117.破滅の予兆
シュラ、リュート、チョルヒ、エロイースら西軍の化神官四人らが本格的に戦闘開始したし、陣営の実力者たちも相対す。
――ロジスティクス神戦は、中盤を越えていた。
そんな中、西軍総大将ネロアは、戦場中心部――少し前までは東軍本陣だった地点で、ジュリクスの分身と戦闘していた。
このジュリクスの分身は、当人がスキル【時神の並立】で召喚した、本人と同じステータスと技術を持つものだ。
思考回路もなるべく本人に近いものであるが、細部のテクニックや状況判断がやや甘い部分があり、ネロアにとっては油断さえしなければ何とかなる相手だった。
しかしそれでもジュリクスのステータスの高さがあるため、優勢は取れず、この戦いは長期化していった。
「い、いた、ネロアだ!」
「包囲して押さえつけろ!」
「早くしないと先越されるぞ!」
そこに、このロジスティクス神戦で名を揚げようとする、命知らずな東軍のプレイヤーたちが、続々と現れる。
我こそがネロアを倒す。そう志した東軍のプレイヤーが続々と彼女へ襲いかかった。
しかし彼らは、ネロアに一撃も与えられずに去った。
「ネロアばっかり夢中になってんじゃねぇぞ!」
「俺たちだって十分強い、トードイスムカ・プレイヤーですからね!」
何故ならその前に、アンティルの弾丸か、レイザックの魔法を食らって敗れたからだ。
この友達ふたりは、本陣を奇襲してからしばらく音沙汰のないネロアを心配し、こうして駆けつけたのである。
「アンティルさん! レイザックさん! あのくらいなら僕一人でも、ジュリクスさんとの戦いの合間にでも何とか対処出来ましたのに……」
「とはいえ疲れるだろ、あんな沢山たかってきたらよ」
「ネロアさんはジュリクスさんに集中してください。これ以上長引けば長引くほど、総大将とは何かとなっていきますから」
この後も、大勢の東軍のプレイヤーたちは総大将撃破という夢に囚われ、無謀にもここにやってきた。
それで、アンティル、レイザック、そしてネロアの三人による、戦場中心部にて死の螺旋が激しく渦巻いていく。
このままでは本当にまずい、止めてくれ――そう彼女たちの活躍を遠巻きに見る東軍のプレイヤーは揃って願っていた。
「遠距離援護部隊、あの三人へ向けて構え、撃て!」
「!? これは……」
号令が響いた方角にいたのは、一糸乱れぬ矢弾と魔法の一斉射撃をする部隊。
「アンティルさん、レイザックさん、防御を」
「おうとも!」「了解!」
剣術、魔法、飛翔などで三人は一斉射撃から身を守りきる。
だが、ネロアの相手をしていたジュリクスの分身は、防御が間に合わず、残り少なくなっていたHPを削りきられて消滅した。
矢弾の雨が止んだ後、アンティルは翼をはばたかせこの状況を俯瞰し、次なる攻撃にいち早く気づく。
「【騎士】とか【武士】とかを整列させている……突撃隊が来るぞ、ネロア、アンティル!」
「近距離戦闘部隊、突撃!」
近距離を得意とするジョブのプレイヤーで構成された部隊が、一斉射撃を防ぎきって間もないネロアとレイザックに迫る。
「まずは俺が勢いを殺します、【パイロ・ジェイル】!」
「そして私が……【死神の凶器】ッ!」
レイザックが炎の牢獄に閉じ込めた敵を、ネロアが禍つオーラを付与した剣で、まとめて薙ぐ。敵部隊は一撃死と状態異常の阿鼻叫喚に陥る。
「二人とも、これで安心するな……まだ来るぞ!」
「これにて撹乱は成った! 大規模制圧部隊、圧殺せよ!」
【竜騎士】や【詩人】などのモンスターテイムを得意とするジョブで構成された部隊が強力なモンスターを大量召喚。
モンスターたちが巨体をより合わせ、ネロアらめがけ襲いかかる。
「なかなか危機的状況ですね、ネロアさん」
「ええ、遠近の攻撃で僕たちを疲弊した後、モンスターで押しつぶす。非常に合理的な作戦です。しかもこの三段階に使われた方々全員の練度が高い。いったい誰がこれを仕組んだのでしょうか?」
「奴だ! あのムダに姿勢の良い男だ! 【インフェルノ・バレット】!」
アンティルはネロア達討伐部隊を後方で指揮する黒鎧の男めがけ発砲する。
「【レジェンダリー・セイバー】!」
男は玉虫色のオーラを輝かせる盾で、弾丸を受ける。
【インフェルノ・バレット】は着弾と同時に爆炎を巻き起こす。だが、オーラは自動的に男の全身を包み守っていた。
アンティルはダメージは与えられなかった。だがこの爆炎は男の周囲から護衛を引き剥がさせ、この姿をネロアとレイザックに届けさせるには十分だった。
「あの方は……エクスカルさん。なるほど、今思い返せばこの統率能力の高さはあの方でなければありえないですね」
「ご存知なのですか、ネロアさん」
ネロアはすんなり頷いた。
ランニバーニ【八大ギルド】の一つ、国内の警務・司法・刑罰を管轄する【リガル司法省】。ここのマスターこそが、エクスカル・リガルだ。
「先日、五枚の許可証をランニバーニに届けに行った際、一度だけ会ったことがあります。かなり複雑な気持ちにさせられる対面でした」
モンスターたちの攻撃を静止させ、護衛をネロアのために跪かせた後、エクスカルは一礼して、
「お久しぶりですネロア様。その折は醜態をお見せし、誠に申し訳ありませんでした」
空中にいるアンティルは、銃口をエクスカルに合わせながら、つぶやく。
「いきなり陣形組んで襲ってきたと思えば、急に攻撃止めて礼儀正しくし始めやがったなアイツ」
アンティルの魂胆に気づいたレイザックは彼を叱る。
「こら、そんなことしたって、こちらが無礼者になるだけだからやめろアンティル!」
二人のやり取りを聞き流しつつ、ネロアは然程親しくない人用の語調で尋ねる。
「エクスカル殿、今宵僕に剣を向けたならば、貴様はヴァイスが統べ、ジュリクスが味方する東軍に魂を委ねたという定めであろうな?」
「はい、私は東軍の将です。
しかも不甲斐ない輩のせいで、この戦場に残された【八大ギルドマスター】二人の内の片方――もう片方は、言わなくてもわかるでしょう――となった者でもあります。
それが、何の問題で?」
「貴様は古に【八大ギルドマスター】の他六名と宿命を束ね、ジュリクスを無能と断言し、叛逆したではあるまいか?
そんな貴様……否、そもそも既に散った他六名共々、今宵ジュリクスが為の将と自然に成っていることに僕は違和感を拭えないのだが? 貴様の真意は如何様か?」
エクスカルは即答する。
「志を叶えるためには、建前を張らなければいけない。それがこの世の中の道理です。
さっきの分身の撃破で我慢しておきますよ」
「いい答だ……【黒狼煙の牙】ッ!」
ネロアは闇属性エネルギーを帯びた剣を、エクスカルへ全力投擲。
「護衛、前へ」
エクスカルの護衛の内、いち早く立ち上がった【重装士】三人が大盾を構え、ネロアの剣を受ける。三人は衝撃を殺しきれず、最大HP五割相当のダメージを受けるも、剣は弾かれ空中に舞う。
ネロアは剣に繋がれたワイヤーを手繰り寄せ、剣を引き戻す。その間、エクスカルはモンスターたちに攻撃を再開させる。
ネロア、アンティル、レイザックはひたすら動き回り、モンスターの巨体より繰り出される広範囲攻撃をかわし続ける。
「流石は歴戦の勇者ネロア。たかがモンスターを集めて囲んだだけでは足りないようだ。かくなれば陣形を再編成し、今度こそ彼女に引導を渡す」
エクスカルは俊敏な近距離戦闘部隊を前衛へ、狙いが正確な遠距離狙撃部隊を後衛へ、速やかに編成し直す。
(私はこの戦いで勝ち、『風格』を得なければいけない。今のジュリクスの暴走を止めるための、ジュリクスと対等に話せるだけの『風格』を……ネロア・ルォーナピアナ。生憎だが貴方の武勇伝はここまでだ)
陣形の編成が完了するや否、
「さぁ揃い踏み、構え整え、そして迫り倒せ! 完全無欠を以ってしてこの神戦を終わらせろ!」
エクスカルは作戦決行を堂々宣言する。直後、
「その天衣無縫さが、貴様を冥府に誘うだろう!」
ネロアはまるで通い慣れた道を駆け抜けるように、モンスターとモンスターの間を瞬く間に飛び移り、エクスカルの頭上へ舞い上がる。
先程の回避行動はただ闇雲に行っていたのではない。ネロアが一瞬にしてエクスカルを攻撃範囲に収めるため、モンスターを誘導しつつ回避していたのだ。
「相変わらず強引な解決方法だなぁ」
「俺たちに企みを伝えたのもついさっきだったのも恐ろしかった」
エクスカルは反射的に盾と剣を頭上に掲げつつ、ネロアの姿に注目する。ワイヤー付き剣は空中へと伸ばされ、闇属性を纏っている――あからさまに豪快に振り落とす状態だった。
エクスカルは思う。あの一撃は自分の技量では止められるかどうか、確証がない。
「全軍停止、急ぎネロアの攻撃に警戒せよ!」
だから自軍と協力して備えようとした。
だが軍は既にネロアたち三人へ迫り倒す気だった。
軍は急遽の作戦変更で、折角の統率が乱れた。とてもエクスカルが満足できる備えが作れる様子では無くなってしまった。
こうして事実上孤立状態になってしまったエクスカルは、希望を込めて【レジェンダリー・セイバー】を展開する。
「【堕落の衝】ッ!」
ネロアは闇属性を帯びた剣を振り落とす。 高低差から繰り出される勢い、化神官の別格さ、そしてネロアの蓄積された戦歴が、希望を叩き割り、ランニバーニ【八大ギルドマスター】を残り一人にしたのだった。
*
東軍新本陣にて。
「報告、エクスカル様ら【リガル司法省】、全滅。今現在、ネロアとその従者二人が留まりを知らず我々に死を振りまいています」
ただただ哀れみしか感じないこの報告を受け、ヴァイスは無言で、手振りのみで伝令兵を帰す。
ヴァイスは哀れみがこもる眼差しを、神妙な面持ちをうつむかせるジュリクスに向けて、
「何か言いたいことはありますか? ジュリクスさん」
この【八大ギルドマスター】七人の敗北の始末をつけろ。
口調は変わらず穏やかであるが、そこから読み取れる真意は、不幸続きの人に向けるにしては冷酷なものだった。
これをわかった上で、橙瀧は黙ってジュリクスの出方を楽しみに待つ。
(派手に反論するか、自棄で突撃するか……さぁヴァイスの鞭打ちはジュリクスの強さをどう転がすんだ……!?)
肝心なジュリクスは、覚悟を固めつつあった。
(私は早かれ遅かれに時国ランニバーニの権威を示し、命国ミレアの栄光を蹴落とさねばならないんだ。
もはや両軍の消耗具合などどうでもいい。至急だ。ただちに『英雄譚』を用い、圧倒的上位の力でランニバーニの復権の時を刻むんだ)
この時、ジュリクスの目の色が明確に変わった。
称号に似合わないオドオドとした暗君から、遥か遠くの未来を見据えた英傑の色に。
「準備のため、しばしここから失礼します。【モンスターコール:ドラゴン5】」
と、断わりを入れた上でジュリクスは愛竜【マグニフィセントドラゴン】に跨がり、北――時国ランニバーニ方面へと飛んでいった。
どんどんと小さくなるジュリクスの姿を見上げ、橙瀧は小さく舌を打つ。
「まーた逃げたのかアイツ? やれやれ、今度は気張るのかと思って損した」
「……私は、ついに気張ると確信しています」
「本気かヴァイス? あのやたらとキリッとした目に騙されたんじゃないのか?」
「本気ですとも。あの目で確信しました。ジュリクスが伝家の宝刀を抜くと」
ジュリクスの伝家の宝刀。これの存在をヴァイスは【八大ギルドマスター】のパティとトリンが敗北した時から疑っていた。
何故ならその時、ジュリクスは自国の幹部を失ったにも関わらず、さも『後に代わりがいる』ように、焦りを見せなかったからだ。
ロジスティクス大陸随一の伝統と風格ある国の長が、八神会議はまだしもロジスティクス神戦のような二度あるかどうかすらわからない、各国の栄誉を証明する大戦を蔑ろにするはずがない。
だからジュリクスは伝家の宝刀を抜いてくれるはずなのだ。
ヴァイスはジュリクスに対する懸念が薄れたことを、心より嬉しく思った。
「もっとも、その『伝家の宝刀』が何なのかに関してはいささか不安を感じておりますけれど。
さて、我々はジュリクスさんが戻るまでの間、彼のためのお膳立て、あるいは万が一彼が戻ってこなかったときのため、西軍へ楔を打ち込んでおきますか」
「楔? それは一体どんな策だ?」
「策ではございません。あとそれと、楔と呼んでしまったことを謝罪します、橙瀧さん」
ヴァイスは橙瀧へ一礼した後、橙瀧へ入店した客を迎えるウェイターのような笑顔を見せる。
このヴァイスの態度を見て、橙瀧は満面の笑みを浮かべる。
「なるほど、そうきたか!」
「……そうですよ。では橙瀧さん、戦場中心部へ出撃し、そこでお楽しみいただけますか?」
ヴァイスの願いに対し、橙瀧は即刻首を縦に振って、
「是非も無しだ」
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【ジュリクスを除く、時国のギルドマスター七人】
分類:プレイヤー
所属:時国ランニバーニ
レベル:80~90
ジョブ:全員バラバラ
それぞれ違う役割を通して、時国を支えるギルドをまとめるプレイヤーたち。
何人かは、ジュリクスが駆け出しのプレイヤーだった頃からの知り合いでもあった。
内訳は以下の通り。
・【レガル司法省】エクスカル・リガル ジョブ:【騎士】
・【テクノロジオ連合】ギアディオ・テクノロジオ ジョブ:【職人】
・【メディカリア教会】ヒリュア・メディキュア ジョブ:【聖職者】
・【サプレーサ芸能】リリーサ・サプレーサ ジョブ:【武士】
・【バティ軍】ウィンティ・バティ ジョブ:【格闘家】
・【インスピリン学院】トリン・インスピリン ジョブ:【魔術師】
・【ハーベック農協】ブーク・ハーベック ジョブ:【詩人】
メタ的な話、全員、化神官の下位互換としてデザインしています。




