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10.神との謁見

 二人は雑談をかわしながら、冥都の街を歩いていく。


「ところで、お前、本当に自分が化神官になれると思ってるのか?」


「絶対に、とは言い切れませんが、腕に自信はありますので、後は神様に会ってからどうなるかってところですかね」


「だな、オレっちはご覧の通り化神官になったことないからわかんないけど、多分こういうのは何かしらのキツイ試練をやらされるのかもな。

 あと、ワンチャン『既にいます』ってパターンもあり得るかも……」


「え? 既にいるかもしれないんですか? あの町で聞いた限りですと、どうやらいなさそうな気がしましたが」


 アンティルは東の方を指さして言った。

「オレっちも正直いない方が確率が高いと思ってる。なんせ自分たちんとこの庭に、あんな異物置かれたら大騒ぎするだろうし。

 けど、ゲーム運営の広報だと、死国の化神官は『非公開』ってなっているんだよ」


「非公開? 不在ということではないのですか?」


「お前の言う通り、その『非公開』は『該当者無し』っていう場合もあるんだが、『いるんだけど素性を明かしたくないからそうしてる』って場合もあるんだ。

 というより、今のこのゲームでは、化神官は希望しない限り、就任したとしても素性を伏せておける。という権利があるんだ。

 そっか、お前久々にログインしたから知らないのか。一応SNSとかでかなり騒ぎになったデカめ事件なんだが、多分お前はそういう炎上騒ぎにあんまり触れない健全なゲーマーだろうから、なおさら知らないんだろうな。

 ……こういうことになったのは、サーズデイ・ダイナー事件ってのがあってな」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 サーズデイ・ダイナー事件とは、ロジスティクス・サーガの化神官の制度が関係して起こった銃撃事件のことである。

 なお、各種メディアでは店名由来のもの、『ロジスティクス・サーガ・アカウント強奪未遂事件』という直接的なものなど、事件名が複数存在するが、ここでは一番一般的かつ各種関係先へ配慮して、上記の表記とするとし、関係人物についても名前を伏せて解説する。

 

 事の発端は、ロジスティクス・サーガがリニューアルされてから半年後のこと。

 時国ランニバーニでプロゲーマーAが化神官に就任したところ、それをゲーム内の告知で知った資産家であるBが、そのアカウントの購入を希望した。


 当時、大手ゲームではアカウントの売買は原則禁止されていたものの、引き継ぎ機能の悪用や、非公式のサイトを経由するなどして、誰でも簡単に取引ができる状態だった。

 ロジスティクス・サーガも例外ではなく、専門の業者に依頼して端末から一部データを削除すれば、問題なくアカウントを自分のものにしてプレイできるようになっていた。


 それをプロゲーマーAは熟知して、なおかつゲーマーとして嫌悪していたことと、そもそもな話せっかく苦労して手に入れた化神官の座をそう手放すわけにはいかないと、資産家Bの要求に応えなかった。

 資産家Bは取引金額を引き上げるなどして執拗な交渉を仕掛けたものの、プロゲーマーAはそれをことごとく拒否した。

 すると資産家Bは探偵を使いプロゲーマーAの住所と行動パターンを把握した後、持ち合わせのない若者たちに破格の報酬を用意した上で、『手段を問わずプロゲーマーAからロジスティクス・サーガの端末を強奪しろ』と命令した。


 事件日となった某木曜日。

 プロゲーマーAは近所のダイナーに寄り、夜食をとっていたところ、資産家Bに雇われた若者たちがダイナーに立ち入り、見境なく銃撃を行った。

 幸いにも、店主が暴漢対応の心得があったり、この地域を管轄する警官二名がたまたまいたことにより、軽傷者が数人出るだけで穏当に済んだ。

 その後、若者たちの証言から資産家Bは逮捕された。

 一方のプロゲーマーAはこの一件がトラウマになったことで、化神官の座を返上。それ以降の動向は誰にも知られていない。


 そして、この事件を受けてロジスティクス・サーガ運営は、記者会見や謝罪文の掲載などは勿論のこと、被害者となった方々に重役自らが赴くなど、可能な限りの誠意を尽くした。

 同時に、ロジスティクス・サーガの化神官に関する仕様を、現在のものに変更した。


 ちなみにこれと同時に、ロジスティクス・サーガ運営会社を含む大手ゲーム会社が共同で声明を発表し、協力して対策を行ったことで、ゲームアカウントの売買は極端な非合法手段を除いて撲滅されたのだ。


「っていうめんどくさい話があって、きぃーほぉーんーっ、化神官は自分の情報を非公開にできるようになってるんだよ。

 ま、けど、優秀なビジネスマンは自意識過剰になりがちって話があるように、化神官になるやつってのは出しゃばりだからか知らんけど、今んとこ八国のうち半分の化神官が、しっかり素性を明かしてるんだけど」


「そうですか、となるとひょっとしたら、実はトードイスムカには世の影から国を守っている化神官が……?」


「だとしたらもっとマシな抵抗してると思うぜ、死国は。

 この国の南にある術国イペファワエゼも化神官は『非公開』だが、明らかに誰かが就任していないとおかしいくらい運営がしっかりしているんだ。

 それと比べたらはこっちは……やっぱりいないんだろう」


「ま、とにもかくにも早いところ神様に会いに行けば、全部わかりますよね」


「だなー」


 さらに歩くこと数十分。

 二人の目に、ローマ帝国期の様式を違和感なく洋館に落とし込んだ高層建造物――死国の神が座す冥都の中心、【ホイプペメギリ神殿】が小さく映った。


「あれがトードイスムカの神の住まいか……えっと、ホイップ……何だ?」


「『ホイプペメギリはロジスティクスの十神の一つ、大陸の真西にある、トードイスムカを宅とし、居る。

 神は死を司り、生活するだけで人に死をもたらす。故に神の仕事は死者の魂を集め、宅で安らげた後、現世に返すこと。

 神は慈悲深く、あまりにもひどい死を受けた者は、並外れのもてなしをする』」


「?」


「あれ、ロジスティクス神話をご存知ないですか?」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 ロジスティクス神話とは、『ロジスティクス・サーガ』の根幹設定にして、フレーバーテキストである。

 元々は本作の制作陣が適当に書いた作品を膨らませて、現在の形が成り立ったとインタビューで度々語られている。

 余談だが、『ロジスティック』とは英語で『物流の〜、兵站の〜』を意味する言葉だが、ロジスティクス神話の『ロジスティクス』には特に深い意味は無いという。

 そもそも、あちらはLogisticsで、本作はLogictksと、微妙にスペルが異なっている。


「いや、知らない」


「それはこのゲームの魅力を半分削ぐような物ですよ! Wikiとかでも読めますから、後で読んで見てください!」


「ああ、はい、わかりました……」

(ゲームのテキスト読むなんて考察班でもなきゃしないだろうに……所々変わってるよな、ネロア)


 二人はさらに神殿へ近づき、重く古めかしい扉の文様をはっきりと目視した。

 それと、同時に、

「あ”ーけ”ーて”ーよ”ー! ね”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”え”!」


 体内の空気を全て出しつくしているのではと思うほど全力で叫び、すがりつく扉と対象的に、ビビットカラーが多分に使われたポップで飾りが多い服装をした、『アイドル風』という枕詞がよく似合う少女がいた。


「本当ここの住人って、どいつもこいつも狂気染みてるよなぁ」

 と、隣にネロアがいるのもお構い無しで、アンティルはぼやいた。


 一方、ネロアはアンティルの失言を耳に入れず、親切に彼女の方へ駆け寄った。


「どうかしましたか、お嬢さん」


「アタシ、トードイスムカの化神官になりたくて、遠く遥々から来たんですよぉ……! なのに、なのに、ここの神様は門を開けてくれないんでぇすよ……!」


「そういえば、ホネスケさんは『前々にいた化神官は問題行動を起こして、その地位を落とされた』と言っていましたね……そのせいでホイプペメギリ神は不信感を抱いているのかもしれません……」


「アタシ、レベル50もあるんですよー! 素質は十分ありますよー! ですからー、早く開けてくださ―い! うわーん、まるで反応してくれないよー!」


 泣きじゃくる少女を心配そうに見守るネロア、アンティルは、そんな彼女の肩に手を置いて……

「大丈夫か、ネロア?」


「何がです?」


「アイツ、さっきレベル50って言ったよな。容姿・言動はパッと見アホっぽいが、実力は相当あるみたいだぜ。で、そんな奴が門前払いされてるんだから、レベル21のお前が今、門を叩いた所でどうにもならないんじゃないか」


「確かに、わざわざ親切に教えてくれてありがとうございます、アンティルさん」


「おう、どういたしまして……って違う! 別にだ、別に……親切じゃない! 俺っちはただお前がアイツの二の舞になるのが嫌で……」


「ですが。僕は行きます。レベル差なんて、無謀な戦好きのトードイスムカ人にとって、コケ脅しみたいなものですから!」


 ネロアは扉に手のひらを当て、力いっぱい押す。


「おいおい……そんな根性論でいいのかよ……相手は死神、それも扉からガンガン泣き声聞かされてゴキゲンナナメな死神だぞ……」


「うわっと!」


 ネロアは思いの外あっさりと扉が開いてくれたせいで、勢い余って前のめりに転ぶ。


「どへぶっ!」


 おまけに少女も、急に寄りかかった扉が動いたせいで顔面を打った。


「開い、た……?」


「いてて、ほら、やってみるものでしょう? アンティルさん」


 アンティルはこの都合が良すぎる状況に、口こそ開いたがそれっきりで、あとは何も言えなかった。


 少女はシュバっと軽やかに起き上がり、ネロアをやけにキラキラした目で見上げて、

「うわー、君凄いねー! アタシが二時間ちょい頑張っても開かなかった扉をこうも開けちゃうなんてー、コツとかあるの?」


「さぁ? 普通に押したら開いただけなのですが……何か、申し訳ありませんね、遥々来て必死に頑張ったあなたの苦労を卑下するようなことして」


「そういうところは気にしないよー。でも苦労したところは気にする。本当に遠路遥々、時には船にギッシギッシ揺られて、時には電車でギュウギュウ詰めにされて、こんなきったなくて危なっかしい街まで来たんだから」


「それはそれは災難で……ところで、あなたは一体何者で? その格好と、トードイスムカの魅力を浅くかじったような言い草からしまして、少なくとも他国の人間でしょうけど」


「えっと名前は……とりま『リュート』でいいよ。正式名称はすんごく覚えづらいのにしちゃったから。でー、出身国はー、【エホシャドチグパ】でーす」


 エホシャドチグパ――その珍妙な単語を聞いた途端、アンティルは吹き出した。


「アタシ、何か変なこと言った?」


「うわ、ガチでエホシャドチグパ所属の奴に初めて会ったかもしれねぇ!」


 音国【エホシャドチグパ】――本作の舞台である大陸の南東に位置する、広大な海洋に浮かぶ島々が集合して出来ている常夏の国だ。

 この国を端的に表すと、『慎重はご法度、ノリのイイ奴がモノを言う』国であり、各島々でどいつかがなんかしらのお祭り騒ぎを連日行っているほど賑やかな気風が漂っている。

 所属したプレイヤーの成長傾向は、連続攻撃によるコンボを稼げば稼ぐ程様々な恩恵を得られるスキルを覚えることにある。

 ただし、とびっきり強い恩恵を得るには数百レベルの、息も絶え絶えになるレベルのコンボを稼がなければならないのは共通事項。


 その国の方針のゆるゆるさ、固有の成長傾向の微妙さ、そして国名のダサさが災いし、本作のプレイヤーの大多数からは『ネタ国家』のレッテルを貼られている。

 ただし、有名な実況プレイヤーなどが、そのネタ国家であることを利用し、面白い画を作ろうとして意図的にそちらへ所属し、彼らのファンが芋づる式で所属する事案が多発しているため、トードイスムカほど過疎ではない。


 エホシャドチグパのテンプレみたいな風体のリュートは、顔を少し膨らませてアンティルへ言った。

「悪いー? エホシャドチグパ所属で」


「いや、ごめん、何でも無い……てか、普通に考えたらお前、エホシャドチグパ所属だから扉開けられなかったんじゃないのか? 何でエホシャドチグパ所属なのにトードイスムカの化神官になろうとしてるんだよ」


「そうでも無いですよ。公式のQ&Aにも、もし他国の化神官になる場合、移籍を確約すればなれる事例もあるにはあるらしいので」


「そうなんだー、なら何故にアタシのために扉開けてくんなかったんだろうねー」


「何ででしょうかね? 単純にホイプペメギリ様が気にいらなかったとかですかね」


「……って!? おい、二人ともいつまで談笑してんだよ!? お前らここどこだかわかってんのか?」


「ここで……はっ!?」


 ネロアは思い出した、自分達はついさっき神殿の扉を開け、ホイプペメギリの聖域に足を入れたということを。

 

「……よくここでペラペラと喋れるな」


 その、ただならぬ『威圧』を感じる言葉を耳にし、ネロアとアンティルとリュートは、神殿の奥を見る。

 その先にはただ、真っ暗闇があった。

 暗闇に等しい黒衣を羽織り、その暗闇に溶け込んでいた。にも関わらず、そこから放たれる尋常ならざる殺気は、その存在を感じさせるには十分過ぎた。


 ネロアは無駄なく片膝を突き、平伏の体をしかと見せて尋ねた。

「あなたが、ここの主でございますか」


 刹那、その存在は答えた。

「……如何にも、俺が此処――トードイスムカ全土の主。名前は死神(ししん)【ホイプペメギリ】」


【完】


ロジスティクス・サーガ・データベース


■用語説明

【神】


 NPCの一種。

 ロジスティクス・サーガの舞台の大陸の八国にそれぞれ一柱ずつ存在する。

 どの神も何らかの道理を司っていて、その性質と神の好みが八国それぞれに反映されている……という設定である。

 当然、神として、レベルなどの概念には当てはめられないくらいの強大な力を持つため、何人たりともまともに戦うことは出来ない。

 しかし逆に、神も過剰に力を使えば世の理が崩れるとして、あまり動くことはなく、【化神官】伝いに自国を導いている……という設定で、あまりプレイヤーの遊びに干渉しないようにしている。


 八国にいる神は以下の通り。例のごとく、ここで無理に覚えなくて結構です。


・時国ランニバーニ:時を司る神【ア・ドネザスオグ】

・機国イズセラ:機械を司る神【トドッバ・マ】

・命国ミレア:命を司る神【キトァミァ】

・音国エホシャドチグパ:音楽を司る神【マダキウポーベー】

・災国カメセスコア:災を司る神【ジャグガバゼパ】

・術国イペファワエゼ:術学を司る神【イイキュフォアグ】

・死国トードイスムカ:死を司る神【ホイプペメギリ】

・文神ヨヤアサ:文字を司る神【ユールコア】


 なお、この神の元ネタにして、本作の世界観の下地となっているフレーバーテキスト【ロジスティクス神話】には、

・八柱の神を束ねる神の王にして、全ての理を司る神【レソカーラ・シュクペバー】

・世界の万物、そして他の九神を創造した神【R・L・F】

 が存在するが、これらはゲーム内で会えた事例はない……多分。


 

 ここからはメタ的な話です。

 この神たちはみんな、国名も含めてまるで目隠ししてキーボードを打って作ったような変な名前をしていますが、一応作者なりに、ある法則に沿って命名しています。

 知ったところで誰も幸せにならないと思うので、詳しい説明はしませんが。

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