があった上での強さだ! なければ情けないぐらいショボいぞ貴様ァ! ハリボテもいい加減にしろッッッ!」
橙瀧は右足に稲妻を溜め、「【竜脚飛来】ッ!」これを突き出し、跳び蹴りの体でリュートへ迫る。
最中、橙瀧は自分の身の丈以上の大きさの斧に阻まれる。
その斧の使い手は、全高十メートルのロボット。イズセラ【チーム・モブ】の汎用機【ヴァンガード】だ。
――ただし、この機体は他と違い朱く塗装されていた。
観戦者の一人、エドウィンはこの朱い【ヴァンガード】の姿にいち早く反応し、歓喜する。
『いつまで待たせるんだ、チョルヒ!』
イズセラの化神官、チョルヒが操縦する【ヴァンガード】は、斧を豪快に振り橙瀧をゴルフボールめいてふっ飛ばす。
『ごめんなさいエドウィンさん。それと皆さん! 予想以上に妨害が多く遅れてしまいました! この失態、すぐに取り返します!』
橙瀧は宙でクルクル回り強引に体勢を立て直す。この時、チョルヒより百発近くの銃弾が撃たれている。
「【竜牙殺到】ッ!」
橙瀧は熱気を帯びた右拳と冷気を帯びた左拳を交ぜた連続殴打で銃弾全てを粉砕する。そして背後を取ったチョルヒの斧で地面に叩き落とされる。
「は、速いッ……さっきのリュートもなかなかだったが、アイツは端からこうではなかった! だがこいつは既にもう速い!」
橙瀧は受け身を取り、即刻立ち上がる。直後に視界に映るのは、地面をえぐり眼前まで来たチョルヒの斧。
橙瀧は右足に爆炎を帯びさせ、
「【竜尾凱旋】ッ!」
回し蹴りで立ち向かおうとした。が、橙瀧は二十メートルほど地面に擦り付けられた。
「しかもこいつはデカくて重い! ……【竜脚飛来】ッ!」
擦り付けの最中、橙瀧は地面を蹴り反動で斧から離れる。
チョルヒは即座に切り返し、橙瀧めがけ斧で三文字を描く。
橙瀧はどうにか距離を取って回避する。しかしチョルヒは一秒も立たない内に銃を百回撃っている。
「【竜翼縦断】ッ!」
橙瀧は冷気を帯びた手刀で目前の空を縦に斬る。銃弾全てが連鎖的に凍てつき砕ける。
「そしてやはり貴様は速い! ロボット特有の巨体と超質量と武器を神速に乗せてぶつけてくる……流石は機械の国の化神官だ、強いッッッ!」
『最強と呼ばれている橙瀧さんに褒められるなんて……ありがとうございます! ですがここは敵として、容赦なく貴方を倒させていただきます!』
「その実直さも上等だッッッ!」
橙瀧は激流を帯びた右拳を引いて力を溜め、そのままチョルヒへ果敢に駆ける。
(シンプルに至近距離で強烈な一撃をお見舞いする気でしょう。前もって潰さないと……)
チョルヒは橙瀧の突撃が止まるまで何度も銃撃する。だが橙瀧は一切物怖じしない。
HPも素の物理耐性と自動回復によりあまり減らない。
(銃では死なない。それがわかっているから突っ込んでくるのですか……)
このまま避ければ、また関係のない人物が巻き込まれる。心優しいチョルヒはそうはさせまいと、超スピードで突撃し斧を振りかざす。
「それを待っていた! 【竜爪周回】ッ!」
橙瀧は引いて力を溜めていた右拳を開き斧の刃の根本を掴む。そして爆炎を起こした右手でこれを粉砕する。
『!? あれだけ早く動作させたのに……』
「いかに早く動こうが『来る』とわかっていれば防御できる……素早い相手の初歩的な倒し方だ」
回避しようものなら他の敵を殴り倒す。立ち向かおうならカウンターをお見舞いする。チョルヒは知らないうちに橙瀧の不利益しかない二択を押し付けられていたのだ。
「【竜脚飛来】ッ!」
斧を破壊した後橙瀧は即座にチョルヒの【ヴァンガード】の胸部に稲妻を帯びた飛び蹴りを繰り出す。
チョルヒは超スピードで両腕を交差させて防御態勢を取る。流石は最強のプレイヤーの蹴りだ。これを受けた両腕の外装が、パイ生地のようにボロボロと全壊した。
「チョルヒ、お前は強い。だが先のような比較的簡単な策にひっかかるとは、どうやら練度が足りなかったようだな。貴様は化神官就任が最近だから仕方ないかもしれないが。
けど気に病むな。貴様には『見込み』がある。誰よりも早く俺様を越えられるだろう『見込み』がな!」
(……同率一位がいたな、ネロア)
チョルヒは神速で後退し、場を仕切り直そうとする。しかし橙瀧が【ヴァンガード】の装甲をがっちりと掴んでいるため、どれだけ後退しても意味はなくなった。
橙瀧は右手を強く握りしめると同時に激流を纏わせて、
「ではまた会う日まで、【竜腕参上】……ッ!?」
突然自分に飛んできた手裏剣を殴り、弾いた。
ただの手裏剣じゃない。人が投げるのには不向きなほど巨大な手裏剣だ。
『俺たちのイズセラの英雄は、そう簡単には倒させませんよ』
ウルフレットは自機【ウールヴヘジン】の中から予め知らせておき、瞬く間に橙瀧と適切な間合いを取り、刀で一閃を繰り出す。
『ウルフレットさん!? どうしてここに!?』
『あなたの援護以外にありません! さっきまでの相手がちょうどいいタイミングで急にどこかに行ってくれましたので!』
橙瀧はチョルヒの【ヴァンガード】を掴むのを止め、自分とチョルヒの間に刀がよぎる様を眺めつつ着地する。
「今の突き、チョルヒの攻撃には到底及ばないがなかなかの鋭さだったぞ」
のんきに感想述べている余裕など与えないと言わんばかりに、ウルフレットは橙瀧に連続して斬りかかる。
橙瀧はこれら全てを見切り、かわす、または受け止める。
『体格差も相当あるのに全部対処されるなんて……噂通りのバケモノだ』
「戦闘のセンスなら貴様の方が上か。総合的に考えればチョルヒと同等の実力者かもしれんな。
だが貴様もチョルヒと同様、俺様の相手としては物足りん! 【竜尾凱旋】ッッッ!」
振り下ろされたウルフレットの刀身に、橙瀧は爆炎を帯びた回し蹴りを加えてへし折る。
「まだまだ、【竜腕参上】ッッッ!」
さらに回し蹴りの回転の勢いをそのまま利用して地を蹴り、【ウールヴヘジン】の胴体に激流の鉄拳をお見舞いする。
【ウールヴヘジン】の巨体が背後に押され、そしてバランスを崩し倒れる。
揺れるコックピット内でウルフレットは喜ぶ。幸いにも爆散は免れたし、
『チョルヒさん! 両腕とも修理完了しました!』
『斧の方もスペアを要したって訳だ!』
『これでもう一度戦えるよー』
後ろで行われていたチーム・モブによるチョルヒ機の修理が完了したのだから。
「まだまだ踏ん張る気だな……その意気や良しッッッ! そして、もう一度破壊される覚悟も準備しただろうなぁ!?」
『いいえ! 私は勝って救う自信しか持ち合わせてません!』
「【文神の執筆】」
「なおさら良しだッッッ! 故に散れ、『竜脚飛来』ッ!」
橙瀧は稲妻を纏った飛び蹴りを繰り出した。だが、勢いが足りない。チョルヒどころか、その間にいる立ち上がり最中のウルフレットにすら届かない。
「【文神の執筆】」
「あれ、おっかしいな……技名叫んだのにいつもの半端ない技が出ないぞ。こんな時にバグか?」
「【文神の執筆】……バグじゃない。なくなったんだよ」
今日初めて聞いたキザな雰囲気の声がする方へ橙瀧は振り向く。
と、ごてごてした風貌のカブトムシの群れが自分に向かってくる。
「【文神の執筆】」
「【竜翼縦断】ッッッ!」
橙瀧は目前の空間を凄まじい冷気を放つ手刀で斬る。カブトムシの群れは凍てつくが、これだけでは止まりきらない。
「【文神の執筆】」
「『竜翼縦断』ッッッ!」
凍らせてもだめなら燃やすまで。橙瀧は手刀で接近したカブトムシの群れを半分爆殺する。
「【文神の執筆】」
「半分ぐらい……また技が出なかったか! 【竜牙殺到】ッ!」
残る半分のカブトムシを爆炎を帯びた連続パンチで全滅させた橙瀧は、燃える虫が放つ黒煙を払い、その先にいる張本人を指差す。
「貴様だな、俺様の技を封じたのはッッッ!」
「封じたんじゃない。なくなったんだ」
「同じようなものだろ! 職業病かもしれんが簡単な受け答えでも言葉に凝るんじゃないぞシュラッッッ!」
文国ヨヤアサの化神官、シュラはそんなこと言われても困るなぁ。という気持ちを苦笑いにして示す。そしてレイピアを構えて、
「【文神の執筆】」
白黒の斬撃波を橙瀧に与える。橙瀧にはダメージはない。しかし不快感はある。
「『竜牙殺到』」
と、橙瀧は普通に立ったまま言った。それ以上もそれ以下もなかった。
なんせ【文神の執筆】により、橙瀧の攻撃スキル【竜牙殺到】は『なかったこと』にされたのだから。
「いやぁ、流石は橙瀧さん。最強と呼ばれるほど鍛え上げた甲斐がありましたね。お陰様であなたのスキル一つを消すのに【執筆】を十個も当てなきゃいけないんですよ……」
「だからなんだ?」
「いくら最強と名高いあなたでも技を封じられたら流石にお辛いでしょう?」
「それがそうでもないんだなぁ……ッ!」
橙瀧は稲妻を足に纏わせ、シュラめがけ飛び蹴りを繰り出す――【竜脚飛来】に似せた技を繰り出す。
「ああ、やっぱりDIYしちゃうんだ。まぁその程度なら予想してたよ。【モンスターコール:バタフライ5】」
シュラと橙瀧の間に刃の羽を持つ【クサナギノバタフライ】を大量召喚。蝶達は地吹雪のように舞い、橙瀧へ立ち向かう。
橙瀧は飛び蹴りの最中で宙で縦に回転し、右足を地面に叩きつける。右足に纏われていた稲妻が拡散し、蝶たちを焼き払う。
この時シュラは橙瀧の側面に回り込み、さらに蝶を召喚。橙瀧の周りを蝶が環状に舞っている。
橙瀧は叩きつけた右足を軸に、冷気を帯びた左足を周囲に向けながら回転する。
左足に何匹もの蝶がまとまって凍りつき、塊になり、やがて遠心力で飛ばされる……その方角は言うまでもなくシュラだ。
さらに【文神の執筆】を与えて橙瀧を弱体化させようとしていたシュラは、豪速で迫る冷凍蝶の球を睨み、
「そういう攻撃方法も出来るんだ。いや、出来るようになったんだ……元からあるスキルにこだわらなくなったから」
【文神の執筆】を中断し、
「【モンスターコール:スタッグビートル5】」
神壁の外殻を持つクワガタ【イージススタッグ】を正面に配置する。
クワガタの壁に激突した蝶の球が粉雪のように散って壊れる。
そして橙瀧が爆炎を帯びた両拳を見せながらシュラとの距離を詰めてくる。
橙瀧はシンプルにクワガタの壁を何度も殴りこじ開けようとする。対するシュラは何度もクワガタを召喚し壁を修繕する。
橙瀧の破壊とシュラの修復――速度が勝っているのは前者だった。刻一刻と橙瀧はシュラに近づいていく。
「どうしたシュラ! いつまで受け身でいるつもりだッッッ! 貴様が上手に出来るのは防御とデバフと物書きだけかッッッ!?」
「いんや違うね。【モンスターコール:ビートル5】」
シュラはクワガタの壁に神槍めいた角を持つカブトムシ【グングニルビートル】を混入し、即刻突撃させる。
壁の突破に熱中していた橙瀧がカブトムシの存在に気づいたのは拳に角が刺さった時。
他のカブトムシも橙瀧に命中したのはそれから一秒後。
そして橙瀧がクワガタの壁を突破したのもまた一秒後だった。
「俺様は認めるぞッ! 貴様の強さの真髄は『無力化と虫による究極の妨害』とッッ! だが貴様はそれを先の俺様の挑発で忘れ、下手な攻撃に出たッッッ! 俺様が虫ケラごときじゃあ止まらない承知のはずなのにッッッッ!
これはまさしく怠慢だッッッッッ! そして今から与える右ストレートは怠慢の証だッッッッッ!」
「ボクの強みは『究極の妨害』か。お褒めいただきありがとうございます、橙瀧さん。ですが一つ訂正させてください、ボクはタイマンなんかしませんよ」
橙瀧の右ストレートがシュラのやけに涼しげな表情をする顔面に打ち込まれる……前に、何色とも言い難い魔力の球が橙瀧の顔面にめり込む。
【術神の極致】の発射体勢をしているエロイースは言う。
「そうよ橙瀧さん。アンタの相手はシュラ『だけ』じゃない」
「おらー! さっきのコンボ稼ぎ隊とアタシの大恥を弁償しやがれー!」
「今度こそ……私はやります!」
再編成されたコンボ稼ぎ隊による大幅ステータスアップを得たリュートと、完全修復された朱い【ヴァンガード】を三倍速で駆るチョルヒが、ふっ飛ばされた橙瀧を挟み撃つ。
橙瀧は全身に突風を纏い、我が物にしたふっ飛びの速度を上昇させリュートとチョルヒの合流地点から逃れる。
「……そうか、シュラの強さは『妨害』だけではなく、『自分の弱みを理解』していることもあるのか。
だからさっきまで無理気味に一人で戦っていた。他の三人が復活出来るまで……かなり強いな」
橙瀧は着地し呼吸を整えて、
「で、お前ら四人がまとめて相手するのか。もはや夢だな。この世界の上位八人の半分が、俺様たった一人と戦うなんて……」
偶然傍にいたウェンリーに質問する。
「これは悪夢だと思うか?」
「悪夢だろうね。橙瀧さんを楽しませるにはもってこいのね」
「流石だ。相変わらずお前はわかってるなぁウェンリー。褒美をやる」
橙瀧は褒美として、人差し指を東軍勢から西軍勢へと振った。
ウェンリーはこれの意味をすんなりと理解し、にんまりとする。
橙瀧はシュラ、リュート、チョルヒ、エロイースら四人の化神官へ向き直し、
「さぁ、遠慮も謙遜も忖度も無用だ、全員戦えッッッ!」
と、己が闘争心を叫び、戦場に轟かせた。
「うっわー、橙瀧さん四人同時にやる気満々じゃん。どうする皆、本当にこのまま四人でやっちゃう?」
「やるに決まっているさリュート君。さっきの通り、ボク達は橙瀧と一対一では勝てそうにない」
『私はやはり正々堂々一騎打ちで勝ちたいです……が、ここではそういったプライドに拘泥してはいけないですよね。私たちは橙瀧さんに勝つよりも大事なことがあるのですから!』
「忘れないでくれないでありがとうチョルヒちゃん。アタシは【術神の極致】対策されたせいでカチンときて飛びかけたわ……アタシたちの目標は結局『時間稼ぎ』だってことを」
エロイースは背後の西軍勢の方へ振り向いて、
「橙瀧さんが『全員戦え』と言ったわ。だからアンタたちもお言葉に甘えて、観戦やめて実戦しなさい。
別に橙瀧さん本人を相手しなくても、後ろで手助けしようかしないか、どっちつかずにまごついてる連中をボコすぐらいは出来るでしょ?」
「「「は、はい……!」」」
「ようし、じゃあ『橙瀧さんと不愉快な仲間たち』にはここでたっぷりお楽しみさせるわよ! そう、『ここ』でね!」
そして橙瀧と四国の化神官、それと東西軍の猛者達が一斉に再進撃するのだった。
*
一方その頃。西軍総大将、ネロアはアンティルとレイザックと共に、東へ――随分前に橙瀧が飛び立っただろう地点へと駆けていった。
そこまでの敵の数は比較的少なかった。だが反比例して強かった。さらに言うならば、彼らは大抵ミレア・プレイヤーだった。
この敵達を倒す度に、ネロアたちの希望は確信に近づく。
「この先にヴァイスがいるんだろうな……」
「お前も気づけたかアンティル。さっきから襲ってくるのはミレア・プレイヤーばかりだ。
こいつらはあからさまにヴァイスの親衛隊だ。しかも、急に本陣を移すと言われても従順にその通りに出来るぐらいの実力を持っているぐらいのな」
「さっき大暴れした甲斐があったぜ。ああやって橙瀧を釣りだして新本陣の場所を実質教えてもらえたんだからよ」
結局のところこの戦いの主旨は『ネロアとヴァイスの決着』。
なら自分がヴァイスを討てば、あるいは――これは絶対あってほしくないが――自分がヴァイスに負ければ、このロジスティクス神戦はすみやかに終幕する。
ネロアはまもなくであろうヴァイスとの直接対決を想い、剣の柄を強く握りしめた。
だがその前に、ある者が三人を立ち阻む。
「ネロア殿、ここまでの奮戦死闘、ご苦労だった。そして、散々疲れているところ邪魔してすまない」
「……やはり最後の門番はあなたですか。ゲイルリンドさん」
【完】




