11.死神の死練
ホイプペメギリ神が名乗るや否や、遅れてアンティルとリュートが、頼まれてもいないのにホイプペメギリに跪いた。
片や命国ミレア、片や音国エホシャドチグパの住民ではあるものの、死神から漂う殺気とも言える覇気が、無意識に二人をそうさせた。
「わずか数分とは言えど、俺の領域を井戸端代わりにして、雑談を交わしておきながら、途端に敬意を示すか」
「い、いやー、すみません。何かこの馬鹿がエホシャドチグパのことをネタにしてきたのでー、えへへー」
「おい、オレっちに罪を擦り付けるな!」
「こらこら、二人とも、ここはみっともないことしないで、素直にごめんなさいしましょう……すみません、ホイプペメギリ様。無礼な真似をお見せしまして」
「……まぁ、別にその程度のことは気にしてはしない」
(しないんかい、オイ……)
(気にしてはないのならいいじゃん……)
ホイプペメギリがつま先で床を叩く。背後に椅子が現れ、神はそれにゆったりと、それでいて隙のない動作で腰掛け、ネロアを見下して、
「貴様、俺に代わってトードイスムカの剣を取る【化神官】になるべく、この神殿の門を叩いたのだな」
流石は神だ。わざわざ説明せずとも自分の決意を察してくれる。ネロアはそう感心しつつ、
「はい、その一心で私はここに来ました」
暫し、二人の間に沈黙が漂う。
ネロアはホイプペメギリ神への畏敬を、黒色の瞳で映して示した。
一方のホイプペメギリは、死体じみた不吉な白が入り交じる青色の双眸で、ネロアの内の内まで集中して透視するかのように、それ以外の一切の動きなく、ネロアを見つめた。
(え、何この、雰囲気重視の古臭い映画みたいな意味ない時間……?)
(ホイプペメギリ神は一体何を考えてるんだ? オレっちにはさっぱりわからないが、絶対良くないことなんだろうな……)
先に口を開いたのはホイプペメギリだった。代わるように両目を閉じ、神は淡々としてネロアに語った。
「何人も、貴様のように化神官の座を求めた。貴様も含めて皆、色は十あれど、目に火を灯していた。
だが、どいつもこいつも、半端者のまま燃え尽きた。
ある者はトードイスムカの土地をミレアに売り飛ばそうとし、ある者はミレアと百戦百敗し……総じて、俺の化神官の価値を殺した……自分で言った分際で言うのもなんだが、何と下らない追想だ」
そしてホイプペメギリは目を開け、ネロアめがけ刃物のように鋭く冷たい眼光を向けて尋ねる。
「ネロア・ルォーナピアナ! 貴様はそれと同じ轍を踏まないという確証はあるか!」
そう強く問いただすホイプペメギリ神に、ネロアは即答した。
「ありません!」
直後、アンティルとリュートは緊迫感の反動で、うつ伏せになって床を滑る。
二人は直ちにネロアの元へ寄り、
「……え、ちょい待てよネロア! そこは何か言うとこだろオイ!? 過去に国内トップクラスのギルドにいたとかさぁ!」
「本当に無いとしてもさぁ、ちょっと話盛ろうよ!? ほら、よく言うじゃん『面接は嘘つき大会』ってさぁ……」
慌てふためく二人を無視して、ホイプペメギリはネロアとの問答を続ける。
「一応言っておくが、今までの失態を犯した者共と真逆のことをすれば認めてもらえるという奇をてらった発想は俺に通用しない。生憎俺はそういった洒落は好かんのでな。
それを知った上で、改めて問う。過去の愚者と同じ轍を踏まない確証はあるか」
「ありません。私の答えはこのままです」
「……では、貴様には何がある。何を以て化神官の務めを果たすのだ?」
ネロアは再び即答する。
「『覚悟』です。この素晴らしいトードイスムカの栄光を取り戻すために、これから私の全てをぶつける覚悟が私にはあります」
「自分を騙らず、意志のみで俺を動かそうとするが……忘れてはいないだろうが、俺は死の神だ。そんな漠然とした理由で俺に物申すとは、貴様は『死にたがり』か」
「ええ、死にたがりです。どれだけ倒れようとも私は貴方がたのために戦えるのなら、光栄だと思っていますので」
「……」
ホイプペメギリは、ネロアたちの眼前で、虚空へ上から下に線を描く。刹那、
「へ?」
「うわっ、いつの間にか床が……!」
床に真っ黒な穴が開き、三人はそこから落ちていった。
*
数分後、
「いてて、皆様大丈夫ですかー」
「ああ、痛いにゃ痛いが、HPは満タンだ」
「んもー、いきなりこんなことするなんて、ここの神様はイジワルだなー! てか、ここどこ!?」
三人は、薄暗い、高級ホテルのロビーのような空間にいた。
背後には妖しい群青の光を帯びる祠、目の前には七つの扉がある。
状況が飲み込めない三人へ、どこからかホイプペメギリ神はこう告げる。
『ネロア。これより貴様の力を見定めるべく、試練を課す』
「え……ということは、これさえ乗り越えれば僕を化神官として認めると……!?」
『七つの扉の先にそれぞれいるモンスターを全て倒せ。順序と期限は無い』
「聞いてねぇな。これ」
「ビデオレターかな?」
『なお、この試練専用の空間で死ねばそこの祠からすぐ復活できる、ペナルティは無い。
七つの扉の先にいるモンスターは、各空間に誰も居なくなった時点で体力・状態異常は全快される。無闇矢鱈な死の使い方はするな、ということだ。
そして、もし試練に心折れたというのなら、祠に念じろ。即座に神殿前に返してやる。ただし、以降は例え貴様がどれだけ泣き喚こうが二度と化神官になる機会は与えんからな』
ここでネロアは祠へ近づき、それへ向かって問いかける。
「すみません。質問してもよろしいでしょうか? これは僕に課せられた試練であって、このお二人は関係ないと思うのですが」
続いてリュートも祠へ聞く、
「あ、そうだよそうだよ! アタシ専用の試練会場に連れてってよ!」
「それ電話なのか……?」
『化神官とは神の代わりであり、国の代わり。故に個の武勇だけでなく、民草や兵を導く力もいずれは必要となる。
たった二人では足りない気がしなくもないが、貴様のその片鱗も試すためにも、そこの者共と協力して試練に臨んでもらう。無論、二人に頼り過ぎて、顎しか使わないことにならぬようにな。
そしてリュート。貴様に俺の化神官になる資格はない……説明が面倒だ、理由は自分で考えろ』
「うわ、マジで電話だった」
リュートは地団駄を踏み鳴らして、
「ぶー、ケチケチケチケチ! 覚えてろよホイップクリーム! 後でいいつけてやるからな!」
「何にだよ」
ネロアは激昂するリュートをなだめつつ、
「とにかく、アンティルさん、リュートさん。申し訳ありませんが今回は僕に協力して貰いますよ。早く帰るためにも、お願いします!」
「オレっちは帰る場所なんて無いけどな……」
「はいはい、わかりましたよー。ま、けど、このリュート様にかかればモンスター七体ポッチ、チョチョイのチョイですよーだ!」
切り替え早く、リュートは祠を離れて、適当な扉に飛び込んだ。
「あ、ちょっと待ってくださいよ! ここは歩調を合わせて行きましょうよ! アンティルさん、ついてきてください!」
「お、おう」
この時、アンティルは考える。
(アイツさっき50レベルって言ってたよな。弱小エホシャドチグパのプレイヤーだとしても、そんぐらいの強さがあれば、フツーに勝てるかもな? そしたらオレっちは楽できるなぁ)
ネロアは急ぎリュートを追って同じ扉を目指す。
アンティルも無論それについて行くが、先の邪な魂胆が挙動ににじみ出てしまい、その歩速はひどく遅い。
どれくらいかと言うと、たった今、祠からリスポーンしたての、ガッカリしたリュートと同じくらいだった。
「あ、リュートさん。お帰りが早いですね?」
「なんか、ワニみたいなデッカイ奴が百コンマ秒経たない内にグワーって口開いていて、そのままいっちゃいました。終わり、ピリオド」
「ええ……レベル50も瞬殺かよ」
「すみません、そのモンスターに関して何か覚えていることはありませんか? 例えば、レベルとか」
「63……その他ステータスは瞬殺されたからわからない。まー鬼畜ですよ、これ」
「63ですか。一応現実的な数値ではありますね……しかし今の話を聞くに、当たり判定の広い即死攻撃を持ってるとは、かなり試練としてはやりごたえがあるかもですね」
「何かいけそうな言い方するな、オイ。一応頭の片隅に置いとけよ、オレっちとお前はレベル20台なんだぞ……」
ネロアは閃いた。
「……あの、お二人には少々辛い思いをさせることになるかもしれませんが。一つ頼み事をしてもよろしいでしょうか?」
「「?」」
その後、三人はほぼ同時に祠からリスポーンした。
「皆さん、きちんと調べて来ましたか?」
「ああ……なるべくちょこまか飛び回って攻撃パターン見てきたぜ」
三人で手分けして扉に入り、そこにいるモンスターと軽く戦い、個々の情報を調べてきたのである。
「実質死ねって言うとか……トードイスムカ化神官候補は命令が荒いよ……」
「本当にすみません。ですが、これで攻略がスムーズに行きそうです。まずはあそこに行きましょうか」
ネロアが指さしたのは扉の先の空間の主は、【色欲の一点】悪魔的に角が歪み曲がったヤギのようなモンスターだった。
奴のレベルは56と、七体の中では最低レベルであり、攻撃方法も突進ばかりと、かなり狩りやすく思える。実際、調査にいかされたアンティルもそう思った。
「来るぞ、奴の意地汚い技が!」
だがしかし奴は一つ、厄介な技を持っていた。
「うわっ、いっぱい来たコレ!」
自分を二回り小さくして、装飾も貧相にさせたような雑魚モンスター【色欲の心酔】を大量に呼び出し、数の暴力を繰り出すのである。
実際、先程アンティルが奴に挑んだ際、この【色欲の心酔】に場を埋め尽くされ、得意の飛行戦法ですらも対応し切れなくなり、袋叩きにあってしまっていた。
無尽蔵に湧く雑魚召喚という、他のゲームであれば、いかにも特殊な対策が求められそうなモンスターを、ネロアは最初の標的に選んだのか。
その理由は逆に、奴が雑魚召喚能力を使うからだ。
「さぁ、どんどんかかって来てください!」
扉の向こうに行くや否、ネロアたちは元締めの【色欲の一点】ではなく、呼び出された雑魚を撃破し始めた。
ネロアが考えたのは非常にシンプルなものだった。無限に湧き出る雑魚を利用し、レベルを稼ぐのである。
「この雑魚さんはそこそこ強いですから、下手なダンジョン潜るよりも効率がいいように感じますよ!」
「やっとレベル差を意識したかネロア! なら狩場に巡り会えて良かったかもな、突進かわすのしんどいけど!」
「アンティルさん、確かに雑魚さんも重要ですけど、本体もきちんと狙ってくださいね! そっちが本来のターゲットですから!」
「同時進行で行くのか……おい」
「うわー、来ないで来ないで! 多い多い!」
リュートは両手に構えた刀を滅茶苦茶に振るい、雑魚を追い払う。しかしその目立つ動きがヘイトを稼いでしまったのか、【色欲の一点】が彼女へ猛突進をかまし、彼女を倒してしまった。
「リュートの奴がやられたぞ。どうする!」
「気にしないでください。僕たちも死んだら、また三人でここに来ましょう! デスペナルティはありませんから、トライアンドエラーですよ! これ死にゲーの基本です!」
「そうか……気楽な死にたがりだな……オイ。けど俺っちはそう簡単には死なないからなぁ、オイ!」
アンティルはDt−Doで得た翼を目一杯羽ばたかせ、目に入った雑魚を片っ端から撃っていく。
ネロアは紙一重の回避と、細やかな剣捌きで、雑魚を倒す。
そして二人とも、数に押されあえなく倒れた。
しかしまた、より自信に満ちた表情で、三人一緒で【色欲の一点】の眼前に現れた。
これを繰り返し、三人は時間に比例したレベルアップと、戦闘技術そのものの上達を重ね、
「【黒狼煙の牙】ァ!」
ついにネロアたちは、【色欲の一点】を倒すことに、成功したのであった。
「ぜぇ、ぜぇ……オレっちはレベル40。ネロアはレベル57……結局適正レベルまで鍛えちまったな」
「あ、お二人ともそんなに育っちゃったの!? アタシ55止まりなのに!?」
「そりゃお前まるで活躍してないからな。いっつも滅茶苦茶に刀振ってるだけだし。よくそんなでトードイスムカの化神官なれると思った、なっ」
アンティルはリュートをつっついてからかう。その間、ネロアは黙って、【色欲の一点】が倒れた地をじっと見ていた。
「おーい、ネロアちゃん! こいつ調子乗ってるから、化神官候補権限で一発ぶん殴ってくれない!?」
「いやいや。そんな野暮なことはしませんよ」
「だろうな」
「とっととこの試練を乗り切って、候補って付かないようにしたいですから」
「そっちかよ」
「じゃあ、もしそうになったらさ、二人で仲良く化神官としての権威を見せつけてやろうね! ネロアちゃん!」
「はい。では次のモンスターを倒しに行きますよ」
「そこは『はい』しちゃダメだろ、そこは!」
かくてネロアは、アンティルとリュートと共に、突如として始まった試練の道筋を、七分の一程進められたのであった。
*
一方その頃。大陸北西部、文国【ヨヤアサ】にて。
日の光がまばらに差す、無数の木々が生い茂る密林の中を、ダンプカー並の巨大なカブトムシの群れが、ダンプカー並の速度と勢いで飛行していた。
それらが標的としているのは、密林のどこにも適応できないピンク色の装備を身に纏う集団だった。
「迎撃体勢に入れ!」
「「「はっ、ゲイルリンド様!」」」
ゲイルリンドと呼ばれる男を中心とする、その集団は臆することなくカブトムシを各々の特技で粉砕していく。
「【エンチャント・エミット】ッ!」
中でも、宝玉が付いた盾を持つ騎士は目を見張るものがあった。
彼は盾から全方位に飛び散る光線によって、辺りを飛び回るカブトムシをまとめて撃墜していた。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
※レベルなどの情報は、このデータが掲載されている時点のものです
■キャラクター紹介
【アンティル】
分類:プレイヤー
所属:命国ミレア
レベル:40
ジョブ:【射手】
命国ミレアによるトードイスムカ侵略を担っていた兵士の一人。国民等級は『三等』
死国のとある町でネロアに負けて以降、本国での罰を恐れていることなど、複雑な事情でネロアと共に行動している。
ちょっとガサツで荒っぽい性格ではあるが、周りにいる人のクセが強すぎるため、相対的にまともなツッコミ役になっていることが多い。
ミレアの【射手】は銃をメイン武器にし、サポートや妨害に向いた遠距離攻撃スキルを多用する傾向にある。
さらに彼は使える特殊ポーション【Dt-Do】で、風属性エネルギーで構成された翼を生やし、空を自在に飛び回り、安全圏から敵を狙撃するプレイを好む。
名前の由来はそのまんま、『安全地帯にいる』です。




