118.橙瀧の襲来
ロジスティクス神戦には様々なプレイヤーが参加していることは、もはや語るまでもない。
魔法を得意とする者、機械を操縦する者の、我が身一つで突き進む者、モンスターと共に戦う者……実に様々だ。
なのでロジスティクス神戦の戦場は空中も混沌としている。ジョブ【竜騎士】が駆る竜や、イズセラ産のロボットが飛び交っているために。
五色絢爛に彩られた空を眺めて、そこであるものを発見し、エロイースは呆れる。
「ジュリクスの奴、また逃げたのかしら?」
空を北へ飛び縦断する、真珠めいて煌く紫竜一体を、シュラは遅れて発見する。
「あれは【マグニフィセントドラゴン】……間違いなくジュリクス君の愛竜だ。しかもガッツリ北へ飛んでいる。
エロイース君、これは君がいった通り逃げたかもしれないねぇ?」
二人はさっき、ネロアから『七人目のギルマスを倒した』と聞いてから間もない。
だから『今のジュリクスはメンツが丸潰れしている』とすんなり解釈できるのだ。が……
「いや、まさか。アイツは八神会議の件で既に尊厳が危うくなっているはず。
だから、ここは流石に盛り返しを決めてくるはずだわ。でなきゃヴァイスが止めるだろうし」
「それもそうかもしれないねぇ……【八大ギルドマスター】七人を失い、彼が何をどうして名誉挽回するかは知らないけど」
と、シュラは肯定した。同時に、ランニバーニでのジュリクスとの約束を守り通した。
「……ただ、もうこの神戦は佳境に入ったのは確定事項のようね。見てよシュラ」
エロイースは至極めんどくさそうに、空を塗りつぶす不気味な黒と橙が混ざった雲を指さした。
*
戦場中心部からやや北へズレた土地にて。
化神官チョルヒへの信頼、かつての財産への妄執、これらのどちらを優先したかで割れたイズセラの機械兵団が一進一退の勝負を繰り広げていた。
反チョルヒ派の双璧の片割れ、【チーム・アーセナル】リーダー、デリトソースは気炎を吐くように自派閥へ訴える。
『貴様ら、これが我らイズセラの最強軍団の戦い方か! 何故羽虫の寄せ集め【チーム・モブ】ごときをすぐに絶滅できないのだ!?』
正当なイズセラ軍の主幹、【チーム・モブ】リーダー、エドウィンは反論する。
『どれだけ優れた力を持っていても、正しい心構えがなければ実にならないといい加減学べ!
それと、今はチョルヒがいないから五分五分で済んでいるが、もしいたらお前らなんかどうなってもおかしくないぞ!』
双璧のもう片割れ、【チーム・エナジー】リーダー、キラリエルは醜く肉声を上げる。
『あなた方に説教されたくありません! ワタクシたちは勝つのですよ! 化神官だろうとなんだろうとですよぉ!』
するともう一人のイズセラ軍の主幹、【チーム・トランス】リーダー、ウルフレットは吠える。
『だったら勝ってみせろ! この人を苦しめることしかまともな能力がないお前たちが勝てるのなら!』
その最中、彼らの頭上を覆う黒橙の禍つ雲から、ビシャリと霹靂そのものを纏い、両軍何十機ものロボットを着地台にして、
「何人か味方も巻き込んじまったか、まぁいい。
まだ見ぬ強者達よッッッ、俺様がきたぞォッッッ!」
災国カメセスコア化神官、通称『ロジスティクス・サーガ最強のプレイヤー』――錦山橙瀧が来た。
エドウィンは蛇どころか竜ににらまれたカエルのように青ざめ、焦燥して、
『だ、橙瀧だー! 皆後退しろ! 身を守れ!』
エドウィン同様最強の到来に戦慄するモブのメンバーたちは反チョルヒ派との戦闘を離脱し後退する。
「そう簡単に逃げられちゃあ困るんだなぁ……【竜腕参上】」
橙瀧は激しく波打つ水流を帯びた拳を、自分の左を横切ろうとした【チーム・モブ】の【ヴァンガード】一機に食らわす。
殴られた一機は勢いよく吹っ飛び、さらに左を走っていた仲間十機を巻き添えにして爆散した。
橙瀧は棒立ちするエドウィンの【ヴァンガード】の方へ目線を向ける。
するとウルフレットの愛機【ウールヴヘジン】がこれ以上やらせまいと間に割って入って来たため、舌を打った。
「おいそこの狼野郎。さっきの貴様の仲間の説教、空飛びながら聞いてたぞ。いいこと言ってたじゃないか。なのにどうして今はすっかり逃げ腰なんだろうな?
俺様にも束になってかかってこいッッ! 俺様だってそもそもはプレイヤーなんだ、五倍以上デカいロボットが百個のしかかったら流石にヤバいかもしれないんだからなぁッッッ!」
「……なんていう冗談を言っているんですかこの人は……」
と、ウルフレットはコックピットで嘆息した。
その後方で、どうにか後退に成功したモブのメンバーの一人、ギビーはエドウィンの傍らに着陸し、リーダーへ声をかける。
『これからどうします、親父?』
橙瀧の激励のような何かを受けたエドウィンは、
『チョルヒに連絡を。その他の後退に成功した奴らは陣形を固めろ! 橙瀧の言う通りチーム・モブの団結力を見せてやる!』
『『『おーッ!!!』』』
畏怖を振り切ったリーダーの号令と、忠実で勇猛なメンバーの雄叫びが、各々の機械越しに戦場で轟いた。
そしてこれは、数え切れないほどの弾丸の発射音にかき消される――デリトソースらチーム・アーセナルの砲撃だ。
『奴も介入してくるか……防御しろ!』
エドウィンたちはヴァンガードを密着させてバリアを展開し、チーム全員で弾丸の雨を凌ぐ。
「急に俺様の背後を撃つとは一体どういう気だ!?」
橙瀧も、自身の周囲に竜巻を作る、シンプルに殴るなどして弾丸を防ぐ。
『絶え間なく撃て、矢継早に放て、一心不乱に射れ! そして橙瀧を殺すのだッッ!』
肝心のアーセナル・リーダーのデリトソースは、同軍であるはずの橙瀧撃破を配下達に指示していた。
キラリエルは至急問いただす。
『デリトソースさん、何故橙瀧さんを狙うのです!? あの方は味方! しかもこのままほったらかしにしておけばモブどもを皆殺しにしてくだされる都合のいい味方なのですよ!?』
『奴は味方ではない、我の障壁だ! 我はいずれ最強の力でロジスティクス・サーガの頂点に立つ者。故に今最もそれに近い橙瀧は心底目障りで仕方がないのだ!』
『ネロアを倒し、西軍を倒し、ヴァイスさんから絶大な信頼を得る。そしてかつての富を取り戻す――ここは私情ではなく、長い目で見て得が多い本来の目的を優先すべきですよ! 頼みますから攻撃止めてください、デリトソースさん!?』
『やかましいぞキラリエルッ! 遅かれ早かれ倒すだろう相手を今倒して何が悪いッ!』
デリトソースは愛機【デリトソーZ/INFERNO】に搭載された全重火器を橙瀧へと照準を合わせ、
『【コール・オブ・デストロイ】!』
寸分違わず、おびただしい数の弾を一斉連射する。
「頂点を目指す。それが貴様の願望か。これもまた俺様が最も好ましく思う『自分を押し通す強さ』なんだろう。
……けれどもお前のには中身が伴ってない。漠然過ぎる……【竜脚飛来】!」
橙瀧は竜巻を纏い、デリトソーZめがけ飛び蹴りを繰り出す。
無論この間も弾は容赦なく飛んでいる。しかし橙瀧は止まらない。
これは橙瀧のスキル【災神の始動】により、竜巻を展開して弾丸をいなしているから。同スキルの効果で自動回復をしているから。などなど理由は多々ある。
しかし最大の理由は、橙瀧の力は、ハッタリやでまかせなど一切ない中身のある力だからだ。
『撃てる者は総員撃て! 全力で橙瀧を止めろぉッ!』
もはやどれだけ弾幕の密度を増そうが橙瀧は止まらない。はずもない。
故に、先の命令が下されてから数秒後に、橙瀧の足がデリトソーZの腰部に食らいついた。
『嘘、だ……』
あまりの衝撃にデリトソーZの腰可動部が、悲鳴めいた歪んだ音を鳴らして勢いよく回る。
『で、デリトソース様! 早く砲撃を止め……』
この時もまだ【コール・オブ・デストロイ】は作動中。
なのでデリトソーZは機関砲で掃射するかのように、脇を固めるチーム・アーセナルの機体を回りながら射撃し破壊してしまう。
橙瀧の突破劇で呆気にとられたデリトソースは、遅れながら自機の砲撃を止めようとする。
その間、デリトソーZの腰可動部は自然に止まった……
『どうしてまたワタクシを……デリトソースさぁぁぁん!』
……不運にも射線がキラリエリオンに合わさったところで。
『キラリエル……ッ!?』
「【竜牙殺到】」
そしてデリトソースがキラリエリオンの爆発をしかと見届ける前に、橙瀧はデリトソーZの胸部を、怒涛を帯びた殴打で穿ち砕いた。
*
戦場中央部に近い場所でロボットが連続爆発している頃、東軍旧本陣では、イペファワエゼの精鋭と、オルディッツとウェンリー率いる東軍精鋭が混戦していた。
その中でもリーダー格同士の戦いは目を見張るものがある。
「【ウォーター・バレット】、十二連!」
「【ウォーター・バレット】、十二連!」
【流水の学級長】カイナフィと【五造:尋】オルディッツは両者同じタイミングで水の弾丸を撃つ。
十二発の弾丸は、もう一方の十二発と限りなく真正面で激突して弾ける。
「【スラッシャー・ウェイブ】!」
「【スラッシャー・ウェイブ】!」
続いて両者が繰り出したのは水の斬撃波。こちらは二人の中間地点で交差し、消滅する。
――と、このように互いに同じスキルを発動しては相殺される現象が、カイナフィとオルディッツの戦闘中に何度も起こった。
奇しくもミラーマッチとなった格闘ゲームの世界大会決勝戦のような均衡状態となっていた。
なお、この比喩は半分ほど事実とも言える。
何故なら、二人はかつて術国イペファワエゼの【流水の学級】で共に、学び、競い、褒め合ったクラスメート。
故に魔法や立ち回り、さらには両者が最終的に行き着いた『奥義』――細かい差異はあるが『敵情報把握能力』すら概ね近似してしまっているのだ。
だから二人の勝負の趨勢は均衡していた。
一方、ウェンリーはオサラウドとヒドゥニルン二人を同時に相手取っている。
「【ノーム・エーペックス】!」
オサラウドは魔力を込めた槍を地面に叩きつけ、ウェンリーの足元から大岩を突き上げさせる。
ウェンリーは【天秤星の竜眼】による磁力操作で岩中の鉄分を操作。自分の足元のみ突き上げが怒らないようにした。
この時、ウェンリーは同時進行で周囲に余った三角刃十四枚を適当に浮かせていた。
するとダメージを受けたヒドゥニルンが風から飛び出した。
「ちっ、またしても……」
ヒドゥニルンが極めた風魔法【シルフ・インビンシブル】は、他の風魔法に潜伏して奇襲するスキル。
これの弱点は『風向きがバレればヒドゥニルンがどう向かってくるかわかること』と『潜伏中に攻撃を受けるとより大ダメージを受けた後、潜伏解除になること』の二つ。
ウェンリーはこれらをいち早く把握し、都度、三角刃の結界を作り、いつでもヒドゥニルンの奇襲を防げるようにしていたのだ。
「ちっ、オレ様の十八番が腐ってやがるなんて……ムカつくっつーの! だよなぁ、オサラウド!?」
「ああ、俺も同感だ。
ウェンリー・イーブネス……奴は災国カメセスコアの中ではナンバー2に留まっているが、もし他の国にいれば化神官に相当するやもしれない実力者だ。ヒドゥニルン、心してかかれ!」
「OK、かくいうお前もオレ様の信頼を裏切んじゃねーぞ!」
オサラウドとヒドゥニルンのやり取り、空に広がる黒と橙の禍雲、遠くの方で連続する爆発――これらをローテーションでチラチラ見て、ウェンリーはしみじみ思う。
(あの不仲でおなじみのイペファワエゼの学級長の共同戦線、これは学習的にも土産話的にも興味深い。
けれどもずっと見ているわけにはいかない。なんてったって僕は……)
「ウェンリーさん。あなた今『橙瀧様の戦闘模様を間近で見たい』と思いませんでしたか?」
あまりにも的確な質問にウェンリーはうなり、
「当たりだよ。君のお薬は心の中まで読めるのかい?」
「いいえ、これは単なる私の観察眼の良さ故です。
本題、あなたのお望みはもう少しで叶います。なぜならもう間もなく、こちらに『後援』がいらっしゃっていますので……」
「おお、それははかどるね……」
オルディッツとウェンリーは戦闘を匠に切り上げ、竜に乗って元東軍本陣から飛び去った。
オルディッツが後援の存在を示唆するや否や、イペファワエゼの兵たちは皆警戒心を高める。
刹那、十人の悲鳴が連なった後、悍ましい翠の輝きを湛えた刀身がヒドゥニルンの首筋へ迫る。
「【ウィンド・エッジ】!」
ヒドゥニルンは咄嗟に、風の刃を纏わせた短剣でガードし、急襲者と目を合わせる。
「アンタはミレアの【五造:被】……」
「ノルガード・K・レンだぁ。僕はただ大人数を斬りたいからそのへん適当にほっつき歩いてたけど、ウチの同僚がどーしても『一緒に』というから特別に来てやったぜ、特別に!」
「……お忙しいところ呼びつけて本当にすみませんですわ、ノルガード。
ですが、どれだけ私がイペファワエゼ・プレイヤーに報復したがっているか、ご理解くださいませ」
オルディッツとウェンリーの間を通り、三学級長の前に悠然ながらも警戒心の高さを感じるゆっくりとした足取りで、【五造:関】カオン・T・レヴィーナが『再来』する。
「いよいよ戦線復帰してしまったか……」
「彼女の【Dt-Do】の効果は『自分が展開したバリア全てに攻撃反射の特性を付与する』……僕たちイペファワエゼ・プレイヤーにとってはウェンリーやオルディッツを凌駕するハードでディフィカルトな敵ですね」
ヒドゥニルンは後ろ回し蹴りでノルガードを一旦突き放しつつ、
「おまけにこの切り裂き魔も追加。一難去ってまた一難っつー感じか」
回し蹴りを受けたノルガードは何事もなかったように構え直し、
「一難で済むと幸運だろうねぇ……」
カオンは自然に強く握られた拳を震わせて、
「これから始まるイペファワエゼへの雪辱、そう生ぬるいものではありませんわ……その辺りはよろしくて?」
そしてオルディッツはイペファワエゼの兵たちに堂々と言い放つ。
「ただいまミレアの中枢【五造】の三人が集結いたしました。よってこれより、神戦最初の大波乱の根源たるイペファワエゼの方々には……シンプルにそのお命で詫びてもらいます」
これに慌ててウェンリーが付け加える。
「おっと、僕もいることをお忘れなく」
(ふぅ、僕としたことがいけないいけない。橙瀧様の本気の暴れっぷりをすぐ見れると思いすぎてボーッとしちゃった……)
かくて、本陣にて始まったイペファワエゼ三学級長の戦いの炎は、ここにカオンとノルガードが加わったことでさらに盛る。
――かと当事者の誰しもが思った最中、二手の間の土に一人の大男が叩きつけられる。
真っ先にウェンリーは声を上げる。
「だ、橙瀧様!?」
大男は橙瀧――しかもHPを二割ほど削られていた。明らかに誰かに一杯食わされた様子だった。
周囲状況把握能力を活用し、オルディッツは事の張本人を察知する。
「ただいま北から乗ってきていますね……」
両軍の者全員が一斉に北を向く。
エドウィンの搭乗機を先頭にしたチーム・モブのロボット軍団が猛スピードでこちらに迫っている。
「ごめんなさいね、あんたのとこの化神官が助けに来る前にアタシが来て。
アタシ橙瀧が来たらすごく面倒くさいと思ってて、すごーくアンテナ立ててたから、ものすごーく早く行動しちゃったの」
『こちらは何とも思っていませんよ。誰であろうと助けてくれて非常に感謝します』
と、エドウィンは自機を橙瀧がふっ飛ばされた地点へ飛ばしつつ、自機の頭部に腰掛けるエロイースに言う。
橙瀧は若干悔しさを顔に出しつつパッと立ち上がる。それからすぐに顔から出すものを嬉しさに変えてエロイースを睨み、
「ようやく来たか……化神官!」
出鼻を挫かれた身にも関わらず楽しそうにしている橙瀧を面倒くさそうに思いつつ、エロイースは彼を睨み返す。
「ええ来てやったわよ……自称最強さん」
【完】




