112.三学級長、団結
戦場南部にて。
「ネロアだ! ネロアが来たぞ!」
「ま、まずい、殺される!」
「【死神の凶器】ッ!」
ネロアは敵の南軍に食い込み、これまで散々披露してきた殺戮を遠慮なく繰り広げる。
「わー! 助けてくれー! 身体が燃えて凍るー!」
「とにかくあの剣型の霊魂から逃げろ! さもなくばえげつない状態異常になっちまう!」
化神官が並のプレイヤーとどれだけの戦力差があるかを知らしめるように、ネロアは溶かすように何十人もの敵プレイヤーを撃破、あるいは戦闘不能に追い込んでいく。
この快進撃を打ち切るのが、先程ヴァイスが放った伝達の役割の一つである。
「【ウィンド・バレット】、六連」
ネロアの側面から風の弾丸が六発襲いかかる。
この程度の飛び道具は、ネロアくらいの熟練者ならひらりとかわせる。
しかしネロアはただならぬ気配をその銃弾から感じ取る。
「【哀連鎖の積】ッ!」
闇属性エネルギーを備えた剣による乱れ突きで弾丸六発を迎えるネロア。
弾丸五発をあっさりと破壊した後、最後の一発から現れた風を帯びた短剣も、きっちり受け止めた。
「ちっ、やっぱまだ記憶に残ってたっつーわけか」
これに、風の弾丸から現れたばかりの【暴風の学級長】ヒドゥニルンは、舌を打った。
「懐かしいですね。風魔法に溶け込み奇襲するあなたの必殺魔法、それが【シルフ・インビンシブル】……ですよね、ヒドゥニルンさん」
ネロアはヒドゥニルンへ一太刀振るう。
しかし、次は側面から水属性のレーザーが飛んできたため、ネロアは攻撃を中断し、そちらに刀身をあてがい防御する。
「流石はネロア様、この程度の魔法であなたを討つのはやはりディフィカルトでハードですね」
と、青い残光が残る剣先をネロアに向けつつ、余裕な口振りの【流水の学級長】カイナフィ。
一方で彼の足は後ろへ――ネロアから遠ざかるように動いている。
これはカイナフィだけではない、先程激突したヒドゥニルンもだ。
なんせ二人は、これからネロアに関係する良からぬことが起きるのを知っているからだ。
「【ノーム・エーペックス】!」
ネロアの背後めがけ【大地の学級長】オサラウドが槍を掲げて落ちてくる。
ネロアはすかさず思い切りジャンプし、遠くへ回避する。この後に来る、地面の隆起の分も兼ねての回避だ。
「ヒドゥニルンさん、カイナフィさん、オサラウドさん。いやはや、術国イペファワエゼの三学級長が揃い踏みますか」
ヒドゥニルン、カイナフィ、オサラウドは風、水、土、各々の得意属性の魔法の弾丸を、宙に舞うネロア一点へ、彼女を囲うように発射する。
ネロアはワイヤー付き剣を振り回して弾丸の包囲に穴を空けた後、その先の地面に剣を投げて突き刺し、ワイヤーを伝ってその場から逃げた。
地面が隆起し完成した巨岩の砦に、三学級長は堂々立ち、ネロアを上から見据える。
彼らは決してネロアを侮蔑する目的でこうしているのではない。
「あーあ、結局オレ様の初動の奇襲もおじゃんになっちまったなー」
「それは仕方ありませんよヒドゥニルン様。相手は総大将の御身でありながらたった一人でここに来たブレイブリーでアクティブな英傑、ネロア様なのですから」
「それと、俺たちの国の暗雲を払った人でもある。これは一番忘れちゃあいけないぞ、カイナフィ、ヒドゥニルン」
ネロアの恐怖的力量に畏敬をもっているからこそ、こうして安全地帯から警戒する都合上、見下すような構図になっているのだ。
「今回は学級長三人で共闘するのですか。前の険悪さとは大違いですね」
「お前が思っているほど仲良かねーけどな。今の奇襲の順番決めとかも四、五分揉めたし」
「ですがこれより我々が戦うのはあのネロアですから……」
「ここは呉越同舟。我らイペファワエゼが誇る俊英が学級問わず束となり、貴方の相手となりますよ、ネロア様!」
気がつくと、ネロアは三学級長だけでなく、副学級長三人などのイペファワエゼの実力者に囲まれていた。
「【烈火の副学級長】は、やはり来ないか」
「今更何言ってるのオサラウド? ブリッツちゃんは基本どっかしらで暴走してるのは周知の事実じゃん。期待するだけ損損、アイツは生徒会長の次くらいにここに来るなんざありえないんだから」
「やれやれ、今の【烈火の学級】で一番偉いのはあの方というのに……」
「まぁいい、無理にあちらの意思をへし曲げても、あちらがへそを曲げるだけだ。故に、ここは三学級が四学級集結時以上の力を団結力をもって解き放つ他ない! 故に征くぞ、皆!」
「あいよ! そして勝手にリーダー面するなよオサラウド!」
「お任せあれ! 僕の不興を買わないようにお願いしますよ、オサラウド様!」
*
西軍本陣にいるシュラ、リュート、チョルヒの三人に、例の一報が届く。
「報告! ネロア様が術国イペファワエゼの三学級長と交戦し始めました!」
やっばりそうなったか。三人は一斉に頭を抱える。
「……やはり、私たちの機械兵団を少しばかり送りましょうか?」
「いやいや、そんな生温い増援じゃあネロアちゃんは満足しないって。ちょい待ち、今アブソに頼んで音国エホシャドチグパご自慢のアタシのファンを……」
「どちらともやめてくれ。あれだけネロア君が『待ってろ』と言っていたのだから待つしかないんだから」
これ以降も戦況報告は相次いでくる――ほとんどは西軍にとって喜ばしくない物だ。
このバッドニュースを聞き流しながら、シュラはただただ苦慮し続ける。
(そもそもネロア君は何故ボク達に詳細を明かさずに出撃したんだ? せめて『イペファワエゼ軍に当たりに行く』とかぐらい言ってもいいのに。
まさかボクたちのことを疑って……いや、これこそ『まさか』だろう。
ネロアのことだから、これもきっと意味のあることだとはわかる。けれど、ネロア君のために寛容でありたいけど、ここまで焦らされると徐々に腹が立つなぁ……)
このように、西軍の中枢たる三人は総大将ネロアの不可解な行動に不信感を抱き始めた。
一方、東軍でもこちらの総大将を不快に思う者が二人……
「一体我らはいつ出撃出来ると言うのだァ! ヴァイスは我らイズセラ軍を何だと思っているッ!」
「急に大声出さないでくださいよデリトソースさん!」
東軍内のイズセラ軍――厳密には化神官チョルヒから反故したヴァイス派イズセラ軍の双角、デリトソースとキラリエルだ。
前述の通り彼らはチョルヒが与するネロアではなく、ヴァイス率いる東軍と旗を並べることにした。
しかし、開戦前に『北方面を頼む』とヴァイスに言われたきりほったらかしにされているのだ。
ただし完全に蚊帳の外に出された訳ではない。一応ヴァイスから戦況報告は送られてくるし、いくらか小さな役目を与えられている。
「失礼いたしますわ。ミレア【五造】、カオン・T・レヴィーナですわ」
と、カオンが丁寧に名乗ると、デリトソースは吐き捨てるように、
「来たぞキラリエル、一機貸してやれ!」
「相手はミレアの幹部ですよデリトソースさん! なんていう口の聞き方しているのですか!?」
ロボットを用いた人員空路運搬――これが今のイズセラ反逆軍の役割である。
「おっと悪かった……失礼カオン様、十五秒ほどお待ちを。ただいまキラリエルが機体をチューターしますので」
「はぁ……では控えている腹心十人分、きっちりとお願いしますわ」
カオンが用意したロボットに乗り離陸した後、キラリエルは冷えた肝が若干温かくなったような気がした。
「ワタクシたちは交通会社じゃない! 知勇溢れる正当なイズセラ軍だ!
……と、言いたくなる気持ちはわかりますよ。ワタクシだって言ってやりたいですとも。けれどもですね、ここは身の辺を自覚して大人しく待機してくださいよデリトソースさん」
「ううむ、しかし我々は本当にヴァイスに東軍と認められているのか?
戦局は東軍が明らかに有利。とうとうネロアも巻き返しをはかりたいのか、劣勢の責任を取りたいのかは知らんが、自ら出撃したくらいだ。
このままでは我々は一歩も動かず戦勝国になる。それではヴァイスたちから『何もしてなかったくせに』と罵られるやもしれんぞ……」
「なあに心配することはありませんともデリトソースさん。ワタクシたちはここに来た時点で既に『チョルヒの軍勢を減らす』という大手柄を達成していますから。きっとヴァイスも認めてくださりますよ。
それにほら、今東軍は戦線が伸び、兵の密度も薄くなっています。この調子でいけば……戦闘面に強いデリトソースさんならわかりますよね」
「ああそうか、それを狙ってみるのもありだろう。ならばここは臥薪嘗胆の体でとどまるとするか」
かつて国を裏切って大敗した者にやすやすと信用を預けたくない――ヴァイスからの実際の評価を想像する代わりに、二人は自分たちにいつか送られる報酬を思って、いやらしく笑っていた。
*
戦場南部。そこのとある場所に三つの隆起した岩。
三つの岩は砦のような形状となり、三角に並ぶ。
それぞれの岩の砦には流水、大地、暴風……イペファワエゼの三学級の精鋭が立ち、三角形の中心へ魔法で援護射撃していた。
そして三角形の中心にいるのが西軍総大将のネロアと、カイナフィ、オサラウド、ヒドゥニルンら三学級長。
術国イペファワエゼのトップスリーによるネロア包囲網が、ここにあった。
「【黒狼煙の牙】ッ!」
「甘いですよ、ネロアさん!」
カイナフィはネロアの闇の剣閃を『そう来る』とわかっていたように剣でいなす。
今ここには青いミスト――範囲内にいる敵の行動をカイナフィが超速察知できる、彼の水魔法【ウンディーネ・スペリオル】にいるのだから、こうなるのは必然だった。
「ここが好機!」
いなされたネロアの剣が戻る前に、オサラウドは槍で彼女を突く。
ネロアは剣に結ばれたワイヤーを器用に張って刺突を防ぐ。
「【万死の薙】ッ!」
ネロアは闇を帯びた剣で二人めがけ一文字を描く。と、同時に後ろへ跳んでミストの範囲外へ脱出する。
「今逃げましたよ、一斉砲撃でございます!」
カイナフィの号令の元、岩の三砦から魔法の弾が三角形内に飛び交い、ネロアを仕留めるための弾幕と化す。
ネロアはワイヤー付き剣を、ヨーヨーのトリックのように四方八方に振り回して魔法をかき消す。そうして弾幕によるダメージを最小限に抑えながら着地する。
今更にはなるが、この魔法の弾幕の中には風魔法も含まれている。よって、
「【シルフ・インビンシブル】!」
弾幕の一部に溶け込んでいたヒドゥニルンが姿を現し、着地したばかりのネロアを強襲する。
「【万死の薙】ッ!」
ヒドゥニルンの短剣を、既の所で闇の剣で受け止めたネロア。だがタイミングが若干遅れ、防御は成せても勢いは殺し切れず、ヨロヨロと後ずさりを強いられた。
「ありがとうございますよヒドゥニルン様!」
「再び我らの相手をしてもらおうか、ネロア殿!」
後退の先は不幸にもミスト――カイナフィとオサラウドはネロアの背後を突く。
「またしても甘いですよネロア様! ヨロついた果てにミスト内に来るとは、とんだプレミですよ!」
「さぁ、覚悟してもらおうか!」
「……外は魔法の弾幕、中央はイペファワエゼの猛者二人。出るも入るも地獄な陣形……見事ですね、これぞ一致団結だと思います。
ただし、僕的にはまだ足りないですよ! 【モンスターコール:スケルトン5】!」
ネロアは背後に、忌々しい様相のスケルトン【ダムドスケルトン】を五体召喚。カイナフィとオサラウドの相手を肩代わりさせる。
「雑魚にしては上等な物を召喚してきましたか。けーれーどーも、結局は雑魚! パーフェクトかつジャストに始末すれば……」
「優先するのは『早さ』だカイナフィ! 忘れたか、ネロアの十八番を!」
「わかっているからパーフェクトかつジャストに始末しようとしているのですよ! わざわざ叱らないでくれますかねぇ!?」
一定確率で一撃死させるオーラを纏わせたワイヤー付き剣で周囲を一薙ぎ。
これで死んだプレイヤーまたはモンスターは、強烈な状態異常に陥れる追尾式霊魂【遺言】をドロップする。
――死神ホイプペメギリの化神官としての権能【死神の凶器】だ。
カイナフィとオサラウドが恐れているのがこれだ。
もし目前の【ダムドスケルトン】を倒すのに手こずれば、ネロアはこれを『起爆剤』にする。
だからカイナフィとオサラウドはネロアよりもスケルトンを優先して撃破する。
ネロアのワイヤー付き剣が伸びる。その剣が突き刺さった場所は、暴風の学級生が布陣する岩の砦だ。
「しまったスケルトンを優先するあまり俺たちはネロア殿を……」
「し、至急一斉砲撃をしてください!」
タイミングが遅れたのが幸いして弾幕は薄い。ある程度のダメージは許容する覚悟で、ネロアは弾幕内をワイヤー移動で突っ切り岩の砦に立つ。
「大変だ! ネロアが砦の一つに上がっちまった!」
「このまま撃ったら味方に……どうしましょう!?」
他二つの砦では、流れ弾を恐れて射撃ができず硬直し、今いる砦の暴風の学級生はネロアに慄いて固まる。
これこそ僕が本当に求めていた『起爆剤』――ネロアは天を一瞥して微笑み、剣を構える。
「よりによってオレ様のクラスメートを狙うなんざいい度胸してんな! やらせはしねーよ【シルフ・インビンシブル】!」
魔法で起こした突風に紛れネロアに高速を以て迫るヒドゥニルン。
ネロアの剣とヒドゥニルンの風、どちらが疾く『結果』に到達するか――約五秒間、イペファワエゼのプレイヤーは硬直した。
しかし、残念ながらこの疾さ比べの勝者はネロアでもヒドゥニルンでもなかった。
「来たぞ、カオン殿が!」
「【セイクリッド・ガード】」
ネロアのいる岩の砦にたった今着地したカオンは、ヒドゥニルンが来る方向にバリアを展開。
突風と共に飛んできた彼を反射して、勢いよく土を舐めさせた。
「イペファワエゼの皆様、ただいま増援に参りました。ミレアの大幹部【五造︰関】、カオン・T・レヴィーナでございますわ」
【完】




